You are my HERO
長い時間同じ姿勢で居たせいか、左半身が微妙に痺れて来たのでもぞもぞと身体を動かして何とか姿勢を変えようとしたが、思い通りに動かす事が出来ずに諦めたように動きを止めた。
動いたせいなのか、左半身の痺れがじわりと全身に広がって小さく呻く。
もぞっと腕を動かせばギチリと何かが擦れ合う音がした。
同時に、手首にチリリと微かな痛みが走る。
それを無視して、さらに腕を動かしギチギチと擦れ合う音を立てた。
痛みが酷くなって、僅かにだが鉄錆に似た臭いが鼻に届く。
(やっぱり駄目か…)
分かってたけどねと胸の中だけで呟いて、もう何度吐いたか分からない溜息を吐いた。
今現在の僕の状況。
後ろ手で縛られ、下肢は膝と足首の二箇所で縛られた状態で固い床の上に転がされている。
ついでに言えば、目隠し猿轡の完璧なる拘束を体験中だった。
(まったく嬉しくないけどねっ!!!)
声にせずに叫んでも意味が無いこと位分かってはいるが、叫ばずに居られない状況なので致し方ない。
そんな事よりも、何故こうなったかの原因を知る方が先だ。
先ずはと…ゆっくり記憶を辿り事から始める。
何時も通り、万事屋で家事に明け暮れて自宅へ帰る途中、不意に背後から声を掛けられた。
あのとか、すみませんとかと言う声の掛け方じゃなくて、いきなりフルネームで呼ばれたんだ。
急な事で、はい?と少し疑問系で返事をしながら振り返ったら、もう一度名前を呼ばれて…何て答えたんだっけ?
えっと…あぁ…。
僕はちょっと警戒しながらも『そうですが』って答えたんだ。
何で馬鹿正直に答えるかなぁ。
そしたら、次の瞬間スプレー音と一緒に何かを噴き掛けられて…驚いて逃げようとしたけど、急に身体の力が抜けたかと思ったらそのまま地面に倒れたんだ。
痛いと思うよりも早く、意識が霞んで来て…気付いたらこうなってた。
うん、あれだ。
薬使われて拉致られた事位しか分かんないよね、コレ。
営利目的…は、ないな確実に。
家が借金塗れって意外と有名だし。
何か価値のある物を持ってる訳でもない。
そうなると怨恨…かな?とは言っても、ここまでされる程の恨み…買ってる可能性を否定出来ないよ。
僕個人への怨恨じゃない可能性は高いけどね。
周辺で考えるとあり得るよね、確実に。
むしろ、あり過ぎて絞れないよ。
何だろう…ちょっと泣きたくなって来た。
本当はこれから自分がどうなるのか、どうされるのか分からない恐怖で全身を強張らせているけれど、無理矢理にでも普段の調子を出そうとグルグルと思考を回させる。
思いっきり鼻から空気を吸い込んで、深く大きくゆっくりと吐き出した。
もう一度深呼吸をして目隠しの下、開いていた目を閉じる。
変わらない暗闇の中、浮かぶのは一人の姿。
(銀さん…)
何時の間に、こんな時に浮かぶ姿が摩り替わってしまったんだろう。
今まではこんな…理不尽な仕打ちを受けて目を閉じる時は、もう朧気にしか思い出せない父上の背中か、力強い笑みを浮かべる姉上の姿だった筈なのに。
(銀さん…)
声が出せない変わりに繰り返し銀さんを呼べば、少しずつ身体の強張りが解けて行く。
根拠はないけど、もう大丈夫だと僕は確信する。
だって、何時だってどんな時だって銀さんは助けに来てくれた。
侍として男として、ただ助けを待つだけなんて情け無いにも程がある。
でも…。
(銀さん…)
どうしても彼を求めてしまう僕が居る。
不意に、僕が居る所よりも離れた何処かが騒がしくなった。
はっと顔を上げて耳を澄ませれば、十数人…もしかしたら数十人かもしれない怒号と悲鳴が同時に聞こえる。
ドクドクと、落ち着いてた筈の心臓の鼓動が早くなった。
耳の後ろで鳴っているような心臓の音に邪魔されながらも必死で耳を澄ませていれば、数人の慌しい足音が近付いて来る。
一人じゃなくて数人と言う事に、再び身体を強張らせているとガタンっと大きな音がして、荒々しい息遣いと一緒に人の気配が飛び込んで来た。
口早に何かを言い合う声だけが聞こえる。
辛うじて聞き取れた言葉は、連れ出せと盾にしろと言う言葉だけ。
直ぐ近くに人の気配を感じるが早いか、乱暴に腕を掴まれて無理矢理身体を起こされた。
うぅっと抗議の声を上げれば、それを遮るように聞き慣れた声が響く。
「はーい、案内ご苦労さんっ」
不思議と語尾に力が篭っている。
それが何故かと言う答えは直ぐに分かった。
間近で鈍い音がして、続いてぎゃっ!!と悲鳴が上がる。
それと同時に、僕の腕を掴んでいた誰かの腕の感触が消えた。
当然、僕の今の状態で自力で立つ事は不可能だったので、支えを失った身体は自然の摂理に従って地面に向かって倒れ込む。
衝撃を覚悟して身体を固くしたけれど、覚悟した衝撃は何時まで経っても襲っては来ず、代わりに地面とは違う固さと柔らかさの混在した人の身体に受け止められた。
ふわりと甘い香りに鼻腔をくすぐられて、背中にしっかりと腕が回される。
甘い香りと力強く背中を抱く腕が誰の物か、僕が分からない訳が無い。
「もちっと我慢してろな、新八」
直ぐに自由にしてやっからと耳元で囁く銀さんの声に、僕はただ頷いた。
ぐいっと身体を持ち上げられて肩に担がれた事を感覚で知ると、両手で掴まる事が出来ないので、全身で担ぎ上げられた肩を挟むように力を入れる。
「上出来」
僕の行動は間違っていなかったらしく、声だけで銀さんがニヤリと笑っているのが分かった。
太腿の真ん中辺りに銀さんの腕の感触を感じる。
頭に血が下がって少しクラクラするけど、きっと少しの間だけ我慢すれば良い。
だって、銀さんが助けに来てくれた。
そう思ったら、まだ完全に窮地を脱した訳でも無いのに無意識に安堵の笑みを浮かべていた。
ぐんっと銀さんの身体が沈んだのを暗闇の中で感じれば、間髪入れずに再び鈍い音がして三つの悲鳴が上がるが早いか、人が倒れる音がする。
気が付いた時から目の前にあるのは暗闇だけで、どんな人間が僕を拉致したのかは分からないけど、薬を使うような卑怯な人間に、銀さんが負ける訳が無い。
普段は死んだ魚のような目をしてるし、やる気の欠片も見当たらないけど、この人の本質は…。
(間違いなくヒーロー)
似合ってんだか似合ってないんだか微妙なソレが可笑しくて、ぷくくっと笑いに身体を振るわせた。
「結局…一体何だったんですか?」
「あー?知らねぇ。万事屋何て阿漕な商売。何処でどんな恨み買うか一々考えてらんねぇだろうが」
あれから、安全な場所まで担がれたまま移動した後、一番の疑問を目隠しと猿轡を解いて貰って直ぐに銀さんにぶつけた。
でも、返って来たのはそんな素っ気無い言葉。
まぁ…その通りだけどと僕は溜息を吐く。
「って言うか銀さん。僕が居る場所、良く分かりましたね」
手首を縛っていた縄を解いて貰い、血流の悪くなったせいで痺れる指先を解す為に手を開いたり閉じたりしつつさらに問えば、あーそれねと呟いて銀さんは肩を竦めた。
「態々、連絡して来たからねアイツ等。『お前の助手を預かってる』って。ご丁寧に道順まで教えてくれたわ」
「どんだけぇ〜」
普通、もうちょっと相手を振り回すとかすんじゃないのかと思ったけど、おかげで早急に助け出されたので良しとする。
「でも…何か手を打たないと同じ事して来そうですね」
「いやぁ〜もう手ぇ出して来ねぇだろっと…よし、解けた」
「ありがとうございます」
やっと両足も自由になって、ほっと息を吐きつつじわりと痛む箇所を擦っていた手を、不意に銀さんに握られて目を瞬かせながら見上げる。
「血が出てんなぁ」
溜息と共にそう呟かれて、僕は苦笑いを浮かべた。
銀さんが縄と擦れて薄く血を滲ませる手首に顔を顰めた事に、大した事無いですよと言いかけたその時。
ふっと銀さんの顔の位置が沈んだと同時に、ピチャリと微かな水音がして手首に濡れた感触が感じられた。
「って、おぃいぃぃぃぃいいぃっ!!舐めるなぁあぁあぁぁっ!!」
「消毒消毒」
「馬鹿かぁあぁぁぁぁぁぁっ!!」
擦れて血が滲んだ箇所を銀さんに舐められると分かって、慌てて怒鳴って手を引こうとしても、それ以上の強さで引き止められてさらに舌を這わされる。
舌を押し付けられる度、傷口からピリピリした痛みが腕を伝った。
時折、音を立てて強く吸われて肩が跳ねる。
「ぎ、銀さん…っ!!もう、いいですからっ!!」
「んー?」
「んー?じゃなくて、ホント、もういいですから…っ!!」
ざわざわと、痛みじゃない何かが其処から生まれる感覚に肌を粟立たせつつ叫べば、ゆるりと銀さんの顔が上がった。
それと同時に、ぐいっと強く手を引かれてわわっと悲鳴を上げながら前のめりになれば、引き倒されるような事はなかったが、すっぽりと銀さんの腕の中に閉じ込められる。
「本気で心配したんだからなコノヤロー」
背中と肩に回された腕に、力が篭る。
耳元で、深々と溜息を吐く銀さんにぎゅうっと胸が締め付けられた。
きっと…さっきのやり取りは、この言葉少しでも柔らかく伝える為の緩和剤。
恐る恐ると抱え込まれていた腕を動かして、そぉっと広い背中に回せばもっと強く抱き締められる。
「銀さん…」
「んー?」
「心配掛けて、ごめんなさい。それから、助けに来てくれてありがとうございます。情け無い話しなんですけどね。ずっと、銀さんの事呼んでました。絶対に助けに来てくれるって思って…」
助けを待つだけだった自分が、今更ながらにもどうしようもなく情けなくて最後の方はもごもごと口の中で呟くようになってしまった。
「あのな、新八」
「はい…」
「情け無いとか言うな。オメェ…あれよ?今、銀さん。ものっそ嬉しいから」
「え?」
「心底大事な奴によ?ピンチの時に呼ばれるなんて、最高じゃん」
ヒーローみてぇでと耳元で笑う銀さんに、目を閉じて僕は肩に額を預ける。
「みたいじゃないです」
「ん?」
「銀さんは…」
何時だって、僕のヒーローです。
ひそと囁いた言葉に。
じゃあ、新八は俺のヒロインなと言って、銀さんは笑う。
僕だって何時かヒーローになりたいけど、今はまだそれでいいかと広い背中に回していた腕にぐっと力を込めた。
後書き
11111のキリ番で『ヒーロー的な便り甲斐のある銀時とヒロイン的な新八』なリクを頂きました!!!
うん…何か色々解釈を間違ってる気がしてなりません(貴様)
むしろ、常に疑問符が漂ってる感がっ!!!!!(*゚▽゚)・∵. ガハ!
いや、普通に考えれば坂田はヒーローですよ?だって主人公だもの。
なのに、何故に疑問符が漂う物しか書けなかったのかっ!!!orz
ちょっと、これをきっかけにカッコ良い坂田の書き方勉強しようと思います?(疑問系!?)
るの様
大変遅くなった上に、疑問符だらけになりそうな仕上がりで申し訳ありません!!!
あの、お気に召しませんでした別のリクも受け付けますので!!!
遠慮なくお申し付け下さいませぇえぇえぇぇぇえっ!!!(スライディング土下座)
キリ番報告&リク、本当にありがとうございました!!!
