ごめんなさいと、小さく呟いた声に苦笑い。










その背中を蹴り倒せ!!! 〜謝罪〜










閃が万事屋に寝泊りするようになって、早くも三日が過ぎた。
丸一日寝込んでいたのも含めれば、正確には四日。
その間に、依頼が舞い込む事もなく、閃が依頼を手伝う事は一度も無かった。
では何をして過ごしていたかと言うと・・・。
新八がする家事を手伝ったり、遊びに行く神楽に引き摺られるようにして出て行く位だ。
閃の面倒見の良い性質が新八と重なる所があるのか、神楽は閃に良く懐いていた。
閃も閃で、年の離れた妹と神楽を重ねているのか、邪険にする事無く快く付き合ってやっている。
そこで一つ気になる事があった。
閃の銀時に対する態度だ。
別に避けられていると言う訳でも、敵視されていると言う訳ではない。
何となく・・・そう、何となく素っ気無い感じがするのだと、銀時本人がのたまった。



「無意識に何かやっちゃたとかじゃないんですか?」
「いやいやいや・・・何もしてない・・・よ?」
「だったら何で微妙な疑問系なんすか、アンタ」



疑わしそうな瞳で見られて、銀時はここ数日の自分を振り返る。
だが、特に閃に対して何かした覚えは無い。
したと言えば、何時も通り朝はうだうだと惰眠を貪り、昼はソファでゴロゴロするかふらりとパチンコへ。
夜は、まだ飲みに出てないので、やっぱりダラダラしている位だ。



「アンタどんだけだらければ気が済むんだ!?それが原因じゃないんですか!?」
「えー?なんでぇ?」
「だらけたオッサンが嫌いとか?」
「銀さんまだピチピチの二十代ぃいいぃいいぃいいぃいぃ!!!!!オッサンじゃないからね!?オッサンじゃないからね!?」
「うっさいわ!!ゴロゴロダラダラしてないで仕事の一つや二つ取って来い!!!駄目上司!!!!



喚く銀時にキレた新八が、銀時が寝転がるソファから蹴り落としたその時、ジリリン!!!と騒がしい電話の音が響いた。










「そんじゃあ、俺は東、新八は南、神楽は西、んで閃は北な。5時になったら再度此処に集合で」



きゃあきゃあと、子供の楽しげな笑い声が其処彼処で聞こえる公園の一角で、目の前に並べた三人に向けて銀時は言葉を綴る。
此処と言いながら指差すのは、公園にある時計だ。



「何だヨー。また猫探しアルか。しょぼいにも程がアルネ」
「そう言わないで神楽ちゃん。折角の依頼なんだから・・・」



午前中に鳴り響いた電話は久しぶりの依頼を告げる物だったが、内容は良くある『猫探し』だった。
報酬は大した額を期待出来ないが、在ると無いとでは大違いである。



「確認すんぞ。探し猫の名前は『チヨ』。黒い毛並みに、背中にハートの模様でその部分だけは白。後、赤い首輪にチヨってプレート。猫だからな、猫。また犬持ってくんじゃねぇぞ神楽
「犬も猫も同じ動物ネ。差別は駄目アル
「差別じゃねぇええぇぇえ!!アイツ等まったく別の生き物だからな!?」
「細かい男は嫌われるネ、銀ちゃん」
「細かくねぇよ!!全然細かくねぇよ!!!」
「あーもー!!良いからさっさと探しに行きますよ!!!」



ぎゃいのぎゃいのと始めた二人に、取っ組み合いになっては面倒だと新八が割り込む。



「捜索途中でパチンコに行ったり甘味屋に行ったらしばき回しますからね、銀さん」
「え?俺ってそんなに信用ないの?」
「あると思ってんのかコノヤロー」



いっその事財布没収すんぞコラァと吐き捨てた後、新八は神楽に向き直す。



「今日は陽射しが強いからちゃんと傘差すんだよ?疲れたら日陰で休んでね、神楽ちゃん」
「はいヨ」
「ちょ、新ちゃん。俺の時とは大違いなんですけど
「銀ちゃんは普段の行いを振り返るヨロシ」
「神楽ちゃんの言う通りですよ」



はんっと二人に鼻であしらわれて、ベこりと凹む銀時を無視して、今度は二人で閃に向き直した。



「不慣れな土地だろうから、余り無理しないでね?」
「何なら、工場長様に付いて来ても許してやるヨ」



二人にそう言われて、閃は一瞬だけきょとりと目を瞬かせた後、小さく笑う。



「道に迷ったらその辺の人に聞くし、心配はいらないよ」



ありがとうと言う閃に分かったと頷いた二人は、じゃあ頑張ろうと声を掛け合ってまた後でとそれぞれ歩き出した。
凹んだままの銀時を置いて。










西の空が薄く茜色に染まる頃、のたりのたりとした足取り銀時は公園に戻った。
探し猫は残念ながら見つからず仕舞いだが、残りの三人に期待しますかぁ〜と暢気な物だ。
集合場所近くまで足を運んで、銀時はおっ?と片眉を上げる。
時計近くに設置されたベンチに、ぽつんと閃が座っていた。



「よぉ」



声を掛けつつひらりと片手を上げれば、銀時に気付いた閃が小さく頭を上下に振る。
やはり、刀袋に収めた模擬刀を大事そうに左肩に凭せ掛けるようにして抱えていた。



「どうだった?」
「あぁ、猫なら・・・」



隣に腰掛けながら問えば、まるで腹を抱えるようにしていた閃が両腕を緩める。
何時もは顎下まできっちり上げられているチャックが鎖骨下辺りまで下げられていた。
胸と腹の間に奇妙な膨らみがあるなと思っていると、ゴソゴソと上着の下でそれが動き、ひょこりと襟元から小さな顔が覗く。
覗いた顔は、にゃぁ〜と鳴いた。



「お?見つけたんか?」
「はい。中々見つからなくて諦めてたんですけど・・・木の上で降りられなくなって鳴いてるの見つけました」



上着の上から猫の身体を左手で押さえて、慎重にチャックを下ろすとその間に右手を突っ込んで猫を抱き出す。



「黒い毛並みに背中に白毛でハート模様。赤い首輪に『チヨ』のプレート。これで猫違いだったらお手上げですね」



そう言って、猫の両脇に手を突っ込んだ状態で閃は銀時に差し出した。
受け取って背中と首輪を確認すれば、確かに依頼人の言った特徴が丸々ある。
間違いねぇだろうと頷いて銀時は猫を抱き直すが、抱き方が悪かったのか嫌そうに猫は身体を捩るとするりと銀時の腕から逃げ出した。



「ヤベッ!!!」
「っと」



逃がしては不味いと咄嗟に銀時が手を伸ばしたが、捕まえるよりも早く猫は再び閃の上着の中へとするりと入り込む。
余程其処が気に入ったのか、ゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえた。



「焦った・・・また捜索かと思ったぜ、マジで」
「猫はすばしっこいですから勘弁して下さいよ。三次元で逃げてくれますし」



焦ったのはこっちだと言いたげに眉を顰める閃に、中途半端に伸ばしていた手を引き戻してがしがしと後頭部を掻く。
何と言うか・・・言葉に小さな棘があるように思えてならない。
ぐるりと視線を回りに巡らせても、黒色も桃色も視界の端にすら引っ掛からない事を確かめて、銀時はなぁっと言葉を零した。



「お前、もしかして俺の事嫌ってね?」
「え?」



左手で懐に潜り込んだ猫を支え、右手でその顎下を擽ってやっていた閃は、突然の言葉にその手を止めて銀時の横顔を見上げる。
擽る手が止まった事が不満なのか、にぁ〜っと不満気に猫が鳴いた。



「別にそんな事はないと思いますけど。ってか、そう思うほど良く知らないし・・・」
「あーまーそれもそうだな・・・」



もごもごと、困ったように呟かれるのに、銀時は耳の穴に小指を突っ込んで穿る。



「・・・俺、そんな態度してますか?」
「別にそう深刻な顔すんなって。まぁ、あれですよ。十代が仲良くて銀さんひとりぼっちじゃね?って思ってただけだから。気のせいだった、うん、気のせい」



ホント、マジ気にすんなとひらひらと手を振る姿に閃は俯く。



「えーっと・・・すみません?」
「疑問系で謝られると逆に胸を抉られるからね?」
「はぁ・・・」



そう言うもんですか?そう言うもんですと、言葉を交わして二人は口を閉ざした。
あー失敗したと、銀時が思っても仕方が無い。



「親父・・・」
「あ?」



不意に零された言葉に視線だけを向ければ、何処かバツが悪そうな表情で閃は頬を掻いた。



「いえ・・・その・・・。親父に、似てるんですよ」
「俺が?」
「えぇ、まぁ・・・。(ルデ)(メナ)(ヤジ)な所が」
「おぃいいぃいぃい!!お前結構イイ性格してんだろ!?本当は!!!」
「実はよく言われます」



下から覗き込むようにして、閃はニヤリと笑う。
初めて見る表情に、銀時は目を瞬かせた。
その表情は直ぐに消えて、目が伏せられる。



「やっぱりまだ・・・親父への怒りと言うか何と言うか・・・そう言うの治まってないみたいで・・・。八つ当たりみたいな事になってたんですね・・・」



ごめんなさいと小さく呟かれた言葉に、あーっと声を上げた後に苦笑うと、銀時は眼鏡の助手と良く似た艶やかな黒髪をくしゃりと撫でてやった。