そうなれば良いのに










「それじゃ、僕は帰りますね」



夕食の片付けを済ませた新八が、何時も通りの時間に立ち上がって和室に置いてあった荷物を掴んで一言。



「おー気ぃ付けて帰れよ」



ぼぉーっとTVを見ながら、適当に言葉を返す。



「明日、遅れんじゃねぇゾ。ダメガネ」
「ダメガネ言うな!眼鏡に謝れゴラァ!!」



神楽も何時もの調子で悪態を吐き、新八も何時も通り突っ込みを返す。
その間も、玄関に向かう足は止まらない。
廊下に続く戸を開けて、クルリと振り返る。



「銀さん、神楽ちゃん。少し早いですけど、おやすみなさい」
「おーおやすみー」
「おやすみヨ」



まだ八時を少し過ぎた時間にする挨拶じゃないが、帰り際、新八は必ずそう言い残す。
万事屋に泊まらない限り、それに相応しい時間に出来ないからだ。
居間から新八が出て、戸が閉められる。
少しの間を置いて、ガラガラと建て付けの悪い玄関が幾らか騒がしい音を立てた。
耳を澄ませば、カンカンと固い音が聞こえる。階段を下りている音だ。
それも、直ぐに聞こえ無くなって、新八が帰ってしまった事が分かった。
TVからは相変わらず、面白いのか面白くないのかよく分からん番組がわざとらしい賑やかさで流れている。
今現在、此処には二人と一匹が居る筈なのに音はそれだけ。
新八が帰った後は何時もこんな感じだ。
昼間はやる気の無い声を何だかんだで発する俺の口も、ドロドロの展開の昼ドラを見過ぎて訳のわからん台詞染みた言葉を発する神楽も口もぴったりと閉じたまま動かない。
定春は、部屋の隅で丸くなって寝息を立てているっぽいが、TVの音に消されて聞こえなかった。
今日が特別な訳じゃない。
何時も新八が帰った後はこんな感じだ。
新八は、自分が帰った後に不気味と言っても良いようなほど静かな俺達の姿があるなんて想像も出来ないだろう。
別に、俺と神楽の仲が実は悪いとかそんな理由じゃねぇ。
ただ・・・。



「新八、今日もやっぱり帰ったネ」
「・・・そうだな」



新八が妙が夜仕事に出て家に居ないにも関わらず、律儀に帰ってしまう事に拗ねてるだけ。
よっぽどの事が無い限り・・・例えば、珍しく入った依頼が長引いたとか、依頼が朝早くだったりとか・・・そんな理由が無い限り、絶対と言って良い程、新八は家に帰る。



「何で毎日毎日帰るアルカ。時々にすればイイネ」
「・・・まったくだな」



完全に拗ねてますと言いたげな口調と声音でポツポツと神楽が呟くのに、俺もそれなりの不機嫌さを滲ませて相槌を返す。
それでも、それを新八に面と向かって言わないのは、新八が毎日毎日律儀に家に帰るのは、仕事帰りの妙を出迎え温かい朝食を食べさせてやりたいからだと知っているからだ。
だから、言いたくても言えない・・・言っちゃなんねぇ。
寄り添うようにして生きて来たあの姉弟二人の絆を知る俺達が、絶対に言っちゃなんねぇ言葉だ。



「新八が・・・」



またポツリと呟いた神楽に、ちらりと視線を向ける。
ソファの上で、膝を抱えてじっと自分の爪先を睨み付けていた。
俺は黙って、続く言葉を待つ。



「新八が・・・本当にダメガネになればイイネ」



それだけ言い切って、神楽は口を閉じた。
これ以上は何も言う気はないようだ。
視線を神楽からTVに戻して、零された言葉を反芻する。



(新八が、本当にダメガネになれば・・・ねぇ)



俺も神楽も・・・いや、新八を知る奴等は誰一人として、本当に新八を『ダメガネ』なんて思っちゃいねぇ。
そう思ってる奴は、新八の本質を知らねぇ馬鹿な他人だけだ。
少しでもアイツの本質を知れば、腹の底からダメガネなんて言える訳がねぇ。
そりゃあ、新八は確かに生き方が不器用だ。
けど、裏を返せばそれは真っ直ぐ生きてるって事だ。
ただ真っ直ぐに歩いてりゃ、石にだって躓く。
躓いたって、アイツは何時だってちゃんと立ち上がってまた歩き出すんだ。自分で。



(・・・あぁ、そうだな。本当に新八がダメガネになればイイな)



そしたら、躓く度に俺ら二人で引っ張り上げて、また転ばないようにずっと手を繋いどくんだ。



「新八が、もっともっと弱くなればイイネ」



まるで、俺の思考を読んだように神楽が再び呟く。
俺もそうだなと、音にはせずに相槌を打つ。
確かに新八は弱い。
それは、俺達の基準での話しだ。
新八自身、自分は弱いと思ってる。
でもそれは・・・周りが非常識な程強いだけであって、常識で考えれば新八は弱くなんかねぇ。
むしろ、強い部類に入るだろう。
本人には絶対言ってやんねぇけど。ってか、誰が言うかコノヤロー。
常識で考えても、ボッロボロのメッタメタに新八が弱かったら、日が暮れたら危ないからとか強引でも無茶苦茶でも何でも良い、引き止めて泊まらせて帰さずに済むのに。
そしたら、新八は何処にも行けねぇ。むしろ、何処にも行かさねぇ。
そしたら・・・俺達だけの新八になる。



「でも・・・本当にそうなったら、もうそれは新八じゃないアル」



立てた膝に額を押し付けてるせいか、神楽の声が妙に篭って聞こえた。
そうだなと、やっぱり音にせずに相槌を打って天井を見上げる。
俺達が惹かれる新八は、ダメガネって言われながらも本当はダメガネじゃない新八。
ボッロボロにもメッタメタにも弱くない新八。
俺達だけのもんにはならない新八。



「矛盾してんなぁ・・・」



ボソッと呟くと、視界の端でコクリと神楽が頷いたのが見えた・・・。















Notice it・・・