「桜の樹の下には、屍体が埋まってる」
桜ノ下
久々の依頼の帰り道、満開・・・と言うにはまだ少し足りない桜並木を歩いている時に、不意に隣を歩いていた新八がそう呟いた。
これまた有名な話を・・・と苦笑えば、それに気付いた新八が桜を見てこの台詞は捻りがないですねと笑う。
時刻は日付が変わるか否かの頃。
花見をしたであろう痕跡はあるが、花見客はとっくに引き上げた桜並木はしんと静まり返っていた。
「桜の花弁が薄紅なのは・・・」
「桜の樹が屍体の血を吸ってるから・・・だっけ?」
捻りがないと言いつつも俗説を引っ張り出す新八の言葉尻を浚ってやれば、そうですねと頷かれた。
ひらりと目の前に舞い落ちて来た桜の花弁を一枚捕まえて指で摘み月明かりに翳せば、それは薄紅色と言うよりも殆ど白としか思えない。
「んじゃ・・・。最近の桜が薄紅じゃなくて殆ど白に近いのは、屍体の血を吸い尽くしたって事か?」
「かもしれませんね」
指で摘んだ花弁をひらひらと振って見せれば、新八の口から密やかな笑い声が零れる。
十六の・・・まだ青年と言うよりも少年と言った方がしっくり来る筈の新八の横顔は、月明かりのせいか緩やかに吹く風に舞う桜の花弁のせいなのか・・・酷く、大人びて見えた。
口元に笑みを浮かべている筈なのに何処か憂いを含んだその横顔に、ゆるりと腹の底で何かが頭を擡げるような錯覚を覚えて、少し乾いていた口唇を舌先で舐める。
隣を歩いていた筈なのに、気付けば一歩遅れていた事で両目で捉える事の出来る白い項に、喰らい付きたい衝動が湧き上がり、ふるりと小さく身を振るわせた。
「初めて・・・」
無意識にその白い項に伸ばし掛けていた手を咎めるように、新八が口を開く。
残念、後少しだったんだけどなと音にはせずに呟いて、中途半端に上げていた手でガシガシと後頭部を掻いた。
「桜の樹の下に屍体が埋まってるって話を聞いた時。怖くて泣いたんです、僕。
ほら、僕の部屋の前に桜の樹があるでしょう?
だから余計に怖くて・・・桜が咲く時期は、絶対に障子を開けないようにしたり何かして。
まだ四つか五つの頃だったから、信じちゃったんですよ。
夜なんか、頭から布団を被って震えたりして・・・」
その時の事を思い出しているのか、新八がクスクスと楽しげに笑う。
俺もその様子を想像して、ふっと微かに笑った。
「でも・・・」
そう呟いて立ち止まる気配を見せた新八に、俺も立ち止まる。
立ち止まって、近くにあった桜の樹に背中を預けた。
この話しが終わるまで、新八はもう足を前に進めないだろうから。
「父上が、それは違うって教えてくれたんです」
さらりと黒髪を揺らして振り返った新八が、取って置きの秘密を告げるようにひそと囁いた。
緩やかに持ち上げられた口唇の端。
僅かに細められた両目。
何時もの明るい笑顔とは違う・・・妖艶と言うに相応しい微笑に、コクリと喉が鳴る。
やけに大きく響いた音に、ふふっと新八は笑って僅かにあった距離を自ら縮めた。
「桜の樹の下には屍体じゃなくて、侍の魂が埋まってるからだって。
桜の花弁が薄紅色に染まるのは、その魂の熱さに感化されるから・・・だそうですよ?」
下から覗き込むようにして告げられ、少しだけ目を細める。
はらりと舞う花弁が、黒髪に音もなく落ちた。
「銀さんの魂が桜の樹の下に埋まったら・・・何色になりますかね?」
「薄紅色にはなってくんねぇの?」
「さぁ?偶にしか煌かないですからね・・・」
無理じゃないですか?と小憎たらしい言葉を零す口唇は、気付けば触れるか触れないかの距離で緩々と動く。
どちらかが少しでも動けば触れ合う程の、本当に僅かな距離。
けれど、あえてどちらも動かない。
眼鏡越しの黒い瞳には、この状況を楽しむような色が浮かんでいる。
多分・・・いや、間違いなく俺の瞳にも同じ色が浮かんでいるだろう。
何時もだったら、俺からこの距離をとっくにゼロにしているだろうに、何故か今は・・・今だけは、この綱渡りをするような危うい雰囲気に呑まれていたかった。
折りしも今宵は満月。
そして俺達は桜の下。
どちらも人の心を乱し狂わし、酔わすモノ・・・。
堕ちるのはどちらが先か。
新八は手札を出し終えた。今度は俺の番・・・か。
「なぁ、新八」
「はい、銀さん」
「桜の樹の下に、本当に埋まってるもんは分かった」
「それはよかったです」
微かに触れる吐息の甘さに、手札を切るよりも先にその口唇に喰らい付きたくなるが、何の手札も見せずに喰らい付けば、俺の惨敗。
それは流石に頂けない。例え、結果が見えていたとしても。
「じゃあ・・・桜の下に居るのは何だ?」
ゆっくりと囁けば、クスリと新八は笑う。
そんな勝率の低い手札で良いのかと、黒い瞳が問い掛ける。
あぁいいさ。俺の負けは決まってる。これはただの悪足掻き。
「桜の下には鬼が居る。銀の髪に紅い瞳をした鬼が居る」
僕だけを喰らう鬼が居る。
そう言ってゆるりと笑みを深めたその口唇に、俺は正解と告げるよりも早く喰らい付いた。
終
後書き
今回の目標。
雰囲気小説・お耽美・誘い受けな新八・・・はいっ!!玉砕っ!!(ホント台無しな)
いや、あれですよ。
月明かりの桜って何かエロいよね?な蒼月の思い込みから、今回こんな事になりました。
桜はいいですよね、ホント。
桜の樹の下には屍体が埋まってるって思っても仕方ないと思います。
特に夜桜は。
満月と桜・・・好きな物合わせたら満足出来る物が書ける訳じゃないと言う事が良く分かりました。
くっそぉ・・・何時かリベンジしますっ!!
ってか、ホント何か・・・中途半端な所で切っちゃいましたね・・・。
だって、これ以上行ったら確実に裏行きなんですもの・・・っ!!(爆死)
裏小説なんて、数えられる程度にしか書いた事無いのでまだまだハードル高いっす・・・orz
何時かは書きたいと思ってますがねっ!!(止めとけ)
2009.04.07
