神様どうか…。
バチンっと音でもしそうな勢いで閉じていた両目を開くと同時に飛び起きる。
飛び起きた瞬間、どっと冷たい汗が噴出してポタリと流れ落ちた。
呼吸の仕方が可笑しいのか、ひゅーひゅーと笛のように喉が鳴る。
身体が震える。
その証拠に、ガチガチと奥歯がぶつかり合って小さな音を立てた。
下手に言葉を綴ろうとすれば舌を噛むかも知れないと、辛うじて残っていた冷静な部分の俺が呟くけど、そんな事には構っていられず口唇を動かす。
俺の耳に、俺の声は聞こえない。
音にはなっていないらしい。
だから、唾を飲み込んでもう一度口唇を動かす。
「新…八…っ」
「呼びました?」
辛うじて音に出来た呼び掛けは、直ぐに聞き慣れた声に拾い上げられた。
其処で一瞬、記憶が飛んだ。
気付いた時には、和室の畳の上に新八を押し倒してた。
只でさえでかい目玉をさらにでっかくして見上げて来る新八に堪らなくなって、そのまま噛み付くように口付ける。
んんっ!?と驚いて声を上げたから、そのまま開いた口の中に舌を突っ込んで新八の舌に絡み付けて音を立てた。
「んーっ!!んんぅっ!!」
息が出来なくて苦しいのか、下からぐいぐいと肩を押される。
それでも俺は口唇を離したくなくて、執拗な程に口付けを繰り返した。
苦しさの余り抵抗が弱まった事を良い事に、輪郭を確かめるように闇雲に両手を動かして新八の身体に触れる。
着物の合わせ目に指を掛けて、一気に割り開いた。
「ちょっ!?何やってんですかっ!?」
流石に酸欠で意識を飛ばしてる場合で無いと我に返ったのか、思いっきり肩を押されて口唇が引き剥がされる。
今頃気付いたけど、新八の顔に眼鏡が掛かってなかった。
押し倒した時にどっか飛んだらしい。
「こんな明るい内から何考えてんだアンタっ!?」
ぎっと下から睨み付けられて、違うと首を振る。
そうじゃない、そうじゃないからと行動で否を告げた。
「銀さん…?」
何も言わない俺を不審に思ったのか、眉を寄せながら新八が頬に手を伸ばして来る。
その手が頬に触れる前に逆に掴んで、掌に何度も口付けた。
口唇から感じる掌の体温に、俺の中で凍り付いていた何かがゆっくり解け始める。
「銀さん?どうしたんですか?」
「お願い…お願い、確かめさせて」
それだけを何とか呟いて、浮き上がっていた身体を沈めた。
顔を首筋に埋めた時に新八は身体を強張らせたけど、俺の様子が可笑しい事に気付いたのか、何も言わずじっとしている。
それにほっとしながら、頚動脈の上に口唇を触れさせた。
皮膚の下を通る血管を流れる血流が感じられる。
そのまま口唇を滑らせて、今度は左胸の上に口唇を触れさせた。
普段より早い鼓動が口唇を押し返す。
あぁ、ちゃんと動いている。
ちゃんと、生きている。
当たり前の事を確かめて、それが当たり前な事が嬉しくて、目を閉じて何度も左胸に口付けた。
ふと、新八が動く気配を感じる。
ふわりと頭に掛かる重み。
奔放に跳ねる髪の間を、ゆっくりと滑る新八の指の感触に、どうしようもなく泣きたくなった。
「銀さん、そのままゆっくり身体の力を抜いて。心配しなくても、簡単に僕は潰れたりしませんから」
何処かあやす様な新八の声音と背中を撫でる手に、俺の身体は俺の意思じゃなくて新八に従うように力を抜いて行く。
ずずっと膝が滑って、俺の身体がぴったりと新八の身体に重なった。
重いだろうに、新八は呻く事もせず、ただゆっくりとその両腕に抱え込んだ頭と背中を撫でる。
左耳を心臓の上に当てて、深呼吸を繰り返した。
何時の間にか、早かった鼓動は落ち着きを取り戻して規則正しいリズムを刻む。
すんっと鼻を利かせれば、日向と石鹸の香りで鼻腔が満たされた。
「新、八…」
「はい、銀さん」
「新八…」
「はい、銀さん」
それしか知らないように繰り返し新八の名前を呼べば、新八はそれに何度も応えてくれる。
あぁ、生きている。
ちゃんと、俺の傍で生きている。
力なく身体の横に投げ出していた両腕を、新八の細い腰に回してしっかりと抱き締めた。
突然、俺の前で崩れ落ちた新八。
抱き締めて肩を揺すぶって、どれだけ名前を呼んでも応えてくれなかった新八。
鼓動もなく体温すらも感じせずに、出来の良い人形のように動かなくなってしまった新八。
全部…全部、夢だった。
新八はちゃんと生きてる。
温かい体温と確かな鼓動を刻んで、今、此処でちゃんと生きている。
生まれて一度として信じた事の無い神様。
どうかどうか…例え夢であってもこの腕の中の存在を、奪うような事はしないでくれ。
身勝手な祈りを捧げながら、確かに感じる鼓動と体温に溶かされるように意識を手放した…。
突然、胸を肌蹴られた時には本気で焦ったけど、何時の間にか規則正しい寝息を立てる銀さんに、ほっと安堵の溜息を零す。
少し前まで、何時もと何も変わらない時間が流れていた。
それが突如断ち切られたのは、昼寝をしていた銀さんが目覚めた瞬間。
洗濯物を畳み終わって、そろそろ夕飯の用意をしようと和室の襖を開けた時、目が覚めたのかソファの上で起き上がった銀さんが居た。
昼寝ばっかりして!!と小言の一つでも言ってやろうと口を開くよりも早く、銀さんが僕の名前を呼んだ。
…呼んだ、と言うよりも呟いたと言った方が正しいかもしれない。
それでも、銀さんの口から零れたのは僕の名前だったから、何時も通りの応えを返した。
瞬間。
がばりと顔上げた銀さんは、僕が反応出来る筈も無いだろう俊敏な動きでソファを飛び越える。
え?っと思う間もなく、抱き締められて勢い良く和室の畳の上に押し倒された。
結構な勢いで倒れ込んだせいか、眼鏡が弾け飛ぶ。
突然の事に何て反応すれば良いのか分からなかった僕は、唖然とした表情を浮かべながら銀さんを見上げた。
と、何の前触れもなく銀さんに口付けられる。
噛み付くみたいなそれにぎょっとして抗議の声を上げたら、問答無用とでも言いたげに銀さんの舌が入って来て奥へ逃げようとした僕の舌を絡め取った。
耳を塞ぎたいような音よりも、息苦しさの方が勝って兎に角離れて貰おうと必死で銀さんの両肩を押す。
でも、体格差がある上に、銀さんの力は普通の人以上に強い事もあって無駄な抵抗に終わった。
酸欠で頭がクラクラし始めた頃、大きな手が僕の身体を這い回ってぞわりと背筋が震える。
しかも、銀さんの手はそれだけで終わらず、着物の合わせ目に指を掛けたかと思うとがばりと左右に割り開いた。
一瞬で顕になった胸元に、まさか!?と霞み掛かっていた思考が覚醒する。
体格差とか筋力差とかを根性で跳ね飛ばして、全力で銀さんを引き剥がして怒鳴った。
けど…銀さんはただ首を振るだけで、何も言わない。
ここでやっと僕は、銀さんの様子が可笑しい事に気付けた。
呼吸を必死で整えながら、少しぼやける視界の中、銀さんの表情を確かめる。
何て酷い顔…。
思わず胸の中でそう呟いた。
元々日に焼け難い体質なのか、男にしては白い肌が今じゃ白を通り越して青味が掛かっている。
紅い瞳は怯えたように不規則に揺れていた。
余りにも痛々しいそれに、僕は銀さんの頬に手を伸ばす。
でも、僕の手は頬に触れるよりも早く、銀さんの手に捕らえられた。
銀さんは、まるで何かを確かめるように繰り返し僕の掌に口唇を押し付ける。
柔らかい唇の感触がくすぐったいけど、暢気に笑っていられる状況じゃなくて僕は眉を寄せた。
どうしたんですか?と問えば、銀さんは泣きそうな声で呟く。
「お願い…お願い、確かめさせて」
何を?と問う事は出来なかった。
直ぐに銀さんの口唇が首筋に落ちて来たからだ…。
反射的に僕の身体は強張ったけど、ただ触れるだけのそれに、今は銀さんの好きにさせようとじっと耐える。
口唇が首筋を滑って鎖骨を超えて、左胸の上で止まった。
そして、繰り返し左胸に口付けられる。
僕は其処で唐突に理解した。
銀さんは、僕が生きている事を確かめたがっている事を。
それをどうして僕に止める事が出来るだろうか?
両腕を上げると、そっと銀さんの頭を抱える。
くしゃくしゃな銀髪に指差し込んで、ゆっくりゆっくり頭を撫でた。
抱き締めて気付く。
小さく、銀さんが震えている事に…。
その上、体温が何時も以上に低いように感じて、僕はそれをどうにか出来ないかと思考を巡らせた。
何か掛ける物でもと思ったけど、今、この人から離れる事は出来ない。
それならばと。
「銀さん、そのままゆっくり身体の力を抜いて。心配しなくても、簡単に僕は潰れたりしませんから」
そっと囁きながら銀さんの背中を促すように撫でる。
自分がこんな状態でも、無意識の内に僕を押し潰さないようにと気を使っていたのか、少し浮き上がったままだった銀さんの身体がゆっくりと重なった。
少し重いけど、大丈夫。耐えられない重さじゃない。
銀さんが完全に力を抜いた事を確かめて、後は只管、頭と背中を撫でる。
少しでも僕の体温を分ける事が出来るようにと。
僕の左胸に左耳を当てて、銀さんが深呼吸をするのが分かった。
それでもまだ、身体は小さく震えている。
「新、八…」
「はい、銀さん」
不意に名前を呼ばれて、反射的に応えを返した。
少し掠れた声で何度も呼ばれてその度に応えを返せば、少しずつ銀さんの震えが納まって行く。
何度目かの呼び掛けの後、ぐっと銀さんに腰を抱かれた時には震えは完全に止まっていた。
あぁ…本当に居るかどうか分からない神様。
今だけで良いです。僕の身体を大きくしてはくれませんか。
この人の全てを抱き締めてあげられるように。
不安も恐怖も何もかも、全て包んであげられるように。
縋るように僕を抱き締めて眠る銀さんの旋毛に口唇を押し当てて、都合の良い祈りを捧げながら、僕はそっと両目を閉じた…。
神様どうか。
この身勝手で都合の良い祈りを掬い上げて。
END
後書き
『弱銀で、そんな銀さんを癒す新ちゃん。出来ればチューありで…』なリクでした!!!
危うく裏に行きそうになったとか、そう言う事はないですよ!!!(本当かよ)
弱銀…ここまで弱らせて大丈夫なんでしょうか…。
やるならトコトン弱らせたれ!!と思ってやっちゃったんですがっ!!(おい)
基本的に、銀魂キャラは無神論者じゃないかなーと思う蒼月の勝手な推測入り混じってますorz
困った時の神頼み的な感じで、雰囲気小説みたくなっちゃってすみません…(ーー;)
七海様。
もっと可愛い感じのチューを希望でしたら申し訳ありませんんんっ!!
勢いでこんな感じになってしまい、ました…(*゚▽゚)・∵. ガハ!
これでもよろしければ、お受け取り下されば幸いです!!
企画参加ありがとうございました!!!
2009.02.19
