零れ掛けた涙を堪えたのは、少年のプライド。










その背中を蹴り倒せ!!! 〜激昂〜










悪ふざけのじゃれ合いの中に紛れ込まされた助言。
閃の表情は、約一週間の中で色々浮かべた中で一番晴れ晴れとしていた。
そんな表情を浮かべながら、閃は銀時の一歩後ろではなく肩を並べるように隣を歩く。
今にも鼻歌でも歌いそうだなぁと、銀時はチラリと閃に視線を向けた。
見慣れた黒髪よりも、少し高い位置で揺れる髪は、夕日に照らされて燃えるような紅に染まっている。
チラリとだけ向けていた視線を元に戻して、暫し足を進めた銀時だったが、ぐりんと音がしそうな勢いで閃に視線を向けた。



「あ、れ?」
「はい?」



思わず零した言葉を聞き取ったのか、コトリと首を傾げて閃が銀時を見上げる。
サラリと揺れた髪は夕日を綺麗に弾いて、黒を縁取るように紅が輝いていた。



「え?ちょ・・・銀さん糖尿予備軍卒業!?



突然意味の分からない事を叫んだ銀時に、閃は目を丸くさせる。
やべーよ、マジやべーよとブツブツ呟き出された事に、訝しげに眉を寄せた。
と、行き成りまた頭を掴まれてわしわし所か、ガシガシと髪を掻き乱されて慌てる。



「え?ちょ!!行き成り何なんですか!!幾ら撫で繰り回してもサラサラヘアーはうつりませんよ!?
「んなこたぁ分かってんだよ!!撫で繰り回してうつるならとっくにうつっとるわ!!



新八の頭毎日撫で繰り回して弄繰り回してキスしてんだからよ!!と叫ぶ銀時に、そんな告白聞かされてどう返せっつうんだゴラァ!!と閃も思わず叫ぶ。
万が一新八が聞いていたなら、鼻フックデストロイヤーの刑に処される事間違いない。



「いや、ホント、何なんですか!?」



だぁ!と勢いを付けて両腕を振り上げると、閃は銀時の手を振り払う。
すかさず距離を取ると、先程以上にぐしゃぐしゃにされた髪に指を通した。
指の間を滑る髪は、やはり黒く艶やかな物。



「光りの加減か?光りの加減なのか?ってか、気のせい気のせい。うん、銀さんまだまだ糖尿予備軍だから大丈夫大丈夫。セーフ!セーフ!!」
「予備軍の時点でアウトでしょうが」



好い加減にしないとヤバイって言われてませんでしたか?と、呆れたように呟く言葉を遮るように、銀時は両耳を手で塞いでワザとらしい態度であーあーと声を上げた。
呆れた表情が閃の顔に浮かぶのも当然だ。



「本当に何なんですか?」
「やーうん、銀さんの気のせいだから気にすんな少年」
「さっきから気のせいな事多いですね・・・。ボケですか?
「それって、お笑いのボケって事?耄碌してる方のボケって事?
「後者で」
「おぃいいぃいいぃい!!!どんだけイイ性格してんのぉおおぉおぉお!?」



テメッ!コノヤロー!!と掴み掛かって来る銀時を、閃は笑いながら避ける。
銀時から逃れて立ち止まった閃は、笑みを浮かべたまま振り返った。



「早く万事屋に戻りましょう。俺、腹減って・・・」



きました。と続けられる筈だった言葉は、ドーン!!!と言う爆音に掻き消される。
閃や銀時だけでなく、夕暮れの街を歩く人々の時間が一瞬止まった。
そして、一番に時が戻ったのは銀色。
閃の視界が白で埋め尽くされるが早いか、今度はガシャーン!!!と甲高い破砕音が響いた。



「ぼさっとすんな!!」



此処は危ねぇから!と、銀時に腕を掴まれて閃ははっと我に返る。
それと時を同じくして、彼方此方で悲鳴が上がった。
引き摺られるように駆け出した時、再び背後でドーン!!!と言う爆音がする。
思わず閃が肩越しに振り返れば、ビルの一室から黒煙と血のように赤い炎が噴出していた。
理由は分からないが、ビルの一室が爆発した事を認識すると、閃も銀時の言った此処は危ないと言う事を理解して素早くその場から離れようと前を向いて・・・。



足を止めた。



「おい、何やって・・・」



突然立ち止まった閃に、腕を掴んでいた銀時も足を止める。
振り返れば俯く少年の姿。
足でも竦んでしまったのかと思うよりも早く、閃は銀時の手を振り払って銀時の襟首を掴んだ。
流石の銀時もこれには瞠目する。



「アンタ・・・さっき何したんだ・・・」
「は?何って何よ?」
「右腕!血が出てんだよ!!」



襟首を掴まれたまま叫ばれて、銀時は右腕に視線を落とす。
右手には愛用の木刀が握られ、それに続く右腕には鋭い何かで切られたかのように幾つモノ真新しい切り傷があった。
一度目の爆音の後、窓枠から吹き飛ばされたであろう窓ガラスが閃へ向かって落下している事に気付いた銀時は咄嗟に木刀を腰から抜くと、閃を背中に庇って木刀をその窓ガラスに向けて一閃させた。
幾らかは弾いたとは言え、落下の速度が付加されたガラスは、ある種の凶器となって襲い掛かってきた事には違いない。
左腕と違って剥き出しの右腕は何に守られる事も無かった為、銀時に幾らかの傷を負わせていた。



「あーはいはい。別に大した事じゃねぇって」



幾つかは深そうな傷ではあるが、縫う程の深手ではないとこれまでの経験から判断して、銀時はケロリとした態度で応える。
だが、傷に対して出血量が多いのか、気付けば腕を伝ってポタリと血は雫になってアスファルトの上に落ちた。



「・・・な」



小さく、呻くような声が聞こえたかと思うと、ギリリと襟首を未だ掴んだままだった手に力が込められる。
喉を締め上げるようなそれに幾らかの息苦しさを感じて、銀時はその手を解こうと左手を上げようとした時、それよりも早く閃の手が弛んだ。
そして、次の瞬間・・・。



バキッ!!!



と、重い音がした。
それも、銀時の直ぐ間近で。
強制的に動いた視界に続いて左頬に鈍い痛みを感じ、銀時はやっと殴られた事に気付いた。
目の前の少年に。



「て、え?はぁあぁああぁぁあ!?ちょ!!意味分かんないんですけど!?
「うるせぇ!!!」



何で殴る訳!?とつのり掛けた銀時を遮って閃が叫ぶ。
拳を握る右手が震えていた。
左手に握られていた模擬刀が、キシリと小さく悲鳴を上げる。



「え?おい?」
「ふざ、けんな・・・っ」



低く唸るような声で言葉を綴る閃に、銀時は眉を寄せる。
何が、この少年の怒りに触れたのか分からなかった。
感謝される事はあっても、真っ向から怒りをぶつけられる意味が、本当に分からない。
周りでは悲鳴を上げて逃げる人々もいる筈なのに、二人の間には妙な静けさがある。



「アンタは、考えた事、あんのか・・・っ!そうやって背中に庇われて、血を流して守られる奴の気持ち、考えた事あんのかっ!!血ぃ流しながら守られて喜ぶような奴がいると思ってんのかっ!!!」
「おい・・・」



俯いたまま叫ぶ閃に銀時は思わず手を伸ばしたが、小さく震える肩に触れるよりも早く弾かれた。



「テメェの血はテメェだけの為に流しやがれっ!!!!!」



ガバリと上げられた瞳に、薄く浮かんだ涙。
その瞳で強く強く睨み付けられて、銀時は微かに息を飲む。
零れ掛けた涙を振り払うように大きく左腕が振り上げられて、しっかりと握られていたソレが、銀時に叩き付けられた。
反射的にソレに視線を落として掴むと、直ぐ脇を駆け抜ける気配。
咄嗟に伸ばした手は、ただ、空を掴んだ・・・。










「・・・と、まぁ・・・こう言う訳ですよ」



新八から右腕の手当てを受けながら、銀時は怪我を負った経緯を語った。
左頬には氷嚢を当てて、些か間の抜けた格好だ。
手当てをする新八も、傍らでそれを聞いていた神楽も何も言わず大きな溜息を吐く。
そして、神楽は徐に立ち上がると銀時の隣に置かれていた閃の模擬刀を手に取った。



「閃、探しに行って来るネ」



神楽の言葉に、新八はコクリと頷く。



「銀ちゃん」
「あんだよ?」
「閃が戻って来たら謝るヨロシ」



座っている為に神楽を見上げる銀時を見下ろして、静かに言葉を綴る。



「私も新八も閃の味方に付くネ。だから銀ちゃん、ちゃんと謝るアルよ」



最後にそれだけ言い残すと、部屋の隅で丸くなっていた定春を呼んで足早に神楽は出て行く。
直ぐに階段を駆け下りる騒がしい音が響き、あっと言う間に神楽が万事屋から遠ざかったのが分かった。
しんっと静まり返った其処には、ゆっくりと右腕に包帯を巻く新八と、静けさに落ち着かない銀時の二人だけが残る。



「何となく・・・」



包帯を巻き終えた頃、やっと新八が静けさを破るように口を開いた。
ポツリと零された言葉に、先を促すように銀時は視線を向ける。



「何となくですけど、閃君がお父さんを殴って家を飛び出して来た理由が分かった気がします」



広げていた救急箱の蓋を閉じて、新八は閉じた蓋の上に添えたままの自分の手に視線を落とした。
ゆっくりと深く息を吸い込んで、同じようにゆっくりと吐き出すと、新八は銀時を見上げる。
見上げる瞳は何処か痛みを孕んでいた。
何も言わずに、銀時はじっとその瞳を見詰め返す。



「銀さん・・・アンタは何かを守る時、自分を必ず盾にする。それは、自分なら多少の傷で済むと判断するからだ。でもね、守られる方は銀さんが負う傷以上に痛むんです」



此処がと言いながら、新八は自分の左胸を指差した。



「分かってるんです。きっとアンタは、僕等が止めてくれと叫んでも・・・変わらないんですよね」



泣き笑いのような表情を浮かべる新八に、銀時は困ったように眉を寄せると幾らか青褪めたように見える頬に右手を伸ばした。
指先でそっと撫でて、ゆっくりと掌を押し当てる。



「僕には、銀さんの背中が遠く見える。遠くて、遠くて・・・泣きたい位遠くて・・・手を伸ばしても届かないその背中に、何度も何度も守られてる。・・・けど」



頬を包む手に己の手を重ねて、新八は一度目を閉じた。



「もう少し・・・」



震える唇が、懸命に言葉を綴る。



「後、もう少し待っていて下さい」



ゆるりと開かれた瞳はやはり涙に濡れていて、それを零れさせたくなかった銀時は眦に口唇を寄せるとそっと吸い取った。



「必ずその背中に追い付いてやります。銀さんがその身を盾にして何かを守らないで済むように。成長期、甘く見ないで下さいよ?絶対に、追い付いてやりますからね。追い付いたら、もうアンタに何かを守る為の血を流させてやるもんか・・・っ」



良く覚えとけと微かな涙声に宣言されて、銀時はただ小さく頷いた。