鬼なんて、好きなだけ笑わせておけ
「さっみぃ〜っ!!」
「叫んでも寒いもんは寒いんですよ、銀さん」
びゅうっと音を立てて吹き抜けた風に悲鳴を上げれば、それよりも冷たい眼差しが隣からぶっ刺さる。
何だろう。身体も寒いけど、心の方が寒くなった!!
「いやいや、無理だって。悲鳴でも上げてないとやってられないってコレ。
ってかよ?初詣何て松の内中に行けば良いんだから、温かい日中に行けば良いんじゃね?
今からでも遅くねぇから家帰って布団に潜り込み直そうぜ」
「駄目ですよ」
くるりと踵を返して来た道を戻ろうとしても、素早く伸びて来た新八の手にマフラーの端を掴まれて、ぐぇっと蛙でも踏ん付けような悲鳴が俺の口から飛び出た。
それでも構わず足を進める新八にさらに首が絞まり、慌ててちゃんと行くから!!とマフラーを引っ張り返す。
「最初からそう言えばいいのに。
少しは神楽ちゃんを見習ったらどうですか?寒くてもあんなに元気ですよ?」
完璧に呆れた表情を浮かべる新八に促されて、数m先へ視線を向けた。
其処には、ぴょんぴょんと跳ねる神楽の姿。
「無理無理。若さが違ぇっての」
「去年も同じような事言ってませんでしたか?」
「来年も同じ事言ってやらぁ」
ホント、さみぃなチクショーとぼやけば、隣からクスクスと楽しそうな笑い声が聞こえた。
何だよ?と視線で問えば。
「文句ばっかり言ってる癖に。来年もちゃんと行く気何じゃないですか」
と、突っ込まれて思わず言葉に詰まった。
ほんの数十分前に年が明けたと言うのに、もう来年の話しをしている。
去年同様、今年一年も三人で過ごして、また新しい年を一緒に迎える事を当然のように。
「何チンタラ歩いてるネー!!置いてくアルヨー!!」
「一人で先に行っちゃ駄目だよ神楽ちゃん!!」
不意に聞こえた神楽の呼び掛けに、慌てて新八が走って行く。
それをぼんやり見送って、気付けばその場に立ち止まっていた。
何時からだっけ。
こうやって三人で一緒に居るのが当たり前だと思うようになったのは・・・。
ぼーっと思考を巡らせていれば、大分遠くなってしまった背中が俺が付いて来ない事に気付いたのか振り返った。
「銀さーん!!」
「銀ちゃーん!!」
早く来い!!と、笑顔で呼ばれて、おーっと曖昧な返事を返して足を動かす。
あぁ、そうか。あの笑顔のせいだと納得した。
願わくば、来年の今もあの笑顔が傍にありますように。
「新八ぃ!!アレ欲しいネ!!」
「お参りの後にね」
いか焼きと書かれた出店の一つを指差し瞳を煌かせる神楽ちゃんは今にも走って行きそうな雰囲気で、慌てて手を繋ぎ嗜めた。
むぅっと口唇を尖らせる姿に、後でちゃんと買って上げるからと苦笑う。
「新八ぃ。林檎飴と綿飴欲しぃ」
「アンタは、新年早々寿命を縮めるつもりか」
なぁなぁっと、子供のように袖を引く銀さんには冷たい一瞥をくれてやった後、すぱっと切り捨てる。
つい数十分程前に新しい年が明けたと言うのに、そんな余韻などまったくないと僕は頭を振った。
だが、それでこそ・・・と言えなくも無く。
まぁ、僕らはこれで丁度良いのだと思い直した。
新年だからとがらりと変わってしまうより、昨日の延長のような今日が楽しいと、嬉しいと思える。
ちらりと向けた視線の先。
神殿までの参道にずらりと並ぶ夜店の中でも甘味を扱う店を名残惜しそうに見つめる銀さんに、くすりと小さく笑う。
「銀さん」
「あんだよ・・・」
「姫林檎飴位だったら、良いですよ?」
「マジでか!?」
「姫林檎飴位ならですよ」
途端、もう三十路も間近なのに子供のように表情を輝かせる銀さんに念を押せば、うんうんっと何とも素直に頷いた。
その様子に耐え切れずに、ぷっと小さく吹き出せば、隣の神楽ちゃんがやれやれと頭を振る。
「まったく、銀ちゃんはお子ちゃまネ。はしゃいじゃって」
「うっせぇぞ神楽!!オメェだってアレ欲しいネってはしゃいでただろ!?」
「私が欲しいのはいか焼きネ。銀ちゃんみたいに甘ったるいもんじゃないアル」
「あーもーはいはい。人様の迷惑だから言い合いしないの」
僕を挟んで言い合いを始めた二人を宥め、他の参拝客の好奇の眼差しに晒されながら、さらに人の多い神殿前の広場に急ぐ。
以前程、二人が突然言い合いを始めて好奇の視線に晒される事に、羞恥を覚えなくなったのは慣れとしか言いようがなかった。
人間の適応能力って時々恐い。
まぁ、一々羞恥を覚えてたら、この人達に突っ込みなんて出来ないからね。
思った通り、神殿前の広場は人でごった返していた。
神楽ちゃんと繋いでいる手に力を込め直し、空いていた右手で銀さんの左手を捕まえる。
え?え?と慌てる銀さんに、逸れると困りますからねと笑ってやった。
「お・・・おぉー。そうだな。逸れると困っからな」
そっぽを向いて頭を掻く銀さんの天パの間から覗く、寒さだけじゃなくて紅く染まった耳の端には気付かない振りをして。
少しずつ進む列に合わせて足を動かしていると、この人の多さではどう頑張っても前後の人とぶつかってしまう。
衝撃に緩んでしまう手に慌てて力を込めれば、両側からも少し力を込めて握り返された。
それが何だかくすぐったくてふっと口元を緩めれば、両側の二人も口元が緩んでいる事に気付く。
年明け早々思う事じゃないかもしれないけど。
願わくば、来年の今も三人でこうしていられますように。
頭と足元がふわふわしてる。
「神楽ちゃん?大丈夫?」
隣の新八がそう声を掛けて来たからコクリと頷けば、その反動でカクンッと軽く身体が前のめりになった。
「なぁにやってんだ神楽。しっかり歩け」
「眠気と甘酒のせいだと思いますよ」
呆れた銀ちゃんの声が直ぐ傍で聞こえる。
倒れなかったのは、銀ちゃんが支えてくれたおかげかと思っていれば、同じように直ぐ傍で新八の声が聞こえた。
二人で支えてくれたのかと思うと、くふふっと笑い声が漏れる。
「甘酒のせいって・・・。アルコールなんざ入ってねぇだろうがアレには」
「何かね。今年は二種類あって、神楽ちゃんが飲んだのは酒粕を元にした甘酒らしいんですよ。
直ぐに気付かなかった僕も悪いんですけど」
「それでも大したアルコール量じゃねぇだろうっての。ったく、しゃーねぇーなー」
半分しかない上に少しぼやけてた視界が白一色に染まって、ふわりと感じる浮遊感。
足の裏で感じていた地面の感触が消えた。
プラプラと足を振れば、暴れるなって言う銀ちゃんの声が、さっきよりもずっと近くで聞こえる。
「そのまま寝ちゃいなよ、神楽ちゃん。起きたら御節とお雑煮食べようね」
寒くない?と問う新八の声は、隣・・・と、言うよりも少し下から聞こえた。
そうか、私は今、銀ちゃんに負んぶして貰ってるんだ。
そんなには寒くないけど、寒いと呟けば、背中に掛けられる温もり。
ふわりと鼻に届くのは、何時も新八から香る日向と石鹸の匂い。
新八が着ていた上着を、背中に掛けられたの分かった。
「それじゃオメェのが寒ぃだろ?」
「平気ですよ。万事屋までもう直ぐですから」
小声で話す二人の声。
頭がふわふわする。温かい。
くふふっともう一度笑えば、あやすように銀ちゃんが軽く身体を揺らして、トントンと新八が背中を叩いてくれる。
願わくば、来年の今もこうして甘やかされていますように。
来年の事を言えば笑うと言う鬼よ。
腹を抱えて笑うがいいさ。
これが万事屋の年明けだと、笑い返してやるから。
A
happy new year!!
後書き
新年一発目の小説です。
今年はなるべく、イベント事を拾い上げられればと思います(笑)
今年一年、皆様にとって良い一年となりますように!!
2010.01.01
