どうしようもなく腹が立った。
怒りを通り越して、最早殺意に変わる。
チクショー!チクショー!!チクショー!!!
何で分かんねぇんだよ!馬鹿野郎!!
その背中を蹴り倒せ!!! 〜邂逅〜
「ホント、酷い雨・・・」
絶え間なく天から降り注ぐ雨に、新八は小さく溜息を吐く。
足袋所か袴の裾までぐっしょりと濡れ、その不快感に軽く眉を顰めた。
いっその事、今日は休みにさせて貰えばよかったとちらりと思ったが、雨如きでそんな事を申し出ればどんな言葉が返って来るか分かった物ではない。
それに、休みを貰ったら貰ったら結局、色んな事が気になってしょうがないだろうと、苦笑った。
「・・・っと。アレ?」
見慣れた万事屋の看板が遠目に見え始めた頃、新八は目を瞬かせてコトリと首を傾げる。
軽く眼鏡を押し上げてゴシゴシと目を擦ってもう一度見直してみるが、やはり視界に写った物は消えず、新八ははっと我に帰ると駆け出した。
駆け寄った先は、二階にある万事屋に上がる為に作られた階段・・・の下にある狭いスペース。
定春が捨て置かれ、勘七郎が置かれたあの場所だ。
そろりと覗き込めば、猫のように身体を丸めてぐったりと横たわる黒髪の少年の姿。
幾らかの警戒をしたまま、新八は身を屈めるとそろそろと少年に手を伸ばして肩を揺すった。
「君、君・・・どうしたの?」
肩を揺すり声を掛けてみるが、ぐっと両目を閉じたままで目覚める様子はない。
どうしようかと困惑していた新八だが、薄く開かれた口唇からぜぇぜぇと苦しそうな呼吸を聞き止めてそろりと肩から少年の額へと手を伸ばした。
「酷い熱っ!!!」
触れた額は火が点いた様に熱く、思わず手を引っ込めて声を上げる。
どうしようどうしようと辺りを見回した後、意を決したように顔を上げると少年に傘を差し掛け、自分は階段を駆け上がった。
「銀さん!神楽ちゃん!!起きて!!!手を貸して!!!!」
渡されている合鍵で万事屋の玄関を開けるが早いか、新八は普段の挨拶をするよりも早く中に向かって声を上げる。
「銀さん!神楽ちゃん!!」
「朝から煩いネ、新八ぃ〜」
「んだよぉ新八ぃ〜もっと優しく起こせやぁ〜」
玄関脇の押入れから神楽が顔を出し、奥の和室から銀時がまだ寝足りないと言わんばかりの表情でのそりと出て来た。
「神楽ちゃんはタオル用意して!銀さんは手伝って!!」
「どうしたアルか?」
「手伝うって何を?」
「話しは後!早く!!」
きょとんとする二人にもどかしそうに指示を出すと、新八は腹をボリボリ掻きながら玄関口までやって来ていた銀時の手を引っ張った。
素足のまま玄関のたたきに足を下ろした銀時は、ちょっと待てと焦る新八を押し留めて隅に置いてあったサンダルに足を突っ込む。
神楽も、訳が分からないままではあったが、新八のただならぬ様子にバタバタと和室に駆けて行った。
「おいおい、ホント何だよ?」
「人が倒れてんすよ!それも、酷い熱出して!!」
「あぁ?マジでか・・・厄介事はごめんよ銀さん」
口ではそう言いながらも、銀時は歩調を早めると階段を駆け下りようとする新八の腕を掴んで引き止める。
「銀さん?」
「俺が連れてくっから、色々用意しとけ」
「はいっ!お願いします!!」
死んだ魚のような濁った目で見返されて、新八はぱっと表情を明るくさせると後は銀時に任せて自分は慌しく中へと戻って行く。
それを見届ける事無く、銀時は幾らか乱暴な足音を立てて階段を下りると新八の傘が置かれた其処を覗き込んだ。
「おいおい・・・マジでか」
新八の言う通り、ぐったりと其処で横たわる少年を見つけると溜息を吐いて屈み込む。
ホンの少しの間だけだと言うのに、銀時の寝巻き代わりの甚平はぐっしょりと雨を吸い込んで重たい。
もう、置いておかれた傘を使っても意味がないと判断すると、傘を閉じる。
一度それを傍らに立て掛けると、蹲る少年を抱き起こした。
抱き起こして、銀時は軽く片眉を跳ね上げる。
抱き起こした少年は、深い藍色をした細長い何かを守るように・・・縋るように抱き締めていた。
傍らに転がっている少年の荷物らしきずだ袋よりも、余程大事な物のようだ。
それを掴んで銀時は目を細める。
どうやら刀だ。深い藍色をしたそれは、刀袋に間違いない。
何故そんな物を持っているのかどうかの理由は後回しにして、とりあえず運ぶ為には邪魔だと取り上げる。
途端、少年は寄せていた眉間の皺をさらに深めて小さく唸った。
「ちっと預かるだけだ」
心配すんなと声を掛ければ、僅かだけ眉間の皺が弛む。
それを確かめて、銀時はその身体を荷物のように左肩に担ぎ上げた。
藍色をした上下の洋装は雨を吸って冷たいが、触れた肌は火を吹く程に熱い。
そりゃ、新八も慌てるなと納得して、仕方が無いと言うように小さく息を吐くとのそりと立ち上がる。
「直ぐだから文句言うなよ」
腹部を圧迫されて苦しいのか、うぅっと再び呻いた少年にそう声を掛けると、立て掛けた傘と少年から取り上げた刀袋に収められた刀にずだ袋を右手で掴んで、カンカンと硬い足音を立てながら階段を駆け上がった。
銀時が新八に急かされて万事屋に上げた少年は濡れた身体を拭われて、予備の甚平に身を包み和室の布団の上で寝かされていた。
解熱剤を飲ませたおかげか、酷く苦しげだった呼吸は落ち着き昏々と眠り続けている。
「新八、どうよソイツ」
「薬が効いてるみたいで、少しはマシになってますね」
和室の襖が開けてぬっと顔を出した銀時に、少年の枕元に正座していた新八は声を潜めて応えを返した。
額に乗せいてたタオルで顔を拭ってやると、氷水に浸してぎゅっと水を絞って再び額にタオルを乗せてやる。
「面倒な事にならなきゃ良いけどなぁ〜」
「ちょっと銀さん・・・」
「だってほら・・・。アソコに置いてあるもん拾うと碌な事ないじゃん?」
ボソッと呟かれた言葉に、確かにそれは一理あると苦笑う。
まぁ、どれも最終的には良い形で締め括られているのだから悲観する事も無いのだが・・・。
「兎に角・・・目を覚ましたら何があったか事情を聞きましょう。ね?」
「だな・・・」
厄介事はご免だと言いながらも、この少年を放り出す事はしないだろう銀時を新八はにこりと微笑んで見上げた。
ふと、少年の口から小さく唸る声が漏れる。
覚醒の兆しかと二人が少年に視線を向けるが、どうもそうでは無さそうだ。
小さく口唇が動き何事かを呟く。
無意識に、二人は耳を傾けた。
「・・・いっそ・・・くたばれ、クソ親父・・・」
弱々しく吐き出されたそれに、銀時と新八は顔を見合わせて目を瞬かせる。
「どんな夢見てんだコイツ・・・」
「さぁ・・・」
やけに物騒な寝言を吐いて再び昏々と眠る少年に、二人は苦笑った・・・。

