それは本当に、偶然の出来事だった。
受け継ぐ色
屯所の自室であぐらを掻いた傍らには、小せぇ怪我ならテメェで治療しろって事で隊士全員に支給されている救急箱。
そんで俺の右手にはその中の一つである消毒液。
此処までくれば俺が今から何をしようとしているのか問わずとも分かるだろう。
これで今から刀の手入れをすると思った奴は、とりあえず切腹しとけ。
「ほら。先ずは右出せ」
一つ溜息を吐いて促すように左手を差し出せば、おずおずと伸びて来た小さな手が左手の上に乗った。
肘を軽く覆い隠す着物の袖を捲り上げさせ、手の甲や腕に出来た擦過傷に消毒液を噴き掛ければ、沁みたのか反射的に逃げようとする手を軽く掴んで止める。
うーっと閃時が小さく唸るのを無視して、軽く泡立った余分な消毒液を脱脂綿で拭い軟膏を塗った。
傷の深さから絆創膏は必要ないだろうと判断して今度は左手を出させ、同じように袖を捲り上げさせると、消毒をして軟膏を塗り込む。
一箇所だけ、やや深く切った切り傷があったので絆創膏を貼った。
何時もは礼儀正しく折り畳まれている筈の閃時の両足は、珍しく投げ出されている。
両膝に擦過傷を作っているので痛いのもあるだろうが、畳を血で汚さないように気を使っているせいだ。
腕を治療している間も、水で傷口を洗ったせいで止まり掛けていた血が滲み、畳の上に落ちそうになるのを酷く気にしていた。
(そう言う所は母親似だな。完全に)
どう考えても、あの図々しいを絵に描いたような男に似た訳じゃない。
見た目はほぼ父親似だが、中身が母親似なら将来安泰ってもんだろ。
間違ってもあんな風に育つな。頼むし。
手早く膝の怪我の治療もして、俯いたまんまの閃時の顔を上げさせれば、腕や足同様、顔にも幾らか擦過傷がある。
「目に入ると危ねぇから閉じてろよ」
先にそう注意すれば、素直に頷いてぎゅっと両目を瞑った。
別に眉間に皺を寄せる程力を込めなくても良いと思うんだが・・・まぁ、いいか。
腕や足と同じように直接消毒液を噴き掛ける訳にも行かず、脱脂綿に消毒液を含ませて消毒を済ませた。
軟膏を塗って汚れた指先をティッシュで拭ってから、ポンッと小さな頭に手を乗せてやる。
「もういいぞ」
「・・・ありがとう、ございます」
礼の言葉は目を合わす事無く発せられた上に、俯いて表情まで隠された。
これはまったくもって珍しい。
人と話す時は必ず目を見てを叩き込まれている閃時が、礼の言葉を告げる時に目を合わせないと言うのは先ずありえない。
その上、おしゃべりと言う程では無いが、口数はそれなりに多い方だろうに殆どしゃべらない。
まぁ・・・喧嘩した所を目撃されてはそうなるかもしれない。
閃時が先に手を出したのなら尚更だ。
事の起こりは、一時間程前の事だった。
毎度のように、勤務時間中に姿を晦ました総悟を探しつつ見回りをしていた時に橋の上を通り掛ると、橋の下から聞き慣れた声が聞こえて足を止めた。
「謝れっ!!」
もう一度聞こえた声に橋の下を覗き込めば、数人居るガキの中の一人の髪が、陽の光を鈍く銀色に弾いている。
此方に背を向けているので顔の判別は付かなかったが、そんな髪色をしたガキなどそう居る訳じゃない。
何事かととりあえず眺めていれば、閃時が体格からして確実に年上だろうガキを突然突き飛ばした。
「何すんだよっ!?」
突き飛ばされ尻餅を突いたガキが叫ぶが、閃時は遠目でもはっきりと分かるほどに肩を怒らせて叫び返す。
「謝れって言ってるだろっ!?」
「うっせぇなっ!!お前生意気なんだよっ!!」
聞き慣れた声と聞き慣れぬ声の応酬の後、先程突き飛ばされたガキがお返しとばかりに閃時を突き飛ばした。
かなりの力で突き飛ばされたのか数歩後ろに下がったが、ぐっと両足で踏ん張り、無様に尻餅を突く事だけは耐える。
そして、しゃんっと背筋を伸ばして三度叫んだ。
「謝れよっ!!」
「本当の事だろっ!?」
「コイツ生意気っ!!やっちまえっ!!」
大将格だろう奴の叫びに、他のガキ共がわっ!!と声を上げて殴り掛かって行く。
多勢に無勢。
しかし、閃時は引く事はせずにぐっと拳を握り締めて前方に駆け出した。
「受けて立ったか・・・」
欄干に頬杖を突いて、眼下で繰り広げられるガキ共の喧嘩を眺める。
本来なら止めに入るべき何だろうが、ガキの喧嘩に大人が出るのはご法度だろう。
行き過ぎるようなら止めに入るつもりではあるが・・・煙草を一本ゆっくり吸い終わる頃には片が付いていた。
「今度また言ったら絶対に許さないからなっ!!」
逃げて行く、ひのふのみぃ・・・五人のガキの背中に向かって叫ぶ閃時の勝ちで。
泣いていたようだが元気に走って逃げる姿に、泣かせはしたが大した怪我を負わせた訳ではないようだ。
ガキにもプライドがあるだろうから、喧嘩をした事がバレても誰としたと話す確立は低いだろう。
何せ、一対五で負けてんだからな。
上半身を凭せ掛けてた欄干から身体を起こし、川原に下りる。
足音に気付いて振り返った閃時が俺の姿を認め、左右色違いの大きな瞳を丸くした後、慌てて逃げようとするのを一瞬早く。
猫の仔のように襟首を掴んで吊り上げる事で止めた。
「このまま真っ直ぐ、万事屋に帰るってんなら下ろしてやる」
ジタバタと暴れる閃時にそう告げれば、ピタリと動きを止める。
そのままさらに吊り上げてクルリと手首を返せば、閃時と漸く向き合う形になった。
ってか、コイツ体重軽いなオイ。片手で余裕で吊り上げれるってどうなんだ。
「で?ちゃんと帰るのか?」
「あ・・・ぅ・・・。ちゃんと、帰る・・・」
ポツリと零された言葉に軽く片眉を跳ね上げれば、俺の視線から逃げようとするかのように閃時は俯いた。
はぁ・・・思わず漏れた溜息に、小さく閃時の身体が揺れる。
襟首を掴んだままの手をそのまま肩の後ろに引き上げれば、軽い身体が肩の上に乗った。
「土方さんっ!?」
「ちゃんと帰るかどうか怪しいからな。送って行ってやる」
「い、いいよっ!!ちゃんと帰るからっ!!」
下ろしてと暴れる閃時を無視して万事屋に向かって一歩踏み出せば・・・。
「や・・・やだっ!!このまま帰ったらお母さんが心配するっ!!」
だから帰れないと必死で訴える閃時に、もう一度溜息を吐いた。
日が暮れればどうやったって家に帰るしかないのだが、せめて手当てだけでもきっちりして帰すべきだろうと判断してそのまま屯所に連れて戻り・・・今に至る。
喧嘩の原因は『謝れっ!!』と『今度また言ったら』と言う言葉から、あのガキ共が閃時の怒りに触れる事を言ったのだろう事は分かった。
ただ・・・これからどう成長するかは未知数なのだが、基本的に閃時の気性は穏やかだ。
そりゃ怒る事だってある。それでも、怒りに任せて人に手を上げる事だけはしない。
そんな閃時が先に手を出したと言う事は、余程の事だったのだろう。
しかし、その『余程の事』ってのが、まったく想像出来なかった。
「土方さん・・・」
と、不意に酷くか細い声で呼ばれた。
「何だ?」
「あの・・・その・・・」
俯いて言い淀む姿に、待ちを覚悟する。
時計の秒針が優に二周りした所で、漸く閃時は口を開いた。
「喧嘩した事・・・お父さんと、お母さんに言わないで・・・」
遠慮がちに隊服の裾を掴みながら恐る恐ると言ったように訴えられて、どうしたもんかと頭を掻く。
少しだけ視線を落とせば今にも泣きそうな大きな瞳で見上げられ、これじゃ俺が苛めているみたいだと溜息を吐いた。
「喧嘩の原因話してみろ。それがちゃんとした理由なら黙っててやる」
困ったように視線をうろつかせる閃時の頭に手を置いて軽く撫でてやれば、コクリと素直に頷く。
いや、もー・・・。マジでそのまま素直に成長して下さい。
罷り間違ってもあんな親父に似るな。お願いします。
何か良く分からんが、とりあえずかなり真面目に祈ってみた。
だって、娘がホント親父そっくりになっちまったからな。
三人目は勘弁してくれと思うだろ、普通。
「土方さん?」
「あ?いや、何でもない。気にすんな」
思わず遠い目になっていたらしく、きょとりとした表情で見上げて来る閃時の頭を再び撫でる。
「・・・で?何で喧嘩になったんだ?」
話を促してやればまた言い淀むが、隊服の裾を握ったままの手に力を込めて、一回二回と深呼吸をした後、意を決したように口を開いた。
「変って・・・言ったから」
「何をだ?」
「・・・僕の、髪と目の色・・・」
そう言って、裾を掴む手にさらに力を込めた。
項垂れる閃時に合わせて、銀と黒が一筋混じった髪がさらりと揺れる。
「普通の色じゃないって・・・変だって。右目何か、血の色みたいで気持ち悪いって・・・」
ずっと微かに鼻を啜るような音がして俺は口を開き掛けたが、それよりも早く閃時が口を開いた。
「僕の髪の色も目の色も変じゃないし、気持ち悪くないっ!!」
俯いたまま叫ぶ閃時に、あえて何も言わずに続く言葉を待つ。
「髪の色も目の色も、お父さんとお母さんがくれた色だから、変なんかじゃないっ!!」
続けて叫んだ閃時の肩がひくっと跳ね、小刻みに震え始めた。
断続的に跳ねる肩と何処か苦しげな呼吸に、まだ幼い閃時が必死で嗚咽を堪えようとしている事に気付いて、頭の上に乗せていた手を背中に回して引き寄せる。
そのまま膝の上に抱き上げれば、ひっくと一度しゃくり上げた。
「ふ、普通とは違うかもしれないけど、でも・・・っ。
僕・・・僕は、自分の髪の色も、目の色も好き、だもん・・・っ。
お父さんと、お母さんの色だから、変じゃ、ない・・・っ」
俺の胸に顔を埋めてしゃくり上げながら、必死で言葉を綴る姿に何と言ってやれば良いのか分からない。
「本当は、変とか、普通じゃない・・・って、言われるのは、平気。
でも、お父さんと同じ紅い右目を、気持ち悪いって言うのは、許せなかった・・・っ!!
お父さんの目の色も、気持ち悪いって言われたみたいで、嫌だった!!」
そこまで言い切って我慢の糸が切れたのか、閃時は声を上げて泣き始めた。
俺はと言えば、そうだなと相槌を打って、滑稽な程にぎこちない手付きで薄っぺらな背中を叩いて頭を撫でてやるだけだ。
確かに閃時の髪や目の色は珍しい。間違いなく少数派だと言える。
変だとか普通じゃないと言われただけであれば、きっと閃時は無視しただろう。
そうであると自覚はあるからだ。
だけど、閃時はその色を好きだと言う。両親の持つ色を貰ったからと。
だからこそ、許せなかった。
気持ち悪いは否定では無く、拒絶の言葉だから。
「閃時」
「ぅっく・・・っ、な、に?」
「オメェ、父ちゃんの目の色好きか?」
「夕焼けと、ひっく・・・同じ色の、優しくて、温かい色だから、えっく・・・っ、好きっ」
「そうか」
しゃくり上げ、ボロボロと大粒の涙を零しながらも懸命に伝えて来る閃時を見て、少しだけ羨ましいと思う。
この先、万に一つにでも『親』と言う存在になる事はないだろう俺には、決して手に入れる事は無い情を。
(こんだけ子に慕われてたら、親冥利に尽きるってもんだろうよ)
トントンっと、漸く掴めて来たリズムで背中を叩いてやれば、嗚咽は徐々に収まりグスグスと鼻を鳴らす程度にまで落ち着き出した。
「閃時」
呼び掛ければ、白目の部分がこれでもかと言わんばかりに充血してしまった左右色違いの瞳で見上げられる。
「その怪我。俺と屯所の庭で剣術の稽古してた時に転んだって事にしとこーや」
「嘘吐くの・・・?」
「喧嘩したって言ったら、俺に話した事も話さなきゃいけなくなんだぞ?」
「やだ・・・」
目に見えてしゅんっと落ち込む閃時に思わず苦笑って、くしゃりと頭を撫でてやる。
「説明は俺がしてやっから心配すんな」
安心させるようにそう言えば、戸惑いながらも一呼吸分の間を置いてコクンと閃時は頷いた。
少しだけずり下がった軽い身体をトンッと持ち上げた。
背中に乗る閃時は俺の右肩に頭を凭せ掛け、すぅすぅと穏やかな寝息を立てている。
あの後、泣いたせいで真っ赤になった目を冷やしてやろうと濡れタオルを取りに一時的に席を外して戻れば、泣き疲れたのか閃時は猫の仔のように丸くなって眠っていた。
子供ってのは、怒ったり泣いたり忙しいな本当によぉ。
目を冷やしてやってる内に、好い加減家に帰さないとヤバイだろう時間が近付いて来た。
かと言って、すやすやと眠っているのを起こすのも憚れ、仕方が無いと背負う。
そのまま屯所を出て万事屋に向かっていた途中、うーっと小さく唸りはしたが目覚める事はなく今に至る。
「真選組の副長が堂々と誘拐ですかコノヤロー」
もうじき万事屋の看板が見えて来るだろう頃に、背後からそう声を掛けられ盛大な溜息を吐いた。
身体ごと振り返れば、出来れば顔を合わせたくない万事屋の姿。
「テメェん所から取れる身代金何てねぇだろうが。貧乏侍が」
「あーそれもそうねぇー。
って、何失礼な事ほざいてんのぉぉおぉぉっ!?」
「煩ぇよ。閃時が起きるんだろうが」
「あ、やべ・・・じゃなくて、家の長男返せ。マヨ臭が移ったらどうすんだ」
「移んねぇよ!!失礼なのはどっちだコノヤロー!!」
「ちょ、静かにしてくんない!?閃時が起きちまうだろうがっ!!」
今更ながらに声を潜めてそう捲くし立てた万事屋は、慌てて俺の背後に回ると閃時を抱き上げた。
肩越しにそれを見ていれば、くったりと力の抜けた閃時の身体を返し片腕に乗せるように抱き直す。
突然変わった体勢に閃時が小さく唸ったが、慣れた手付きで万事屋が背中を叩けば安心したようにまた寝息を立て始めた。
「あーあー彼方此方傷こさえてよー。家の坊ちゃんは腕白だねぇー」
苦笑いながら子供らしく円やかな輪郭を持った閃時を頬を突付き、万事屋が呟く。
言うなら今かと口を開けば。
「で?怪我の理由はすっ転んだって事にしとけば良い訳?」
と、俺が音を発するよりも早く万事屋に問われた。
「すっ転んだの前に、俺と屯所の庭で稽古してた時にって付けとけ」
軽く肩を竦めて煙草を咥える。
何となく、そうだろうなと思っていた。
喧嘩する閃時を眺めていたのは俺だけじゃなく、目の前の男もだ。
人込みに紛れていたのであの時は確信出来なかったのだが。
閃時の閉じた右の瞼を指の腹でそっと撫でる仕草で、俺の見逃した部分も含め、一部始終を見ていた事が分かった。
親の心境たるや如何なるものか。
あーあーと思う。本当にあーあーと。
何で俺が閃時だけじゃなくて、コイツのフォローまでしてやんなきゃいけねぇんだ。
好い加減煙草が吸いたい。
「閃時が世話になったな」
どーもねーと、背中を向けて歩き出す万事屋に、あーもくそっ!!と舌打ちを零して、おいっと声を掛けた。
「あによ?多串君」
「誰が多串だ!!」
ホント、マジでムカつくな!!
肩越しに振り返る万事屋に、ちっともう一度舌打ちを零し煙草に火を点ける。
風下に居るから問題はねぇだろう。
「夕焼けと同じ色だとよ」
一口煙を吸って吐き出して、後はテメェで解釈しろと犬を追い払うように手を振る。
其処から動かない二つの気配にちらりと視線を向ければ。
「そりゃ良いもんに例えて貰ったもんだねー」
そう言って親の顔で笑う万事屋と、その左肩に頭を凭せ掛けて眠る閃時の髪が同じ茜色に染まっていた。
じゃーねーと気だるそうに一応声を掛けて来た万事屋に、此方も一応おーと言葉を返す。
のんびりとした足取りで遠ざかる姿に。
「まったくだ」
思わずそう呟いていた。
後書き
『坂田さん家の長男閃時君が、自分の髪と目の色をどう思ってるかな』な、リクでした!!
リクを貰った数日後。リク主が蒼月の友人と判明(笑)
何か、向こうは最近銀魂に嵌ってサイト巡りしてて此処に流れ着いたそうです。
ブログ読んで気付いたらしく、メールでもしかして〜な話になり、こっちもうんそうと返しました(笑)
で、この際どんな感じが良いのさ?とメッセで尋ねた所、こうなりました。
七歳の長男は、父ちゃんが好きオーラいっぱい出てますね!!(爆)
十五歳の長男ではこうはいかんぞwww
一応、匿名希望様(笑)
流れ着いてくれてありがとう!!教えてなくてゴメンよww
だって、まさか君が銀魂に嵌るとは思わなかったんだもの!!
ってか、銀魂キャラでは一番土方好きなのに、良く銀新サイトの此処に辿り付けたね(笑)
せめて長男は嫁じゃなくて婿に迎えてあげて!!!(爆)
企画参加ありがとう☆ネタ爆弾投下楽しみにしてるよww
2009.09.27