さてさて、どうなる事やら。
その背中を蹴り倒せ!!! 〜依頼〜
「銀さん」
「あー?」
何時もの如く、クルクルと動き回っていた新八はこれまた何時もの如くソファに転がってジャンプを読む銀時に声を掛けた。
新八にしては珍しく、そんな銀時に眉を顰める事無くにこりと笑う。
「ありがとうございました」
突然の礼の言葉に、顔の前に掲げていたジャンプを胸の上に下ろして、銀時は見下ろして来る新八を見上げた。
にこにこと笑みを絶やさない新八に、銀時はもう一度あーっとやる気の無い声を漏らすと、わしゃわしゃと、奔放に跳ねる癖毛をさらに乱す。
「閃君、あのままだったら本当に出て行く所でした」
「あーまぁ・・・あれだ。拾ったもんは最後まで面倒見なきゃ駄目だべ?」
「犬猫じゃあるまいし、そう言う言い方しない」
ペチンっと極軽く銀時の額を叩くと、新八は苦笑う。
礼を述べた後、あっさりと出て行くと宣言した閃を、まだ本調子ではないだろうと新八は引き止めたが、閃は素直に首を縦に振ろうとはしなかった。
曰く、其処まで世話になる理由が無いと言う。
それでも、家出をして来た事、父親との喧嘩が原因な事、この辺りに身を寄せられるような知り合いがいない事、そして何よりも未成年な事。
それら全てをひっくるめて、はいそうですかと見送る事が新八には出来なかった。
さほど押しの強くない上に、人を口で丸め込む事の苦手な新八は銀時に視線で助けを求めた。
その視線の意味を正確に受け取った銀時は、暫し思案した後、閃にこう提案した。
「そのカフスを報酬に、万事屋に寝泊りするってどうよ?三食付けるぜ」
却下なら、今すぐ家出少年を保護したって警察に突き出すけどな・・・と、提案と言うよりも脅しを掛けられて、閃はうっと言葉を呑んだ。
そうなれば、家を出て来た意味が無くなる。
暫く黙っていた閃だったが、逃げ道を探すようにちらりと視線を動かた。
和室の前には定春。
廊下と居間を仕切る戸の前には神楽が腕を組んで仁王立ち。
おまけに、新八にはしっかりと腕を掴まれている。
何この連係プレー・・・と、閃は小さく・・・本当に小さく呟いた後に、渋々と言った様子で頷いた。
そして、その代わりと口を開く。
「此処でお世話になる間に、何か依頼があったら俺にも手伝わせて下さい」
「あ?何で?」
「興味があるだけです」
「ふーん?まぁ、それは別に良いけど。給料とか出ねぇよ?お前が損じゃね?」
「カフスを換金した物は、此処で寝泊りする代金。仕事を手伝うのは助けて貰ったお礼って言うんじゃ駄目ですか?」
真っ直ぐに見返して来る閃の瞳に、銀時は軽く目を細めると、ま、お前がそれで良いなら良いんじゃないの?と、やる気なさげに返した。
「じゃあ・・・お世話になります」
ぺこりと頭を下げた閃に、新八はほっと胸を撫で下ろしたのだ。
「ホント、銀さんは人を口で丸め込むの上手ですよねぇ」
「あれ?何か言葉に棘がないですか?新八君」
「そんな事無いですよ?何時も何時も、上手く口で丸め込まれているとか思ってないですし」
にっこりと笑う新八に、嘘吐けと銀時は控えめに抗議しながらのそりと起き上がる。
がしがしと頭を掻きながら新八を見上げ直すと、でもよ・・・と言葉を続けた。
「アイツ、此処出た後にちゃんと家に帰ると思うか?」
「え?」
「そのまま、またどっかで家出続行とかならなくね?」
「あぁ・・・それは大丈夫だと思います」
「お?えらく自信ありだな」
なんで?と、不思議そうな視線を向けながら銀時は新八の手を掴むと、緩く開いていた両膝の間にその身体を軽く引き寄せた。
掴んでいた手を離すと、ゆるりとその腰に両腕を回す。
「・・・何でこんな体勢になる必要があんだコラァ」
「いいじゃねぇかよぉ新ちゃん」
「良い訳あるか!このセクハラ上司!!」
「あだっ!!」
ゴツン!と勢い良く脳天に拳を落とされても腕を解かない銀時に、新八は重々しい溜息を零した。
おまけとばかりペシリと頭を叩いた後、ちょうど良い位置あった銀時の肩に手を下ろす。
この姿勢で居る事を諦めた証として、銀時はにまりと笑うと腰に回した腕の力を強めた。
「で?なんで?」
「え?あぁ・・・。閃君は、お父さんを嫌って家を出て来た訳じゃないみたいだから、気持ちの整理が出来たら必ず帰りますよ」
「あーもしかして『アレ』での推理?」
「そうです」
「なるほどね。銀さん納得」
「それはよかったです。じゃあ、さっさと離せやコラァ」
話しが終わったなら掃除の続きしたいんですけど!!と喚く新八に、銀時はもうちょっととぎゅうぎゅうとその身体を抱き込む。
好い加減にしろ!!と、先程の倍の力を込められた拳が再び脳天に落とされるまで、もう少し。
「ただいまヨー!!」
「わん!!」
「ただいま戻りました」
神楽の元気な声と定春の鳴き声。
そして、閃の落ち着いた声が万事屋に響いたのは、ちょうど昼時を迎える頃だった。
「お帰りなさい」
台所で昼食の用意をしていた新八はその手を止めて、二人と一匹を出迎えた。
「お腹空いたアル!!」
「うがいと手洗いするんだよ!!」
ぽいぽいっと靴を脱ぎ捨てて廊下を駆ける神楽に慌てて声を掛ければ、はいヨ!!と素直な返事と共に足音は洗面所に向かう。
元気な神楽に、新八はしょうがないなと言うように小さく笑うと、定春の足をタオルで拭いてやった。
「あ、ありがとう」
「え?」
上がり框に腰掛けて編み上げのゴツイデザインをしたショートブーツを脱いでいた閃は、新八の言葉に首を傾げる。
意味が分からない様子の閃に、新八はソレとたたきを指差した。
その先には、きちんと揃えられた神楽のチャイナシューズ。
新八はまだそれに手を伸ばしてないので、閃が揃えた事が分かる。
あぁ・・・っと、小さく呟いて、何処か照れ臭そうに頬を掻いた。
「俺、妹いるから・・・こう言うの癖になってるみたいで。まだ小さいから、良く靴脱ぎ散らかすし」
「へーそうなんだ。妹さん、幾つなの?」
「八つ下の7歳」
「それだけ年離れてると、すごく可愛いんじゃない?」
「あーうん・・・可愛い。よく俺の後ろちょこちょこ付いて来るし」
その様子を思い出しているのか、閃はふっと穏やかな笑みを浮かべた後、直ぐに表情を曇らせる。
足の拭き終わった定春を居間に促した新八は、膝の上で使ったタオルを畳ながら首を傾げた。
「・・・帰ったら、しっかり遊んでやんねぇと」
申し訳無さそうに呟いた閃に、新八はそうだねと頷く。
そして、沈んだ閃を浮上されるようにポンッと背中を叩いて立ち上がった。
「お昼ご飯にしよう。もう出来るから」
「・・・はい」
にこりと笑う新八に釣られたように、閃も幾らか表情を和らげると傍らに置いていた物を掴んで立ち上がる。
閃君も手洗いとうがいね?と声を掛ける新八に苦笑った後、あっと声が上がった。
先に台所に向かい掛けていた新八は不思議そうに閃を振り返る。
「これ、先に渡しときます」
そう言って差し出されたのは茶封筒。
一瞬だけきょとりと目を瞬かせた新八だが、病み上がりの閃が神楽に道案内を頼んで外出していた理由を思い出して差し出された茶封筒を受け取った。
その中には、例のカフスを換金した物が納められている。
「改めて、暫くお世話になります」
「はい、ご依頼承りました」
お互いに頭を下げ合った後、顔を見合わせてぷっと小さく二人は吹き出した。

