失くさないように・・・。










大事なモノには










珍しくパチンコで大勝ちとまでは言えないが、そこそこな勝ちを手にして何処か弾む気持ちを抱えて帰宅。
勝ちはしたが、昼日中からパチンコに勤しんでいた事にちょっとだけ後ろめたさがあったので玄関での帰宅の挨拶は控えめ。
控えめの声は居る筈の新八には聞こえなかったのか出迎えはなかった。
通りすがりに台所に顔を覗かせたが姿は見えない。
その奥の風呂場やトイレにも人の気配が感じられないから、居間か和室だろう。
カラリと音を立てて戸を開けた居間にもいないとなれば、後は和室だけだ。
テーブルに愛しの銀玉を交換した戦利品を置いて―勿論換金済みだから財布は出た時よりも多少厚みが増してる―和室に顔を出した。
そこで俺が目にしたのは、神楽が新八の右膝を枕にして昼寝をする姿。
定春は新八の背凭れになって丸くなってた。
んで、新八はと言うと見てるこっちまで幸せになれそうなふんわりとした笑顔を浮かべて、自分の膝を枕にして眠る神楽の頭を撫でている。



「なぁにやってんの?」



何時までも気付いてくれない新八に、ちょっとだけ不機嫌さを滲ませた声音で声を掛けるとパチパチと目を瞬かせてやっと顔を上げる。
それから、ちょっとだけ苦笑い。



「気付かなくてすみません。帰りなさい、銀さん」
「おーただいま」



神楽を起こさないように顰められた声に同じく声を潜めて応えて、新八の左隣に腰を下ろす。
新八と同じように定春を背凭れにしたら、嫌そうに尻尾でペチリと叩かれた。
それでも懲りずに背凭れ代わりにしていると、ウゥーっと定春が低く唸って顔をこちらに向ける。



「定春、しー」



膝の上でうぅんっと神楽が愚図るように唸った事に気付いて、新八が慌てて定春を宥める。
口唇に人差し指を当てて静かにってジェスチャーと共に、よしよしと定春を撫でた。
暫し不満そうにしてたが、新八に宥められその上に神楽を起こすのが忍びなかったのか、仕方無さそうに定春はまた顔を伏せる。
後で覚えとけと言うように、もう一度ペチリと尻尾で叩かれはしたが。



「またパチンコですか?」
「まぁねぇ〜」



ひそっと隣から囁かれ、にやんと笑い返す。
新八の大きな黒い瞳が幾らか眇められた。



「心配すんな。今日はきっちり出した分にプラスして勝って来たからよ」



懐から草臥れた財布を取り出して換金した分を新八に差し出す。
吃驚したように目を丸くさせながらも、きっちり手を出して受け取る新八は流石だねぇ。



「残りは、お菓子に交換して向こうに置いてる。糖分と新八のお茶請けに煎餅と、神楽には酢昆布な。んで、定春にはドッグフード」



どうよ?完璧じゃね?っと問い掛けるように瞳を覗き込めば、やっぱりクリクリと瞳を丸くした後にふにゃりと笑って、ありがとうございますと何処か嬉しそうな言葉。
でも・・・と続いた言葉に首を傾げる。



「これで味を占めて、パチンコで稼ごう何て思わないで下さいよ?」



偶々今日は勝てただけなんですから、何てしっかりと釘を刺された。
あー・・・まぁ、気を付けます。多分。
目線を逸らして空笑い。
そんな俺の姿に、新八の溜息が聞こえた。
まぁまぁと宥めながら肩に腕を回してもう少し間を詰めると、何かが畳の上に転がってたのか太腿の下に固い感触。
何だ?と思いつつ拾い上げると、細身の黒ペンだった。
ってか、何でこんなもんが転がってんだ?
しげしげと何の変哲も無いペンを眺めていると、隣からふふっと何処か楽しげな笑い声。
別に笑われるような事はしてないので、一体なんだと新八に視線を向けた。



「銀さん、これ見て下さい。これ」
「ん?」



そう言って新八が差し出して来たのは、緩く握られた左手。
何かを持っているようには見えねぇから、左手を見ろって事でいんだよな?
意味が分らなくて首を傾げると、ゆるりと開かれるその手。
その掌には・・・。



「・・・何で新八の掌に神楽の名前が書いてあんの?」



歪な文字で『神楽』とでかでかと書かれてあった。
まるで、新八は自分の物だ!と主張するが如くに!!
違うから!新八は俺のだからぁああぁあぁああ!!



「実は・・・」



俺の内心の絶叫など知らない新八は、クスクスと楽しそうに・・・何処か嬉しそうに笑いながら話し始めた・・・。










天気が良いからと全部の布団を干して、それが陽の温かさをこれでもかと言わんばかりに吸い込み終わった頃を見計らって取り込む。
銀さんのと僕の分は和室に置いて、神楽ちゃんの分は寝床になってる押入れに運んだ。
襖を開けると、壁にピン子のサインが貼られているだけで他には何も無いはずなのに、板張りの上にそっと置かれてたのは、先日偶然見つけた生地で作った斜め掛けに出来るポーチ。



「忘れて行っちゃったのかな・・・?」



口ではそう言いながらも、違うと漠然と分っていた。
だって、それには中身が入ってないとぱっと見ただけで分かる位にぺしゃんとなってるからだ。
つまり、わざと置いて行かれている・・・。



「・・・あんまり上手に出来なかったからなぁ」



手に取ってよくよく見れば、綺麗な正方形じゃなくて微妙に形が歪んでる。
やっぱり、こんな不恰好な物を持ち歩くのは嫌だったんだろうかと、少し凹んだ。



「いやいやいや、これは神楽ちゃんにあげた物だから、神楽ちゃんが思うように使えばいいんだし」



下降気味の気分を上げる為に、パンッと自分で自分の両頬を叩くと一度それを懐に入れて布団を中に戻す。
枕も軽く叩いて形を整えて戻すと、懐に入れたポーチをその横に置いた。



「でも・・・やっぱり、ちゃんとしたのを一つ持ってた方が便利だろうなぁ」



そう思って、自分の財布の中身を思い出す。
うん・・・安物で良ければ買ってあげられそうだ。
そろそろおやつの時間だから神楽ちゃんも帰って来るだろう。
その時、一緒に買いに行こうと誘おうと決めて、押入れの襖を閉めた。



「ただいまヨー!」



っと、良いタイミング。
新八ー!おやつネー!!と慌しく玄関から上がって来た神楽ちゃんに、先ずはお帰りと声を掛けた。
手洗いをうがいをするように促して、玄関でお座りをしていた定春の足を置いてあるタオルで拭いてやる。



「はい、いいよ」
「わふっ」



大人しく拭かれてくれた定春の頭を撫でると、ぺろりと頬を舐められた。
トタトタと、意外と軽い足音を立てて居間に向かう定春を見送って、僕は台所へ。
お登勢さんにお裾分けで貰った林檎を取り出して、それをうさぎ林檎にカットする。



「今日のおやつは林檎アルカ?」
「うん、お裾分けでいっぱい貰ったからね」



切った分を硝子皿に移していると、洗面所から神楽ちゃんが戻って来た。
本当は変色しないように塩水に浸ける方がいいけど、変色するよりも早く食べ切られてしまうのであえてその行程は無視。



「直ぐに用意終わるから、居間で待ってて」
「はいヨ!」



いひっと笑って軽い足取りで居間に向かった神楽ちゃんにちょっとだけ笑って、残りの林檎もカットして行く。
気付けば、硝子皿にうさぎ林檎が山盛りになっていた。



「銀さんのは・・・後で良いか。何時帰って来るか分からないし」



食べると言うならその時に用意しようと、フルーツナイフを洗って片付ける。
フォークを添えて山盛りになったのが転がらないようにそっと持ち上げた。



「はい、お待たせ」
「いただきますネ!」



コトリと音を立てて居間のテーブルに置くと、神楽ちゃんが瞳を輝かせてフォークを手に取って元気に一言。
召し上がれと声を掛ければ、ひょいひょいと林檎が神楽ちゃんの口の中に消えた。
直ぐ傍でお座りをしている定春にもお裾分けをしながら、僕もシャリシャリと音を立てて林檎を食べる。
山盛りになっていた林檎は、あっと言う間に無くなった。



「ごちそうさまアル」
「はい、お粗末様」



ちゃんと食前と食後の挨拶を笑顔で済ませた神楽ちゃんに、僕も笑い返す。
そして・・・首を傾げてしまった。
だって、何時の間にか神楽ちゃんが僕が作ったポーチを斜めに掛けていたから・・・。



「新八?どうしたネ?」
「え?あー・・・神楽ちゃん、それ・・・何で持ってるの?」
「新八がくれたアルヨ?」
「や、そう言う意味じゃなくて・・・さっき遊びに行く時置いて行ってたよね?」
「そうヨ?」



それがどうしたんだと言いたげに、神楽ちゃんは首を傾げる。
いやいや、首傾げたいのは僕の方だからね?



「えーっと・・・。それ、家の中で使ってもあんまり意味が無いと思うんだけど。遊びに行く時に使った方が良いよ?」
「それはダメヨ」
「やっぱり、下手だから外には持って行きたくない?」
「そんなんじゃないネ」



ポーチを胸の前に持って来てぎゅっと抱き締める神楽ちゃんに、嘘を吐いてるとか僕に気を使ってるそんな気配はまったくない。



「これは、私の宝物ヨ」
「え?」



ポツンと零された言葉に目を瞬かせる。
気に入ってくれてるのは確かみたいなんだけど・・・。
どうして外で使ってくれないのか分からない。



「遊びに行く時に持って行って、失くしたら嫌ネ・・・」



だから、お家の中で大事に使うアルと続けられた言葉に、ほわんと胸の中が温かくなる。
押入れの中でポーチを見つけた時に沈んだ気分が、ぐぅんっと急上昇。
それだけ大事にしてくれてると思うと、じわっと眼の奥が熱くなって慌てて瞬きを繰り返した。



「新八?どうしたネ?」
「ううん・・・何でもないよ。あのね、神楽ちゃん」
「はいヨ?」
「やっぱり、それは遊びに行く時に使おうよ?」
「・・・ヤーヨ。失くしたらどうするネ」
「じゃあ、名前を書いておこう?」



ツンっと口唇を尖らせる神楽ちゃんにやんわりと笑い掛けて腰を上げる。
銀さんの事務机の上に置いてるペン立てから油性の黒ペンを探して、神楽ちゃんを手招く。
きょとんとした表情で立ち上がった神楽ちゃんを、和室に促した。



「何するアルカ?」
「遊びに行った時に持って行って、万が一失くしちゃったとしても、ちゃんと神楽ちゃんの手に戻って来るように名前を書くんだよ」



箪笥の上に置いていた裁縫箱を下ろして、中からポーチの生地を買った時に一緒に買った白布を取り出す。
それを適当な大きさに切ると、それに万事屋の住所と電話番号、それから神楽ちゃんの名前を出来るだけ丁寧に書いた。
神楽ちゃんが興味津々と言った様子で僕の手元を覗き込んでるのが、何処か擽ったい。



「ポーチの中身出して、貸してくれる?」
「はいヨ」



裁縫箱から生地と同じ赤糸を取り出しながらそう言うと、神楽ちゃんは素直にポーチの中身を出して僕に渡した。
受け取ったポーチをくるりと裏返して、針に赤糸を通す。
位置を決めて、名札にした白布を縫い付けていく。
それ程大きく作った訳じゃないから、あっと言う間に終わった。



「はい、こうしておけば大丈夫でしょ?」



ポーチを元通りに返して神楽ちゃんに差し出せば、笑顔で大きく頷かれる。
ニコニコと笑顔で出した物を再びポーチに仕舞う姿に、僕も嬉しくなって笑った。



「大事な物には名前を書いておくと良いよ」
「大事なモノには名前・・・」
「そうだよ」



僕の言葉を繰り返す神楽ちゃんの頭を撫でて、使った物を仕舞う。
傍らに置いていた黒ペンも片付けようと手に持って立ち上がり掛けると、それよりも早く神楽ちゃんに手首を掴まれた。



「それ、貸すネ」
「ペン?」
「そうヨ」



中途半端に上がった腰をもう一度下ろして首を傾げれば、何処か真剣な表情で神楽ちゃんは手を差し出す。
はいっと差し出された手にペンを置くと、今度は差し出していた手首を掴まれた。
どうしたの?と首をかしげたら、じっとしとくヨロシと言って神楽ちゃんはペンのキャップを外してくるりと僕の手首を返して掌を上に向けさせる。
訳が掛からずに大人しくしていると、徐にペン先が掌に近付けられた。



「え?あの・・・神楽ちゃん?」
「動いちゃダメネ!」
「あ、はい」



きっと強い瞳で見返されて、思わず引き掛けた手を押し留める。
ピタリと押し当てられたペン先が擽ったくて小さく肩を揺らすと、動いちゃダメヨ!とまた叱られた。
首を傾げながらゆっくりと動き出したペン先を見詰めていると二つの文字が綴られる。



「神楽ちゃん・・・?」
「新八言ったネ。大事な『者』には名前を書くって」



私、新八大事ヨ。失くしたくないアル!そう言って、神楽ちゃんはにひっと笑った。
僕の掌には、ちょっと歪な形だけど確かに『神楽』と書かれている。
顔の前に持ち上げてじっくり見詰めた。
僕からは、それは逆さまに見えてしまうけど・・・。
僕が言ったのは『者』じゃなくて『物』と言う意味だったけど・・・。
それでも、目の前の少女に大事な『者』と言って貰えたのは嬉しくて・・・。
キャップを嵌めてクルクルと手の中でペンを回していた神楽ちゃんを、何も言えないままぎゅっと力一杯抱き締めた。










ふわふわとした幸せそうな笑顔でそう話し終わった新八に、ふぅ〜んっと曖昧な相槌を打って、神楽がしたように俺も手に持ったペンをクルクルと回す。
それからにやんと笑って、定春の腹と新八の背中の間に右足を突っ込んで、新八の背中を抱え込むようにした。



「銀さん?」



不思議そうに見上げて来る新八に応えは返さずに、神楽の頭を撫でたままだった右手を左手で掴んでペンのキャップを歯で挟むと外す。
そのままペンを右手の掌に近付けると、俺の意図を察したのか俺を見上げていた新八がふにゃんと笑った。
さらさらの黒髪に覆われた額に頬を摺り寄せると、ふふっと小さく笑って新八が俺の胸に背中を預ける。
腕の中の新八の体温を堪能しながら、右手に持ったペンをゆっくりと動かす。
出来るだけ丁寧に・・・一筆一筆に想いを込めて、大事な『者』に『銀時』の二文字を綴った。
絶対に失くさないと誓いながら・・・。















END