人生って何が起こるか分からねぇから、ちっと困りもん。
でも、結果良ければ全て良しってもんだ。
昼間の喧騒を表すように、人通りの多い道を閃時は脇目も振らず駆けていた。
相当長い距離を全速力で走っているせいか、ひゅっひゅっと喉が苦しげに鳴る。
それでも、閃時は立ち止まる様子を見せずに一心不乱に両足を前へ前へと進めた。
と、僅かな段差に足を取られて身体のバランスを崩す。
ずざっと音を立てて派手に転んだ閃時は、うっと小さく呻いたものの素早く起き上がった。
七分丈の着物と膝丈の下衣を着ている為か、剥き出しになっていた肌に痛々しい擦過傷が幾つも浮かび、血を滲ませている。
素足に履いた草履は転んだ拍子で脱げてしまった。
「大丈夫かい?」
余りにも痛々しい様に見兼ねたのか通行人の一人が声を掛けるが、閃時は小さく大丈夫ですと呟くと、脱げた草履を手繰り寄せる。
転んだ衝撃を示すように、右の草履の鼻緒がプツリと切れていた。
はっはっと短く早い呼吸を繰り返していた閃時は、辛うじて足の指に引っ掛かっていた左の草履も脱ぐとぎゅっと握り締めて、裸足のまま再び走り出す。
後ろから、先程声を掛けた通行人が呼び止める声が聞こえたが、閃時はそれを振り切って只管駆けた。
「銀さんよ。そろそろ飯にしようや」
「おー」
足場を登って屋根の上まで上がっていた銀時は、同じく屋根に上がっていた顔馴染みの大工の一人に声を掛けられ了承の声を上げた。
額に浮かんでいた汗を首に掛けた手拭いで拭い、ふーっと息を吐いて立ち上がる。
長い間屈み込んでいた為に強張った筋肉を解そうと、腰に手を当ててぐぐっと身体を反らした。
パキポキと身体の内側から小気味良い音が響く。
「っし。昼飯、昼飯」
最後にコキンと首を鳴らして銀時は下に下りる為に足場に向かった。
「おい銀さん。あれ、アンタの倅じゃねぇのか?」
「あぁ?」
先に足場を下り始めていた大工にそう言われ、銀時は指差す方へとゆるりと視線を向ける。
距離的に表情までははっきりと分からないが、陽の光を鈍く銀色に弾き返す髪の色をした少年などそう居る訳で無い。
みてぇだなぁ〜とのんびりとした口調で肯定した銀時だったが、何処か慌てた様子の閃時に軽く眉を寄せた。
「悪ぃ、先に下りさせてくれや」
「ん?あぁ」
ポンッと肩を叩かれた大工はそう言う銀時に足場を譲るように脇へ避ける。
あんがとよと手短な礼を告げると、銀時は素早く足場を下りた。
「お父さん・・・っ!!」
閃時も足場を下りる銀時の姿に気付いたのか、何故か今にも泣きそうな声で銀時を呼ぶ。
声の調子に、これは只事ではないと思った銀時は、着地点に道具や材木が無い事を確認するが早いか地面からまだそこそこの高さのある足場から飛び降りた。
「閃時っ!!どうしたっ!?」
着地の衝撃を和らげる為に撓めた膝を今度は走る為のバネに変換して、閃時の距離を縮める為に駆け出す。
一気に縮まった距離に直ぐに立ち止まる事が出来なかった閃時は、そのまま体当たりでもするかのようにな勢いで銀時にぶつかった。
ドンっとかなりの衝撃を受けた銀時だったが、倒れる事無く閃時の細く小さな身体を受け止める。
ぜひゅっぜひゅっと苦し気な呼吸を繰り返す閃時に眉を寄せると、大丈夫か?と声を掛けながら背中を撫でて顔を覗き込んだ。
「って、オメェどうしたっ!?傷だらけじゃねぇかっ!!」
ぎょっと目を丸くて叫んだ銀時は、肩を掴んで閃時の身体を引き剥がすと頭の天辺から爪先まで一気に視線を滑らせる。
あの後また転んだのか、右頬骨の上辺りに新しい擦過傷が出来ている上に、両腕は肘だけでなく手首から肘の間の広範囲で擦過傷があった。
足は両膝から血を流すと言う有様だ。
「とりあえず手当て・・・」
「こんなの、平気っ!!それより、お母さんがっ!!」
余りにも痛々しい怪我の数々に、銀時が手当てをしようと閃時を抱き上げかけたが、それを遮るように閃時が作務衣の袖を掴んで叫ぶ。
握り締めていた草履がパタパタと音を立てて地面に落ちた。
お母さんと叫ばれた瞬間、ピクリと銀時の片眉が跳ねる。
「お父さんっ、どうしよう・・・っ」
「落ち着け閃時。何があった?ん?」
「お母さん・・・っ」
必死で言葉を綴り、何事かを銀時に伝えようとする閃時だったが、くしゃりと表情を崩すとヒグッと喉を鳴らす。
ぶわっと両目に浮かんだ涙を流すよりも先に伝えるべきだと、ぐぃぐぃと目元を肩口で擦り、屈み込んでいる為に何時もよりずっと近い銀時の紅い瞳を見上げた。
「倒れたっ!!」
「は・・・?」
「お母さんが、倒れたのっ!!お姉ちゃんが定春で大江戸病院にお母さん連れて行ったっ!!ボクに、お父さん呼んで来いってっ!!」
「・・・っ!?」
悲鳴に近い閃時の叫びに、銀時の両目が見開かれる。
次の瞬間にはその両目は鋭く細められ、閃時は突然の浮遊感に目を瞬かせた。
驚く閃時を他所に銀時は素早く視線を巡らせて、二人の只ならぬ様子に野次馬根性で視線を向ける数人の大工に向かって声を上げる。
「悪ぃっ!!抜けるっ!!」
「はっ?どうしたんだ銀さん?」
「俺の嫁さんが倒れたらしいっ!!親方に伝言頼むわっ!!」
「お、おぅっ」
銀時の気迫に押されたのか、声を掛けられた大工の一人がどもりながらも何とか頷く。
が、銀時はそれを確かめるよりも早く敷地の隅に置いてあったスクーターへ駆け寄ると、抱えていた閃時をタンデムシートへ下ろした。
「閃時、怪我の手当てもう少し我慢出来るか?」
「出来るっ!!」
肩に両手を置いて銀時がそう問えば、閃時は擦ったせいで充血してしまった瞳で力強く銀時を見返して答えた。
「それでこそ父ちゃんと母ちゃんの子っ!!」
ぐしゃっと一度乱暴に頭を撫でるとミラーに引っ掛けてあったヘルメットを閃時の頭に被せて、銀時はシートに跨る。
懐に仕舞っていた鍵を素早く突っ込むと、勢いよく回した。
「しっかり捕まってろ閃時っ!!」
「うんっ!!」
ブォンッ!!と高らかにエンジンが響く中、エンジン音に負けない声で注意すれば、直ぐに閃時の腕が銀時の腰に回りぎゅっと作務衣を握り締める。
それを確かめてタイヤを回転させると、突いた右足を軸に車体を一気に反転させた。
「いいぞっ!!出なっ!!」
突然響いた声に銀時がはっと顔を上げれば、敷地の外に出た数人の大工が通行人を止めている。
銀時が何時でも飛び出せるように。
その心使いに、銀時は軽く手を上げると一気にスロットを全開にして敷地を飛び出した。
「気ぃ付けてなぁっ!!」
「坊主っ!!落ちんなよっ!!」
そんな言葉を受けて、二人を乗せたスクーターはあっと言う間に彼等の視界から消えた。
「閃時っ!!」
「何っ!?」
「母ちゃん何で倒れたっ!?」
「分かんないっ!!お昼ご飯の用意してたら、急に倒れたのっ!!それまで、普通だったのにっ!!」
何の前兆もなかったのだと訴える閃時に、銀時はギリッと奥歯を噛み締める。
まったく何時も通りだった。
朝から騒いだ自分達を叱る声も、不意打ちのキスに真っ赤になる事も、何もかも・・・。
だからこそ、銀時の焦りはさらに強くなる。
「お父さん・・・っ、どうしよう・・・お母さん・・・っ」
作務衣を掴む閃時の手に力が篭り、微かに聞こえる声は震えていた。
「母ちゃんなら大丈夫だっ!!オメェは落ちないようにしっかり捕まる事だけ考えてろっ!!」
自分の中と閃時の中にある不安を払拭するように銀時が叫べば、背中に押し付けられるヘルメット越しの頭が小さく縦に振られた・・・。

後書き
や、ぶっちゃけた話し・・・別にこの回のエピソードは飛ばしてもよかったんです・・・よ(おい)
でも、あの、あれです。
坂田に『俺の嫁さん』って言わせたかっただけ・・・っ!!(殴)
後、ニケツは銀新のみしか許せない方、ホントすみません。
いや、蒼月も坂田の後ろは新ちゃんのみっ!!って思ってますよ?
でも、展開的にスクーター無いと全力ダッシュになるんで・・・。
それはちょっとどうよ?・・・ってか、坂田は一人で仕事に行くのに歩きはねぇだろう?って思っちゃったので・・・。
えーと・・・。
息子って事で勘弁して下さいませぇえぇええぇぇっ!!(土下座)
あ、それから。
長男の顔に傷付けてごめんなさい。
でも、あの一家・・・顔には傷残りませんから(笑)
2009.04.01
