大事なモノには おまけ
右手に『銀時』左手に『神楽』の名前を書かれた新八は、ふわふわと柔らかな笑みを浮かべてそれを眺めていた。
銀時も、そんな新八に吊られるように普段のやる気の無い表情ではなくて、至極穏やかな表情を浮かべている。
だが、何時までも両手の文字に新八の意識が持って行かれているのが詰まらなくなって、気を惹くように腰を抱く手に力を込めて、米神の辺りに頬を擦り付けた。
わわっと、幾らか驚いた声が新八の口唇から零れたが、銀時の行動を咎める事無く擽ったそうに密やかな笑い声を漏らす。
「銀さん」
「ん?」
「僕にもペン、貸して下さい」
右手を差し出して来る新八に、銀時はずっと握ったままだったペンを差し出した。
「後、左手貸して下さい」
ね?っと可愛らしく首を傾げられては、銀時に断る理由も無い。
何より、それが何を意味するのか知っているからこそ、むしろ進んで左手を差し出した。
その手に、一回り以上は小さな新八の手が添えられて、そっとペン先が当てられる。
神楽よりも、銀時よりも綺麗な字が丁寧に綴られ『新八』の二文字。
「俺は、お前の大事な『者』か?」
綴られた名に眩しそうに目を細めて銀時が問えば、当たり前じゃないですかと、強い肯定の言葉。
いひっと銀時は笑って、ぎゅうっと新八を抱き締めた。
新八も胸の前に回された腕にそっと手を添えると、素直に銀時に身体を預ける。
「大事な『者』なんですから、勝手に一人で何処かへ行ったりしないで下さいよ?」
「・・・・・・・肝に銘じときます」
「微妙にあった間が気になりますけど、その言葉・・・信じますからね」
銀時の腕の中、新八は男の顔を見上げてにこりと笑う。
その笑顔に、銀時は応と言って笑い返すと、さらりと揺れる黒髪に鼻先を突っ込んでゆるりと両瞼を下ろした。
腕の中の温かな体温と、この穏やかな空気に睡魔がとろりと忍び寄って来る。
きっとこのまま眠れば良い夢が見られるだろうと、銀時はくふんっと満足そうに鼻を鳴らした。
だが、その睡魔の足音は新八の膝で眠る神楽のぅうんっと小さな唸り声で遠ざかる。
「起きた?神楽ちゃん」
膝の方に顔を向けて眠っていた神楽がころりと仰向けに転がった事に、新八は右手を伸ばすと額に掛かった髪を払ってやる。
そっと声を掛けると、暫しの間を置いて神楽はコクリと頷くとのそりと起き上がった。
「銀ちゃん、おかえりヨ」
まだ半分しか開いていない目で銀時を見つけると、欠伸交じりに言葉を綴ってひらりと手を振る。
「おう、ただいま」
そう返事を返しながら、銀時はぬっと腕を伸ばすと上げられていた神楽の手首を掴んで軽く引き寄せた。
突然の事に半開きだった目をぱちりと大きくしながらも、神楽は引かれるままに身体を移動させる。
「銀ちゃん?」
何アルカ?と、不思議そうに首を傾げる神楽を他所に銀時は新八の名を呼ぶと、見上げて来る新八にくいっと顎先で何かを示すとにやんと笑った。
それだけで全て理解した新八も笑って、銀時の掴んでいない神楽の右手を取る。
くりくりと瞳を丸くする神楽に笑い掛けて、素早くペンのキャップを外すと掌にペンを押し当てた。
丁寧に『新八』と名を綴ると、そのまま銀時にペンを渡す。
受け取った銀時も新八と同じように、掴んだままの神楽の左掌に『銀時』の名を綴った。
二人が掴んでいた手を解放すると、パチパチと目を瞬かせて神楽は自分の掌を見詰める。
そして・・・。
「銀ちゃん!私にペン寄越すネ!!」
それから手ぇ出すヨロシ!と、銀時が差し出すよりも早くペンと銀時の右手を掴むと自分の前に引っ張る。
「こら!無茶すんな!!」
右半身を新八の背中と定春の腹の割り込ませていた銀時は、上半身で新八を押し潰し掛けて幾らか慌てたが、手首を掴む神楽の手を振り解く事はしなかった。
ちょっと我慢してくれと新八に声を掛けて、神楽が銀時の右掌に『神楽』の名を書き終わるのを待つ。
多少は苦しいだろうに、新八は笑顔で頷くと同じく書き終わるのを待った。
やっと手を離されて姿勢を戻して掌を見れば、銀時の掌に『神楽』の名。
三人は顔を見合わせると、良く似た笑みを浮かべる。
「わん!」
そんな三人に割り込んだのは、今まで黙って銀時と新八の背凭れになっていた定春だ。
まるで、誰か忘れちゃいないか!と言いたげな一鳴きに、三人は同時に噴出した。
「悪ぃ悪ぃ、そう怒るな定春」
「ドコに書くアルカ?」
「この布に書いて、首輪に括ろうか?」
ふふっと笑って傍らに置いたままだった裁縫箱を手繰ると、中から例の白布を取り出して新八は二人に見せる。
それが良いと二人は頷くと、銀時・新八・神楽の順でそれぞれが名を綴り、定春の赤い首輪に括り付けた。
「定春はペンが持てないから、代わりに書くネ。銀ちゃん、もう一回手ぇ出すヨロシ」
「んじゃ、新八には俺が書くか」
「それなら、神楽ちゃんには僕が」
そう言って、ペンを回しながらそれぞれの手に『定春』の名を綴った。
銀時の右掌には『神楽』と『定春』の名、左掌には『新八』の名。
新八の右掌には『銀時』と『定春』の名、左掌には『神楽』の名。
神楽の右掌には『新八』と『定春』の名、左掌には『銀時』の名。
例え、数日して自然とそれが消えたとしても、見えないだけでその綴られた名はずっと・・・残る。
大事な『者』の掌に。
Happy END