そりゃねぇえだろうぉおおぉおおおおぉおおっ!!!!!
彼シャツならぬ・・・
「たっだいまぁ〜銀さんのお帰りですよぉ〜」
玄関で履き慣れたブーツを脱ぎながら奥に声を掛けても、何時もなら軽い足音と一緒にお帰りなさいって聞こえる筈の声が聞こえない。
あれ?っと思わず首を傾げる。
足元に視線を落とせばきちんと草履とチャイナシューズが並んでいた。
どんなに喧嘩した後だとしても、必ず出迎えをしてくれる筈なのにともう一回首を傾げる。
それに、今日は朝から人手が足りないからとお馴染みの大工の棟梁に依頼されて仕事して帰って来た後だ、尚更出迎えが無い筈が無い。
二人揃ってお昼寝ですかぁ〜っと、ちょっと不機嫌になりながら居間に向かった。
戸を開ければ、戸に背を向けるソファで見慣れた明るい朱色の頭が少しだけ見える。
黒い頭は見えないが・・・。
「寝てんのか?神楽」
「・・・起きてるネ」
背凭れに手を突いて軽く覗き込みながら声を掛けると、やけにテンションの低い返答。
ソファの上で両膝抱えて只でさえ小さい身体をさらに小さく丸めていた。
「あー・・・とりあえず、ただいま」
「お帰りアル・・・」
何かあったには違いないが、もう一度帰宅の挨拶をすれば今度はちゃんと返って来る。
でも、やっぱりテンションは低いまんまだ。
こりゃ相当な事があったなと胸ん中で呟いて、ただいまを言うべきもう一人の姿を探す。
換気の為か襖の開け放たれてる和室に視線を向けても、探す姿は見つからない。
台所に居るなら、玄関で声を掛けた時に気付くだろうし・・・。
「神楽、新八は?」
手っ取り早く神楽に居場所を聞けば、ピクッと肩を揺らした後、さらに小さくなるように膝を抱える両腕に力を込める。
そんな様子にガシガシと頭を掻いて、ソファの背凭れを跨ぐ。
神楽の隣に座って、俯いたまんまの頭をグリグリと撫でてやった。
どうやら、新八と何かあったらしい。
それも、神楽が何かやらかしたっぽい。
「あ、やっぱり銀さん帰ってたんですね」
「んぁ?おーただい・・・」
グリグリと神楽の頭を撫でてたらカラリと音を立てて背後の戸が開いて、探し人の声。
肩越しに振り返りつつ言葉を返してる途中で、俺はコチーンだか、カチーンだかそんな感じの音を立てて固まった。
お帰りなさいと、にこりと笑う表情は何時も通り。
でも、決定的に何時もと違う所があって、俺は何を言うべきか分からず硬直続行。
いや、だってしょうがないって!
新八が何時もの和装じゃなくて!和装じゃなくて!!
俺の着流し着てんですけどぉおおおぉおおぉおおお!!!!!
そらもう、普段はやる気無く半分閉じてる目も全開になるって!!
ってか!誰かぁぁぁぁあぁあぁあ!!誰かぁぁぁああぁああ!!!
カメラ!カメラ持って来てぇえぇえええぇぇえ!!
ぬぁあ!この家カメラなんかねぇ!!
こうなったら・・・っ!!
俺のハートのアルバムに永久保存んんんんんんんんんん!!!!!
俺の声にならない絶叫に気付いたんじゃなくて、新八には驚いて目を丸くしてるように見えたのか、いや、驚きもあるんだけどね、それよりも目にその姿を焼き付けるのが先決ですよぉお!
・・・じゃなくて、俺の視線にちょっと困ったような申し訳無さそうな表情を浮かべて、新八はそっと自分の口唇に人差し指を当てた。
新ちゃん、俺を悩殺したいの?襲って良いですかぁぁぁあ!?
思わずソファを飛び越えそうになる俺よりも早く、新八が動いた。
身長差に合わせて体格差もあるせいか、裾が長過ぎる。
それを踏まないようにか、太腿近くの合わせ目を右手で掴んで軽く持ち上げてた。
普段は袴の裾で隠れてる細い足首がチラチラ見える。
うん、銀さん鼻血出そうですよ?
やっと硬直が解けてにやける口元を片手で覆って隠してると、気付けば新八は膝を抱えて丸くなる神楽の前で膝を突いていた。
「神楽ちゃん」
柔らかい声が神楽を呼ぶと、ピクンっと肩が跳ねる。
新八は両手を伸ばして俯いたままだった神楽の両頬に手を添えると、顔を上げるように促した。
頑なに俯いたままの神楽に、もう一度新八が名前を呼ぶ。
二度目の呼び掛けに観念したのか、そろそろと神楽が顔を上げた。
ぎゅっと口唇を引き結んで、心なしか青い瞳が潤んでいる。
「ごめんなさいアル・・・」
「謝らなくていいんだよ?」
「でも・・・ちゃんと、出来なかったネ」
くしゃり神楽が顔を顰めて、すんっと鼻を啜る。
神楽が何かやらかしたって言う俺の推理は当たりだったみてぇだ。
ってか、グッジョブ神楽。
落ち込む神楽に向かって賞賛の言葉を送りながら、とりあえずは事の成り行きを見守る。
「うん、確かに今回はちょっと失敗しちゃったね。でもね、神楽ちゃんがお手伝いしてくれて、本当に嬉しかったんだよ?」
「本当アルカ・・・?」
「勿論だよ。また、お手伝いしてくれる?」
「・・・今度は失敗しないように、がんばるネ」
「うん、よろしくお願いします」
ヘラッと力なく笑う神楽に、新八は柔らかい笑みを返しながら目尻に浮かんでた涙を人差し指の背で拭ってやった。
いや、もう・・・マジでお母さんだよ、お前。
「さ、遊びに行っておいで」
「行って来るアル!」
鳴いたカラスが何とやらな表情で二ヒッと笑った神楽は一度ぎゅっと新八に抱き付くと、ぴょんっとそれこそ兎みたいに跳ねてソファから飛び降りた。
定春!行くヨ!!と、部屋の隅で丸くなってた定春に声を掛けて元気良く駆け出す。
「五時には帰って来るんだよ!」
「はいヨ!マミィ!!」
「神楽ちゃん!僕は男だから!!」
マミィじゃないから!と、お決まりの言葉をとっくに見えなくなった背中に投げて苦笑いを一つ。
ふぅっと小さく息を吐くて、新八はやっと俺に顔を向けた。
「すみません銀さん。着流し借りちゃって」
「いや・・・それは別に良いけど」
むしろ何時でもどうぞだ!コノヤロー!!・・・とは言わずに、何でこうなったかの説明を視線で促す。
きちんと視線の意味を汲み取った新八は、苦笑って言葉を続けた。
「今日、洗濯物干し終わって掃除してる時に神楽ちゃんがお手伝いするって言ってくれたんです」
「ほー・・・珍しい事もあるねぇ」
「そんな言い方しないで下さい」
揶揄かうように言ったのが気に入らなかったのか、新八は軽く眉を寄せる。
それでも、何時もの事かと言った表情を浮かべるとまた話しを続けた。
「それで、雑巾掛けをお願いしたんですけど・・・バケツを引っ繰り返しちゃって。運悪く僕に掛かっちゃったんです。頭からバシャーって」
「あらら」
「寝巻きにしてる分も何もかも洗濯してて、銀さんの着流ししかなかったもんで・・・借りちゃいました」
すみませんっと、申し訳無さそうに笑う新八に気にすんなと軽く手を振る。
これで色々納得出来た。
俺が帰って来た時は風呂場に居たんだろう。出迎えが出来なくて当然だ。
あの時、俺に向かって静かにって言う仕草を見せたのは、神楽の前で神楽の失敗を話さない為。
只でさえ落ち込んでた神楽を、これ以上落ち込ませない為。
ホント良いお母さんだよ、お前は・・・。でもな・・・。
開けっ放されたままの居間と廊下を遮る戸を閉める為に立ち上がった新八を、くっと腕を掴む事で引き止める。
きょとんと目を丸くする新八に構わず、今度は強めに腕を引っ張って上体のバランスを崩させた。
わわっと小さく驚きの声を上げる姿ににやんっと笑って、タイミングを合わせてもう一方の腕を伸ばせば、新八の身体は簡単に俺の両腕に納まる。
おまけと言うように、さらに引っ張って膝の上に座らせた。
慌てて膝の上から逃げようとする新八の腰にがっちり左腕を回して拘束。
「え!?ちょ!?急になんですか!?」
とりあえずキスだなと思って顔を近づけると、さらに慌てた新八が俺の胸に突いた腕に渾身の力を込めて必死で距離を取った。
キスが無理ならこっちと、細い足に手を伸ばす。
「急にも何も、これ以上我慢無理だから!」
幾ら良いお母さんの姿見せられても、俺にとっては可愛い奥さんだからぁぁぁあ!!
「ぎゃあぁぁぁああぁぁあ!足を撫でるなあぁああぁぁあ!!」
袴と違って合わせ目に手を滑らせれば、あっと言う間に素肌の感触。
ヒタリと手に吸い付くような肌を、思う存分撫で回す。
チラッとそっちに視線を向ければ、傷一つ無いすらりと細く白い足が太腿の半分近くまで露わになっていた。
うぉおぉおおぉおお!ナイス過ぎるぅうううぅううぅううぅぅう!!
本気で鼻血が出そうになるのを耐えて、一度足を撫でてた手を少しだけ浮かせる。
膝辺りまで手を伸ばして、今度は掌全体を当てずに中指の先だけを当てた。
触れるか触れないかの微妙さを保ったまますぅっと指を上に滑らせると、腕の中の身体がヒクンッと跳ねる。
もう一度膝まで手を戻して、さっきより内側寄りに位置をずらす。
足に向けてた視線を新八の顔に戻して、またすぅっと指先を滑らせると、ぎゅうっとキツク目を閉じて顔を真っ赤にさせながらまたヒクンッと身体を跳ねさせた。
いいねぇ〜。
自分でも相当意地の悪い笑みを浮かべてる事を自覚しながら、これまた綺麗に赤く染まっている耳に噛み付く。
俺が何かする度に顕著に反応する新八に、だらしなく口元が弛むのが分かった。
「新八」
耳に口唇を当てて、何時だったかコイツが好きだと言っていた低い声で名前を呼ぶ。
一度身体を震わせて、ゆるりと新八の顔が上げられた。
赤く染まった目元と僅かに潤んだ黒い瞳に、完全に理性がぶっ壊される。
足を撫でてた手を上げて、そぉっと丸みを帯びた頬に当てるともう少しだけ顔を上げさせた。
「銀、さん・・・」
「新八・・・」
少しだけ震えた声で呼ばれて、ゆるりと口元で笑いながら呼び返してゆっくりと顔を近づけると、ふわりと新八が両の瞼を下ろす。
「い・・・」
「ん?」
後少しで口唇が触れると言う所で、小さく新八が何かを呟いたのが聞こえて、思わず動きを止めた。
微妙な距離を保ったまま言葉の続きを待っていると、両瞼の睫が震えて・・・次の瞬間。
「好い加減にしろぉおぉおぉぉおぉおぉっ!!!!!」
カッ!っと開かれた両目に驚く間もなく、新八の怒声と顎に言葉にならない程の衝撃。
「あがっ!」
ガゴン!って音がしそうな勢いで、俺は強制的に仰け反らされた。
ついでに、後頭部をソファの背凭れの天辺部分に強打。
半端なく痛ぇえええぇぇぇええ!!
顎の方が痛いのか、後頭部の方が痛いのか判別出来ないままにとりあえず両方押さえながら悶える。
その隙に、新八はさっさと俺の膝の上から逃げていた。
完全に安全な距離を取ると、手早く乱れた着流しを整える。
「ちょ・・・っ、新、八・・・っ!これはねぇだろう・・・っ!!」
顎と後頭部支えながら何とか顔を元の位置に戻す。
少しだけ歪む視界は、多分涙目になってるせいだ。
ってか、あの状態でこんだけのダメージ与えるアッパー繰り出すとは思わねぇよ!
「うっさいわ!このセクハラ上司!!急に何しやがんだ!!!」
「しょうがねぇだろが!彼シャツならぬ彼着流し着てるお前目の前にして我慢出来るかぁあぁあぁあ!!」
「意味分かんねぇよ!スケベ変態エロ痴漢んんんん!!」
「スケベとエロは肯定しても変態と痴漢は否定すんぞゴラァァアァアァア!!」
「むしろ変態と痴漢がアンタには相応しいわ!ボケェェエェエエェェェエ!!」
力の限り怒鳴りあって、二人とも肩で息をする。
はぁっと最後に大きく息を吐き出した新八が、すっと姿勢を正すと和室に向かって歩き出した。
お?何だかんだ言って、お前もその気なんじゃねぇか。新八の恥ずかしがり屋め!
ニヤニヤ笑いながら、新八に続くように和室に向かおうとするとクルリと新八が振り返った。
「銀さん」
「あ?」
「僕が出て来るまでに和室に入って来たら・・・駄目ですよ(殺しますよ)」
志村DNAぇえぇぇぇぇぇぇえぇえ!?
ぱっと見、すごい穏やかな笑顔なのに、オーラが!放たれるオーラが恐い!!
しかも、副音声で『殺しますよ』って聞こえたんですけどぉおおぉおおおぉおお!?
「それじゃ」
「え?ちょ・・・しんっ!?」
するっと和室に踏み込んだ新八に慌てて手を伸ばすと、それよりも早くスパン!っと音を立てて襖が閉められた。
微かに襖に触れた指先が、摩擦で白煙を上げる。
「あっっっちぃいい!」
火も無いのに負った火傷に叫んで、ブンブンと手を振る。
涙目で指先に息を吹き掛けると、真っ赤になっていた。
「くっそぉ・・・今日は朝から仕事して来たって言うのに・・・っ」
ご褒美位あってもいいんじゃね!?
と、所謂逆切れを起こして新八の言い付け無視して襖に手を掛けた瞬間。
地獄の釜の蓋が開いたかのような禍々しい気配が襖の向こうから漂って来たんですけど。
思わずゴクリと喉を鳴らして、恐る恐る手を離す。
襖から完全に手が離れると、一瞬前の禍々しさが嘘のように消えた。
それでも、心臓はバクバク言ってるし、今日はそれなりに温かい筈なのに背中には冷たい汗が流れる。
うん・・・。
開けた瞬間に俺は此の世とさようなら。あの世とこんにちは、だ。
ノロノロとした足取りで、和室前から離れてソファに座り込む。
あー・・・ホント、仕事頑張ったのになぁ・・・。
がっくりと項垂れながら、新八の彼着流し姿が見れたからまぁ良いかと、無理矢理自分を慰めた・・・。
Bad End?
