結局ね・・・。
ズルイ人
「あ、新八。掃除すんのちょい待って」
「え?」
朝ご飯の後、洗濯機を回してる間に事務所兼居間の掃除をしようと思ったら銀さんから待ったが掛かった。
何でだろう?と首を傾げてると、銀さんは事務机の引き出しから爪切りを取り出して床に新聞を広げるとその前に座り込む。
片胡坐を掻いて片膝を立てると、パチンパチンとリズム良く手の爪を切り出した。
確かに、掃除の後にやられるとちょっと困るので分かりましたと頷いてソファに座る。
手近に雑誌も無かったので、何となく銀さんが爪を切る姿を眺めた。
手の爪を切り終わって、爪切りを引っ繰り返すと今度は鑢を掛ける。
一本一本丁寧に。
「銀さんって、ちゃんと鑢も掛けるんですね」
「ん?あぁ、まぁな」
「ちょっと意外です」
「何ソレ。細かい所まで気を配る男よ?銀さん」
「はいはい。あ、僕も後で爪きり貸して下さい」
「何?伸びてんの?」
ふと自分の手を見ると、爪先の白い部分が幾らかある事に気付いてそう言えば、銀さんは顔を上げた。
はいと頷くと、見せてと言われて素直に手を差し出す。
一回りは大きな銀さんの手に、僕の手はすっぽりと覆われた。
軽く引っ張られて自然と前のめりになる。
「あらま、ホント」
「ね?だから仕舞わないで下さいね」
「ってか、ついでだから銀さんが切ってやるよ」
「いや、別に良いですよ。子供じゃあるまいし」
「いーからいーから」
別に良いって言ってるのに銀さんはすっかりその気になってて、僕の手を掴んだまま新聞の前から幾らか下がってスペースを作った。
おまけに、片胡坐を掻いてた方の膝も立てている。
それはつまり何ですか・・・向かい合わせじゃなくて新聞紙と銀さんの間に座れと言う事ですか・・・。
「ほら、新八」
「・・・じゃあ、お願いします」
早く早くと手を引かれて、思った通り銀さん前に座らされる。
「正座だとやり難いから足崩して右側に流せ、新八」
「あ、はい」
後ろからペンペンと膝の辺りを叩かれて、言われた通りに足を崩して、爪先を銀さんの立てた右膝の下を通すようにして流す。
当然、重心が左半身に掛かるので僕の身体は自然と銀さんの左腕に寄り掛かるようになった。
「・・・こっちの方がやり難くないですか?」
「いーから。銀さんに身を任せなさいって」
「銀さん、何かキモイです」
「・・・そう言う事言うと、深爪にすんぞコノヤロー」
「えっ!?ちょっ!!ヤダッ!!」
とんでもなく恐い事を言いながら左手の爪に爪きりを近付ける銀さんに、慌てて手を引こうとしたら、それよりも強い力で押し留められる。
深爪はホント痛いからっ!!地味に!!
本気で慌てる僕の姿が面白かったのか、銀さんはくっくっくっと喉の奥で笑う。
「冗談だって。んな事しねぇから大人しくしてろ。マジで危ねぇから」
「ホント、深爪だけは勘弁して下さいよ・・・」
「分かってるって」
本当に大丈夫何だろうかと、本気で心配になって身体を強張らせていたけど、銀さんは分かったと言った通り適度な長さで次々と爪の先を切り揃えてくれる。
左の爪先を切り揃えて鑢まで掛けられた頃には、思ったよりも優しいその手付きにすっかり身体の力を抜いて、完全に銀さんの腕に身体を預けていた。
「銀さん、本当に器用ですね」
「そうか?」
「僕、自分でやると時々ガタガタになっちゃうんです」
「ふーん」
銀さんは僕の右肩から顔を出すようにして爪を切るから、時々銀さんの呼吸が僕の耳を掠めてくすぐったい。
「新八の爪は、丸っこくて小さいのな」
「あー・・・みたいですね。姉上には良く、小さい子の爪みたいねって言われます。銀さんの爪は、長くて大きいですね。ちょっと羨ましいかも」
僕の手に添えられた銀さんの手の爪は、今言ったように長くて大きい上に形が整ってる。
同じように大きい手にぴったりな感じ。
・・・ってか、この人何気に全体的に整ってないか?まぁ、この際天パは個性として。
背だって高いし、身体だって筋肉ムキムキって訳じゃなくて必要な所に必要な分だけ付いてる。
あんだけ甘い物食べてる癖に、無駄な脂肪が付いてる訳でもない。
顔だって・・・。
「どしたよ?新ちゃん」
「・・・何でもないです」
無意識の内に銀さんの横顔を伺ってたら、視線に気付かれたので慌てて指先に戻す。
死んだ魚のような目に誤魔化されがちだけど、この人顔も結構整ってるしっ!!
って言うか、銀さん自身気付いてるのか気付いてないかは知らないけど、意外とモテるんだよなぁ・・・。
一緒に買出しに行った時とか・・・まぁ、理由は何でも良いや、一緒に街を歩いてると女の人が銀さんを見てる事は良くある。
くっそぉ・・・何か気付かなくても良い事に気付いた気分だ。
「ついでに足の爪も切っちまうか?」
変声期迎えてんだか迎えてないんだかよく分からない、男としては高めの僕の声と違って声も低くいし・・・通る。
前に、買出しの帰りに銀さんに声を掛けられて、人出も結構あったし距離もそれなりにあったのにしっかり聞こえた時は吃驚したっけ。
「おーい?新八ぃ?新ちゃーん?銀さん無視ですかコノヤロー」
なんっっっっっか腹立つなぁーもー。
中身はちゃらんぽらんなマダオの癖に。
大人気無い所ばっかりの癖に。
でも・・・一番大事な芯は真っ直ぐ一本通ってて、人を惹き付ける。
この人は・・・。
「って、おぃいぃいぃぃぃっっ!!何しようとしてんだアンタァアアアァァァア!?」
ふと気付いたら、目の前に銀さんの顔があって・・・ってか、明らかに人の口唇狙ってるから、慌てて銀さんの胸に両手を突っ張らせて距離を置く。
そこでやっと、何時の間にか爪きりが終わっていた事に気付いた。
「だって新ちゃん。人の顔じっと見たまま何の反応もしねぇんだもん。銀さん、ちゅうして欲しいのかと・・・」
「思ってねぇよ!!全然微塵にも思ってねぇよ!!ちょっと顔見られてただけでどうしてそう言う方向に持って行くんですかアンタは!?糖か!?糖のせいで脳味噌溶けてんのかぁあぁああぁぁっ!!!」
一気に捲くし立ててその場から逃げようとしたけど、それよりも早く銀さんの腕が腰と肩に回って、ぐっと引き寄せられた。
足をバタつかせたら、僕の足を跨いでいた銀さんの足で挟み込まれる。
まさか計算した上でこうしろって言ったんじゃないだろうな!?
「んで?新八君は銀さんの顔を穴が開くほど見詰めて何考えてたのよ?」
「自意識過剰ですよ、アンタ。ちょっとだけでしょうが」
「いやいや、熱烈な視線で見詰められてましたよ。銀さん」
ニヤニヤと笑みを浮かべるその顔がムカついて、銀さんの胸倉を掴む。
掴んで引き寄せて、銀さんが何かアクションを起こす前に・・・。
チュッ。
と、音を立てて頬へ一瞬の口付けをお見舞いする。
まさか僕がこんな行動に出ると思ってなかったのか、ギシッと音を立てて銀さんが固まった。
これ幸いと、僕は銀さんの拘束を振り解いて素早くその場から逃げ出す。
とは言っても、逃げた先は既に洗い物の終わった洗濯機のある洗面所。
素早く籠に中身を移して居間を駆け抜け、和室に飛び込んだ。
ピシャリと襖を閉じた音に、意識が戻ったのかバタバタと銀さんが駆け寄って来る足音が聞こえた。
「ちょっ!!新ちゃん!!今のもう一回!!」
「うっさいわ!!さっさとパチンコでも何でも行って下さい!!僕は忙しいんですから!!」
「今日は行かんっ!!行かんぞ銀さんっ!!」
「何でこんな時だけ行かないんだよアンタはっ!!」
「ばっか!!そりゃあんな事されたら素直に行ってられますかぁあぁあぁっ!!ってか、何あの可愛い攻撃!?オメェは銀さん萌え殺したいのか!?オッケー!!カモンッ!!」
「馬鹿はアンタだぁあぁぁあぁぁぁぁっ!!!」
襖を隔てた内と外で、開けようとする銀さんと開けさすまいとする僕とのアホな攻防が交わされる。
うぅ・・・っ!!何であんな事したんだろう僕っ!!こうなる事位予測出来たのに!!
何て自己嫌悪に陥ってたら、急に銀さんが静かになった。
諦めてくれた・・・のか?と、思ったら。
スパンッ!!!
と、勢いよく僕の押さえる襖の隣が開く。
当然だ。だってこの和室の前にあるのは四枚の襖で・・・僕が押さえていたのは中心の二枚。
「はい、新ちゃん。覚悟はい〜い?」
にやぁあぁと笑う銀さんにブンブンと首を横に振るけど、銀さんには通じる訳も無く・・・。
バッと勢いよく両腕を振り上げたかと思った次の瞬間には、ガバリと銀さんの両腕が僕の身体に巻きついてた。
遠慮なく体重を掛けられて、踏ん張る事も出来ずに二人一緒に畳の上に倒れ込む。
それなりの衝撃を覚悟して反射的にぎゅっと両目を瞑ったけど、幾ら待っても衝撃は襲って来ず、ゆっくりと畳の感触が背中に広がった。
あんだけ勢いよく飛びついて来た癖に・・・チクショー。
蹴ってでも殴ってでもして引き剥がす事は、大変かもしれないけど不可能じゃないのだけど、この一瞬で抵抗する気力を根こそぎ持っていかれた。
「新ちゃ〜ん。もう一回ちゅうしてよ〜。口にとか贅沢言わないからさ〜」
「嫌ですよ・・・」
グリグリと首筋に頭を擦り付けられて余りの擽ったさに身を捩ると、身体に巻き付く銀さんの腕に力が篭る。
銀さんアンタ・・・かなりの馬鹿力何ですから、ホント手加減して下さい。痣になったらどうすんだコノヤロー。
とか何とか胸の内だけで呟いて、どうにかして胸の前で折り畳むようにして一緒に抱き込まれた両腕を外に出す。
そろそろと持ち上げて、広い背中にしっかりと回した。
「僕からは嫌ですけど・・・銀さんからするなら、口でも良いですよ・・・」
最後は恥ずかしいから、口の中だけでモゴモゴと呟く。
でも、銀さんとの距離はゼロに等しいから、本当に小さく呟いた言葉もしっかり拾い上げられてて・・・。
「ホント、何なのその可愛い攻撃・・・」
マジで銀さん萌え殺されるからと呟いた後、銀さんは少しだけ腕の力を緩めてずり上がって来た。
すっと片手が伸びて来たかと思うと、あっと言う間に眼鏡を取り上げられて、代わりに銀さんの口唇が瞼に押し付けられる。
片方の瞼にも同じようにされて、おまけに両頬まで。
ゆっくりと、銀さんの口唇が僕の口唇に重なったのはその直ぐ後。
触れて離れて、また触れて。今度は長く。
口唇を触れ合わせたままそっと目を開けると、銀さんの紅い瞳と目が合った。
ゆるりと細められるその瞳は、何処か幸せそうで・・・。
口付け以上にその眼差しが恥ずかしくて、僕はまた目を閉じる事でそれから逃げた。
この人は、外見でも内面でも他者を惹き付けて。
僕にはさらに、その両腕と眼差しで惹き付けて。
僕が、それに結局抗う事が出来ない事をきっと知ってる。
この人は、本当にズルイ人・・・。
後書き
もう、何か死にそうです(ザラザラ砂吐き)
これ以上は無理。これが蒼月の限界です☆(顔面蒼白で引き攣り笑い)
これ以上の甘いの書いたら、胃袋で砂糖が精製されて本気で死にます(*゚▽゚)・∵. ガハ!
坂田ガッデム!!!!!(何?)
2008.09.11