チュンチュンと、雀が鳴く爽やかな朝。



「だからテメェの寝床は隣の部屋だって何度言わせんだこの天パァアァァァッ!!」
「ぎゃぁああぁあぁぁあぁっ!!?」



は・・・此処、志村家ではまったく無縁の物である。










ずっと、一緒に










「だから何時も言ってるだろうが!?夜中に便所に起きて間違えたって!!」
「毎度毎度同じ言い訳してんじゃねぇぞ!?馬鹿兄がぁあぁぁあぁっ!!」
「ちょ、落ち着けお妙ぇえぇぇっ!!兄ちゃん低血圧だからね!?今も結構ギリギリだからね!?
避け切れないからそれぇえぇぇぇぇっ!!」
「あら、避けなくて良いのに(大人しく斬られろ)」
「本音も建前も結局意味同じぃいぃいぃぃっ!!」



長刀を般若の笑顔で振り回す妙と、ドダダダダッ!!と騒がしい足音を立てて逃げ回る銀時の言葉の応酬に、新八はあふっと小さな欠伸を零してやれやれと立ち上がった。
何故、朝っぱらか妙が銀時を追い掛け回しているか・・・。
理由は極々簡単な物で。また、銀時が新八の布団に夜中の内に潜り込んで居たからである。
正確に言えば、此処暫くは毎日の事であった。
遠ざかってみたり戻ってきたりする足音と妙の怒声に銀時の悲鳴をBGMに着替えを済ませ、隙を見て新八は部屋から抜け出す。
そのまま洗面所に向かって簡単に身形を整えると、次に台所に向かった。



「うーん・・・。今朝はどうしようかなぁー」



志村家の朝の食卓は味噌汁と白米と玉子焼きが定番だが、毎朝同じでは流石に飽きてしまう。
それを避ける為に、味噌汁と玉子焼きは毎朝違う物になるように新八は工夫を凝らしていた。
冷蔵庫の中身を頭に思い浮かべ暫し悩んだ後、よしっと一つ頷いて漸く冷蔵庫の扉に手を掛ける。



「って言うか!!毎朝毎朝確認しに来てんじゃねぇよ!!」
「誰のせいだと思ってんだコルァアァアァァァァッ!!」
「ぎゃぁあぁぁぁぁぁ!!今のマジで危なかったからね!?」
「ちっ!!仕損じたかっ!!」
「本気で舌打ちすんじゃねぇよぉおおぉぉおぉっ!!」



新八が朝食の支度を始めても、毎朝恒例の兄妹喧嘩・・・と、言うよりも。
妹から兄への一方的な制裁は鎮まる様子は無い。



「今日も朝から元気だなー。兄上も姉上も」



銀時が新八の布団に潜り込むようになった当初こそ、本気で銀時を葬ろうとする妙を必死で止めていた新八ではあったが。

此処最近では朝の日課だと割り切り、放置している。

朝に似つかわしくない物音をBGMに朝食の支度をするのもお手の物だ。
トントンと軽やかな包丁の音を立てて玉葱を刻むと水を入れた鍋にそれを放り込み、火に掛ける。
少々時間は掛かるが、じっくりと煮込めば玉葱の甘味が出る為、甘い物が大好物な銀時のお気に入りだ。
次にトマトと紫蘇を刻み、ボールに卵を割り入れる。
刻んだトマトとはさっとフライパンで炒めて軽く水分を飛ばした。
それを一度皿に移して、刻んだ紫蘇と混ぜ合わせて置く。
熱したフライパンに卵を流し込み軽く表面を菜箸で掻き混ぜると、トマトと紫蘇を乗せてクルクルと上手に巻いて行った。
もう一度卵を流し込んで丁度良い厚みを付け一個目が完成する。
同じ作業をもう二回繰り返せば、三人分の玉子焼きが完成した。
トマトと紫蘇の玉子焼きはさっぱりとしていて、妙のお気に入りである。



「明日の中身は、チーズを紫蘇で巻いたのにしようかなぁー」



ほうれん草も良いけど最近高いからなぁ・・・と溜息交じりに呟き、軽く鍋の中身をお玉で掻き回す。
少し小皿に取って味見をすれば、ほんのりと甘味があった。
本当ならもう十分程煮込んだ方が甘味は増すが、そうすると玉子焼きが冷めてしまう。
それよりも・・・。

銀時が妙に本気で仕留められかねない。

朝の騒動は、新八の『朝ご飯にしましょう』と言う声が掛からない限り終わる事はないのだ。
手早くだしの素と味噌で味を調え、近付いて来る足音に合わせて右手にお玉、左手にフライパンを持って戸口に立ちタイミングを計る。



「死にさらせぇええぇえぇぇぇっ!!」
「嫌だぁあぁぁあぁあぁぁっ!!」



怒声と悲鳴と足音が、台所の戸口の前を通過する一瞬を見計らい。



カーンッ!!



と、試合終了のゴングのようにお玉とフライパンが打ち鳴らされた。










「ったくよー。朝から長刀振り回しながら兄貴を追い掛け回すか?普通よぉー」
「兄上が悪いんでしょ」



縁側に寝転がり、パンパンと洗濯物の皺を伸ばし丁寧に干す新八の背中に銀時が愚痴れば、至極あっさりと切り捨てられる。
そのあっさり加減にちぇーと口唇を尖らせると、片肘を突いて起こしていた身体をうつ伏せに転がして、新ちゃんの薄情者ぉとぼやきながら銀時は床板に『の』の字を指先で画いた。
そんな姿に呆れた表情を浮かべ肩を竦めた新八は、空になった洗濯籠を抱えて銀時へと歩み寄る。



「兄上が『態と』やってるんですから文句言わない」



呆れた表情を崩す事無く、ふわふわの天パに覆われた後頭部へ新八が呟きを落せば、ピクリと銀時の肩が跳ねた。



「態と何かしてねぇよ。何で態々自分から危険な目に合わなきゃいけねぇーんだよ。
それだと俺がマゾみてぇじゃねぇか。違うからね?兄ちゃんサドだからね?」
「はいはい。姉上に構って欲しいだけなんですよね」
「だから違ぇーって!!」



クスクスと笑いながら紡がれた言葉に、がばりと起き上がる銀時に合わせて新八は片手を伸ばすと、ピンッと額に指弾をお見舞いする。
アダッ!!と悲鳴を上げて額を押さえる銀時に、新八は少し屈み込み視線を合わせた。



「もう直ぐ姉上がお嫁に行くから、今の内にしっかり構って貰って置こうって魂胆でしょ?
バレバレですよ。兄上」



にぃっと意地悪く口唇の端を吊り上げる新八に、銀時は何事か言い返し掛けたが小さく舌打ちを零してそっぽを向く。
そっぽを向きガリガリと後頭部を掻く銀時の、天パから覗く耳の端が少しだけ赤く染まっていた。

図星だと言っているような物である。

もう一月もしない内に、銀時の妹であり新八の姉である妙は現在交際している男に嫁ぐ。
今日も式が間近に迫っている為、朝食の後から打ち合わせの為に出掛けていた。
口ではじゃじゃ馬に嫁ぎ先が見つかって一安心だの、これで長刀持った鬼に追い掛け回されずに済んでせいせいする等と悪態を吐き、その度に妙の般若の笑みで沈められている銀時ではあったが。
内心では、妹の妙が嫁いでしまう事を寂しがっている事を新八は知っている。
妙もまたそんな兄の心情を見抜き、同じような寂しさを抱えているのだ。
毎朝恒例の鬼ごっこを、実は二人とも楽しんでいる事も新八は知っていた。
三人で過ごす残りの時間を、馬鹿馬鹿しくて騒がしい。
今まで通りの日常で締め括ろうとしているのだ。
不意に、銀時に腕を掴まれ引っ張られた新八はわわっと悲鳴を上げる。
抱えていた洗濯籠は、コロンッと地面の上に転がった。
くるりと身体が反転したかと思えば、気付いた時には銀時の膝の間に座り込み背中から抱え込まれていた。
腹に回った両腕にぎゅうぎゅうと抱き締められ右肩に銀時の顔を埋められた新八は、ふわふわの髪に首筋をくすぐられ肩を竦める。



「ちょ、兄上くすぐったいですって!!」



そのまま肩口に額を擦り付けられ、さらに首筋を髪でくすぐられる形になった新八はケラケラと声を上げて両足をバタつかせた。



「もー!!好い加減にして下さい!!」



肩を怒らせた新八に片手で頭を肩口から押しやられたが、腹に回った腕を解く気配が無い事に銀時は大人しく引き離される事にする。
えー?と、しっかり不満の声は上げてはいたが。



「まったく・・・僕等の中じゃ、一番兄上が寂しがり屋ですよね」
「うっせ」



クスクスと笑いながら凭れ掛かって来る新八の身体を受け止めながら、銀時は口唇を尖らせる。



「そう言うオメェは寂しくねぇのかよ・・・」
「勿論寂しいですよ?」



ポツリと零された言葉に何を今更と間髪入れずに答えれば、じゃあ同じじゃねぇかとさらに銀時は口唇を尖らせた。



「父上が亡くなってから僕等三人、ずっと一緒でしたもん。寂しくない訳ないじゃないですか。
でも、姉上は何時かお嫁に行くって覚悟はしてましたから。兄上だってそうでしょう?」
「そりゃそうだけどよぉー・・・」



口篭る銀時に新八は小さく笑みを浮かべて、腹の前で組み合わされた両手を元気付けるように軽く叩く。



「姉上とは、旦那さんの仕事の都合で式を挙げたら直ぐに江戸から離れる事になりますから、簡単に会えなくなります。
でも、一生会えない訳じゃないんですよ?手紙だって電話だってあるんだし。
どうしても我慢出来なくなったら、二人で会いに行けば良いんです。
僕等は離れたって、変わらず兄弟何ですから」



トントンとリズムを付けて手を叩きながら新八が軽く身体を揺すれば、銀時の身体も一緒に揺れた。
まるで子供をあやしてるみたいだと、こっそりと新八は笑う。
一番親に家族に甘えたい時期を、妙と新八の父に拾われるまでたった一人で過ごして来た銀時は、時折思い出したかのように子供返りする。
そんな銀時を甘やかすのは、父の役目だった。
亡くなってからは、妙と新八に引き継がれた。
そして今、その役目は新八一人に引き継がれようとしている。



「新八・・・」
「はい?」



再び肩口に顔を埋める銀時に、新八は手を伸ばすと柔らかい手付きで頭を撫でた。



「オメェは・・・何処にも行くな。俺の傍に、ずっと居ろよ・・・」



極々小さな呟きも、この距離ならば聞き落とす事もない。



「勿論です。言ったでしょ?一生兄上の傍に居るって」



頭を撫でていた手を左肘の上にそっと置き、今は着物の袖で見えない傷跡を優しく撫でる。
一生消えない傷跡のように新八の誓いもまた、違えられる事は決してない。



「大丈夫ですよ。絶対に兄上を一人になんてしませんから」



ずっと、一緒に居ましょうね。



そう囁いた言葉に小さく頷く銀時の旋毛に、新八は約束の証だと言うように口唇を押し当てた。















後書き

『「愛しい傷跡」設定の銀新+妙』なリクでした!!
ギャグにするかシリアスにするか、最後まで悩んだ結果・・・こうなりました(爆)
後半は、銀新のターンなんですが。
最初、銀さんと新八の立ち位置を逆にしようかと思ってたんですけど・・・。

やっぱり、新ちゃんはおかんでした(おい)

今回で確信しました、私。

私に、包容力バリバリにある坂田を書く事は不可能だと(待て)

そんな坂田さんは、他の素敵サイト様で楽しまれる事をお勧めします!!(だから待て)

匿名希望様
『愛しい傷跡』をお気に召して頂けているようで嬉しい限りです。
今回リクを下さった続編も、お気に召して頂ければ幸いです!!
長らくお待たせしてしまって、本当に申し訳ありませんんんん!!!(スライディング土下座)
企画参加、本当にありがとうございましたぁあぁぁぁっ!!!(o*。_。)oペコッ
2009.11.07