楽しそうに語る姿は、少しだけ羨ましいと思う。










その背中を蹴り倒せ!!! 〜家族〜










「え?お姉さんもいるの?閃君」
「はい。ウチは親父・母さん・姉さん・俺・妹の五人家族です」



あぁ、後一匹犬が居るから五人+一匹家族ですねと、閃はにこりと笑う。
二人がそんな会話を交わしたのは、依頼もなく、神楽の遊びにも連れ出されなかった閃が暇を持て余し、新八の買出しに付いて出た時だった。
何がきっかけだったかは定かではないが、どちらかの発した言葉がきっかけだった事は確かだ。



「へーじゃあ毎日賑やかなんじゃない?」
「賑やかと言えば賑やかですね。姉さんは俺と結構年が離れてるし職に就いてるからあんまり家にはいませんけど・・・親父がしょっちゅう母さんに怒られますから。母さんの怒鳴り声が聞こえない日は無い位です」
「閃君の所はカカァ天下なんだ」
「カカァ天下もカカァ天下。親父は母さんに頭上がりません。親父は『奥さんを立てるのが夫婦&家庭円満の秘訣だ!!』とか言ってますけど、アレはどう考えても負け惜しみですよ。所謂、負け犬の遠吠え」



真面目くさった顔でピンッと右手の人差し指を立てる閃に、新八は悪いと思いつつも笑いを堪える事が出来ずに噴出す。
閃も閃で気を悪くさせる所が、釣られたように笑った。



「まぁ、親父の言い分が正しいかはこの際置いといて・・・仲は良いですね、ウチの家族」
「そっか」



にっと笑う閃に、新八は眩しそうに目を細めた。










「・・・ち・・・八。おい!新八!!」
「えっ!?は、はい銀さん!!」



間近で聞こえた銀時の呼び声に、新八は反射的に背筋を伸ばして応えを返す。
そんな新八の過剰な反応に、肩越しに振り返っていた銀時は目を瞬かせた。



「あの、何ですか?銀さん」
「何ですかじゃなくて・・・着いたぞ?」
「へ?」



銀時の言葉に今度は新八が目を瞬かせて辺りを見渡せば、見慣れた門が視界に飛び込んで来る。
見慣れているのも当然だ。
目の前に聳え立つ古びた門は、新八の家の門なのだから。
今日は何時も帰宅する時間よりもずっと遅くなったので、銀時がスクーターで送ってくれた事を思い出して新八は慌てる。



「うわっ、すみません」



わたわたと銀時の腰に回していた両腕を外して降りると、被っていた新八専用のヘルメットを外した。



「いんや別に。俺的には、新八に抱き付いて貰える時間が長くて嬉しい限りでしたけど?」



にたりといやらしく笑う銀時に、馬鹿ですかアンタはとボソボソとした声で新八が反論するが、薄っすらと頬を染めていてはその威力は半減所か三分の一の威力にも満たない。



「何でそう言う事ばっかり言いますかね・・・銀さんは」
「んーだってよぉ・・・。最近、新ちゃんとくっついてねぇしなぁ」



胸元に押し付けられるヘルメットを受け取ってハンドルに引っ掛けると、不満そうに銀時は言う。
神楽だけならまだしも、今の万事屋には閃の存在がある。
元来、恥ずかしがり屋の新八が普段の不意打ちのような銀時の接触を許す筈もなく、二人が居なかろうが避けられ続けていた。
それでも、ネバーギブアップ精神で、多少の接触は勝ち得てはいたのだが・・・。



「新八不足で銀さん倒れちゃうよ?」



いいのそれでも?と、下から覗き込まれて新八は咄嗟に視線を逸らす。
もごもごと口の中で言葉を転がした後、送って貰ったお礼にお茶位出しますよと、ぼそりと呟いた。










「お茶を出すって言ったのに・・・」
「まぁまぁそう言いなさんな新八君よぉ」



ご満悦と言うに相応しい弛み切った表情を浮かべて、縁側に腰掛けた新八の膝を借りて銀時はごろりと横になっていた。
所謂膝枕だ。
宣言通り家に上げた銀時に茶を出すべく台所に向かい掛けた新八を、そんなんいいからと縁側に引っ張り出したかと思うと、急かすように座らせて早々に膝を拝借していた。
常ならば払い落とす所だが、こうやって二人で時を過ごすのは久しぶりと言う事もあって、新八は溜息一つ零すだけに留めている。
右手は自然と銀時の胸の上に置き、左手は緩々と奔放に跳ねる銀髪を梳いていた。



「んで?なんかあったか?」
「え?」



気持ち良さそうに目を細めていた銀時の問いに、新八はコトリと首を傾げる。



「さっき、何か考え事してただろ?」
「あー・・・はい、まぁ、ちょっと」



胸の上に置かれた右手にやんわりと左手を重ねてさらに問えば、小さな苦笑いが零れた。
視線で続きを促されて、新八はふっと細く息を吐く。



「今日、閃君が買物に付いて来てくれた時に・・・家族の話をしてくれたんです。ご両親が居て、お姉さんが居て妹さんが居て、それから犬が一匹居て・・・何時も賑やかなんですって笑って話してくれたから・・・」



それがほんの少し、羨ましかったんですと、新八は瞳を伏せた。
そんな新八に、銀時はそっと右手を持ち上げるとそろりと左頬を撫でる。
擽るようなその仕草に、ふふっと小さく声を零して新八は笑った。
輪郭を辿るように触れるその手を髪を梳いていた左手で覆うと、すりりと頬を摺り寄せた。
少しだけ低い体温であっても、確かな温かさが其処から伝わる。



「でもね、それだけなんです」
「ん?」



穏やかに紡がれる言葉に、銀時は目を細める。



「ほんの少しだけ、羨ましいと思っただけなんです。寂しいとか、悲しいとか思わなかったんです。だって・・・」
「だって?」



今は姉上だけじゃなくて、銀さんも神楽ちゃんも定春も傍に居てくれるからー・・・。



ひそと囁かれたその言葉に、銀時も穏やかにあぁっと呟いた。










「閃から見て、私達はどう見えるアルか?」
「え?」



銀時が新八を送って来ると出て行って暫くした頃、神楽が不意にそう閃に問い掛けた。
日課の模擬刀の手入れをしようとしていた閃は、刀袋の房紐を解く手を止める。
神楽の問いを頭の中で反芻して、向かい側のソファに座る神楽へ視線を向けた。



「『家族』に見えるけど?」



従業員だと言う事は知っている。
だが、ただの従業員とは言い切れない何かを、数日の内に感じ取る事の出来た閃は迷いなくそう告げた。
三人の内の誰かがそう言ったのを聞いた訳ではない。



「でも、血の繋がりは無いネ。他人ヨ」



それでも、本当にそう見えるのかと神楽は問う。
何処が寂しげに揺れる青い瞳に、目を細めた。
無神経だったなと、閃は胸の内で呟く。
三人と交わす会話の端々で、知らず知らずに己の家族との会話に重ね合わせる時があった事を思い出した。
まるで自慢するように・・・否、何処かで自慢していたのかもしれない。
閃は一度、目を伏せた。
謝罪をするのも可笑しいだろうと思い、自分自身の言葉を告げようと閃は瞳を上げて神楽を見返した。



「家族ってさ、血の繋がりがなかったらなれないモノか?」
「え?」



告げられた言葉に目を瞬かせる神楽に、上手く言えないかもしれないけどと前置きをして閃は言葉を続けた。



「俺はさ、こう思うんだ。他人って血の繋がらない者を指す言葉じゃなくて、自分以外の他の人を指すんじゃないかって。親だろうが兄弟だろうが子供だろうがね」
「自分以外の他の人・・・」
「そう・・・それが本当の意味の他人。他人が深い絆で繋がるのを『家族』って言うんだと、俺は思う。血の繋がりは、それはそれで大事な事だろうけど、家族になる為の最重要な事じゃないんじゃないかな?」
「・・・本当にそう思うアルか?」



コトリと首を傾げた神楽に、閃は大きく頷く



「第一、血の繋がりがなきゃ駄目だっつうなら、この世に家族なんて存在しないって」
「どう言う意味ネ?」
「夫婦に血の繋がりは無いぜ?」



ニヤリと笑うその表情にくるりと瞳を大きくさせた後、神楽も笑う。



「当然ヨ!あったら結婚出来ないネ!!」
「でも家族だろ?要は、自分達が家族だって思えば家族って事」



これでどうだと言わんばかりに、閃は腕を組んで胸を張る。
その様子に、さらに神楽は声を上げて笑った。