願い綴り
「銀ちゃん!何やってるアルか!!」
「んぁ?」
何時もの如くソファでジャンプを顔に乗せて昼寝をしてたら、神楽に叩き起こされた。
何やってるって・・・どう見ても昼寝だろうが。
ぐわっと大欠伸一つ零して起き上がって目を瞬かせる。
目の前の神楽が、ピンク色の生地に白い兎が何匹も遊び回る模様の入った浴衣を着てふて腐れていたからだ。
「お前、何ソレ?」
「浴衣ヨ!糖尿で目が悪くなったアルか?」
「予備軍だからね!?銀さんまだまだ予備軍だからね!?」
「好い加減足掻くのやめて一軍入りした事認めましょうよ、銀さん」
心底憐れむ瞳で問う神楽に噛み付いていていたら、和室の方から新八の声。
振り返ってみれば、青い無地の浴衣を着て腰に手に当てる姿。
「って、新八もどしたのソレ?」
「どしたのソレ?じゃありませんよ。昨日言ってた事忘れたんですか?」
「昨日?」
「七夕ヨ!!お祭りアル!!早く着替えるヨロシ!!!」
ぐいぐいと神楽に手を引っ張られて、そう言えばそんな事も話してたなと思い出す。
六月の頭位から、彼方此方で七夕祭りの告知ポスターを見かけるようになって、確か神楽が行きたいと騒いでた。
それならと、新八が神楽と俺の浴衣を準備するって言ってたっけ?
「早く着替えて下さい。銀さんの浴衣も用意してあるんですから」
ね?と首を傾げる新八。
お前ねぇ・・・16歳男子がそんな可愛い仕草似合ってどうすんのよ?
外であんますんじゃねぇぞコラァ。
本気で襲われるから!!!
「ぎーんちゃーん!!早く着替えるネ!!お祭り行くヨ!!」
新八が聞いたら、そんな心配すんのはアンタ位だボケと言われそうな事を考えてたら、神楽にさらに急かされる。
仕方なく立ち上がれば、遠慮の欠片も無く和室に引っ張って行かれた。
「んな慌てなくても時間はまだ十分あんだろうが」
「今何時だと思ってんですかアンタ。もう六時前だコラァ」
「さっさとするヨロシ!!」
「あーはいはい。了解しましたー」
ひらりと手を振って和室に足を踏み入れると、先に引っ込んでいた新八が広げた風呂敷包みから紺無地の浴衣と、黒に近い紺色の帯を持って来る。
「はい、銀さん」
「おう、さんきゅ」
一度受け取って足元に置くと、着流しの帯を解いて脱ぐ。
「あれ?着替え手伝ってくんねぇの新ちゃん?」
「一人で着れるでしょうが」
さっさと俺の脇をすり抜けて和室から出ようとする新八に声を掛ければ、そんなつれないお言葉。
手間掛けさせないで下さいと、ご丁寧に止めを刺される。
冷てぇなぁーもぉー。
えーっと不満の声を上げてみても、あっさりと襖が閉められた。
銀さん拗ねんぞ、おい。
「銀さんが着替えてる間に、髪の仕上げしようか神楽ちゃん」
「はいヨ!!」
襖を隔てた向こう側では、楽しそうな二人の声。
あーホントさっさと着替えますか・・・。
手早く服を脱いで浴衣を羽織って裾の長さを合わせると腰紐を巻く。
帯の結びも男結びでちゃっちゃと済ませる。
男は楽でいいわ、ホント。
「おーい。着替えたぞー」
「こっちももう終わります」
居間に戻れば背凭れを挟んでソファに座る神楽の後ろに立ってた新八が簪を挿し終わる所だった。
さっきはじっくり見てなくて気付かなかったけど、今日の神楽の髪型は何時もの両脇のお団子じゃない。
頭の後ろで一つに結い上げて三つ編み。
それをお団子にして簪を挿した、浴衣に似合いそうな髪形だ。
「ホントそう言うのは意外な程器用だねぇ新ちゃん」
「意外な程は余計です」
むぅっと口唇を尖らせる新八の頭を軽く叩いて、行こうかと声を掛ければ、直ぐに笑顔で頷く。
ソファに座って大人しく終わるのを待っていた神楽も、元気良く立ち上がった。
「銀さん、すみません」
「は?」
祭り会場に近付くにつれ同じように浴衣姿が増える中、突然の新八の謝罪に目を瞬かせる。
謝られるような事されたっけ?と首を傾げていると、ポツリと浴衣と新八が呟いた。
「神楽ちゃんので手が一杯で銀さんの仕立てられなくて・・・結局父上のを手直ししただけだったから」
「別に謝る事じゃねぇだろうが。これだって、親父さんの大事な形見だろ?それを手直ししてくれたんだから十分だっての」
俯く丸い頭をくしゃりと撫でれば、コクリと新八は小さく頷く。
そして、やっと顔を上げると小さく笑って言った。
「来年は、銀さんのも絶対に仕立てますからね。神楽ちゃんもまだ大きくなるだろうから新しいの仕立ててあげないと」
その言葉に何か返すよりも早く、神楽に呼ばれて慌てて駆けて行く後姿を見送る。
おいおい・・・ホント、オッさんをどうしたいのよ?
さらっと来年も三人でこうやってるのが当たり前みたいに言ってくれちゃってさぁ。
そりゃ、ね?もう、手離してやる事なんか出来ないけど、さ。
気付けば立ち止まってニヤケそうになる口元を片手で隠してた。
「銀さーん!!」
「銀ちゃーん!!」
何時まで経っても追い付いて来ない事に焦れたのか、遠くから俺を呼ぶ二人の声。
はいはい、直ぐに参りますよ、と。
漸く追い付いてみれば、はいと新八に差し出される何か。
受け取ってみれば、それは何も書かれてない短冊。
あっちで配ってたんですと指差す新八に促されて視線を向ければ、浴衣姿に腕章をした数人が祭り会場に流れ込む人達に、腕に掛けた籠から短冊を渡していた。
そりゃ七夕だ。この位の催しはあるわな。
そうやって一人納得していれば、傍らでは短冊を不思議そうに眺める神楽に新八が説明をしてやっていた。
ホント、楽でいいわ。
どうやら、会場の奥に笹を数本用意していて、其処で飾る事が出来るらしい。
屋台よりも先に行きましょうと新八に手を引かれて、俺達も人の波に飲み込まれるように進む。
暫くすれば簡易テントの周りに人だかりが見つかり、もう少し行った所に並べて立てられた笹が葉を風に揺らしている。
「神楽ちゃんは何書くの?」
「酢昆布一生分!!」
「ロマンの欠片もねぇなぁ、おい」
人の多さに逸れないようにと新八と手を繋いでいた神楽に思わず突っ込めば、ロマンよりもマロンヨ!!と返された。
まだまだ花より団子ですか、このお嬢さんは。
「新八は何書くアルか?」
「仕事がもっと来ますように」
「何かホントすみまっせん!!」
とっても良い笑顔で、神楽じゃなくて俺に向かって言うのが新八だよな!!!
「銀さんは何を書くんですか?」
「あー?糖分?」
「銀ちゃんもロマンよりマロンネ!!」
ケラケラと笑う神楽の隣で、新八は好い加減にしないと本当に糖尿予備軍卒業ですよと呆れていた。
その後で、銀さんらしいですけどねと笑う。
そんなくだらない話しをしている内に順番が回って来た。
スペースの関係で神楽と新八、俺の二つに別れる。
結局笹の傍に行くから逸れる心配はないだろう。
一応二人の場所を確認する為に視線を巡らせれば、一生懸命筆を持って短冊に願いを綴る姿にふっと口元が弛む。
さてさて、俺もさっさと書きますか。
筆を取って適当な言葉を綴ろうとして、手が止まり暫し考えた後に、改めて筆を滑らせる。
書き終わった短冊片手に笹の方に行けば、先に書き終わってた二人が待ってた。
「銀ちゃん!天辺に吊るすから引っ張るヨロシ!!」
「いや、無理だから。天辺はさすがに無理だから」
この辺で妥協しなさいと、背伸びをして枝を引っ張って二人が届く範囲まで下ろす。
不満そうな神楽をすかさず新八が宥めて短冊を吊るした。
周りに人が居ないか確かめて手を離せば、枝はしなって元に戻る。
二人の願い事を覗き見るような野暮な事はせずに、俺も手を伸ばして届いた所に短冊を吊るした。
「銀ちゃんは何書いたアルか?」
「だから糖分だっつうの」
ぴょいぴょい跳ねて俺の短冊を読もうとする神楽を押さえ付けて、屋台行くぞと声を掛ける。
屋台と言う言葉に瞳を輝かせた神楽に、早くするヨロシ!!と手を引っ張られて、慌てて新八の手を掴む。
突然の事にわわっと悲鳴を上げる新八が転ばないように、神楽を逆に引っ張って落ち着かせた。
繋いでる手が暑いけど、やっぱり離す気にはなれねぇなぁ・・・。
「銀さん」
「なぁによぉ?」
「本当は何て書いたんですか?」
「本当も何も糖分ですぅ。そう言う新ちゃんは何書いたのよ?」
「銀さんが教えてくれないから僕も教えません」
やっぱりにっこり良い笑顔でかわされる。
まぁ、何を書いたかなんて個人の自由ですがね。
俺が柄にも無く『お二人さんもお幸せに』なんて書いたのも。
願い事なんて、綴る必要ねぇのよ銀さん。
だってとっくに願い事なんて叶ってる。
新八、神楽、そんで定春。
お前達が俺の願いを叶えてくれた。
家族が欲しいって、叶いそうに無かった願いをな。
