ご機嫌日和
「それじゃ、そろそろ帰りますね」
一日の最後の仕事である水周りの片付けが終わったのか、新八が割烹着を畳みながら台所から出て来た。
何時もと何ら変わりのない新八の言葉に、ソファに座ってテレビを眺めていた神楽は目を瞬かせる。
「おー気ぃ付けてなぁ」
神楽の向かいのソファで転がって同じようにテレビを眺めていた銀時は、ゆるりと首を回して新八を見上げると、やはり何時も通りの言葉を返した。
「はい。僕が帰った後に飲みに出たりしないで下さいよ、銀さん」
「へーい」
本当に分かっているんだろうかと疑いたくなる銀時の返事に、新八は軽く眉を寄せたがそれ以上は何も言わずに軽く肩を竦める。
「・・・新八、帰るアルか?」
「うん。どうしたの?」
帰り支度を整える新八に、神楽が何処か遠慮がちに声を掛ければ不思議そうにしながらもしっかりと肯定の言葉が返された。
何か言いた気に口唇を動かした神楽だったが、結局は何も言わずに何でもないと首を振る。
「そう?じゃあ、帰るね。神楽ちゃんは湯冷めしないうちに寝なきゃ駄目だよ?」
「分かってるネ」
「それじゃおやすみ、神楽ちゃん」
「おやすみヨ・・・」
「銀さんも、おやすみなさい」
「おーおやすみー」
『また明日』の代わりに就寝の挨拶を二人に告げた新八は、風呂敷に纏めた荷物を背負って玄関に向かった。
が、草履を履こうとした時に、くんっと後ろから着物の袂を引かれ振り返る。
其処には、俯いてちょこりと袂を掴む神楽の姿。
「神楽ちゃん?どうしたの?」
やはり何か用事があるのだろうかと新八は首を傾げるが、神楽は俯いたまま何も言わないままだ。
少し身を屈めて俯く顔を覗き込めば、むむっと口唇を真一文字に引き結んでいる。
再び何か言いたそうに口唇を動かしたようだったが、また何も言わないまま掴んでいた袂を開放した。
「何でもないアル。気を付けて帰れヨ、駄眼鏡」
「駄眼鏡言うな。せっかくの心配の言葉も台無しじゃないか」
ニヒッと笑って相変わらずの愛情ある暴言を吐く神楽に苦笑いながら、新八はもう一度おやすみと声を掛けて、今度こそ草履を引っ掛けるとガラガラと音を立てながら玄関の戸を開けて出て行く。
最後にそっと閉められて、完全に新八は帰宅の途に着いてしまった。
玄関に残された神楽は拗ねたように口唇を尖らせて、くるりと踵を返したかと思うと、居間には入らずに戸口から銀時に就寝の挨拶を投げ付けて返事を待たずに寝床にしている押入れに潜り込む。
バサリと頭から布団を被ってうーっと唸った後、小さく呟いた。
「新八の嘘吐き・・・」
零された言葉は少しだけ掠れていた・・・。
「おはようございまーす」
翌朝の八時ぴったりに、新八の声が玄関で小さく響く。
普段なら、この時点で和室で眠る銀時にも聞こえる位大きな声で挨拶をするのだが、今日は別だ。
古びた板張りの廊下を音を立てないように慎重に歩き、やっぱり音を立てないように廊下と居間を仕切る戸を開けた。
背負っていた荷物を所定の位置に下ろして、和室の襖を開く。
大の字で眠る銀時の傍らに膝を突くと、銀さんと小声で声を掛けながら肩を揺らした。
うぅ・・・っと小さく唸って、薄っすらと銀時が目を開く。
「おはようございます、銀さん」
「ぅはよ・・・」
何時もなら後五時間などと言って起きる事を拒否する銀時だったが、今日だけは目をしょぼつかせながら文句も言わずに何とか起き上がった。
未だ纏わりつく眠気を振り払うように何度か頭を振ると、新八が何か言うよりも早く、寝起き特有の掠れた声で顔を洗って来ると呟く。
「静かにお願いしますね?」
「ん・・・」
ふらふらと立ち上がって、今にも座り込みそうな銀時にはらはらとしながら、新八は洗面所に向かう銀時を見送って手早く布団を畳んで押入れに仕舞い込む。
そして居間に戻ると、荷物を解いて其処からそこそこの大きさのある赤い袋と、両手に収まるだろう赤い小さな包みを取り出した。
どちらにも、ピンクよりもさらに白に近いリボンが掛けられている。
二つを手にして、新八はふわりと微笑んだ。
今日は11月3日。
神楽の誕生日。
大きな袋には、いっぱいの酢昆布。
小さな包みにはカモミールの花をモチーフにした髪飾り。
神楽の大好物と、誕生花だ。
プレゼントはこの二つと、さらにもう一つ・・・。
「ってか、神楽に甘くねぇ?新ちゃん」
「うわっ!気配消して背後に立つの止めて下さいよ銀さん!!」
突如背後からぬっと腕が伸び、酢昆布の詰まった袋を取り上げられて新八は慌てて振り返った。
反射的に言葉が飛び出したが、しっかりと声量は抑えられている。
銀時はと言えば、それに言い返す事はせずに取り上げた袋を軽く片手の上で弾ませていた。
何処となく、面白く無さそうな表情を浮かべながら。
「だから・・・何度も言ったでしょ?神楽ちゃんは地球に来て初めての誕生日なんです。今回位は甘やかしてあげてもいいじゃないですか、って」
「でもなぁ」
「でもじゃないです。ほら、行きますよ」
不満たらたらな銀時の空いていた手を引いて、新八は神楽の寝床である押入れに急ぐ。
先ずは廊下と何度を仕切る戸を開ければ、定春がすでに目を覚ましてお座りをしながら尻尾を振っていた。
わふっと小さく鳴く定春に小声でおはようと声を掛けて頭を撫でると、新八は押入れの襖に向き合う。
「神楽ちゃん朝だよ。起きて」
枠組みを声を掛けながら二回ノック。
反応は無い。
もう一度声を掛けて二回ノック。
反応はまたしても無い。
今度は声を掛けずに二回ノック。
計六回のノックの後に一呼吸分間を置いたが中からは応答が無く、新八はそろりと襖を開けた。
開けて、目を瞬かせる。
目の前には神楽の寝顔・・・ではなく、布団で出来た小山。
隙間から桃色の髪先が覗いているので、小山の中に神楽が居るのは確かだ。
「神楽ちゃん?」
「神楽ぁ?」
一度二人が顔を見合わせてから小山の中の神楽に声掛ければ、ピクリと動く。
どうやら、目は覚めているらしい。
「どうしたの?もしかして何処か具合悪い?」
心配そうに新八が問えば、小山が小さく左右に揺れる。
中で首を横に振っているようだ。
「じゃあ、出て来てくれないかな?ね、神楽ちゃん」
布団越しに背中辺りを撫で新八が促すが、神楽は小山の中から頑なに出て来ようとはしない。
此処まで来れば、神楽が何かに対して拗ねている事に二人は気付く。
だが、その原因が分からない。
数日前から、誕生日を楽しみにしていたのだ。
飛び起きてこそすれ、拗ねて引き篭もる理由が無い。
「ねぇ、神楽ちゃんどうしたの?」
折角の誕生日と言う時間を、こんな事で浪費するのは勿体無いと、新八は諦めずに出て来るように促した。
少しの間を置いて、布団越しにボソボソと何かを言ってる事に気付き、新八と銀時は揃って耳を寄せる。
「何?もう一回言ってくれる?」
申し訳無さそうに新八がお願いすれば、先程よりはっきりした声で神楽が言った。
新八の嘘吐き・・・と。
銀時は口パクで『どう言うこと?』と新八に問うが、新八自身分からないのか困惑した表情を浮かべている。
足元で、くぅっと定春が心配そうに鳴いた。
ボリボリと頭を掻いて暫し思案した銀時は持っていた袋を新八に預けて、徐に小山を作る布団の中に両腕を伸ばすと神楽が暴れるよりも早く布団ごと抱き上げる。
新八に顎で居間を指すとスタスタと歩き出してしまった。
呆気に取られていた新八だったが、つんっと定春に鼻先で突付かれて我に帰ると慌てて銀時を追う。
居間に入ると、ちょうど布団に包まったままの神楽をソファに下ろした所だった。
ソファの隅に下ろされ、さらに銀時が隣に座った事で再び小山に引き篭もる事が出来なかった神楽は、芋虫がソファに腰掛けているような姿だ。
新八は迷いながらもプレゼントをテーブルに一度置くと、神楽の前に両膝を突いてそっと神楽の膝辺りに手を乗せた。
「神楽ちゃん。僕が嘘吐きってどう言う事?心当たり無いんだけど、本当に僕が嘘を吐いたって言うなら謝るから・・・顔見せて?」
折角の誕生日を、自分のせいで台無しにしてしまっている思っているのか、新八は今にも泣きそうな表情を浮かべている。
芋虫になって視界は遮断していても声の調子でそれを悟ったのか、神楽は内側に巻き込んでいた布団の端を握り締めていた手を緩めた。
ポフンと音を立てて布団が広がる。
布団に包まっていたせいでボサボサになってしまった髪を、戸惑いながらも新八が手を伸ばして手櫛で整えてやった。
髪を撫でていた手を滑らせて、膝の上できゅっと拳を作る小さな手を撫でるとやんわりと包み込む。
そのままで、新八は神楽が口を開くのを待つ。
暫く沈黙が続いたが、促すように銀時の手が神楽の頭に乗せられた事をきっかけにポロリと神楽の口から言葉が零れた。
「今日は・・・私の誕生日ネ」
「うん」
「地球に来て初めての、誕生日ヨ」
「うん」
「そしたら、新八・・・言ったアル。今年は特別に、誕生日は丸一日、新八が私のお願い聞いてくれるって・・・」
「うん」
「・・・私の誕生日、もう八時間終わっちゃったアル。丸一日じゃないネ。なんで、昨日、帰っちゃったアルか・・・っ」
泣き出す寸前の声でそう募られて、新八は瞠目する。
そして、やっと昨夜の神楽が何度も帰るのか?と問うた意味を理解した。
「か・・・」
「日付、変わったら・・・一緒に寝てヨ、って最初のお願いしようと思ってたのに、新八、嘘吐きヨ・・・」
「神楽ちゃん、お願い待って。僕の話し聞いてくれる?」
すんっと鼻を啜る神楽に慌てて、新八は口早に言葉を紡ぐ。
のろのろと上った神楽の瞳に、零れ掛けた涙を見つけて眉を八の字に垂らした。
「ごめんね、僕がちゃんと言ってなかったのが悪かったんだね」
「・・・何がネ」
「あのね、僕が言った丸一日って言うのは、神楽ちゃんにお祝いの言葉を言ってからって言う意味だったんだ」
本当にごめんねと謝りながら、新八は袂でそっと神楽の目元を押さえて、零れ掛けた涙を拭った。
くるりと大きくなった青い瞳を覗き込んで、新八はにこりと微笑む。
「僕、まだ神楽ちゃんにお祝いの言葉、言ってないよ?」
「え?」
「お願いを聞く24時間は、まだ始まってないよ。神楽ちゃん」
そう言って新八はテーブルに置いていたプレゼントを取ると、再び大きな袋は銀時に、そして自分は小さな包みを持った。
「言って、いいかな?」
お祝いの言葉。と新八が問えば、大きく頷いた。
「言っとくけど今年だけだからな、こんなスペシャルプレゼント」
コツンと軽く神楽の頭を小突いて銀時はソファから腰を上げると、新八の隣に移動する。
「いや、何で銀さんが言うんですか?それ」
「だって、新ちゃんは銀さんのお・・・」
「神楽ちゃん、いいかな?言って」
「ちょぉおおぉおおぉおぉっ!!最後まで言わせてくれてもよくね!?」
銀時の言葉尻をぶった切って問う新八に、神楽はコクコクと何度も頷いた。
何やらブツブツと呟く銀時の脇腹を肘で突付いて、新八は両手で包みを持って神楽に差し出す。
銀時も渋々とそれに従った。
「「神楽(ちゃん)誕生日おめでとう」」
同時に紡がれた祝いの言葉に、神楽は緩々と表情を緩める。
「ありがとうネ!!!」
最後には満面の笑みを浮かべて感謝の言葉と共にプレゼントを受け取ると、力を込めすぎないように気を付けてきゅっと胸元で抱き締めた・・・。
後書き
おーぅ・・・。
神楽誕小説だと言うに、神楽ちゃん泣く寸前まで持って行ってゴメンナサイil||li _| ̄|○ il||li
色々とあって、超特急で仕上げたので可笑しな所があると思いますが、目を瞑ってやって下さい!!!
こんな物ではありますが、一応フリーですのでよろしければお持ち帰り下さぁい・・・。
近日中に、オマケ小説も上げるつもりです。多分。うん、きっと(自信なし)←テメェ
まぁ、あれです。
娘はマミィ大好き!!!ってのを書きたかったんです!!!!!父は・・・まぁ、別にいいかなって(おい)
少しでも楽しんで頂ければ幸いです!!!(*- -)(*_ _)ペコリ
Happy Bath Day!!!
