やっぱり厄介事ですか?










その背中を蹴り倒せ!!! 〜事情〜










チュンチュンと、清々しい朝に似合いの雀の鳴き声に混じって何処か騒がしい話し声が聞こえて、んっと一度眉根を寄せた黒髪の少年は緩々と両瞼を押し上げた。
緩慢な瞬きを繰り返し、のそりと起き上がる。
起き上がった拍子に、額に乗せられていただろうタオルが膝元に落ちて目を瞬かせた。
ぼんやりとしたまま手に取ってみれば、温くはなっていたが幾らか湿っている。
自分の置かれている状況が把握出来ないのか、困惑した表情を浮かべて辺りを見渡した。
多少ふら付きながらもしっかりと立ち上がると、声の聞こえて来る方へと足を進める。
幾らかの迷いを見せた後に、そっと襖に手を掛けるとそろそろと横に引いた。



「銀ちゃん!それ寄越すネ!!」
「自分の分を食え!自分の分を!!」
「隣で病人が寝てんだから静かにしろや!」



其処は居間と思わしき場所で、少年の視線の先では銀時と神楽が毎朝恒例のおかず争奪戦を繰り広げている。
ぎゃいのぎゃいの言い合う二人に、米神に青筋を浮かべた新八がお前もそれはどうなんだと言いたくなる声量で突っ込む。
その様子を、少年はぼーっと眺めていた。



「何で静かに食事が出来ないんですか、アンタ達は・・・っと」



駄目だコレはと言うように緩々と首を振った新八は、不意に上げた視線の先に所在なさげに佇む少年を見つけて腰を上げた。
幾らか新八より背の高い少年の前に立つと、少しだけ見上げてにこりと笑う。



「目が覚めたんだね。調子はどうかな?気持悪いとか何処か痛いとか無い?」
「いや・・・あの・・・別にない、です」



新八の問いに目を瞬かせながらも何とか返事を返すと、ほっと新八の表情が弛む。
未だ状況の把握出来ないのだろう少年は、落ち着かない様子で視線をさ迷わせた後、新八の顔に視線を戻して戸惑ったように口を開いた。



「あの、俺・・・何で此処にいるんです、か?」
「覚えてないの?」
「えっと・・・夜中、フラフラ歩いてた時にすげぇ雨が降り出して、でも、何か雨宿りする気にもなれなくて・・・そのまま歩いてた所までは覚えてるんですけど・・・」



それ以上は・・・と言葉を濁す少年に新八は一つ頷くと、とりあえずはとソファへ少年を促した。
困惑した表情を崩す事無く促されるままにソファに腰を下ろすと、視線を向ける場所に困ったのか少年は俯いてしまう。
視界にはテーブルの天板だけが映る。



「二人とも、食べ終わったんだったら先に着替えて来て下さい」
「へいへーい」
「はーいヨ」



少年をソファに座らせると、新八は不躾な視線を向ける二人に小さく溜息を吐いて、一度居間から追い出す為に声を掛けた。
普段なら何かと反発がありそうな物だが、二人は大人しくその言葉に従い、和室と玄関脇の押入れに消える。
新八は少年にちょっと待っててと声を掛けると、使用済みの食器を手早くまとめて盆に乗せると足早に台所に向かった。
食器棚から大き目の椀を取り出して、用意していた粥を注ぎ居間に戻る。



「はい、どうぞ」
「え?」



言葉と共に目の前に、たっぷりと粥で満たされた大き目の椀を置かれて、不思議そうに少年は顔を上げた。
上げた視線の先にはにこりと笑う新八が居て首を傾げる。



「丸一日何も食べないでしょ?話しは後にして、先ずはご飯食べて」
「あ、はい・・・ありがとうございます」



ペコリと軽く新八に頭を下げると、少年は行儀良く手を合わせて『頂きます』と食前の挨拶を口にすると椀に添えられていたレンゲを手に取った。
ふぅふぅっと掬った粥を吹き冷まして、黙々と食べる。
よほど空腹だったのか、少年はあっと言う間に粥を平らげてしまった。



「お替りは?」
「いえ、十分です。ご馳走様でした」
「お粗末様です」



椀をテーブルに戻すと、やはり行儀良く手を合わせて食後の挨拶を述べる少年に、きちんとした躾を受けてるんだなと新八は好感を持つ。
空になった椀を受け取り、新八は少年の向かい側のソファに座った。
やはり、何処か落ち着かない様子の少年に苦笑いつつ、ゆっくりと問い掛ける。



「名前、聞いても良い?」
「あ・・・センです」
「セン?どう言う字?」
「閃光の『閃』」
「へぇ・・・良い名前だね。年は?」
「15歳です」
「あ、僕より一個下だね」



にこりと笑い掛ければ、少年は曖昧にではあるが小さく笑い返した。
それから、戸惑った表情で恐る恐ると言うように今度は少年が問い掛ける。



「名前、何て言うんですか?」
「僕?僕は志村新八」
「俺ぁ此処『万事屋銀ちゃん』の社長で坂田銀時」
「歌舞伎町の女王様で工場長の神楽様ヨ!」



少年―閃―の一つの問いに、三つの答えが帰って来た。
それに驚いたように目を瞬かせて、声のした和室の方と廊下と居間を仕切る戸へと順番に閃は顔を向ける。



「『万事屋銀ちゃん』?」
「平たく言うと何でも屋って事。んで?お前何であんな所で行き倒れてたんだ?」



わしゃわしゃと後ろ髪を掻き乱しながら新八の隣に座った銀時が、訝しげに眉を寄せる閃に簡単な答えを返した後、やる気の無い声音で問う。



「男の癖に雨如きで熱出してぶっ倒れるなんて、軟弱野郎ネ」
「こら、神楽ちゃん」



少年が口を開く前に、神楽が持ち前の毒舌を吐きつつひょいっと新八の隣に座った。
軽く眉を顰めて、新八がそれを窘めるが閃は気にした様子も無く軽く頭を掻く。



「親父と喧嘩になって・・・つうか、俺が一方的にキレただけなんですけど・・・。まぁ、早い話しが家、飛び出て来たんです」
「家出か?」
「みたいなもんです・・・」



苦笑ってそう告げる閃に、三人は顔を見合わせた。
暫しそうやって、銀時がはぁっと盛大な溜息を零す。



「とっとと帰ぇって仲直りしろ」
「そうだよ・・・お父さんも、心配してるんじゃないかな?」



諭すような二人の言葉に閃はきゅっと口唇を引き結ぶと、膝の上に緩く置いていた両手をぐっと握り締めた。



「帰りません。ってか、まだ帰るつもりはありません」
「お前ねぇ・・・帰る所があんなら、ちゃんと帰れって」
「どうせ今帰った所で、親父と顔合わせたらまた喧嘩になって飛び出すのがオチですよ。もう一発殴って」
「親父殴って飛び出して来たの?お前」
「はい」



呆れたと言いたげな銀時に、閃はコクリと頷く。



「俺は・・・親父がやった事が、許せない。今まで何度も止めろって言ってもヘラヘラヘラヘラ笑って流すだけ真剣に聞きもしねぇし。それを母さんに言った所で困らせるのは分かってる。母さんは、親父のそう言うの許して認めてるから・・・。けど、俺は、親父のそう言う所、一生掛かっても許せねぇし、認めたく・・・ない」



握った拳にさらに力を込めて閃は深く息を吸い込む。
向かい側に座る三人は、黙って閃の零す言葉に耳を傾けた。



「本当は、直ぐに帰ってもっとちゃんと親父と向き合わなきゃいけないって分かってる。でも、今は無理だ。親父がって言うよりも、俺が頭ん中グチャグチャになって言いたい事も言えない気がする。だから・・・頭が冷えるまでは、暫くは家に帰れません」



其処まで言い切って、肺の中を空にするように深く長く息を吐き出す。
その様子に、銀時はやはりガリガリと頭を掻いて、新八は困ったように眉を寄せた。
神楽は、項垂れる為に見える閃の旋毛をただじっと見詰めている。
しんっと落ちた沈黙に、新八は銀時の横顔を見上げた。
新八の視線の気付いたのか、あーっとダルそうに声を上げる。



「暫くってどん位のつもりなんだ?」
「・・・一週間位のつもりです」
「思った以上に長い冷却期間が必要なんだな」
「まぁ・・・今までに積もり積もった物が爆発したんで・・・」



その位は無いと、と閃は決まり悪そうに呟く。



「この辺に身を寄せられるような知り合い居んの?」



銀時の言葉に、閃は暫し考えるように沈黙し一度顔を上げると、三人の顔を見渡して再び顔を伏せた。



「此処には、俺の知り合いは居ません・・・けど。まぁ、大丈夫です。どう言う状況でも生き抜けるようには鍛えられてるんで」
「ぶっちゃけた話し、金とか持ってんのか?」
「金その物は持って出なかったんですけど・・・」



閃はそう言いながら、左手で自分の左耳に触れる。
そして、その左手をテーブルの上に伸ばすとコトリと白金色の小さな円柱系をしたカフスを置いた。



「何コレ?」
「純プラチナ製のカフスです。換金すれば・・・それなりの値段にはなると思います。こう言うのは、大抵何処に行っても価値が変わらないので、万が一の時の為に常に身に付けてるんです」
「へ〜中々賢いね、お前」
「どうも」



ひょいっと片眉を上げる銀時に、閃は妙にそっけない態度見せるとテーブルに置いたカフスを取って再び左耳に装着した。
そして、あっと小さく声を上げると慌てて三人に向き直す。



「お礼が遅くなりましたが、助けて頂いてありがとうございます。お世話になりました」



そう言って深々と頭を下げた後、すっと軽い動作で立ち上がった。



「俺の荷物、あっちですか?」
「え?あ、うん」



立ち上がって和室を指差した閃に、問い掛けられた新八は慌てて頷く。
そうですか・・・と小さく呟いた後、迷いの無い足取りで和室に向かおうとする閃にさらに慌てた新八は咄嗟に立ち上がって閃の腕を掴んだ。



「ど、どうするの?」
「え?これ以上はご迷惑になりますから、出て行くつもりですけど?」



何故そんな事を聞くのかと言いたげに、閃は不思議そうに首を傾げる。
さも当然と言った風な閃の言葉に、新八は困ったように銀時へ視線を向けた・・・。