その笑顔に、僕の方こそありがとう。










ありがとう










「あれ?」



何で僕はこんな事までしてんの?と、日々疑問に持ちながらも、最早習慣になってしまった繕い物の最中に、裁縫箱を探っていた手を止めて首を傾げる。
まだ余裕があると思っていた白糸が尽きていた。
ふむっと小さく唸って、手の中にあった着流しを目の前に広げる。
よくよく見れば、彼方此方に繕った後があった。
その内、繕うにも限界が来そうだ。
これだけ繕っていれば糸だって切れるかと、苦笑い。



「まぁ・・・一応代えはあるから、今日じゃなくても大丈夫かな」



でも、早目に買いに行かないとなぁと、一人呟く。
また直ぐに繕わなきゃいけなくなる物が出るだろうから。
よし、今日の買出しの時にでも買いに行こう。
そう決めて、裁縫箱を閉じた。










僕が飄々と入るには少々気後れしてしまうような可愛い構えをしたお店に足を踏み入れる。
まぁ、初めてじゃないから其処まで戸惑いはしないんだけど。
何度か足を運んだ、沢山の色を取り揃えた手縫い糸のコーナーに向かう。
お徳用とラベルに書かれた白糸を迷い無く選んで、此処での買物はこれで終わりと、レジに向かい掛けた足が止まった。
手縫い糸を並べた棚の傍らに、それを程大きくないワゴンを置いて、その中に色取り取りの布。
ワゴンに張られた手書きのポップを見れば、三枚250円の文字。
試しに一枚手に取ってみると、20cmあるかないかの幅で縦の長さはどれもまちまちだ。
どうやら、計り売りしている布の余りを纏めているようだった。
ちょっとした小物や、パッチワークに使用するには良いかもしれないと、何ともなしに幾つか手に取ってみる。



「ん?」



何枚か手に取ると、その下に隠れていた布に目を惹かれてそれを取り上げてじっくりと見てみた。
つるつるとした手触りの赤い生地。
ピンク色の刺繍糸で波のような模様が描かれていた。
少しだけ厚めだから、もしかしたら手作り服の為の生地かもしれないなぁ。
神楽ちゃんの持ってるチャイナ服の生地に似てるかも。
それに、生地の色も刺繍糸の色も、神楽ちゃんが好きそう。
うーんっと一つ唸って、布の小山をもう少し探ると、同じ生地が見つかる。



「・・・出来る、かな?」



両手に同じ生地だけど大きさが違う布を持って、暫し思考。
それから、よしっと一つ頷くと、後一枚あれば何かに使えるだろうと白い布を手に取ってやっとレジに向かった。










それから三日後、僕は周りは普段と変わらない朝なのに、少しだけドキドキしながら万事屋の玄関を潜った。
おはようございますと声を掛けても、返事は無い。
と、言うか。あんまり期待してないのでそのまま台所へ。
手早く朝食の用意をして後は器に盛るだけにすると、玄関横にある押入れに向かう。
襖越しに声を掛けても反応はやっぱりないので、苦笑いつつ襖を開けた。



「神楽ちゃん、起きて。朝だよ〜」



お決まりの言葉を掛けながら肩を揺すれば、お決まりのようににゅっと両腕を伸ばされた。
しょうがないなぁ〜と言いながらも、払ってしまえない自分に小さく笑う。
抱き起こしてやっとおはようの挨拶を交わすと、抱き付いたまんまだった神楽ちゃんがまた僕の肩口に顔を埋めた。
これは『下ろして』の合図。
何時もだったら、またしょうがないなぁ〜と言いながら下ろしてあげるけど、今日だけはちょっと困る。



「神楽ちゃん、ゴメン。一回離してくれる?」
「・・・やーヨ」



首に回された腕を軽く叩いて促してみるけど、さらにぎゅっとしがみ付かれた。
これは先に下ろさないと駄目だなと結論を出して、神楽ちゃんの背中に回した両腕に力を込める。
神楽ちゃんが床にちゃんと立った事を確かめてから、腕を力を抜くと神楽ちゃんの腕も解けた。
何時もだったら此処で洗面所に向かうように促すけど、今日はちょっと違う。



「手、出して?」



何時もと違う僕の言葉に首を傾げながらも、神楽ちゃんは両手を掌を上にして差し出す。
懐を探って其処から目当ての物を取り出すと、はいっと声を掛けながら神楽ちゃんの手に乗せた。
薄茶の小さな紙袋を手に、不思議そうに青い瞳をくるりと丸くさせる。



「開けてみて」



パチパチと目を瞬かせる神楽ちゃんをそう言って促すと、コクリと頷いて紙袋の口に手を入れた。
中に入っている物を掴んだのか、そろそろと手が引き抜かれる。
それを見ながら、何だか緊張して来た。
紙袋から完全に神楽ちゃんの手が引き抜かれて、その手には15cm四方程のポーチ。
自分が取り出した物を見て、また神楽ちゃんの瞳がくるりと丸くなった。



「あのね、紐が付いてるでしょ?」



そっと神楽ちゃんの手からそれを取り上げて、軽く纏めて束にしておいたピンク色の紐を解く。



「この中に酢昆布とか、ハンカチちり紙入れて・・・こうやって斜めに掛けるんだ」



用途を説明しながら紐付きのポーチを神楽ちゃんの右肩に掛けて、左腰の辺りにポーチが来るように流す。
僕の手元を見て、それからポーチに視線を落とした神楽ちゃんはそぉっとポーチを両手で掴むと顔の前に持ち上げた。



「あんまり、上手に出来なかったんだけど」



マジマジと見詰める神楽ちゃんに苦笑ってそう告げると、大きな瞳をさらに大きくして見上げられる。



「新八が、作ってくれたアルカ?」
「うん。この間手芸屋さんに行ったら、ちょうど良い感じの生地を見つけたから」



何時もポケットに色々と詰め込んでいる神楽ちゃんだから、こう言うのあった方が便利だと思って作ってみた。
ただ、こう言う小物は作った事がないから、余り上手には出来なかったけど・・・。



「・・・どう、かな?」



何も言わずに俯いてしまった神楽ちゃんに、恐る恐る声を掛けるとぎゅっと抱き付かれる。
反射的に背中に手を添えると、ぎゅうぎゅうってさらに力を込められた。



「・・・と、ネ」
「神楽ちゃん?」



神楽ちゃんが何か呟いたけど、余りにもその声が小さくて聞き取れなくて首を傾げる。



「ありがとネ!新八!!大事に使うアル!!!」



ぱっと上がった顔には満面の笑み。
建前とか、そんな裏なんかまったくなくて、純粋に嬉しいと言う笑顔。
その笑顔に、僕も自然と笑みを浮かべる。



「ホントにありがとネ!大好きヨ!!新八!!!」
「どういたしまして。僕も大好きだよ、神楽ちゃん」



抱き付いてニコニコと笑う神楽ちゃんに嬉しくなって、僕もぎゅっと神楽ちゃんの小さな身体を抱き返す。
喜んでくれて僕の方こそありがとうと、心の中で呟きながら・・・。















END