人生って何が起こるか分からねぇから、ちっと困りもん。
でも、結果良ければ全て良しってもんだ。
法定速度?信号?何それ美味しいの?な勢いでスクーターをかっ飛ばした銀時だったが、幸いにも事故を起こす事無く大江戸病院の敷地に滑り込んだ。
病院の敷地入り口で、豪快なドリフトを決めた時に車体と地面が擦れて火花を散らしたが、気にしては居られない。
「定春っ!!」
後ろで叫んだ閃時に顔を上げれば、病院の出入り口でその巨体を右へ左へと落ち着かない様子で移動させる定春の姿が確かにある。
ぐっとブレーキを握り込めば、回転を強制的に止められたタイヤが地面と擦れてキュイーッ!!と不快な音を立てた。
不意に、腰に回っていた腕の感触が消える。
完全にスクーターが停止するのが待てなかったのか、閃時がタンデムシートを蹴って飛び降りていた。
身体能力は化け物とまで言われる銀時譲りなのか、勢いを殺す為に閃時はくるんっと猫のように身軽に宙で一回転すると見事に着地する。
銀時が完全にスクーターを停止させる頃には、定春に向かって駆け出していた。
「定春っ!!お母さんとお姉ちゃんは!?」
ぼふっと音を立てて定春に抱き付いた閃時は口早に問う。
それに答えるようにわんっと一声鳴いた定春は、病院の奥へと視線を向けた。
「中に入ってんだな?」
「わんっ!!」
駐輪場まで行く余裕はなく、とりあえず救急車が入るのに邪魔にならない所にスクーターを突っ込んで追い掛けて来た銀時が定春に問えば、そうだと言うようにまた一鳴き。
「定春は此処で待ってろ」
「ごめんね、定春」
「くぅ・・・」
病院内に入る事は出来ない定春は、銀時や閃時同様新八を心配していても、此処で待つしかない。
不安そうに眉を下げる姿に、銀時はポンッと軽く頭を叩き、閃時はぎゅうっと一度強く首に抱き付いた。
そして、閃時が定春から離れるか早いか、銀時はひょいとその身体を抱き上げて病院内へ駆け込む。
平日の昼間であっても、診察待ちの患者の姿は多い。
神楽が新八を連れて来たのなら、一騒ぎ起こしてでも駆け込んで直ぐに診察をさせている筈だと、銀時は目の前の受付へ駆け寄った。
が・・・。
「銀ちゃんっ!!閃時っ!!」
銀時が受付嬢に問うよりも早く、聞き慣れた神楽の声がその場に響く。
どうしました?と、営業スマイルを浮かべる受付嬢に、いや大丈夫と告げて軽く片手を挙げると銀時は駆け寄って来る神楽へ、自らも間合いを縮めた。
「新八はっ!?倒れたって原因はっ!?」
「落ち着くヨロシ。新八ならピンピンしてるアル。けど・・・」
「けど!?」
噛み付くような銀時と、その腕の中から不安そうに見詰めて来る閃時に、神楽は少しだけ困ったような表情を浮かべた後、小さく溜息を吐く。
「自分の目で確かめた方が早いネ。三階の307号室に居るから早く行くヨロシ」
エレベーター待つより、階段の方が早いネと右手の親指で背後を指す神楽に頷いて、銀時は再び走り出そうとしたが、神楽の脇を擦り抜けた瞬間、襟首を掴まれてぐぇっと呻いた。
「か、神楽・・・っ!!じまっでるっ!!首、じまっでるっ!!」
「お、お姉ちゃんっ!!お父さん死んじゃう!!死んじゃうからっ!!」
「大丈夫ネ。こんな事で死ぬ位ならとっくにくたばってるアル」
襟首を掴む神楽の手に慌てて閃時が肩越しに手を伸ばすが、はっと鼻で軽くあしらわれて目を瞬かせる。
「銀ちゃんは先に行くヨロシ。閃時は先に怪我の手当てするアル。そのままで行ったら、新八が心配するネ」
閃時こっちに寄越すヨロシと、怪我に気付いた神楽が銀時の腕から閃時を取り上げた。
えぇっ!?と不満そうな声を上げるが、新八に心配掛けても良いアルか?と言われては、それに従うしかない。
その際、本当に新八は大丈夫ネとしっかりと宥めて。
「307号室だな?」
「そうネ」
念の為病室を確認した銀時は、閃時を神楽に任せて階段を駆け上って行った。
擦れ違う見舞い客や入院患者らしき者達が驚いた声を上げるが、構っていられない。
三階に到着すると廊下を更に駆け抜け、307号室と札の掛かった病室のドアを、ノックする暇もなく開け放った。
「新八っ!!」
「銀さん?」
切羽詰った銀時の呼び掛けに応えるのは、病院特有のベッドの上に起き上がった新八。
コトリと首を傾げる仕草も、眼鏡越しに向けられる瞳も普段と何ら違った様子を見られず、銀時は安堵からその場に崩れそうになる膝を叱咤して、大きな歩幅で新八に歩み寄った。
歩み寄って、有無を言わさずぎゅっと強く抱き締める。
わわっと上がる悲鳴を無視してただ、ぎゅうぎゅうと抱き締めた。
「オメェ・・・ちょー・・・もー」
「心配掛けてすみません・・・」
何を言えば良いのか何が言いたいのか分からぬまま、出来損ないの言葉を零せば、それを察した新八が苦笑い交じりに謝罪の言葉を綴った。
新八の居る病室は大部屋だが、幸いにも他の入院患者はいないらしく、新八も躊躇する事無く銀時の背に腕を回す。
もう一度すみませんと謝って背に回した手でそっと背中を撫でれば、さらに銀時の腕の力が強まった。
瞬間。
ビシッと音を立てて銀時の身体が硬直した。
何故突然銀時が硬直したのか気付いた新八は、苦笑うしか出来ない。
「あの・・・新八さん?」
「はい、銀さん」
「えーっと・・・これ、銀さんの気のせいかな?」
「いや・・・えっと・・・。多分、気のせいじゃないかと・・・」
あはははっと乾いた笑いを零す新八に、ギシギシと音がするのではないかと言う動きで銀時は腕を緩めると恐る恐るとお互いの身体を引き剥がした。
そしてゆっくりと視線を下げて、ある一点で止める。
止めて、ただ・・・マジで?と呟く。
「えっと・・・すみません・・・マジです」
あの、僕・・・と困った表情で呟いて、新八は自分の両手を検査着らしき簡易服の合わせ目に添えると、あーっと曖昧な声を上げて幾らか割り開く。
そして・・・。
「また、女になったみたいです」
と、爆弾を投下した。
やんわりと膨らんだ胸の上部を少しだけ見せながら・・・。
神楽に連れられやっと新八と銀時の居る病室に来る事が出来た閃時は、両腕はぐるぐると包帯を巻かれ、右頬の傷には特殊なパッドを貼られ、足の裏は裸足で走ったせいか小石などで小さな切り傷が出来ていたらしく、これまた包帯でぐるぐると巻かれている。
建築現場に草履を落として来たままだったので、病院のスリッパを履いた閃時は、ただぽかんっとした表情浮かべるしか出来なかった。
まぁ、それも仕方ないと他の三人は苦笑う。
お母さんと呼んでいても、新八が男だとちゃんと分かっている閃時にとって、新八が突然女になってしまった事はすでに理解の範疇を超えていた。
「あー・・・閃時?」
きょときょとと落ち着かない様子で視線をあちこちに動かし、普段よりもかなり多い瞬きを繰り返す閃時を見兼ねたのか、銀時が声を掛ける。
声を掛けられた事は分かっているが、どんな反応すれば良いのか分からないのだろう、閃時は少し困ったように首を傾げ、その様子に銀時はがしがしと頭を掻いて小さく溜息を吐いた。
「神楽ぁ」
「はいヨ」
「閃時連れて先帰ってろ。俺も手続き終わったら一回帰っから。そん時説明するわ」
「その方が良いみたいアルな」
苦笑い交じりの銀時に、神楽も苦笑いを浮かべたまま頷いた。
「閃時、帰るアルよ」
「帰る・・・の?お母さんは?」
「新八は今日は此処でお泊りネ。閃時、今頭の中ぐるぐるアル。お家帰って落ち着くヨロシ」
にひっと笑って顔を覗き込む神楽にそう言われ、閃時はとりあえずと言った様子で頷く。
が、何処か不安げに視線を向けられた新八は、安心させるようににこりと微笑んだ。
何時もと変わらない笑顔に幾らか安心したのか、閃時も微かに笑みを浮かべて、促す神楽に素直に従って静かに病室を後にした。
「閃時・・・滅茶苦茶困惑してましたね」
「まぁ、困惑もするだろうよ」
ってか、しなかったらそれはそれでどうなの?と溜息を吐いて、銀時はベッドの傍らに置いてあったパイプ椅子からベッドの上に腰掛ける新八の隣へと移動する。
ベッドに腰を下ろすと上半身を捻って新八の肩を抱き寄せた。
凭れろと言うように肩を抱き寄せた手でさらに丸い頭を肩口に引き寄せれば、新八は抵抗せずにそっと頭を預ける。
「銀さん」
「んー?」
「閃時への説明、お願いしますね?」
「おうよ。ってか、ちょうど良い機会だったのかもな。
アイツもそろそろ自分の出生が気になる頃だろうし」
「かもしれませんね。閃時は吃驚するかもしれないけど」
銀時の言葉にふふっと小さく笑う新八を視界の端に捕らえると、ぐっと先程よりも強い力で肩を抱いて頭に頬に摺り寄せる。
膝の上に置かれていた手を取って、銀時は新八の旋毛に口唇を押し当てれば、少しだけ甘えるように新八は銀時の首筋に額を摺り寄せた。
「銀さーん」
「んー?」
「僕が倒れたの聞いて駆け付けてくれて、ありがとうございます」
「ばっか、オメェ・・・んなの当たり前だろうが」
「当たり前ですか」
「当たり前ですとも」
でも、寿命が縮まるのでもう勘弁して下さいお願いしますと、少し情けない声音で言葉を綴る銀時に、新八は堪らず声を上げて笑った。
その後、暫くして神楽が連絡していたらしく妙が姿を見せた事で、新八を妙に任せて銀時は検査入院の手続きを済ませ、一度万事屋へ。
思ったよりも時間が過ぎていたのか、銀時が万事屋に帰り着いた時には、西の空は茜色に染まろうとしていた。
銀時が用意した普段よりも随分と早い夕食を食べた後、数日分の着替えを包んだ風呂敷を持って神楽は病院に戻った。
あれから、大部屋から個室に移動する事が出来たと妙から連絡があり、病院側から付き添いの特別許可ももぎ取れた事もあって、今夜は二人が新八に付き添う事になっている。
「痛くねぇか?」
「うん、平気」
夕食の片付けを済ませた後、銀時は閃時と共に風呂に入り、一度解いた包帯を巻き直していた。
腕の広範囲の擦過傷にはワセリンを塗ったサランラップを巻き、その上から包帯を。
両膝と頬には病院から貰った特殊なパッドをペタリと貼った後、小さな切り傷が無数に出来た足の裏も消毒し直してこれにも丁寧に包帯を巻いた。
「ミイラ男みたい」
「甘ぇな閃時。ミイラ男になるには包帯が全然足んねぇよ」
ぽつりと呟いた閃時にくっくっと喉を鳴らすと、包帯の端をテープで留めて手当てを終わらせた。
「ありがとう、お父さん」
「はいよ。どういたしまして」
にこりと笑って礼を述べる閃時の頭をくしゃりと撫でた後、ちょっと待ってろと声を掛けると、救急箱を片付け、手を洗いに一度台所へ引っ込んだ。
音を立てて流れ落ちる水に手を突っ込みながら、さて・・・何処から話すべきかと思案する。
一通り考えはしたが、全てありのままに話してやるのが一番だと、銀時は目を細めた。
閃時はまだ七歳ではあるが、自分達が思う以上に聡い子だと知っている。
全部話した後に浮かべるだろう表情を想像して、銀時はくくっと小さく笑った。
台所から居間に戻れば足音に気付いて、何処か所在無さ気にソファに座っていた閃時が銀時を見上げる。
左右色違いの瞳に問い掛ける色を見つけて少しだけそれに笑うと、銀時は閃時の向かい側のソファに腰を下ろした。
「閃時」
「ん・・・」
「ちっと昔話しようか?」
嘘みたいだけど本当の、少し可笑しな昔話を。
そう言って、銀時は楽しげな表情を浮かべた。

後書き
えーっと・・・女体化嫌いな方、ホントすみまっせんんんんっ!!!
でも、これっ!!坂田さん家の兄妹誕生には欠かせない設定なんですorz
重要なのは、女体化ではなく、何故そうなったかの原因なんで・・・あの・・・。
大目に見て頂けたらと、思います・・・。真面目にごめんなさい・・・っ!!
ってか、今回滅茶苦茶長いのは、本当はこれ、二つに分けるつもりでした(笑)
でも、二つに分けるとかなり短くなるので一個に纏めましたっ!!
次の回から、過去編に突入します。ので、暫く長男はお休みです(爆)
2009.04.25
