案外簡単な事なのかもしれない。










その背中を蹴り倒せ!!! 〜助言〜










ちょっくらぶらついて来ると銀時が言えば、大抵は甘味屋かパチンコ屋なのだが、今日は珍しくそのどちらかでもなく、文字通りあっちへぶらりこっちへぶらりとぶらついていた。
懐具合は昨夜頑張った事もあって普段に比べれば多少は温かったが、何となくそう言う気分ではなかったのだ。
新八が知れば、どっか具合でも悪いんですか?と訝しげに聞いてくるだろうなと、銀時は苦笑う。
行けば行ったで小言を言われ、行かなければ行かなかったで心配されるのもどうなんだと思わなくは無い。
時折、擦れ違う顔見知りに声を掛けられ、適当に応えを返しながら歩いている内に、気付けば随分前に知り合った河童に似た姿をした天人・海老名の居る池の近くまでやって来ていた。
知らぬ仲でもないし、暇だしと、銀時は挨拶の一つでもしに行くかと、通り過ぎようとしていた足をその池へ向ける。
雑木林へと降りる緩い坂道を下っていた銀時は、おや?と目を瞬かせた。
だべりついでに糸を垂らす定位置から、雑木林寄りの少し開けた其処に、大分見慣れた後姿を見つけたのだ。
声を掛けようかと思いはしたが、あえて声を掛けずに池の畔に腰を下ろす。
池に落ちた影で銀時の来訪に気付いたのか、海老名がポチャリと音を立てて水面から顔を覗かせた。



「よぉ、オッさん」
「やっぱりオメーか。何の用だ」
「散歩だよ散歩。散歩ついでに世間話にしに来ただけだっつうの」
「まぁ、何でもいいけどよ。・・・何だ、あの坊主まだやってんのか」



またポチャリと音を立てて身体ごと向きを変えた海老名に、銀時は顔だけそちらに向ける。
視線の先では何時も抱えていた模擬刀を抜き、一心不乱にそれを振るう閃の姿が在った。
刀袋を帯のように腰に巻いて、鞘をその間に差している。
多分、銀時の存在には気付いていないだろう没頭振りだ。



「アイツ、何時からあぁやってんの?」
「さぁ・・・確か昼過ぎにひょっこりやって来てからずっと、あぁやってるみたいだな」



まぁ、池を汚したりしない以上別にいいさと言わんばかりに海老名は応える。
ふーんっと気の無い相槌を返しながら、銀時は閃を眺めた。
それ以上は興味がないのか、海老名は銀時と幾らかの世間話をした後、じゃあなと言葉を残して池の底に戻って行く。
おうと応えを返して、銀時は再び閃に視線を戻した。
邪魔をしないように声を抑えていたせいか、閃はやはり銀時に気付いた様子は無く、相変わらず刀を振るっている。
荒削りな感も否めないが、筋は良いようだ。
道場剣法と言うよりも、どちらかと言えば実戦向きの剣筋に目を細める。
だからと言って、我流で身に付けたとも思えない。
ヒュンッと刀が風を切り手首を返す、左手で鞘を押さえて刀を納めた。
一連の動きには無駄がなく、刀を扱う事に慣れているのが良く分かる。
刀を納めたので、終わりか休憩かと銀時は思ったがどうも違う。
直立に近い姿勢だったのを、ぐっと腰を落として左足を下げ半身に構えた。
銀時に向けられているのは背中で、表情は分からないが前を見据える瞳は切る程に鋭くなっているだろう事が予想出来る。
それほどに、そのまだ成長途中の背中は気迫に満ちていた。
知らず、銀時は気配を殺す。
閃の纏う気配に、ざわりと血が騒ぎそうだった。
と・・・緊張が最高潮に達したかのように、ざぁっと一陣の風が吹く。
その瞬間、音も立てずに刀が抜き放たれた。
真剣にも劣らぬ銀色の軌跡を描いて、模擬刀は空を切り裂く。
片手で振り払い、両手で持ち直すと振り下ろす。
地面擦れ擦れまで落ちた切っ先を返してまた片手に持ち直すと、左の爪先を軸に円を描くように振り切る。
まるで、自分の中の迷いや悩みを振り切るように・・・。
その姿を眺めながら、アレ?っと銀時は目を瞬かせた。
今、閃の姿に誰かが重なったのだ。
それは、答えを見つけるよりも早く消え失せ、刃が風を切る音が耳に届いた。
かと思うと・・・また別の影が閃に重なった気がして眉を寄せる。
出そうで出ない答えに、思わず銀時は唸った。
不意に、ざっと土を削るような音がして、無意識に落としていた視線を上げれば、その先で驚いた様に目を丸くさせて振り返る閃が居た。
どうやら、唸り声でやっと銀時の存在に気付いたようだ。
パチパチと二度瞬きした後、見られていた事に気付いたのか何処か恥ずかしそうにしながら閃は刀を納める。
ポタポタと頬を伝って落ちる汗を手の甲で拭うと、鞘ごと模擬刀を抜いて腰に巻いていた刀袋を解いた。



「悪ぃな、邪魔したか?」
「いえ、そろそろ止めようと思ってたんで」



ふるりと一度首を横振ると模擬刀を刀袋に仕舞い、汗で額に張り付いた前髪を乱暴に掻き揚げて後ろに流す。
まぁ座れと銀時に手招かれて、閃は素直にそれに従った。



「お前、剣の師は誰よ?」
「え?」



銀時の隣に腰を下ろして、顎下まで上げていたファスナーを幾らか下げてパタパタと上着の中に風を送り込んでいた閃は突然の問いに首を傾げる。
問いを反芻して、顎に右拳を当てるとうーん・・・っと唸った。



「いや、何で其処で唸るよ。我流って訳じゃねぇんだろ?」
「それはないですけど・・・改めてそう聞かれると誰なんだろうって」
「なんだそりゃ?」



きょとりとする銀時を他所に、閃は誰だろう・・・あの人は、違うような・・・とブツブツと呟く。
もう一度うーんっと唸ると、ガシガシと後頭部を掻いた。



「何て言うか・・・俺、ごちゃ混ぜ何ですよ」
「はぁ?」
「親父とか母さんとか、後、その知り合いとかが面白半分・・・いや、中には真面目に教えてくれる人も居るんですが、色んな人が指南してくれるんで、この人が俺の剣の師って言い切れないんですよねぇ。まぁ、強いて言うなら・・・親父、ですか?」



確か、一番に剣を教えてくれたのは親父の筈ですからと、何処か自信なさげに語る閃に、そうかと銀時は頷く。
刀を振るう閃に誰かの影が重なったのは、その知り合いが銀時の知る誰かと同じ流派か、それに酷似した型を持つ流派なのだろうと結論付けた。
何となくその話しを続ける気にならなくて口を閉じると、閃も特に話題が見つからないのか口を閉ざす。
風に揺れる木々だけが、さわさわと騒ぐ。



「そう言やぁ・・・明日帰るんだって?」
「え?あ、はい。明日で一週間ですし、これ以上家族に心配掛ける訳にも、万事屋の皆さんにご迷惑をお掛けする訳にもいきませんから」



黙ったままなのも何だと思ったのか、出てくる前に新八が口にした事を問えば、閃はコクリと頷いてそう言った。



「親父さんと仲直りできそうか?」
「さぁ・・・それは帰ってみない事には何とも。でも、顔見て行き成りまた殴るような事は無いと思います」



一応気持ちの整理は出来ましたからと、苦笑う。
結局、閃の口から理由は語られる事はなかったが、まぁ本人がそう言うなら大丈夫だろうと銀時は腰を上げた。
ぐぅっと伸びをして空を見上げると、西の空の端が微かに朱に染まりつつある。
思っていた以上に時は過ぎていたようだ。
これからのんびりと帰れば、丁度夕食時だろうと銀時は閃に声を掛けて歩き出す。
はい、と、歯切れの良い返事を返して立ち上がった閃に目を瞬かせた。
肩越しに振り返れば、きょとりと目を瞬かせて閃は首を傾げる。



「どうかしましたか?」
「あーいや、何でもねぇ」



うん、何でもないと繰り返した銀時に、閃は益々不思議そうに首を傾げながらもそれ以上は突っ込む事も無く一歩遅れて後を追った。










特に何を話すでもなく、二人は付かず離れずの微妙な距離を保ったまま万事屋への帰途を歩む。
不意に、強いビル風が吹いて舞う砂埃に銀時は反射的に目を閉じた。
と、後ろで閃が小さく痛みを訴える声を上げる。
立ち止まって肩越しに振り返ると、舞い上がった砂埃が目に入ったのか右目を押さえて俯いていた。



「大丈夫か?」
「あー・・・はい、大丈夫みたいです」



生理的に浮かんだ涙が目に入った砂埃を洗い流してくれたのか、俯いたまま閃は瞬きを繰り返して痛みが消えた事にほっと息を吐く。
手の甲で滲んだ涙を拭って顔を上げた。
肩越しに振り返っていた銀時と目が合った途端、ぬっと伸びて来た手に驚いて身を引き掛けたが、それよりも早く伸びて来た手がぐぃっと閃の前髪を掻き揚げる。
一体何なんだと、軽く眉を寄せて見上げて来る閃に銀時は少しだけ首を傾げた。



「あの・・・」
「や、気のせいだった」
「はぁ?」
「何か、右目だけ違う色に見えた気がしたけど、白目の部分がちょい充血してるだけだったみてぇだな」



悪ぃ悪ぃと、本当に悪いと思ってるのかと突っ込みたくなる口調で謝る銀時に、閃ははぁ・・・と気の無い相槌を打つ。
ぱっと前髪を押さえていた手が離れると、さらりと音でもしそうな勢いで元の位置に戻った。
その様子を見て、銀時は年甲斐も無く口唇を尖らせる。



「んだよ、そのサラッサラヘアー。銀さんへの挑戦か?挑戦なのか?受けて立つぞゴラァ!!
受けて立たれて俺にどうしろと!?サラッサラヘアーに悩みが無いと思うなコンチクショーが!!気合入れてセットしても、時間経つと落ちてくんだよ!!30分掛けてセットした髪が半日経たず落ちて来た時の切ない気持ち分かんのかコノヤロー!!!
「おまっ!!喧嘩売ってるだろ!?売ってんだな!!買うぞコノヤロー!!俺なんかなぁ、毎朝爆発頭で切ねぇんだよ!!!30分頑張った所でフリーダムのまんまだよ!!!
「いっそ刈れよ!五分刈りにしちまえよ!!羊だって毛刈りの時期があるんだから見習えよ!!!
「枕にでも詰めろってか!?刈った髪詰めろってか!?使った人間に天パの呪い掛けんぞコラァアアァア!!!



道端である事も忘れて突然言い合いになった二人は、始まった時同様突然口を閉ざすと、閃は銀時と顔を見合わせた瞬間、ぶはっと噴出した。



「ど、どんだけ天パに恨み持ってるんですか」



身体を二つに折らんばかりにケタケタと声を上げる閃に、銀時はむむっと口唇を引き結んでわしわしと後頭部を掻く。
余計に酷くなった頭に、閃はさらに声を上げて笑った。



「ってか、笑い過ぎだ!!」



再び伸ばされた手に思いっきり髪を掻き乱されて、閃は肩を竦める。
わしわしと遠慮の無い手に髪だけではなく頭まで揺らされて、閃はわわっと悲鳴を上げた。



「ちょ!目、目が回りそうなんですけど!!」
「おー回せ回せ。そのまま髪まで回しちまえ
「って、おぃぃいいぃいい!!!!!」



好い加減勘弁して下さい!と逃げると、チッと舌打ちした銀時に、かなり本気で髪までクルクルに回す気だったのかと閃は胡乱気な瞳を向ける。
流石に自然と元に戻る時間を待ちたくなかったのか、軽く手櫛を通して髪を整えると少し不機嫌そうに睨み付けた。



「まぁ、あれだ」



睨んで来る視線を軽く流して呟いた銀時に、一度目を瞬かせる。



「親父にも、今みたいに勢いで突っ込んでみろや」



案外、あっさり仲直り出来んじゃねぇの?と続いた言葉に瞠目して、次の瞬間、閃は二ヒッと笑った。