それは、涙する程に・・・。
恐い夢
「・・・ん、・・・さん、銀さん!」
「んぁ?」
肩を揺すぶられてぱかりと目を開けると、仄かな明かりに照らされて新八が俺の顔を覗き込んでいるのが見えた。
仄かな明かりは人工的で、それが夜は眠らない歌舞伎町がまだまだ活動時間だと分かる。
早い話しが、まだまだ夜中と呼ぶべき時間だ。
二度瞬きして目を闇に慣らすと、覗き込む新八の顔がはっきりと見えて軽く眉を顰める。
眉を顰めたのは、新八の表情が酷く焦っていたからだ。
「・・・どーしたの?新八」
「いや、どうしたって言いたいのは僕の方なんですけど」
のろりと片腕を上げてぽふぽふと新八の丸い頭を叩いてやると、小さく溜息を吐いてそう言った。
言葉の意味が分からず首を傾げると、すっと新八の手が伸びて来て俺の目元に触れる。
そうされて初めて、情け無い事に眠りながら泣いていた事に気付いた。
「・・・マジ?」
「マジです」
ほらっと言いながら、目元を拭った指を目の前に持って来られる。
確かに濡れている事を示すように、新八の指先がキラキラと光りを反射させた。
「ちょっ!おまっ!!そう言う時は見て見ぬ振りしろよ!!!」
ありえん!恥ずっ!!っと喚いて布団を慌てて引き上げて頭まですっぽりと被って丸くなる。
ないないないない!これはないって!!内心ぎゃーぎゃーと喚きながら、枕でゴシゴシと目元を擦ってまだ残っていた涙を拭った。
「今更情けない顔の一つや二つ見られて慌てるな、このマダオ」
心底呆れたと言いたげ声音と一緒に、布団の上から叩かれる。
何気に酷い事言われてね?俺。
「うっせぇよ、この眼鏡」
「眼鏡関係ぇねぇだろうが!」
ゴスッとしっかり頭を狙って振り下ろされた拳に思わず呻く。
ちょっ!布団の上からでもこんだけ痛いって、どんだけ力込めやがったんだよ!!コノヤロー!!!
「で?」
「あぁ?」
「泣く程恐い夢でも見たんですか?」
子供ですかアンタは・・・と、やっぱり呆れたように言われたけど、布団の上から背中を叩くその手はやけに優しい。
一定のリズムでそれを繰り返されてる中、丸めていた身体を徐々に伸ばして完全にうつ伏せになる。
枕に顔を埋めるようにして、覚えてねぇと呟いた。
夢なんて、覚めれば大抵忘れちまうもんだ。
過去と言う名の悪夢は別として・・・。
「全然、覚えてないんですか?」
「あー・・・そうみたい」
「そうですか・・・」
何処か残念そうな新八に、少しだけ被っていた布団から顔を出して見上げる。
暫し、何かを考えるように目を伏せていた新八が、そろりと手を伸ばして俺の頭を撫でた。
あれ?何か子供扱い?
そうは思いはしたが、緩々と頭を撫でる手は心地良く、文句を言うよりも甘受する。
「恐い夢って・・・」
「ん?」
「恐い夢って、人に話すと本当にならないって言うから・・・覚えてたら話して少しは楽になれたのかなって思って」
新八が悪い訳でも無いのに、申し訳無さそうに眦は下げるその様子に目を瞬かせる。
あぁ・・・本当にお前は優しいなぁ・・・。
「なぁ新八」
「はい、銀さん」
「一個お願いしてイイ?」
「お願い、ですか?」
コトリを首を傾げる新八に、布団の中でモゾモゾと動いて布団の端を上げる。
きょときょとと、不思議そうに目を瞬かせる新八ににやんと笑ってお願い。
「銀さん抱っこして寝てくんね?」
「はぁ!?」
只でさえデカイ目をさらにでかくさせた上に丸くして、反射的に逃げ出そうとしたその身体を、頭を撫でていた手を掴んで引き止める。
夜目にも鮮やかに染まった頬の紅が眼を惹く。
「駄目?」
「駄目と言うか・・・。恥ずかし気もなくよくもまぁ・・・そんな台詞言えますね、アンタ」
「嫌?」
「嫌と言うか・・・。あぁ!もぉ!!分かりました!!!」
僕が悪いみたいじゃないですか!と、ぶぅぶぅと文句を言いながらも、持ち上げていた布団の隙間に身体を潜り込ませると幾らかの逡巡の後、新八は両腕で俺の頭を抱え込んだ。
「ホント、ずるい・・・。そんな捨てられた仔犬みたいな目で見られたら、駄目とか嫌とか言えないじゃないですか・・・」
「そんな目ぇしてた?」
「無自覚なら余計に性質が悪いです」
何処か呆れた様に言われたけど、そぉっと俺の頭を再び撫でる手は酷く優しい。
目の前の薄っぺらな胸に悪戯したい衝動に駆られるが、そんな事をすれば後が恐いのもあるし、何より優しいその手が退けられるのは惜しい。
すりりと頬を摺り寄せれば、擽ったそうに顰めて笑う声。
うん、今日はこれ以上は無くて良い。
今日は特別ですからねと囁いた新八に、頷く事はせずに細い腰に腕を回してぎゅっと力を込めた。
泣き顔を見られた対価は、規則正しい心音と温かい体温。
これなら、後何度見られても構わないかと、ゆるりと笑った。
とろとろとまどろみ始めた頃、おやすみなさいと呟かれて、微かに頷いた。
完全に眠りに落ちる寸前、抜け落ちたと思っていた夢の断片が戻って来る。
新八、新八・・・心配掛けてごめんなぁ・・・。
俺が見たのは、お前が心配するような恐い夢じゃなかったみたいだ。
今よりもずっと大人びたお前が、銀さん、銀さんって俺を呼んでた。
ずっと傍に居ますよって笑って言ったんだ。
だから俺は・・・。
恐い程の幸せな夢に、涙したんだ。
END
