君がいなきゃ世界なんて何もないのと同じ。
A Dearest Person
ぐぁっと大きな欠伸を一つ零して起き上がった銀時は、自由奔放に跳ねる銀髪をさらに掻き乱しつつのそりと起き上がった。
行儀悪く足で襖を開けて、のたのたと台所に向かう。
もう一度ぐわりと大きな欠伸をすると、中身の少ない冷蔵庫から適当に食材を取り出して朝食と呼ぶには遅い食事を作り始めた。
「銀ちゃん、おはよーネ」
「はよ・・・顔洗って来い」
あふあふと欠伸を繰り返しながら覚束無い足取りで台所に入って来た神楽に、銀時はちらりと視線を向けて挨拶を交わすとくぃっと顎先で洗面所の方を示す。
眠そうに半開きの目を擦りながら、神楽は素直にそれに従って洗面所に足を向けた。
それを最後まで見届ける事無く、銀時はフライパンの上でクルクルと器用に卵を巻く。
洗顔を終えて戻って来た神楽が、皿を取り出して銀時の傍らに置いた。
それから、銀時が玉子焼きを作る片手間に作った味噌汁を椀に注ぎ、タイマーを掛けていた炊飯器を開く。
カチャカチャコトコト、食器が触れ合う音がするだけで、二人は会話をする事無く朝食の準備を終える。
「定春の餌、持って来いな」
「はいヨ」
二人分の朝食を盆に乗せて居間に向かう途中、銀時は素っ気無く神楽に声を掛けた。
神楽も神楽で、特に気にした様子も見せずに返事を返すと、戸棚から定春の餌を取り出して銀時の後を追う。
居間のテーブルに食器を並べる銀時と、定春に餌をやる神楽の間にはそれが当然とばかりに会話は無かった。
「食うぞ」
「うん」
「「いただきます」」
向かい合わせに座って、手を合わせた二人はそれからは無言でただ機械的に食事を口に運ぶ。
食器と箸がぶつかる音。
口に入れた物を噛み砕き飲み込む音。
やはり素っ気無い音だけが響いていたが、俯き加減だった銀時が何かを思い出したかのようにゆるりと顔を上げると、神楽もソレに気付いて顔を上げた。
「今日、仕事入ってっから・・・飯食い終わったら出る準備しとけ」
「了解ネ。力仕事アルか?」
「あぁ、そんな感じ」
「じゃあ、定春も一緒にお仕事ネ」
「そーそー万事屋銀ちゃん全員で・・・」
ピタリと、二人の手が同時に止まる。
銀時の何気なく紡いだ言葉に、二人は眉を寄せた。
銀時、神楽、定春。
二人と一匹。
これが『万事屋銀ちゃん』を構成する人数・・・?
カタンと音を立てて、二人が持っていた箸が転げ落ちた。
こ の 家 は こ ん な に 寂 し か っ た ?
「――――っ!!!!!」
声にならない悲鳴を上げて、銀時は飛び起きた。
突然の動きに脳が付いて来れなかったのか、ぐらりと揺れた頭を右手で支える。
飛び起きて・・・銀時は目を瞬かせた。
つい先程まで、自分は自分で作った朝食を居間で食べてはいなかったか?
不意に浮かんだ疑問に答えを出すよりも早く、銀時は半端に掛かっていた布団を蹴り飛ばすと、跳ね仕掛けのおもちゃのように立ち上がって勢い良く襖を開いた。
パァン!と景気の良い音が、二重に聞こえる。
はっと銀時が顔を上げれば、表情を強張らせた神楽が、居間と廊下を仕切る戸を開け放っていた。
普段なら、家を壊す気か等と小言を言う所だが、今の銀時にそんな余裕は無い。
ひゅっと喉を震わせて、二人は同時に息を吸い込んで・・・。
「「万事屋は何人!?」」
まったく同じ問いを叫んだ。
互いの問いに答えるべく二人が口唇を振るわせたその時・・・。
「おはようございまーす」
カラカラと軽い音共に、軽やかな挨拶が響いた。
ギシッと音と立てて固まった二人は、ギシギシと全身を軋ませながら声が聞こえた方・・・玄関へと視線を向ける。
其処には、とっくに目覚めている二人に珍しいですねぇと不思議そうに目を瞬かせる少年の姿。
サラサラの黒髪に、黒い大きな瞳を隔てる眼鏡。
「二人が僕が起こす前に起きてるなんて・・・今日はこれから雨ですか?」
クスクスと楽しげに笑って廊下を進むその姿に、よろりと二人は一歩踏み出す。
「銀さん?神楽ちゃん?」
常に無い二人の様子に、コトリと首を傾げれば・・・。
「「新八ぃいいぃいいぃいいい!!!!!」」
ぐしゃりと表情を崩した二人が、まるで襲い掛かるような勢いで新八の名を叫びながら飛びついた。
前面から神楽に抱き付かれ、背後からは銀時に抱き付かれて新八はただ目をクリクリと大きくさせるしかない。
「ちょっ!?何!?何ですか!?」
「うぇ・・・っ!新八・・・っ!!」
「ちょぉおぉおおぉお!?神楽ちゃん何で泣いてるの!?」
「し、新・・・っ!新八・・・っ!!」
「え!?銀さん!?銀さんも泣いてないですか!?」
一体何があったのぉぉおおぉおお!?訳が分からず叫んだ新八の耳に、階下から煩ぇえ!と怒鳴るお登勢の声に混じって、只管新八の名を呼ぶ二人の声が聞こえた・・・。
「えっと・・・。二人揃って同じ夢を見たんですね?僕が居ないって言う」
立ちっ放しも何だからと、前に神楽後ろに銀時を貼り付けたまま、居間に移動した新八は、ソファに座るのを諦めてそのまま床に座り込むと、暫しの間を置いて断片的な二人の言葉を繋ぎ合わせてそう問い掛けた。
右肩に顔を埋めた銀時と、胸に顔を埋めた神楽がコクコクと声も無く頷く。
あぁ、これは後で着替える必要があるなと、冷たく濡れた感触のする肩口と胸元に新八は苦笑った。
左手で神楽の背中を撫で時には叩き、右手でふわふわな銀時の頭を撫でて溜息一つ。
「頼みますから、二人とも好い加減泣き止んで下さいよ・・・」
僕はちゃんと此処に居るじゃないですか。と、困り切った声音で新八が呟けば、身体に回されている四本の腕にぎゅうっと力が篭った。
「このままじゃ、朝ご飯の用意も出来ませんよ?お腹空いてないんですか?」
そう問うても、弱まる気配の無い腕の力に再び溜息。
朝っぱらから何でこんな目に合わなきゃいけないんだろうかと思いながらも、新八はふにゃりと表情を緩めた。
己はこんなにも、この二人に必要とされているのだと思えば、益々冷たく濡れる肩口も胸元もどうでも良くなる。
あぁ!もぉ!!何て愛しいんだろう!!!
胸の内でそう叫んで、新八は抑え切れない想いに背中押されるように、銀時の米神と神楽の旋毛に口唇を押し当てた。
途端、ひくりと二人の身体が震えてそろそろと顔を上げる。
上げられた顔は、流した涙でぐしゃぐしゃだ。
でも、先程突然与えられた新八のキスに驚いたのか、涙はぴたりと止まっていた。
「あーもー酷い顔・・・」
クスクスと笑いながら、新八は袂で二人の顔を優しく拭ってやる。
そうしてもう一度・・・今度は銀時には頬へ、神楽には額へとそっと口唇を押し当てた。
新八の口唇が触れた場所を押さえて、真っ赤になった二人に新八はにこり笑う。
「二人とも顔を洗って来て下さい。そしたら、朝ご飯にしましょう?ね?」
朝ご飯の片付けが終わったら、膝を貸して上げますからもう少し寝て下さい。
夕方になったら、三人で手を繋いで買物に行きましょう。
今日は泊まりますから、三人で一緒に眠りましょう。
ね?っと小さく首を傾げる新八に、二人は大きく頷くと最後にもう一度ぎゅうっとその身体を抱き締めた。
君が居ないと、駄目なんです。
END