他のもんなんか無くして、一つだけになれば良い。
もう一つ足して
クルクルと、新八が忙しそうに掃除をしている姿を、ソファに転がってジャンプを読みつつぼんやり眺める。
新八には、色んなポジションがある。
天堂無心流・恒道館道場当主。
志村妙の弟。
お通ちゃん親衛隊・隊長。
万事屋銀ちゃんの従業員。
神楽の母ちゃん。
んで、俺こと銀さんの年下の可愛い恋人。
ざっと上げただけで、こんだけのポジションがある。
人によっちゃ、これに足したり引いたりすんじゃねぇか?
今は・・・万事屋銀ちゃん従業員の新八ってとこか・・・。
不意に、適当に流しっぱなしだったTVから、聞き慣れたくもないのに聞き慣れた歌声が聞こえた。
パタパタとモップを掛けていた新八が、もの凄い勢いで反応してTVの前に飛んで来る。
でっかい目をさらに大きくさせて、心持ち頬なんか染めながら穴が空くほど真剣な瞳でTV画面を凝視。
数十秒にも満たない、新曲だかなんだかのCMに『お通ちゃーん!』と歓声を上げた。
一瞬で、お通ちゃん親衛隊・隊長にポジションチェンジ。
別のCMに切り替わった途端、残念そうに肩を落とした。
何回も見てんだろうが、オメェよぉ。毎回毎回、飽きもせず同じリアクションしてんじゃねぇつうの。
そんなに、ぶっ飛んだ意味不明な歌を歌う女が好きかコノヤロー。
・・・何て言えば、当然じゃないですか!!と、勢い良く返されるから言わねぇけど。何か凹むし。
「銀さん、TV見てますか?」
「あー?べっつにぃ〜」
「・・・じゃあ、消しますよ」
電気代が勿体無いしと言いながらも、またCMが流れる事を期待してるのか中々TVの電源を切ろうとしない。
それでも、万事屋の財布事情を把握している新八は渋々と電源を切った。
リモコンをテーブルの上に戻すと床に投げ捨てたモップを取って掃除を再開する。
暫くは黙って掃除の続きをしていたが、何時しか鼻歌を歌い出す。
相変わらず調子っ外れだけど、熱唱されない限り楽しげなそれを聞くのは案外悪くない。
まぁ、その鼻歌がやっぱりお通の曲ってのになんだかねぇっと思わないでも無いが。
あー・・・今、新八は従業員と隊長のポジションをフラフラしてんなぁ。
「銀さん、何か飲みますか?」
何時の間にか、顔の前に翳していたジャンプを胸の上の伏せて新八の姿を追ってたら、掃除が終わったのか手を止めて振り返りつつそんな一言。
粗方の家事が終わって休憩を挟むつもりなんだろう。
「んぁ?あーいちごぎゅ・・・」
「渋茶ですね。了解しました」
「おぃぃいいぃいい!希望聞いたよな!?今、明らかに希望聞いたよなぁあぁぁあ!?」
「黙れ糖尿寸前。それに、僕は何か飲むかって聞いただけで何を飲むかは聞いてません」
人の希望ばっさり切った上に、屁理屈捏ねたよこの子!?
これだから眼鏡は!!!
ってか!視線が痛い!!視線が痛い位冷たいから!!!銀さんの繊細なハートがブロークンだから!!!!
いじける俺を完璧に無視して、新八が台所に消える。
まぁ、俺の体心配してくれてんのは分かってるんだけどねぇ。
それでも、もうちょっと言い方とかなくね?なくね!?
「血糖値が正常値になれば僕だって厳しくしないですよ」
丸盆に急須と二人分の湯飲みを乗せて戻って来た新八が、何で俺がいじけてるのか正確に読み取って呆れてた。
俺の寝転がるソファの傍らに座り込む。勿論、行儀良く正座だ。
伏せていた湯飲みを引っ繰り返して、慣れた手付きで茶を注ぐ。
「はい、どうぞ」
「おー・・・あんがと」
コトリと置かれた湯飲みに促されて起き上がる。
それに合わせて、床に座っていた新八が腰を上げて俺が起き上がった事で空いたソファに座り直す。
暫くは、お互いに茶を啜る微かな音だけが聞こえた。
不意に、右肩に重みが掛かった事に気付いて視線を向ければ、湯飲みを両手で持った新八が寄り掛かってた。
あらま・・・珍し。
俺からそう言う風に持ってかないで、新八から恋人ポジションに切り替える事は滅多に無い。
凭れ掛かり易いように少しだけ肩の位置を下げると、新八の体から力が抜けて凭れ掛かられた肩に重みが増す。
あーくそ。
どうせなら、起き上がった時にソファの後ろに腕回しとけばよかった。
そしたら、遠慮なく肩に腕回せたのに。
勿体無い事したなチクショー。
ウダウダそんな事考えてたら、今度は肩が軽くなる。
続いて、ふっと影が落ちた。
目を瞬かせて新八を見上げたら、お仕事モード?
え?何々?もしかして・・・。
「洗濯物取り込んだら、買物行って来ますね」
って!ちょぉおおぉおお!!おまっ!!!切り替え早過ぎだろ!?
一瞬前までの何か良い雰囲気何処よ!?
慌てる俺を尻目に、和室のベランダに向かおうとする新八の腕を掴んで引き止める。
大きな瞳をくりっと丸くして、幾らか驚いたように振り向かれた。
「どうかしたんですか?」
どうかしたじゃねぇええぇぇえぇえ!察しろよ!!
いや、無理か。新八だもんなぁ・・・。
「あー・・・新八君よ」
「はい?」
「もうちょっとゆっくりすれば良いんじゃね?」
「そう言う訳にもいかないですよ。やる事まだありますもん」
苦笑いながらそんな一言。
何でこんなに働き者なんですかーもー。
「いいから、お座んなさい」
「はぁ」
ちょっと強めに腕を引っ張れば、大人しく隣に座り直した。
そのままさらに引っ張って有無を言わさずに膝の上に抱き上げる。
さすがにこれには驚いたのか、されるがままだった新八が始めて抵抗し出す。
まぁ、無駄なんだけどな。
「ちょっと!銀さん!!」
「いいから、いいから」
「何がですか!?だぁぁぁあぁあ!!離せ天パ!!!」
「え?ちょ、それひどくね?こんな状態で言う台詞かコノヤロー」
「うっさいわ!」
「いや、この場合オメェの方が煩くね?」
抱き込もうとする俺と、俺の胸に両手を突っぱねて抵抗する新八。
そんなに嫌がられると銀さん傷付くから!ってかむしろ・・・S心に火が点きそうなんですけど。
「あーもー急に何なんですかアンタは・・・」
俺の不穏な気配を感じ取ったかどうかは別として、微妙に疲れ気味な様子で新八は抵抗を諦めてコテッと凭れ掛かって来た。
そうそう、最初っから大人しくそうしてれば良いの。
「急にも何も、イチャイチャしたいだけですー」
思ったままの事を告げて、背中側から右肩に右腕回して、腹側から腰に左腕を回してしっかりと抱き締めるとボンッと音がしそうな勢いで新八の顔が真っ赤に染まる。
初心な反応だねぇ。
そう言う反応が見たいが為に、不意打ちのスキンシップ狙ってる何て言ったら怒られるかもな。
「三十路のオッサンがイチャイチャとか言わんで下さい・・・」
「銀さんまだ三十路じゃないからね!?ピチピチの二十代だからね!?」
「明確に年齢言わない時点でオッサンなんですよ」
何なのこの鬼っ子!?
全力で銀さんの繊細なハート抉るんですけど!?
「はぁー・・・もう良いです。気が済むまでどうぞ」
「うぇ?」
くったりと新八が体から力を抜いた事に、思わず変な声が出た。
あれ?俺の聞き間違いじゃなかったからお許し出た?お許し出たよねぇえぇぇぇぇええ!?
「僕だって・・・銀さんとこうするの、嫌いじゃないですもん・・・」
そう言いながら、顔を隠すように新八が俺の首筋に顔を埋める。
ぐっはぁぁあぁぁあああぁぁああ!!!!
ちょ!まっ!!本気と書いてマジと読む勢いで待ってくれぇぇぇええぇぇぇええ!!!
なっ!ちょ!!頭パーン!!!ってなりそうなんですけど!?
頭ん中では意味不明な事ばっかり考えてる割に、しっかりと両腕に力を込める俺グッジョブ!
あーもー可愛いなコノヤロー。
肩を抱いてた手を丸くて形の良い後頭部に添えて、サラサラの黒髪に頬を摺り寄せる。
ツンっと引っ張られる感触に気付いて視線だけを向けると、控えめにシャツを握る新八の手。
何だよもー。銀さん萌え殺す気ですかコノヤロー。
何回でも殺されてやらぁ!ドンと来いやぁあぁぁあぁああ!!
「銀さん?」
「うぉわ!?え!?何!?銀さん何も悪い事考えてないよ!?」
脳内で一人ファイティングポーズを取ってたら、不思議そうに新八に声を掛けられて焦った。
慌てて少しだけ腕を緩めて新八の顔を覗くと、胡乱気な瞳で見返される。
うっわぁ・・・疑われてる。コレ、疑われてるよね!?
悪い事は本当に考えてませんよ!?
「そう言う事を言う人ほど、悪い事考えてるもんなんですよねぇ・・・」
「ちょ!何逃げようとしてんのお前!?駄目だからね!?銀さん絶対離さないかんね!?」
胡乱気な瞳のまま俺の胸に腕を突いて身体を離そうとする新八を、また慌てて抱え込む。
一回り以上小さい身体は、測ったようにすっぽりと腕の中に収まる。離して溜まるかチクショー。
勢い良く抱き込んだせいで、鼻先か何処かをぶつけたのかふぎゃ!っと新八が悲鳴を上げたが、スルーしてぎゅうぎゅうと抱き込んだ。
「あぁ!もぉ!!逃げませんから少し力緩めて下さい!!!アンタ馬鹿力なんですから!!!!」
苦しい!おまけに痛い!!と喚く新八の声が、本当に苦しそうなので渋々力を緩めた。
それでも、お互いの身体はぴったりと隙間無くくっついてるので、まぁ満足。
「ホント・・・勘弁して下さいよ。骨折れるかと思った・・・」
「あー悪ぃ悪ぃ」
「本当に悪いと思ってんですかアンタ」
くしゃくしゃと、後頭部に沿わしたままだった手で頭を撫でると顎に軽く頭突きをされた。
多分に加減されてたから痛くはなかったけど、一応痛いと呟いとく。
「銀さんが悪いんです」
別に赤くもなってないだろう顎を柔らかい手付きで撫でてくれながら、ふにゃんっと新八が笑った。
無防備な表情。
そんな表情をされると、どうしようもない程に強烈な想いが込み上げて来た。
「なぁー新八ぃ」
「何ですか?」
「他のポジション全部捨てちまえよ」
「はぁ?」
サラッサラな黒髪に鼻先を突っ込んで、微かに残るシャンプーと日向の香りを吸い込んで呟くと、意味が分からないと言いたげな曖昧な返事。
「良いじゃん、俺の恋人ってポジションだけで」
天堂無心流・恒道館道場当主。
志村妙の弟。
お通ちゃん親衛隊・隊長。
万事屋銀ちゃんの従業員。
神楽の母ちゃん。
その他諸々のポジション全部捨てて、俺の恋人ってポジションにだけ居てよ。
そんな事不可能だって分かってるけど、そう願わずには居られない。
結構切実なのに・・・。
「無理ですよ、そんなの」
あっさり切り捨てられた。
いや、分かってるけど。分かってるけど一瞬の迷いも無く言うなぁぁあぁぁぁあぁああ!
凹むから!本気で凹むから!!
「だって、それだけじゃ『志村新八』は成り立たないんですもん」
天堂無心無心流・恒道館道場当主。
志村妙の弟。
お通ちゃん親衛隊・隊長。
万事屋銀ちゃんの従業員。
神楽の母ちゃん。
坂田銀時の年下の恋人。
その他諸々のポジションを持って、初めて『志村新八』は成り立つと新八は笑う。
確かにそうだ。分かってんだよそんな事。
それでも、それでもって想って悪いかコノヤロー。
「銀さんは本当に我侭ですねぇ」
「そんなん今更ですぅー」
「うわっ!開き直った!!性質悪っ!!!」
腕の中で、ケラケラと楽しそうに新八が笑う。
それで俺は満足するべきなんだろうな、本当は。
「なぁ新八ぃ〜そうしろよぉ〜」
「駄目ですぅ〜」
コテッと新八の首筋に頭を落として擦り付けると、擽ったそうに身を捩りながらも両手の指を俺の髪の突っ込んでくしゃりくしゃりと掻き混ぜる。
俺も良く髪に指突っ込んで掻き混ぜるけど、新八にやって貰う方が百倍気持ち良い。
「その代わり」
「んぁ?」
「銀さんの為のポジション、一つ足して良いですよ?」
ゆるりと視線を上げると、にこりと笑う新八の顔。
それは、期待しても良いんかねぇ?
「んじゃあ・・・」
ぐっと首を伸ばして新八の耳元で一言だけ告げる。
新八はもう一度にこりと笑って俺の頭をその両腕で抱き締めた。
「銀さんみたいに一人で無茶して我侭ばっか言うような人の所に、僕以外の人が嫁げるもんですか」
良いですよと耳元で囁かれて、俺は諸手を上げて降参。
今日、新八のポジションに・・・。
天堂無心流・恒道館道場当主。
志村妙の弟。
お通ちゃん親衛隊・隊長。
万事屋銀ちゃんの従業員。
神楽の母ちゃん。
坂田銀時の恋人。
その他諸々に加えて、坂田銀時の『奥さん』が追加されました。
これだけは、一生俺だけの為のポジションです。
Happy END
