それ仕草で、度合いが分かるって話。










その背中を蹴り倒せ!!! 〜仕草〜










「そう言えば、お前何処で寝るよ?」



ふと思い出したように銀時が向かいのソファでぼんやりとテレビを眺めている閃に声を掛けたのは、夕飯も済ませ、新八が帰宅した頃だった。
きょとりと銀時の言葉に目を瞬かせた閃だったが、あぁっと小さく呟いて自分が座るソファを指差す。



「此処で十分です。結構大きいし、習慣で朝目が覚めるの早いんで」



それに、良く知らない人間の気配が一緒だと眠れないでしょう?と、自分の事なのか、銀時の事を指してなのか曖昧な言葉を綴った。
遠慮していると言うよりも、最善だと思っているのか、閃の表情は変に歪まない。



「まぁ、お前がそれで良いなら良いけどよ」



新八に文句言われねぇかなぁっと銀時はごちる。
成り行きとは言え、閃は『お客様』だ。
そんな彼を、ソファで寝かせて礼儀に厳しいあの少年が文句を言わないとは限らない。



「その時は、俺がちゃんと説明しますよ」



だから気にする必要はないと、飄々とした態度で閃は言い切った。
あーそーと気の無い返事を返して、のたりと立ち上がった銀時は和室に向かい毛布を一枚手に戻って来る。
季節的に、コレ一枚で十分だろうと考えた結果だ。



「まぁ、風邪ぶり返さないように気ぃ付けろや」
「はい」



差し出された毛布を受け取って、閃は素直に頷いた。



「お風呂出たアルよー」



受け取った毛布を傍らに置いたと同時に、タイミング良く神楽が居間に飛び込んで来る。
おうっと片手を上げてそれに応えると、銀時は視線で閃に風呂に行くように促した。
・・・が、暫し思案した後、閃は緩く首振って傍らに置いてあった刀袋を掴む。



「コレの手入れするんで、最後で良いです」
「あ、そう」



んじゃあ、先に入りますかと、ダルそうに再び銀時は腰を上げた。
ついでに、神楽にちゃんと髪を拭けと釘を刺す事も忘れない。
和室に戻って着替えを片手に出て来ると、部屋の隅に置いてあったずだ袋の前でしゃがみ込んで、何やら取り出す閃の姿。
取り出したステンレス製らしきケースを抱えると、物珍しそうに覗き込む定春の頭を撫でてやっていた。
驚く事に、閃は定春の存在に怯える事無く、極自然にその辺に入る犬に接するような態度を見せる。
こりゃ、相当大物か?と、銀時が思わないでも無い。



「何するアルか?」
「コレの手入れ」



ソファに戻った閃に、神楽は不思議そうに手元を覗き込んだ。
興味津々と言った様子の神楽を邪険にする事無く、閃はケースを開けて中の物を取り出すと、慣れた手付きで刀袋の房紐を解いて中から黒を基調とした拵えの刀を取り出した。
刀を取り出したと言うのに、銀時は眉を顰める事無く、何処かほのぼのとした空気を醸し出す二人を置いて風呂に向かう。
何故なら、それが真剣で無い事を知っているからだ。
それを知ったきっかけは単純な事だ。
午前中に出かけた閃は、当然のようにそれを持って出ようとして、さすがにそれは不味いんじゃなかろうかと銀時が声を掛ければ、真剣ではなく模擬刀だとあっさりした返事が返ってきた。



「いやいや、模擬刀つっても傍から見ただけじゃ分かんないからね?」
「まぁ、それもそうですけど・・・街中で抜いたりはしませんって」
「そう言う問題じゃねぇだろう」



変な輩に目を付けられるから置いて行けと銀時が、珍しくまともな事を言えば、閃は少しだけ困ったように笑って言った。



「お守りみたいなもんなんで・・・出来るだけ傍に置いて置きたいんです」
「模擬刀がお守り?」
「コレ・・・俺が15歳になった時に、親父がくれたんです。昔は男は15歳で元服・・・一人前だからって」



藍色の刀袋の上から殊更大事そうに撫でるその仕草に、それ以上は銀時も何も言えず、まぁ変なのに目ぇ付けられるなよと、一応の注意をするだけに留め、それ以上は強く止めるような事はしなかった。
これが、新八が『大丈夫』だと言った理由に繋がる。
本当に父親を嫌って飛び出して来たなら、意地でも持ち出す事はなかっただろう・・・と。



「まぁ、本人の問題だしな・・・外野がとやかく言う必要はねぇか」



呟いて湯船に浸かった銀時は、あ゛ーっと親父臭い声を上げた。










まさに烏の行水の体でさっさと風呂から上がった銀時は、途中台所で風呂上りの一杯とばかりにコップになみなみといちご牛乳を注いで居間に戻った。



「風呂、空いたぞぉ〜」
「あ、はい」



声を掛ければ、閃は顔を上げて頷く。
顔を上げた時に一度止めた手を、又直ぐに動かし始めた。
その隣で、じぃっと神楽が興味深そうに手元を覗いている。
模擬刀の手入れは、真剣に比べて簡単な物だ。
銀時が幾ら烏の行水と言えども、もう終わっていても良さそうな物だったが、閃は丁寧な仕草で刀身を磨いていた。
それだけ大事な物なのだろう、彼にとって。
御刀油を刀身に薄く塗布した後、最後に鍔や目釘に緩みが無いか確認した後、やはり丁寧な仕草で鞘に刀を収めた。



「終わりアルか?」
「あぁ、終わりだよ」
「耳掻きのデッカイ版みたいなのでポンポンしてないヨ?」



鞘を柔らかい布で拭いやっと刀袋に仕舞う閃に、神楽は首を傾げて問う。
一瞬問いの意味が分からなかったのか、視線をさ迷わせた閃ではあったが、思い当たったのかあぁっと小さく呟いて苦笑った。



「『打ち粉』の事か・・・。あれは真剣にだけ使うんだ。コレは模擬刀だから使わないって言うか・・・使っちゃ駄目なんだ」
「何が違うアルか?」
「打ち粉って言うのは研石を細かくした物で、模擬刀は刀身がメッキ処理された物だから、打ち粉を打つと表面がくすむから必要ないんだ」
「ふーん・・・これは何アルか?」
「御刀油。早い話しが錆び止め。ちゃんと塗布しないと錆るからなぁ・・・」



手入れが終わるまでは珍しく大人しくしていた神楽は、気になっていたらしき事をポンポンと投げ掛ける。
閃はそんな神楽を邪険にする事無く、問われた事を丁寧に説明してやっていた。



(そう言えば・・・年の離れた妹が居るって言ってたなぁ)



先程と同じように向かい側のソファに腰を落ち着けていた銀時は、物珍しそうにする神楽と、その相手をしてやっている閃を何とも無しに眺めて胸の中で呟く。
どうやら、閃と言う少年は面倒見が良い性質のようだ。
家族同様・・・と言うか、家族な従業員二人以外の他人をテリトリーに入れるのを決めたのは自分だが、まったくの戸惑いが無かったと言えばそうでもない。
表面上にはミクロン単位にも見せはしないが。
まぁ、これなら暫く間・・・彼が此処に滞在する間は上手くやっていけるだろうと、銀時はコップに満たしていたいちご牛乳を一息で煽った。