不思議な感覚。










その背中を蹴り倒せ!!! 〜疑問〜










昼時も幾らか過ぎた頃、やっと和室の襖が内側から開かれた。
ボリボリと腹を掻く銀時に、家計簿を付けていた新八は思わず大きく溜息を吐く。
何てだらしないんだろうかと・・・。



「ぅはよー」
「おそようですよ、銀さん」



ダルっとソファに腰掛ける銀時に、普段なら小言の一つや二つ、三つや四つ投げ付けられそうなものだが、今回ばかりは新八もそれ以上は突っ込まず腰を上げた。
これが飲みに行ったからとかであれば問答無用だったが、昨夜は夜間工事の人手不足と言う事で銀時を名指しで依頼があり、戻って来たのは明け方だったのだ。
勿論、他の三人では役に立たないと言う事ではなく、深夜に子供を働かせる訳には行かないとの先方からの申し出により、銀時一人が借り出されたのである。



「ご飯食べますよね?」



元々食事の用意をする為に立ち上がったが、念の為に声を掛ければ眠そうな声でおーっと返答があった。
はいっと頷いて台所に消えた新八を見送って、銀時はぐわりと大きな欠伸を零す。
生理的に浮かんだ涙に目をしょぼつかせて、まだ半分眠っている頭でやけに静かだなぁっと考えた。
銀時が目覚めれば何時でも食べれるように用意していたのか、新八はさほど時間を掛けずに戻って来る。
丸盆の上には、きっちり三角に結ばれたやや大きめのおにぎりが三個と、わかめの味噌汁。
銀時の趣向に合わせて甘めに作られた玉子焼き。
そして、伏せられた二つの湯のみと急須が乗せられていた。



「はい、どうぞ」
「おぅ、あんがとさん」



のそりとソファに凭れさせていた身体を起こすと、テーブルに並べられるのを待って手を合わせる。
銀時が食べ始めるのを見届けて、丸盆に残っていた湯飲みを二つ引っ繰り返すと、新八は慣れた手付きで茶を注いだ。



「そう言えば、また神楽に連れ出されたの?」
「え?あぁ・・・今日は違いますよ」



自分専用の湯飲みを銀時が受け取りながらそう問えば、新八は緩く首を横に振る。



「閃君、明日には家に帰るそうです。でも・・・」
「でも?」
「まだ気持ちの整理が終わってないから、散歩でもしながら整理して来るって、お昼ご飯の後から出掛けてます」



夕食までには戻って来るそうですと、新八はにこりと笑った。



「・・・そう言えば、親父殴って飛び出す程の理由、聞いたのか?」
「いえ、それが・・・。それについてはまったく話して貰えてないんですよ」
「ふーん。まぁ、結局の所、アイツ自身の問題だしな。下手に外野がどうのこうの言うのもお門違いだろ」
「それもそうですけど・・・」



それもなんだかなぁ〜と眉を八の字に垂らして茶を啜る新八に、銀時は苦笑った。
困っている人、悩んでいる人を見捨てられないお人好しな新八にしてみれば、納得し兼ねるのだろう。
それでも、閃本人が何も家を飛び出した理由を語らないのであれば、後は、閃と閃の父親がちゃんと和解出来る事を祈ってやるだけだ。
脳裏に、随分と見慣れた少年の姿を思い描いて、銀時はふと味噌椀に伸ばしていた手を止めた。



「銀さん?」



急に食事の手を止めた銀時に、美味しくなかったのだろうかと、何処か心配そうに新八が首を傾げる。
そう言う訳じゃないと、銀時は味噌椀を改めて掴むとずずっと行儀悪く音を立てて啜った後に、あーっと声を漏らした。



「銀さんさぁ〜前にアイツに会った事あるような無いような気がすんだけど」
「どっちなんですかソレ」
「だからよぉ・・・アレだ。デンジャー?
「ソレを言うならデジャビュです。分かんないなら使うなコノヤロー」
「そうそう、デンジャビュー。そう言うの感じるんだけど。あ!別にナンパ的な何かじゃないからね!?銀さん新八一筋だから!!!
だからデジャビュつってんだろうが!!ついでにそんな事誰も聞いてねぇよ!!!・・・ってか、銀さんも、何ですか?」



ワザとなのか素なのか分からない言い間違いに律儀に訂正を加え、尚且つ余計な言葉を切り捨てた新八は、心持ち身体を前に乗り出して問うた。
そんな新八の態度に銀時は目を瞬かせて、新八の後半部分の言葉だけを反芻する。



「『も』つう事は・・・新八もか?」
「実は僕だけじゃなくて、神楽ちゃんも・・・それに定春もみたいです」
「神楽はともかくとして、何で定春もって分かんのよ?」
「神楽ちゃんがね、定春が閃君の匂い嗅いで不思議そうにしてるんだって言ってました。それに、不思議な位に閃君に懐いてません?」
「そう言われるとなぁ・・・」



確かにそうかもしれないと、銀時は最後のおにぎりに齧り付く。
絶妙な塩加減と、中に入った梅干し。
そして、ぱりっとした海苔が何とも言えない。
それはさて置き、確かに定春は閃に妙に懐いていた。
噛み付く事もなければ、閃が触れる事も嫌がらない。
閃が万事屋で寝泊りを決めた翌日には、閃が定春に凭れ掛かって転寝をしていた位だ。



「そうなると、僕等全員が揃ってる時に会った事あるのかな?道で擦れ違ったとかだけじゃそうそう感じませんよね、そう言うの?」
「まぁ、よっぽど特徴がなきゃな。髪とか瞳の色は典型的な日本人って感じだし」
「今までの受けた依頼先の息子さんだったとか・・・」
「だったら誰かは覚えてるだろ?」
「仕事の依頼少ないですもんね」



にっこりと微笑む新八に、やぶへびだったと銀時は慌てて視線を逸らして掴んだままだったおにぎりの残りを無理矢理口の中に押し込んだ。
まだそれなりの大きさがあったせいか喉に詰まり掛けて、まだ一口も口を付けていなかった茶で一気に流し込む。



「でも本当に不思議な感じ・・・と、言うか。此処まで出掛かってるのに出て来なくてもどかしいと言うか何て言うか・・・」



本当に其処に何かが詰まっているかのように眉を顰めて、新八は喉を擦る。
そう言われると、銀時も同じような感覚が湧いて来た。
先程、無理に流し込んだおにぎりが詰まっている訳ではない。断じて。



「気のせいって事もあんじゃね?」
「四人揃ってですか?」
「それもそうか・・・。じゃあ、俺等の知り合いと似てるとか?」
「あーそう言う事もありますね。案外、誰かに会った時に分かったりするかもしれませんね」



何だかすっきりしたと言った感じの新八に、銀時もそうだなと相槌を返す。
そんな会話を交わしながら漸く食事を済ませた銀時は、新八に促されて洗顔と歯磨き(ヘアセットは諦めた)をして着替えると、ちょっくらぶらついて来ると言ってのそのそと外出して行った。










ただいまぁ・・・と、聞き慣れた銀時の声が響いた事に、新八は台所で夕飯の支度をしていた手を止めた。
後は盛り付けさえすれば良いので、コンロの火を全て消して帰宅した銀時を出迎える為に玄関向かうと、お帰りなさいと言うよりも先にくるりと瞳を丸くする。
そんな新八の様子に、銀時は困ったような表情を浮かべるとガリガリと後頭部を掻いた。
新八は一度視線を銀時の足元に落とすと、ゆっくりと上げて行く。
着流しの袖を抜いた剥き出しの右腕には、鋭利な何かが掠めただろう幾つかの切り傷。
どうやら殴られたらしく、左頬が赤く腫れていた。



「銀さん・・・」
「・・・おうよ」
「何で、ちょっとぶらついて来るって出て行ったのに、怪我して帰って来てんすか・・・アンタ」
「いや、これは・・・」
「また何か危ない仕事、一人で勝手に引き受けてたとかじゃないでしょうね?」
「いやいやいやいやいや、違うから!今回はホント違うから!!お願いだから般若スマイルは引っ込めて新八君!!!」



一見穏やかに見える微笑を浮かべながらも、雷雲を背負う新八に銀時は慌てて言葉を重ねる。
胡乱気に銀時も見返しながらも、本当に自分が言った通りなら、甚だ不本意ではあるが最初からそう簡単に負った傷を見せる事しないと分かっているので渋々般若スマイルを引っ込めた。
そして、銀時へとさらに一歩近付くと心配そうに傷の具合を確かめる。
傷に触れないように注意して右腕に触れると、所々深そうな切り傷はあったが深刻になるほどの深手ではないようで、出血も完全に止まっているようだった。
むしろ、殴られたであろう腫れた左頬が一番重症のように思える。



「とにかく・・・手当てしましょう。出血は止まってるみたいですけど、消毒しない駄目だろうし。左頬は冷やさないと明日悲惨な事になりそうですよ」
「だな・・・」
「ただいまヨー!!」



何はともあれ早く上がって下さいと促す新八を遮るように、弾むような神楽の声が銀時の後ろから響く。



「おーおけぇり〜」



肩越しに振り返って声を掛ければ、先程の新八と同じように神楽はくるりと瞳を丸くさせる。
そして、むむっと眉を寄せた。



「銀ちゃん・・・また一人で危ない事勝手にしたアルか
「だから違ぇっての!!お前等はあれですか!!何時でも銀さんが一人で黙って危ない事やってると思ってんですか!!!」
「「実際そうじゃねぇかこのマダオ」」
「や・・・ホント、すんまっせん・・・」



前後からの冷たい視線に、銀時は過去の自分を振り返って縮こまる。
かと言って、今後一切そう言う事はしないと断言出来ないので黙ってしまった。
銀時が口を閉じた事に、内心何を思っているのか汲み取った二人は深々と溜息を吐く。
それが坂田銀時と言う男だと言ってしまえばそれまでだが、納得出来るものではなかった。
だが、今はそれを責めるよりも手当てが先だと、今度こそ新八は銀時を今へと促し、神楽には未だ玄関の中に入る事が出来ずに外廊下で大人しくお座りをする定春の足を拭くように頼んだ。



「新八」
「何?神楽ちゃん?」
「銀ちゃん・・・何で閃の刀持ってるアルか?」
「え?あ・・・」



後を追うように居間に向かい掛けた新八を不思議そうに神楽が呼び止め、問われた言葉に目を瞬かせる。
確かに、廊下と居間を仕切る戸を潜った銀時の片手には、閃が常に抱えていた模擬刀が刀袋に収められた状態で握られていた。