家族団子










昼食の後、何時ものように遊びに出た神楽は万事屋の近くにある公園に足を踏み入れた。
が、広場まで足を運ぶ事無く、暫しその場に留まった後にくるりと踵を返す。
友達の笑い声が聞こえたが、広場まで踏み込まなかった神楽の存在には気付いていないだろう。
今の神楽にはさして重要な事柄ではないので、そのまま振り向く事無く駆け出した。
目指す先は、先程出て来たばかりの万事屋。
あっと言う間に見慣れた看板が視界に飛び込み、さほど間を置かずにカンカンっと騒がしい足音を立てて階段を駆け上がる。
下から、もっと静かに上がりなっ!!とお登勢の怒声が聞こえたが、そんな事お構いなしでガラリと玄関の戸を開けた。
ぽいぽいっと靴を脱ぎ捨てて、バタバタとやっぱり騒がしい足音を立てて短い廊下を駆け抜ける。
廊下と居間を仕切る戸を開け放てば、モップを片手にきょとりとした表情を浮かべる新八が其処に居た。



「どうしたの?忘れ物?」



パチパチと目を瞬かせて、コトリと首を傾げる新八にううんっと首を振って、遅ればせながらも神楽がただいまと言えば、お帰りと新八の口から反射的な応えが返る。
遊びに行って来ると少し前に出て行った筈の神楽が戻って来た。
常ならば、日が暮れて夕食時になるまで遊んで来る筈なのにと、新八はさらに首を傾げる。
もしかして、友達と喧嘩でもしてしまったのだろうかと危惧した新八だが、じっと真っ直ぐに自分を見詰める神楽の瞳に、そう言った事があったとは思えない。
しかし、意気揚々と遊びに出掛けて幾らもしない内に戻って来たと言う事は、何かがあったのだ。



「新八ぃ」
「何?神楽ちゃん」



訊いても良い物か?と逡巡していた新八の思考を遮るように、神楽が新八を呼ぶ。
何処と無く甘えを含んだ声音に自然と新八の表情が綻んだ。
名前を呼んだきり黙ってしまった神楽に、持っていたモップを壁に立て掛けると傍に寄って顔を覗き込む。



「どうしたの?何かあった?」



問い掛けながらそっと頭を撫でれば、つぃっと神楽の身体が動いてポスンッと音を立てて新八に抱き付いた。
両腕を首に回して肩口に顔を埋め、猫のようにスリスリと擦り寄って来る神楽に、新八はただ目を瞬かせる。
こんな風に甘えられるのは初めてではないが、あまりにも唐突な事に、少しだけ困ったような表情を浮かべた。
注意深く神楽の気配を探るが、悲しいとか寂しいとか嫌な事があったとか…そう言った負の感情は見つからない。
こうやって神楽が甘えて来る時は、先程上げた何かの感情を纏っているのだが、今の神楽はただ純粋に新八に甘えたいと言う気配だけを纏っていた。
何はともあれ、何か悪い事があった訳ではないと確信すると、新八はほっと安堵の溜息を吐く。
頭の上に乗せたままだった手をゆるりと動かして頭を撫でてやれば、くふんっと満足そうに神楽が鼻を鳴らした。



「神楽ちゃん、とりあえず座ろうか?」



立ちっ放しも何だからと促せば、コクンっと頷くものの離れようとしない神楽に新八は思わず苦笑う。
仕方ないとばかりに、頭を撫でていた手を下ろして両腕を神楽の腰に回して持ち上げた。
ふわりと足が床から離れた事で、新八の意図を察したのか神楽の口から楽しげな笑い声が零れる。
横に動く新八の爪先に引っ掛けないようにと、神楽は膝から下をくいっと曲げ上げた。
本当はパタパタと足を振りたい衝動に駆られたが、それをぐっと我慢する。
銀時なら多分大丈夫だろうが、新八だと転んでしまう危険があるからだ。



「座るよ?」
「はーいヨ」



神楽の返事を待って、新八はソファの座面に向かって尻を落した。
ギシッとソファが二人分の体重を受け止めて、悲鳴を上げる。
神楽を抱えたままだったので、手を突く事も出来ずに勢い良く座ったせいだ。
何だかそれが可笑しくて、神楽は新八の肩口に顔を埋めたままふくくっと笑い声を零す。



「今日の神楽ちゃんは甘えたさん」



まったく離れようとしない神楽に、新八もクスクスと微かな笑い声を零して言葉を綴った。
自分の太腿の上に跨るようにして、またスリスリと擦り寄って来た神楽の頭を新八は再び撫でてやる。
位置的に神楽のお団子に被さった髪飾りがコツコツと顎を叩くので、新八はそれを外すと結った髪を解いて手櫛で髪を梳いてやった。



「駄目アルか?」
「んー?そうじゃないよ。ただね、何か悪い事があった訳じゃないからよかったなーとは思ってるんだけど、じゃあ何があったのかなーって」
「娘がマミィに甘えるのに理由なんて必要ないネ」
「…いや、僕男だからね?」
「新八はそう言うの乗り越えた存在だから問題ないアル」



きっぱりと言い切る神楽に何だかなーと思いつつも、まぁいいかと思う位には、新八も絆されている…と言うか諦めている感が否めない。
まぁそれもいいやと思い直して、新八はまだ成長途中の自分の腕でもすっぽりと抱え込んでしまえる、小さな身体をやんわりと抱き締めた。
こうなったらトコトンとばかりに、薄紅色の髪に頬を当て、トントンっと背中を叩いてやる。
神楽がまた、新八の腕の中でふくくっと笑った。
笑って、すぅっと肺一杯に新八の纏う香りを吸い込む。
清潔な石鹸の香りと日向の香り。
とろりと、瞼を落ちるのを神楽は感じた。
身体を包み込んでくれる腕の温かさや優しい香りは、抗い難い睡魔を連れて来る。
うとうとと船を漕ぎながら、神楽はあのねと呟いた。
なぁーに?と少し間延びした声に鼓膜をくすぐられ、にへっと笑みを浮かべる。


公園に遊びに行ったら、広場の入り口近くのベンチで赤ちゃん抱っこした女の人が居たネ。
今日はポカポカしてたから、きっとお散歩ヨ。
赤ちゃん、抱っこされてすやすや寝てたアル。
その人、赤ちゃんの頭を撫でながら『今日は暖かいから、お外が気持ちいいねぇ』って言ってたヨ。
それ見てたら、何でか新八の顔が浮かんで帰って来ちゃったアル。
帰って来て新八の顔見たら、すごくすごーく甘えたくなっちゃ…た…。


訥々と語られる言葉に耳を傾けていた新八は、神楽の語尾が寝息に取って変わった事に目を瞬かせる。
少しだけ腕を緩めて顔を覗き込めば、クテンっと新八に凭れ掛かって神楽はとっくに夢の世界に遊びに行っていた。
身体には決して優しくない体勢だろうにと、思わず苦笑う。
和室に移してあげた方が良いだろうと思って、新八は神楽を起こさないように注意しながら抱え方を変えた。
背中を支え膝裏に腕を通して、よっと勢いを付けて立ち上がる。
一瞬ふらついたが何とか踏み止まると、一歩一歩確かめるようにして足を踏み出した。
行儀が悪いとは思ったが、仕方ないとばかりに和室の襖を足で開ける。
開けた先では、定春がその巨体を陽の当たる場所で丸めて寝息を立てていた。
キシッと畳が軋んだ音にピクリと耳を動かすと、定春が顔を上げる。
新八とその腕に抱えられた神楽を視界に入れて、パタリと尻尾を振った。



「一緒にね」



眠る神楽を定春にそっと凭れ掛かせながら囁けば、勿論とでも言うようにまたパタリと尻尾が振られる。
すぅすぅと寝息を立てる神楽の頭をそっと撫でて、何か掛ける物をと屈めていた上体を起こそうとした新八は、きょとりと目を瞬かせた。
右の袂を、神楽がしっかりと握っていたのだ。
これでは動けないと苦笑うと、やんわりと手に触れて解こうとしたが…さらにぎゅっと掴まれる。
困ったなぁと暫し眉尻を下げた新八だったが、まぁ今日は暖かいし此処は日向。
それに定春にくっついていれば暖かいだろうと結論を出すと、神楽の右隣に腰を下ろして定春に凭れ掛かった。
神楽の肩に腕を回してゆっくりと体を倒させると、小さな頭を膝に乗せてそろりそろりと撫でてやる。
くすぐったいのか、んんっと神楽の口から声が零れたが起きる気配はない。
不意に右の袂が軽くなった事に気付いて新八がそちらに視線を向ければ、其処を握り締めていた神楽の手がコトリと畳の上に落ちていた。
自由になった右手で頭を撫で、肩に添えていた左手で二の腕の中程をトントンとリズム良く叩いてやれば、ふにゃりと神楽の寝顔が綻ぶ。
その寝顔を見下ろしながら、新八はふっと目許を和らげた。
瞬間。



「し〜ん〜ぱ〜ち〜ぃ〜」



地の底から響いて来たかのように、低〜い声で名前を呼ばれて心持ち丸めていた背中をビシッと音がする程の勢いで伸ばす。
反射的に悲鳴を上げそうになって、慌てて両手で口を塞いだ。
膝元からううんっと神楽が声を漏らすのが聞えたが、幸いにも覚醒には至らなかったらしい。
それにほっと胸を撫で下ろしつつ、新八はきっと眦を吊り上げて呼び声の聞こえた方へ顔を向けた。
視線の先には襖の影にしゃがみ込んで、其処から顔を半分だけ除かせ何故か恨めしげな視線を寄越す銀時の姿。
神楽が出掛けると同時に、ちょっとコンビニ〜と出て行っていた筈だが、何時の間にか帰宅していたらしい。



「…何やってんですか、アンタ」



本当なら別の言葉を叩き付けるつもりではあったが、奇妙な行動を取っている銀時に、呆れてそれしか言えなかった新八に、きっと否は無い。



「何やってんですかはこっちの台詞だコノヤロー。俺には強請って強請って拝み倒して十回に一回しかしてくんねぇのに、何で神楽にはそんなすんなりやってやってる上に、頭撫で撫で二の腕ポンポンまでついてんの?何これ差別?差別ですかコノヤロー。引っ繰り返って全力で駄々捏ねるぞチクショー」
「何この人。半端なくウザイんですけど」



ブチブチと文句を呟く銀時に新八は全身全霊を込めた冷ややかな視線を向けるが、どうやら効いていないようだ。
さらに何事かブツブツと文句を言うので、諦めたように盛大な溜息を吐く。



「あーもー分かりました。片膝空いてますからどうぞ使いやがって下さい。そんな所でブツブツ言われ続けたら神楽ちゃん起きちゃうじゃないですか」



小声で捲し立て、勝手にしろよコノヤローと新八がそっぽを向けば、待ってましたとばかりに銀時が四つん這いで這い寄って来た。
よっこいせと親父臭い掛け声と共にゴロリと膝を枕に転がるに新八が呆れた視線を向けるが、銀時は何処吹く風の様子でさらりと流して、丁度良い位置を探し暫しもぞもぞと動く。
収まりの良い位置を見付けたのかくふっと満足気に鼻を鳴らした。



「ぱっつぁん。銀さんも撫でてー」
「あーはいはい」



早くしろと言わんばかりに右手を掴まれて銀時の頭に誘導された新八は、仕方ないとばかりにふわふわの銀髪の中に手を突っ込むとくしゃくしゃと掻き乱してやる。



「ちょ、オメェ…神楽の時みたく優しく撫でろよ。本気で駄々捏ねんぞコラァ」
「面倒臭いオッサンだなーもー」



ひそひそと小声で言葉を交わし文句を言いつつも、些か乱暴だった手付きを柔らかい物に変えた。
膝の上に乗る銀と薄紅の頭を、ゆっくり丁寧に撫でてやる。
ふと、背凭れにしていた定春が動いた事に気付いて顔を上げれば、交差した前足の上に乗せていた筈の大きな頭部が目の前にあった。
まるで、撫でろとばかりに差し出される頭部に銀時の頭を撫でていた手を伸ばそうとしたが、それよりも早く一回りは大きな手に掴まれてしまう。



「ちょっと銀さん…」
「神楽いっぱい撫でてやってんだから、そっち使って」



銀さんはまだ撫でられ足りないんですぅと口唇を尖らせる銀時に、そんな顔しても可愛くねぇよとぼやいて、渋々神楽の頭を撫でていた手を伸ばし直した。
銀時よりも少し硬質ではあるが、やはりふわふわの毛に覆われた頭部を優しく撫でてやる。
くふんっと気持ち良さそうに鼻を鳴らした定春に、新八はくすりと笑みを浮かべた。
暫く撫でてやると満足したのか再び交差した前足の上に頭部を戻すと、定春はくーくーと穏やかな寝息を立て始める。
和室の中に三つの寝息が静かに響く。



(三つ…?)



あれっと目を瞬かせ、膝元に視線を落とした新八は思わず目を丸くさせる。
つい先程まで言葉を交わしていた筈の銀時が、早くも寝息を立てていたのだ。



「早過ぎるでしょうが…」



どんだけぇ〜と苦笑いを浮かべ呟いて二人の頭をまた撫でる。
どうせ動けないんだから…と言い訳して、新八も両目を閉じた。
そして、五分もしない内に和室には四つの寝息。





麗らかな暖かい午後。
こんな日は家族団子でお昼寝しましょうか。















END





後書き
『ほのぼの坂田家で、新八に甘える二人』なリクでした!!!
いや、あの…。
ぶっちゃけ、神楽ちゃんばっか甘えさせる事しか考えてなくて旦那忘れてました(おい)
慌てて付け足したので、支離滅裂な雰囲気バリバリで申し訳ありません(*゚▽゚)・∵. ガハ!
書き始めた時はちゃんと覚えてたんですけどねぇー。
まぁ、坂田の扱いは基本そんな感じ…ってホントすみまっせんんんんんんっ!!!(土下座)
今度から気を付けますorz

沢木様。
遅くなって本当に申し訳ありません!!!
神楽ちゃんを子供っぽくし過ぎた感じがあるのですが…。
よろしければお受け取り下さいペコm(_ _;m)三(m;_ _)mペコ
企画参加、ありがとうございました!!!

2009.02.27