家族ごっこに見えても










起きたら、それこそ鳥の雛にでもなったかのように神楽が新八の後をひょこひょこと付いて回っていた。
時々ぺっとりと背後からくっ付いたかと思うと、強請るように何か新八に言って、新八はその度にきょとんとした表情を浮かべると暫しの間を置いて何かを囁いて笑う。
神楽はそれにいひっと笑うと、やっと新八からは離れてそれ程広くないこの家をパタパタとあっちに行ったりこっちに来たり。
一体なんだコレ?と首を傾げても分かる筈も無く、神楽を捕まえて『何企んでの?』と問うても、むっと眉を顰めて『何も企んでないネ。邪魔すんなマダオ』と辛辣な一言。
訳も分からずにあーっと唸っていると、午後になって新八と神楽に買物に出かけた。
珍しく、神楽から『荷物持ち手伝うネ!』と、意気揚々と新八を誘っていた。
普段は新八がお願いしないか、酢昆布が切れて買いに行かないとならない限り、神楽は遊びに行っていて、この家にはいない時刻。
やっぱ何か企んでのか?何度目かの疑問を浮かべて、何となして視線をぐるりと部屋の中で回して一人納得。
微笑ましいじゃありませんかと、苦笑いに似た笑みを浮かべた。










トンっと軽い衝撃を腰の辺りに受けて肩越しに振り返れば、視界に満面の笑みの神楽ちゃん。
それから、笑顔のままで一言問われて、少し考えてそれに返答を返せば、笑顔で離れて行く。
最初は一体なんだろうと思ったけど、何気なく見た日めくりのカレンダーでもしかしてと思う。
それが当たりなら少しだけ複雑だけど、一生懸命な神楽ちゃんの姿が可愛くて、あえて尋ねる事はしなかった。
その代わり、お願いした事を終わらせて戻って来た神楽ちゃんの頭を、その度に撫でる。
晴天の空のように蒼い瞳が嬉しそうに細められて、僕も知らずに笑っていた。










今日は『母の日』。
私が前に住んでいた所にはなかった風習。
地球に来て、昨日初めて知った日。
何時も一緒に遊んでやっている奴等が、『明日は母の日で、一日お手伝いするから遊べない』と言った。
母の日って何アルカ?と尋ねれば『お母さんに感謝する日』だと言われる。
私のマミィはずっと前に夜空のお星様。
でも、私にはもう一人のマミィがいる。

小言は多いし口煩い(あれ?同じ意味?)
眼鏡だし(そう言うと突込みが速攻で入れられる)
作るご飯は美味しい(ちょっと薄味だけど)
何時もお日様と洗剤の良い匂い(本人は分かって無いみたいだけど)
恐い夢を見た時は何も聞かないでぎゅっとしてくれる(凄く温かくて眠くなる)
地球に来て出来た、もう一人のマミィ(男だけど)

だから決めた。
今日一日はお手伝いするって。
理由は言わずに後ろから抱き付いて、お手伝いさせろと言えば、不思議そうにしながらもじゃあね・・・と言って、私に出来る事を言う。
今日一日ずっと新八のお手伝いをして、夕飯の前にこっそり家を抜け出してヘドロ様の所で、花を一輪買った(もの凄く恐かったけど)
これも教えて貰った事。
母の日にはカーネーションをって。










「新八」
「何?神楽ちゃん」



後は寝るだけの時間になって、神楽は二人分の布団を和室に敷いていた新八に声を掛けた。
声を掛けた方も、掛けられた方もすでに風呂に入り終わっている。
今この場に居ない銀時は、やっと重い腰を上げて風呂に入りに行っていた。
さっとシーツの皺を掌で伸ばして布団を整えた新八は、にこりと笑って首を傾げて神楽と向き合う。
暫し両手を後ろに回してもじもじとしていた神楽だったが、意を決したように顔を上げると、荒々しい歩調で新八の前に立ち、ん!っと右手を差し出した。
差し出されたその手には、一輪のカーネーションを透明のフィルムでくるりと巻いて、可愛らしいリボンで飾られている。



「僕に?」
「そうネ。受け取るヨロシ」



さらにんっと突き出される手に、新八はにこりと微笑むと手を伸ばす。
差し出されたカーネーションを受け取るかのように思えたその手は、すっと通り過ぎてやんわりと神楽の腕を掴んだ。
きょとんとする神楽にやっぱり新八は微笑んだまま、ゆるりと引き寄せた。
引かれるまま、神楽は正座する新八の膝を跨ぐようにしてぽすりと腰を落とす。
ぱちぱちと大きな瞳を瞬かせる神楽の頭を、ふわりと撫でた。



「今日は、いっぱいお手伝いありがとう」



ふわふわと頭を撫でたまま新八がそう言えば、少しだけ照れたように笑って神楽はこくりと頷く。
そして『今日は母の日だから、特別ネ』と、聞き落としても不思議では無いほどの小さな声で呟いた。
あぁ、やっぱりそうだったのかと、新八はこっそりと苦笑って・・・でも、嬉しそうな表情を浮かべると、未だ神楽の右手に収まったままだった一輪のカーネーションを受け取る。



「長持ちさせるからね。ありがとう神楽ちゃん」
「どういたしましてネ。いつもありがとうネ・・・マミィ」



こっそり内緒話でもするようにお互い声を潜めて感謝の言葉。
クスクスと笑い合って、こつりと額を合わせた。



「神楽ちゃん」
「はいヨ?」
「母の日最後のお願い聞いてくれる?」



何処か悪戯な笑みを零すのに首を傾げた神楽が、笑顔で大きく頷くのは、ひそりと落とされた新八の言葉の後の事。










ダラダラと湯に浸かってやっと出て来た銀時は、まだ濡れた髪を頭に掛けたタオルでガシガシと乾かす手を思わず止めた。
居間に入れば誰も居らずじゃあ和室かと襖を開ければ、すでに山を作っている布団。
聞こえる寝息は不思議と二つ。
銀時がひょいっと覗き込んでみれば、黒い頭よりもずっと下に桃色の頭。



「・・・何事?」



思わず呟いてみたが、その呟きに答えは無く銀時は苦笑った。
さて、これはどっちがお願いしたんだろうねと、音にはせずに呟いて、消し忘れた居間の電気を消す為に立ち上がる。
使い終わったタオルを脱衣所の籠に入れて、電気を消して再び和室に戻った銀時は、少しの間思考を巡らせて、掛け布団を半分ほど眠る二人の方に引っ張るとやっと敷き布団に横たわった。
片肘を突いて頭を支えながら、何だかんだで銀さん今日一人除け者だったんですよ?と、愚痴る。
それでも、幸せそうに眠る二人に溜息すら吐けなくて、銀時はそろりと新八の額に掛かる前髪を払ってやった。



「似た者母娘」



くぅくぅと、穏やかな寝息と何処か幸せそうな寝顔にくくっと喉の奥で笑うと、突いていた腕を倒して起こさないようにと細心の注意を払いつつ、新八の頭の下にあった枕を抜く。
抜いた枕の代わりに自分の腕を敷き込むと、銀時はその長い腕を布団の中で伸ばして二人一緒に抱え込んだ。

何も知らない他人の目から見れば、滑稽な『家族ごっこ』にしか見えなくても、これが坂田家なんですよと、笑い飛ばしてやろう。

そう思って、銀時はゆるりと笑って目を閉じた・・・。