握る手を










喉の渇きを覚えて目を覚ませば、和室の中を満たすひやりと冷えた空気に小さく身震いをする。

毎年、この時期ならば多少寝苦しさを残す筈の夜も、今年は妙に早く気温が下がり、朝晩は肌寒い日々が続いていた。

タオルケットからはみ出ている肩や足先は、じわりとした寒さに侵食されているのだが。

身体の前面はやんわりとした温かさで満たされている事に、完全に起きていない頭で何故かと考える。

気を抜けばそのまま閉じて仕舞いそうになる瞼に力を込めつつ視線を下げれば。

腕の中で軽く背を丸めた新八が、行儀良く両腕を胸の前で畳んで穏やかな寝息を零していた。

そう言えば・・・と、思い出す。

今夜は新八が万事屋に泊まる事になり、肌寒くて安眠出来ないからと散々強請り倒して。

仕方が無いと溜息を吐かれた事を了承と受け取るが早いか、この腕の中に新八を抱き込んだのだ。

暫し文句を言われたが、それすら眠りを誘う呼び水しかならず。

知らない内に意識は眠りに溶けてしまっていた。





(あったけぇ・・・)





眠っている内に緩んでしまっていた腕の力を込め直して、新八の艶やかな黒髪に頬を摺り寄せる。

とろり。再び忍び寄って来た睡魔に両の瞼を下ろしたまではよかったが、何の為に目覚めたんだと言う様に渇きを訴える喉に、渋々と下ろしたばかりの瞼を開いた。

俺の腕を枕にして眠る新八を起こさないように、頭を支えてそっと腕を抜くと自分の頭の下に敷いていた枕を代わりに敷き込む。

突然変わった感触に新八は小さく唸ったが、直ぐに規則正しい寝息を立て始めた。

それにほっとしながら、音を立てないように起き出し台所に向かう。

冷蔵庫のいちご牛乳に手を伸ばしかけて、今これを飲むと歯を磨く必要がある事に気付く。

暫しの逡巡の後、後ろ髪を引かれる思いで冷蔵庫のドアを閉めて、籠に引っ繰り返されていたコップに水を注いだ。

少し前、甘い物好きと面倒臭がりな性格が災いしたのか虫歯を患った上に、どう考えても診療しているのが可笑しいだろう!?と言うしかない歯医者に掛かった事で軽くトラウマになっている。

歯は大事にしよう。マジで。

兎にも角にも、眠りを妨げてくれやがった喉の渇きも、コップ一杯の水のおかげで鎮まった。

使ったコップをざっと洗い、元通り籠に伏せて和室に戻る。

再び布団に横になり、さっきと同じように起こさないように注意しながら新八の身体を腕に抱き込んだ。

途端。もそりと新八が腕の中で身動ぐ。





(あ、やべぇ・・・。起こしたか?)





音にはせずにそう呟いて丸い頭を見下ろしていれば、もそりもそりと続けて身動いで、とろりとした夢心地な瞳で見上げられた。





「ぎん、さん・・・」





呟くように名を呼ばれたのでどうした?と問えば、ぅーと小さく唸りながら新八は額を胸に擦り付けて来る。

直ぐに寝ぼけている事は分かったが、普段滅多に無いだろう甘える仕草に口元が緩む。

身動ぎながらむーぅーと一頻り唸った後、収まりの良い場所を見つけたのか動きが止まった。





「起こしてごめんな?良いから寝てな」





そっと耳元で囁けば、緩慢な動きで首が横に振られる。





「ぎん、さ・・・ん」
「ん?」
「どこ・・・いって、た・・・の?」





目が覚めたらいなかったと拗ねたように問われ。

何でも良いから叫びたい衝動に駆られたのを必死で押し止めた。

うつらうつらとしているせいなのか、舌足らずな口調がこれまたツボを突いて来る。

答えを聞くまでは寝ないぞとでも言うかのように、ぐりぐりと額をまた胸に擦り付けられた。



何なんだ。この可愛い生き物。
何コレ?食って良いの?何かもう・・・ぺろっと行っちゃって良いですかねぇっ!?



新八の背中に回していた手が、結論を出す前に不埒な動きを始めようとしていたが。

またぽつりと零された言葉にピタリと止まる。





「知らない、内に・・・。どこか、行ったり・・・しないで、下さい・・・」



ちゃんと、此処に居て。
居なく・・・ならないで。





呟きと共に、きゅっと寝巻きの胸元を握り締められた。

でも、一度生地に皺を寄せただけでその手の力は直ぐに緩み、力なく落ちる。

新八?と小さく呼び掛ければ、返って来るのは規則正しい寝息だけ。

思わず脱力。さっきまで落ちないように頑張っていたと言うのに。

きっと、朝になって目覚めれば覚えてないだろう。

不埒な動きをしようとしていた手に、それとは違う意味を乗せてゆっくり肉の薄い背中を撫でる。

新八の頭の下に敷き込んだ腕を曲げ、頭を抱えるようにして頬を撫でてやれば、ふにゃりと心地良さそうに口元を綻ばせる。

何処までも無防備な姿に苦笑った。

頬を撫でていた指先で額を覆う前髪を払い、額に口唇を押し当てる。

薄い両の瞼にも口唇を軽く触れさせれば、夢でも見ているのか瞼越しに微かに眼球が動いているのが分かった。

そのまま口唇を滑らせて、鼻先と撫でていた頬にも口唇を落とす。

柔らかい事を知っている新八の口唇へは、触れたらそれだけでは済みそうに無い事を自覚して自粛した。

背中に回していた腕にじわりと力を込めて、互いの身体の密着を深める。

目を閉じて艶やかな黒髪に鼻先を埋め深く息を吸い込めば、新八に良く似合う清潔感溢れる石鹸の香りが鼻腔を満たした。





「しんぱち・・・」





そっと囁けば、眠っていてもちゃんと聞こえているとでも言うかのようなタイミングで、んっと新八は声を漏らす。

寝てる時でも名前を呼ばれたら返事するなんざ、律儀にも程があんだろ。

湧き上がって来た笑いを、くくっと喉の奥で押し殺す。

波が引くのを待って、深く息を吸い込んで思う。

この手は、沢山のモノを取り零して来た。

だから、もう・・・この手に何かを掴むのは止めようした。

例え何かの偶然が重なって何かを掴まなければならなくなっても、事が終われば在るべき場所に戻す。

そうやって生きて来た。

でも・・・どうやったって新八は手離してやる事が出来ない。

少し前なら、名残惜しくは思っても手離してやれたかもしれない。

けれど今はもう・・・出来る筈も無い。

この腕の中に納まる体温が息遣いが、柔らかさが傍に居てと願う魂が。



こんなにも愛しくて仕方が無い。



分かっている。

本当なら色んなモノを取り零して来たこの手で、掴む事が許される筈の無い存在だと。

それでも、手離せない。手離したくない。

今更、平気な顔をして在るべき場所に戻してやる事なんて不可能だ。

最初にこの手を掴んだのは、確かに新八だった。

何時の間にか、必死でその手を掴んでいたのは俺だった。



新八。なぁ、新八。



音にはせず、腕の中で穏やかに眠る新八に問い掛ける。

お互いの身体の間でやっぱり行儀良く折り畳まれていた腕を背中に回してた手で辿り、新八の手に触れた。

やんわりと握り込めば、ぴくりと指先が震え握り返される。



もう、この手。離せないんだけど・・・いいか?



音にもしない問いに、眠る新八が答えられる訳が無いと分かっていても。

ふわりとタイミング良く微笑んだ事を、勝手に了承と受け取った。




















後書き

『銀新だけど、銀→→→←新位のベクトルで』なリクでした!!
銀→→→←新位のベクトルになってますかね?なってると良いな!!(希望かよ)
最後で、銀さんがものっそズルイ大人になってますが・・・仕様です(笑)
基本的に、銀さんはズルイ大人だと思ってますんで!!
ってか、自分に都合が良いように解釈する人だと思ってます☆(おい)
ちょっと、短く纏め過ぎたかな?と思ってしまうのですが・・・。
短編の適切な長さってどの位ですかね?(´・ω・`)ションボリ

湯浅様
リク内容に沿えてますでしょうか?
銀からのベクトルが足りなかったらすみませんっ!!
企画参加、ありがとうございました!!
2009.09.05