自分で覚えてない過去を人に話されるととんでもなく恥ずかしいよねって話。 後編
お祭りと言う名のドンパチ好きの高杉だが、極々稀に、のんびり過ごしたい時もある。
かと言って、所有する船では血気盛んな部下が多数居てギラギラしているのでのんびりとは行かない。
そう言う時は無駄にヒラヒラと蝶が舞う、無駄に派手な女物の着物を地味・・・と、言うか。
普通はそれを着るべきじゃねぇの?な男物の着物を着て江戸の町に降りる。
そして、人通りの余り無い川原の土手に編み笠を日除けの為に顔に乗せ寝転がるのだ。
例え真選組の隊士が通り掛ったとしても、まさかあの高杉がそんな所で暢気に昼寝をしているとは思わないだろう。
着物が地味だし。
兎に角、その日も高杉は変装(?)をして川原の土手に寝転がっていた。
幼い子供の背丈ならすっぽりと隠して仕舞うだろう程に伸びた雑草を、風がさわさわと揺らす。
顔の上に乗せた編み笠の下、目を閉じて耳を澄ませば、極稀に通り過ぎる人の足音や楽しげな笑い声が聞こえた。
煩過ぎないそれらは緩々と眠気を呼ぶ。
頭の下で腕を組んで枕にしていた高杉は、少し眠るかと呼吸を深くゆっくりした物に変えたその時・・・。
近くでガサガサっと草を掻き分けるような音が聞こえた。
万が一の事も考えて気配を殺しながら片腕を支えに少しだけ上体を起こし、もう一方の手で傍らに置いてあった刀を掴む。
草を掻き分ける音は蛇行するように左右に揺れていたが、確実に高杉に近づいており、何時でも抜刀出来るようにと、高杉は刀の鯉口を切った。
一際大きくガサッ!!と音がしたかと思うと、同時にベシャだかベチンだかビタンだか・・・まぁ、とりあえず痛そうだなと思える音を立てながら、高杉の傍らに幼子が扱け出て来た。
どうやら、音の正体はこの幼子のようだ。
その証拠に草を掻き分ける音は止み、風がさわさわと雑草を揺らす音だけが戻って来る。
「んだァ?」
予想もしていなかった音の正体に完全に起き上がると、扱けたまま起き上がらない幼子を訝しげな声を上げながら見下ろした。
声に反応したのか、高杉の身体が作る影の中に居る幼子の身体がピクリと動く。
暫しそれを眺めていれば、もそもそと小さな四肢を動かして自力で起き上がった。
転んだ衝撃を振り払おうとしているのか、白と言うには少し鈍い色をした髪に絡んだ草を払おうとしているのか、幼子は水に濡れた仔犬のようにプルプルと頭を振る。
ふと、自分に掛かる影が草の影では無い事に気付いたのか、きょとりとした表情を浮かべつつ顔を上げた。
図らずとも、見下ろす高杉と見上げる幼子の左右色違いの瞳がパチリとぶつかる。
(紅い右目と、紅の混じった黒い左目?)
何処かで聞いた事のある目の色だと思考を巡らせつつ高杉が目を眇めれば、幼子はパチパチと目を瞬かせた。
そして、四つん這いのままじりじりと後退したかと思うと、パッと立ち上がって高杉に背中を向ける。
駆け出そうと僅かに前のめりになったが、ぬっと伸びた高杉の手がそれを阻むように、幼子の身に着けている着物の丁度、背中の真ん中に当たる部分をわしりと掴んだ。
幼子は一瞬息でも詰まったのか、うきゅっ!?と小さく鳴く。
それにも構わずに、高杉は腕に力を込めると幼子の身体を自分の顔の前に吊り上げる。
「人の顔見て逃げるたァ、失礼極まりねェなァ」
そう言って、軽く睨み付けた。
軽くと言ってもあくまで高杉の基準であって、基準を普通にすればチンピラ同士ならば即襟の掴み合いに発展しても可笑しくない位である。
普通の子供なら泣き出しても可笑しくない場面だが、幼子は何すんだと言わんばかりにむぅっと表情を顰めるだけで泣き出す前兆すら見せない。
高杉は、そんな幼子の姿に思わずほぉ?っと感嘆の声を漏らした。
そしてゆっくりとその姿を眺める。
光の下でも、やはり白より少し鈍く輝く髪に左前髪の部分に一筋の黒が流れ、右は透き通る紅に左は黒に紅を僅かに混ぜた不思議な色。
やはり、何処かで聞いた事のある特徴だと高杉は記憶の糸を手繰る。
「おろして」
「あァ?」
「おじさん、おろして」
「誰がおじさんだァ?あァ?」
後少しで記憶を手元に持って来れたのだが、幼子の言葉にプツリと糸が切られた。
俺ァまだ二十代だと、高杉はふにふにと柔らかい右頬を摘んで引っ張る。
と、その手から逃げようとするかのようにジタバタと幼子は四肢を動かした。
必死な姿にくっくっと喉を鳴らすと、高杉は漸く頬を摘んでいた手を離す。
少し紅くなった頬を抑えて、幼子はむむっと一生懸命に睨んだ。
幼い癖に生意気にも一度も泣き面を見せない事を気に入ったのか、高杉はニヤリと笑みを浮かべる。
「おい餓鬼ィ。おろして欲しいかァ?」
「・・・おろして」
「じゃあ、テメェの名前教えろ」
「やだ」
「あァ?あんまり生意気言ってっと・・・。食っちまうぞっ!!」
不意にぐわっ!!と目の前で大口を開けられた事に、本当に食べられると思ったのか、幼子はきゅうっと四肢を丸めて小さくなるとぎゅっと両目も瞑った。
さすがにこれは怖かったのか、プルプルと小さく震える。
「ほーら。食われたくなかったら、名前教えろォ」
「あぅ・・・」
吊り上げられたまま軽く左右に振られて、幼子は恐々と口を開く。
「しゃかた、せんとき・・・」
恐る恐る言葉綴ったせいか、小さな舌が縺れた・・・。
「・・・と、言う事があった」
「「「噛んじゃったのかー」」」
「うっせぇよ!!三つかそこらの幼児に滑舌の良さ求めんじゃねぇ!!ってか、明らかに大人気ないオッサンに突っ込めコノヤロー!!」
不公平だろうがぁあぁぁあっ!!と言う叫びは、やはりさっくり綺麗に無視された。
もうコレ。俺、泣いて良い?泣いても良いよなコレ?と、遠くに視線を向ける閃時の目には、既に薄っすらと涙が浮かんでいる。
いっその事、括り付けられているテーブルに頭でも打ち付けて気絶しようかなぁ等とまで考え出す始末だ。
「さてと・・・」
現実逃避一歩手前まで行っていた閃時の意識を引き戻したのは、誰でもない銀時の声だ。
ま・さ・かっ!?と、閃時がさぁっと顔面の血を引かせるが早いか、ばっと銀時が立ち上がり高々と右手を上げる。
「四番!!真・打・登・場☆坂田銀時、行っきまーっす!!」
「「「おーっ!!!」」」
「ちょぉぉおぉぉぉっ!!親父は本気で止めろぉおぉおおぉっ!!」
今日一番の悲鳴も、やんやっと盛り上がるマダオ共と、強引に上がる四幕の前には無力だった・・・。
「せーんーとーきー。何で、父ちゃんの言う事を聞けないの?」
和室の畳の上で胡坐掻き、怒ってますと言う表情を浮かべた銀時は、目の前でちゃんと正座をする閃時に問う。
だが、むむっと口唇をへの字に曲げるだけで答えは無い。
なーんでこの子はこれだけは言う事聞かねぇの?と、銀時は溜息を吐いた。
身内の贔屓目を差し引いても、閃時は絵に描いたような良い子だ。
駄目と言われれば余程の事が無い限りしないし、コラッ!!と叱ってもうしないと約束させればしない。
しかし、一つだけ例外があった。
それは、こっそりと一人で家を出る事だ。
昼寝をしていた時に不意に目覚め、隣で一緒に寝ている銀時がそれに気付かない場合にこっそりと出て行く。
本人にしてみればちょっとした冒険のつもりなのだろうが、銀時にしてみれば堪らない。
目が覚めたら何処にも居ない、玄関を見れば小さな草履がない。
万が一の事があっては!!と大慌てで探しに出るのは、一度や二度の話しではなかった。
人の気配に敏感な銀時であるから、大抵の場合は玄関を開ける音で気付いて未然に阻止出来るのだが、稀に請け負った仕事の依頼で疲れていたりした時などに深く眠り込んでしまった隙を突かれる事がある。
一人で生活していた時とは違って、銀時にとって今の万事屋はただ眠る場所では無く、一本の糸も張り詰める事無く無防備になれる唯一の『家』なのだ。
100%の阻止は不可能である。
そして、今日また何度目かの脱走を図った閃時を発見して、連れ戻した所だった。
その度にこうやって叱るのだが、何故か繰り返す。
「閃時。もうしないって父ちゃんに約束してくんね?ホント、危ないんだからよー」
頼むしと溜息を吐く銀時に、閃時はぷいっとそっぽを向くと態度で否を示した。
何時もなら、その頑なな態度に銀時の方が音を上げて、もう絶対するなよ?と無意味な釘を刺して終わりなのだが・・・今日こそはそうもいかない。
今日は本気で心臓が止まるかと思ったと、小さく銀時は身震いする。
脱走した閃時を遠目に見つけたまではよかったが、問題はその状況だった。
明らかに気が立っているだろう、大きな野良犬と閃時が対峙していたのだ。
グルルッと歯を剥き出して低く唸り、今にも跳び掛からんばかりに身を低くする野良犬に、恐怖からか閃時はピクリとも身動がない。
結果として、それはよかった。
下手に動いていれば犬の狩猟本能を刺激してしまい、とっくに閃時は野良犬に跳び掛られてその牙の餌食になっていたかもしれなかったからだ。
その状況を把握するが早いか、銀時は全速力で間合いを詰めて射程距離に捕らえると、腰に差していた木刀を引き抜き野良犬の鼻面擦れ擦れを狙って投げ付けた。
木刀は銀時の思惑通り、野良犬の鼻面擦れ擦れで地面にガツリと音を立てて突き刺さる。
突然の事に野良犬は慌てて後ろに跳び退ったが、逃げる去るまでは行かなかった。
標的を閃時から銀時に変えてグルルッと低く唸ったが、殺気全開白夜叉モード☆の銀時に睨まれて直ぐにペタンっと耳を後ろに伏せると、尻尾を後ろ足の間に丸めてじりじりとその場から下がり地面に伏せる。
ざっざっと足音を立てて近づく銀時にゴロリと腹を見せて服従のポーズを見せる野良犬に、硬直していた閃時はきょとりと目を瞬かせた。
足音にやっと気付いて振り返れば、其処には閃時が振り返った時点で、殺気全開白夜叉モード☆は完全にOFFにした何時もの銀時が立っていた。
「ちちうえ」
駆け寄って来る閃時に怪我は無いようだと銀時は胸を撫で下ろして、ぎゅっと足に抱きついた閃時を抱き上げる。
地面に突き刺さったままの木刀を引き抜くと元通り腰に差し、未だ服従のポーズを見せる野良犬をそのままに帰宅した。
そして、最初の台詞に戻るのだ。
(今まで、あんな事が無かったのは運がよかっただけだよなー)
もしも、閃時を発見するのがもう少し遅かったらと考えて、銀時は再び小さく身震いをした。
だからこそ、今日は引く訳には行かない。
絶対にもうしないと約束して貰う!!と、銀時は気合を入れた。
「閃時。もうしないって約束しなさい」
普段ののっそりとした雰囲気を一掃して、銀時は何時もより厳しい声で閃時を叱る。
それは閃時も察したのか、そっぽを向けていた顔をそろそろ戻してクリッと大きく丸い目で銀時を見上げた。
だが、直ぐにまたそっぽを向く。
「閃時っ!!」
「やっ!!」
こっち向きなさい!!と銀時が無理矢理頬に手を当てて正面を向かせようとしたが、閃時は駄々を捏ねるように首を振って銀時の手の届かない部屋の隅まで逃げて行った。
膝を抱えて小さくなると、むぅっと頬を膨らませて銀時を睨む。
余りにも頑なな閃時に、銀時ははぁあぁぁ・・・っと重く深い溜息を吐いて額を押さえた。
「分かった・・・もーいいよ」
お手上げとばかりに銀時が呟けば、閃時は膨らませていた頬を萎ませる。
「父ちゃんの言う事を聞けない子はもう知りません。そんな悪い子は父ちゃん嫌いです」
自分でそう言いつつ、内心こんな事言うの辛いよー胸が痛いよーと泣きながら銀時はクルリと胡坐を掻いたまま反転して閃時に背中を向けた。
何をしてでも、閃時にもうしないと約束させたいが故の最終手段だ。
これで駄目なら、寝てる間は腰にロープでも付けて握って置こうと、一歩間違えば幼児虐待的な事まで考える。
それ程に、今日の事は銀時に大切な物を失うかもしれないと言う恐怖を与えていたのだ。
「ちちうえ?」
閃時が立ち上がる気配を背中で感じながらも、銀時は此処で甘やかしちゃ駄目!!頑張れ俺!!やれば出来る子だ俺!!と必死で言い聞かせる。
「ちちうえ・・・?」
微かに畳が軋む音がして、閃時が近づいて来るが分かった。
何処か心細げな声にも、銀時は応えない。
こっちみて?と言うように左腕を通してある着流しの袖を引かれたが、さりげなく肩を動かしてその手を振り落とした。
「もうしないって約束出来ない子は、父ちゃん嫌い」
(胸が痛ぇえぇえぇぇぇぇっ!!お願いだから早く約束してぇぇぇえぇっ!!)
自分の冷たい態度に閃時が硬直する気配を感じて、銀時は内心ジタバタと悶える。
内心ジタバタしまくったおかげか、こんな事を言わなくてもどうにか出来る方法が唐突に浮かんだ。
要は、戸さえ開けれなくすれば良いのだ。
今の玄関の鍵は、閃時の身長だとギリギリ届いて開ける事が出来てしまう。
つまり、もう一個。
閃時の身長では開ける事が出来ない位置に鍵を取り付けて仕舞えば良いのだ。
(何で今まで気付かなかったかなぁー)
銀さんうっかり☆っと額を叩いた時、背後で小さく何かを呟く声が聞こえた。
え?っと目を瞬かせて銀時が振り返れば、其処にはぎゅうっと袴を握って俯く閃時の姿。
「ちち、うえ・・・」
「お、おう」
「せん、ちゃんと・・・おやくそく、する」
「え?あ、うん。そっかー約束するかー」
「から・・・」
「ん?」
約束するって言うなら鍵付けなくても大丈夫か?と銀時が思考を巡らせていると、何やら続くらしい閃時の言葉に目を瞬かせた。
が、中々続かない言葉に首を傾げる。
「・・・たら」
「ん?」
小さ過ぎて聞こえなかった声に、銀時がさらに首を傾げたその時・・・。
「ちちうえ、せん、きらいになったら、やーっ!!」
そう叫んで、閃時はうわぁあぁぁぁぁんっ!!と声を上げて泣き始めた。
ぎゅうっと袴を握り締め、顔を上げて大きな口を開けて、わぁわぁっと力一杯泣くその姿に、銀時はぽかんっと間の抜けた表情を浮かべる。
まだ言葉を綴る事が出来ず、泣く事でしか欲求を伝えられない嬰児の時は別として、言葉を覚えた閃時はこうやって声を上げて泣く事はなかった。
泣く事はあっても、ぽろぽろと声も無く涙を零すだけだったのだ。
そんな閃時が、声を上げて泣いていると言う事実が暫し理解出来なかった銀時だったが、こんな風に泣く事に慣れていないせいか、けふけふと苦しそうに時折咳き込む閃時にやっと我に返った。
「ちち、うえ・・・うっく、せん、ひっく・・・きらいに、なったら・・・えっく、やらぁ・・・っ」
「閃時ぃいぃぃぃっ!!父ちゃんが悪かったぁあぁぁぁぁぁっ!!」
しゃくり上げながらも必死でそう訴える閃時を、銀時も滝のような感激と懺悔の涙を流しながら抱き締める。
「父ちゃんが閃時を嫌いになる訳ないでしょうが!!もー!!大好きだコノヤロー!!」
うりうりうりうりうりっと全力で小さな頭に頬摺りしながら、銀時は腹の底からそう叫んだ・・・。
「・・・と、言う・・・」
「事はありえねぇえぇえぇぇぇえっ!!」
事がありました☆と言う言葉を遮って絶叫する閃時の声は、すでに枯れ掛けている。
と、言うか。
こっちの閃時が本気で泣きそうである。
「やっぱその辺は父親の特権じゃのー」
「転んでも泣かないような餓鬼がそんな事でなァ・・・」
「それだけショックだったのだな」
「羨ましい?羨ましい?」
「「「ぶっちゃけ、かなり」」」
「チクショォオオォォッ!!!タイムマシンは何処だぁあぁぁぁぁぁぁっ!!!」
助けてドラ○もんんんんんんんんんん!!と叫ぶ声は、完全に涙声であった・・・。
END・・・?
後書き
『幼少期の事を攘夷組に語られて、タイムマシンは何処だぁあぁぁっ!!と叫ぶ思春期長男』なリクでした!!
あれですねぇ・・・。
長男ファイト☆みたいなね!!!(おい)
正直・・・此処まで思春期の長男弄る予定ではなかったんですが・・・。
楽しくなっちゃったのでトコトンやってみました☆(鬼)
坂田の息子と言う時点で、弄られるのは宿命と言う事なんです(待て)
って言うか、長男叫び過ぎですみません。
完璧に近所迷惑ですよ、コレ(爆死)
太門様。
何時もお世話になってます!!
その上、お祝いの小説まで本当にありがとうございますぅぅうっ!!(感涙)
思わぬ長さになってしまいましたが、お受け取り下されば幸いです!!
ちなみに、例のネタはこれの番外編で上げております☆(笑)
2009.02.04
