塞ぐその手を下ろして
銀ちゃんがまた呑みに行った。気付かれないようにこそっと。
またあのマダオ!!と新八が怒るのは何時もの事で、銀ちゃんのヨレヨレのブーツがあった其処を暫く睨んで溜息を吐く。
ひょこりと新八の肩からそれを覗き込めば、私に気付いた新八が今日は泊まるねと苦笑った。
「好きにするヨロシ」
「はいはい、そうします」
そっけなく言う私に、また新八は苦笑ってお風呂入っておいでと促す。
それには素直に返事をして、着替えとタオルを持ってお風呂に向かった。
お風呂から出たら、新八に髪を拭いて貰おうと思いながら。
言った事はないけど、新八に髪を拭いて貰うのが凄く好き。
「もうっ!!自分でちゃんと拭きなよっ!!」
そうやって文句を言いながらも、結局はしょうがないなと笑って髪を拭いてくれる。
優しく丁寧に。
もういない私のマミィも、そうやって良く髪を拭いてくれた。
新八の手は小さい。マミィと比べれば大きいけど。
新八の指は細い。マミィと比べれば太いけど。
だけど、マミィと同じ優しくて温かい手。大好き。言った事はないけど。
でも・・・でもね。
新八の手が、新八自身に触れる手は嫌い。
偶々見てしまったその光景が今も忘れられないから。
苦しそうに辛そうに、哀しそうに耳を塞ぐその姿を。
ぎゅっと強く目を瞑って今にも泣きそうなのに、ぎゅっとぎゅっと両手で耳を塞いで耐えるその姿は見てるだけで辛かった。
声を掛けるなんて出来なかった。
だから私は、新八が耳を塞ぐ手を下ろすまで隠れて待った。
待って待って、漸く下ろされたのを確かめてから。
「ただいまヨッ!!」
「あ、お帰り神楽ちゃん。ご飯もう直ぐ出来るからね?嗽と手洗いしておいで」
「はーいヨ」
何時ものようにただいまと言った。
何時もと変わらない新八にほっとして、同時に何でか泣きたくなった。
何がそんなに辛いアルカ。
何がそんなに苦しいアルカ。
何がそんなに哀しいアルカ。
聞きたい事はあっても、新八が何時も通りを装うから出来ない。
新八の耳を塞ぐ新八の両手は、辛いのも苦しいのも哀しいのも全部全部また新八の中に押し込んでしまう。
だから嫌い。嫌いアル。
銀ちゃんがまだ帰って来ない居間で、一人耳を塞いで何かに耐えてる新八を戸の隙間から見詰め、私はぽつりとそう呟いた。
僕の膝を枕にして眠る神楽ちゃんを見詰めながら、気付かれてしまったかと苦笑う。
最近、神楽ちゃんからのスキンシップが増えた。
前々から、不意打ちで抱き付かれたりとか・・・そう言うのは確かにあった。
でも、最近はそれだけじゃなく、まるで僕を一人にしないようにするかのように昼間遊びに行くのも控えて傍に居てくれる。
不意に大きくなる啜り泣きを聞きとめたかのようにやってくると、ぎゅっと僕に抱き付いたりただ寄り添うように背中に凭れ掛かって来た。
最初はまた何かの気まぐれだろうかと思ってたけど、一瞬だけ見せる不安そうな瞳に、あぁこれは気付かれてしまったんだと分かった。
この子は聡い。そしてとても優しい。
何も訊かれない事に甘えて寄り添う神楽ちゃんから聞こえる心音に、手で耳を塞ぐ代わりに啜り泣く内側の声を誤魔化した。
ごめんね、ありがとう。
優しいこの子の為にも、僕は終わらせようと決意してそっと眠る神楽ちゃんの頭を撫でた。
銀さんが帰って来たら、明日休みが欲しいと言ってみよう。
幸いな事に、姉上は明日から仕事場の友人と一泊二日で温泉に行く。
仕事が上がったらその足で向かうと言っていたから、例えどんな酷い顔になっても姉上に見られる事も無い。
余計な心配をさせずに済む。
そう考えれば、これが絶好の機会なのだろう。
きっと、僕は疲れてしまっていた。
何時も通りを装う事に、銀さんを想う事に。
だから、終わらせよう。装う事無く、何時も通りでいられるように。
これ以上、優しいこの子を悲しませないように。
両目を閉じたら、じんっと目の奥が痛んだ気がした。
それから暫くして神楽ちゃんが目を覚ましたので夕飯の支度を始めた。
お風呂の用意をしている所で銀さんも帰って来た。
「すみません銀さん。今日はこれで上がらせて貰います」
「え?もう帰んの?」
割烹着を畳みながら銀さんに声を掛ければ、きょとりとした表情で問われる。
それに頷いて、明日休みが欲しいと続けた。どうせ仕事ないんだしと。
えぇー?と渋る銀さんに、駄目なら今直ぐ仕事を取って来いと畳み掛ければ、渋々ながら了承してくれた。
夕飯の後片付けはお願いしますと一言添えて、すでに纏めていた荷物を肩に掛け玄関に向かう。
草履を履いていると、新八と声を掛けられた。
振り返れば、何処か所在無さ気な神楽ちゃんの姿。
「お風呂から出たらちゃんと髪拭きなよ?夜更かししちゃ駄目だからね」
何か言い掛けた神楽ちゃんを遮るようにそう言えば。
「言われなくても分かってるアル。ダメガネ」
諦めたように一度口を閉ざし、何時ものように憎まれ口を叩かれた。
だから僕も、何時ものようにダメガネ言うな!!と軽い調子で言葉を返せた。
「銀さんが飲みに出ようとしたら、実力行使して良いから」
「任せるヨロシ」
大きく頷く神楽ちゃんに少しだけ笑って、また明後日と告げ玄関の戸を開ける。
何か言いたそうな視線に、胸の中でそっとごめんねと呟いて。
万事屋から出ると、脇目も振らずに只管足を動かし家に帰る。
歩みは早足から何時の間にか駆け足になっていて、漸く辿り着いた家の玄関の戸を閉じると同時に、戸に背中を預けて座り込んでしまう。
ぜぃぜぃと苦しい呼吸を繰り返している内に、ひくっと喉が鳴った。
駄目だ、せめて部屋まで耐えろともう一人の僕が叫ぶ。
だけど・・・もう、限界だった。
ポロリと落ちた涙をスイッチに、パカリと口を開けてわぁわぁと小さな子供のように泣き叫んだ。
銀さん、銀さん。
僕は本当に貴方が好きでした。
貴方の声で名前を呼んで貰う度。
貴方の手で頭を撫でて貰う度。
心が嬉しさで溢れました。
心が苦しさで溢れました。
これが一生に一度の恋だと思う程に。
最初で最後の恋だと思う程に。
貴方を心から真剣に想いました。
だけど、今日でこの想いを消し去ります。
苦しかった。辛かった。
どれだけ想っても、貴方にはこの想いが届かない事が寂しかった。
それでも確かに、僕は貴方を想う事に幸せを感じていたのです。
銀さん、銀さん。
僕は本当に貴方が好きでした。
その想いに、一片の偽りもなかったのです・・・。
どれだけそうしていたのか、嗚咽は何時の間にか収まっていた。
でも、目を瞬かせる度に目尻からぽろりぽろりと涙が零れる。
何処かぼんやりする頭で、涙で濡れた胸元が冷たいなと思う。
ずっと音を立てて鼻を啜り、全力疾走した時よりも重く感じる身体をのろりのろりと動かした。
草履を脱いで廊下に上がって、ふら付く足元に壁を頼りながら部屋に向かう。
何とか辿り着いた部屋で押入れから掛け布団を引き釣り出すと、そのまま包まって畳みの上に転がった。
目を冷やさないと大変な事になるなと、随分冷静になった自分が思うけど、どうでも良いかと目を閉じる。
その夜僕は、夢を見た。
一生懸命、手で地面に穴を掘って。
出来るだけ出来るだけ深い穴を掘って。
ぽっかり地面に空いたその穴に、ぱらぱらぱらと光の粒を落とし込む。
掘った穴から溢れそうになったそれを、土で一生懸命覆い隠した。
そうか、これは僕の恋のお葬式。
出来た小山を撫でて、僕はそっと両手を合わせた。
さよなら、さよなら、ありがとう。
もう、泣かなくて良いんだよ。
そう・・・小さく小さく呟いて。
朝になって目が覚めたら、ぐわぁんっと痛む頭に顔を顰めた。
ついでに目が・・・と言うより顔全体がひりひりと痛む。
眼鏡は何処だ?と手探りで探すけど見つからず、まさか玄関ではあるまいなとのそりと起き上がった。
立ち上がると、やっぱりぐわぁんと鈍く頭が痛んでよろめいた。
「ふ・・・二日酔いって、こんな感じなのかな・・・?」
それなら、僕はお酒何て絶対飲まないぞ!!
一時の楽しみか忘却の為に、翌日こんな痛みに苛まれるならプラスマイナスゼロ所か、マイナス勘定でしかない。
少しでも痛みを和らげようと米神に指先を押し当てて揉み解しながら、玄関に向かう。
案の定、敲きに日の光を受けてキラリと光る眼鏡がポツンと取り残されていた。
拾い上げてみれば、レンズの部分に涙の跡がこびり付いてしまって洗わないと掛けられなくなっている。
やれやれ、盛大に泣いた物だと他人事のように思って、眼鏡片手に洗面所に向かった。
洗面台の前に立ち、鏡を覗き込んで其処に映った自分を見た瞬間。
ぶはっと思いっきり噴き出した。
両の瞼はまるで蜂に刺されたかのように腫れ上がり、半分程しか開いていない。
視界が悪いのは眼鏡を掛けてないせいかと思っていたけど、それだけじゃなかった事に、ケタケタと声を上げて笑った。
塩っ気の強い涙が流れた跡を放って置いたから、頬も少し赤く腫れていた。
「あーあー。ホント、酷い顔」
鼻先が鏡に付くほど顔を近付け、まじまじと自分の顔を観察して呟く。
暫く眺めた後、蛇口を捻って勢い良く流れ出した水でばしゃばしゃと顔を洗う。
冷たい水が、とても心地良かった。
滴る水をタオルで拭って、涙で汚れた眼鏡も洗う。
丁寧に丁寧に涙の跡を洗い流して水気を拭いて、眼鏡を掛けた。
もう一度鏡を見れば、腫れが引いた訳じゃないけど何処かすっきりした表情を浮かべる自分が居る。
パチンッと両の頬を挟むように叩いて気合を入れた。
今日は一日お休みだ。何をしよう・・・。
普段は手が回らない部屋の掃除をするのも良いな。
それとも、自室の模様替えが良いだろうか。
一日中道場に篭るのも悪くないかもしれない。
ぐるぐると思考を働かせて、行き着いたのは先ずご飯を食べようと言う事。
考えてみれば、僕は昨日の昼を最後に何も食べていない。
さっきからくぅくぅと小さくお腹が鳴っていた。
その後は何をしようか?と考えて台所に向かっていた足を止め、くるりと踵を返す。
決めた。今日は何もしない。
朝ご飯を食べたら、ゆっくり好きなだけ湯に浸かってしまおう。
何時もは残り湯を洗濯に使うからと入浴剤を使わないけど、今日は特別。
お風呂にお湯を溜めながらそう思って、今度こそ僕は台所に向かった。
ささっと簡単に朝食を作って、ささっと食べ終えてしまう。
洗い物は次の食事の後に回して、部屋に戻って着替えを取り出す。
あ、布団だけは干したいなと、畳の上で小山を作る掛け布団と押入れから敷布団を引き釣り出した。
さぁお風呂だと、少しだけうきうきしながら着替えを持って風呂場に向かう。
丁度良い位まで溜まったお湯を止めて、どれが良いだろうかと貰い物の入浴剤を並べてうんうん唸る。
やっぱり此処は温泉気分を味わえる、湯が乳白色になる天然温泉の元を選んだ。
封を切ってさらさらと湯に落とし込めば、徐々に湯が乳白色に染まり入浴剤の良い香りがその場に満ちた。
入浴剤の香り、何時もは夜に入るお風呂を朝に入る事が、何だかとても贅沢をしているような気分にさせる。
服を脱いで先ずは頭と身体を洗うと、僕は湯に浸かって指先が白くふやけるまで存分にその贅沢気分を味う。
湯の温かさに身体の筋肉が解れて行くように、疲れ切っていた心も解れたような気がした。
どうやら僕は、とても上手に『恋心』を見送ってあげられたらしい。
明日からの僕は上手に笑おうとしなくても、自然と上手に笑えるだろうと思った・・・。
最初は、口煩い眼鏡が転がり込んで来たもんだ。
その程度にしか思っていなかった。本当に。
その内居なくなるだろうと思っていたのは最初の一週間だけ。
一週間過ぎると。あぁ、コイツはずっと此処に居るんだなと思った。
大して繁盛もしない万事屋では、新八がクルクルと家事をする姿を眺めるのが日課になった。
レジ打ちも満足に出来ない癖に、家事は以外にも器用にさくさくとこなす。
そりゃ、時々は不器用な面が覗いて失敗したりもするけど、家事でやっちまった失敗はさくっと自分で処理して、またクルクルと家事をこなしに戻る。
怒って笑って喜怒哀楽を惜し気なく晒す姿に、何て無防備な子供何だと呆れもした。
だけど、その呆れは愛しさに変わって居た事に不意に気付く。
ずっと、俺の傍に居てくれたりしねぇかなぁ。
そう思い出したらもう駄目だった。
家族と思ってくれて良いと言った新八の言葉に甘えて、神楽と定春も一緒に家族のカテゴリーに嵌め込んで満足していた。
そんな中、突然新八が休みが欲しいと言い出した。
コイツが居ない一日を過ごすのが嫌で渋れば、だったら今直ぐ仕事を取って来いと、何とも素晴らしい笑顔で言い放たれる。
渋々分かったと頷けば、新八がにこりと笑った。あ、その顔好き。
なぁ、新八。オメェは知らねぇだろう。
「何時かアンタに良い人が出来た時は、気を付けてあげて下さいよ?」
と、何気なく言ったオメェの言葉に俺が落胆した事に。
何とも想われていないのかと、内心溜息を吐いた事に。
気付け、気付け、気付け。
柄にも無く祈りながら俺がオメェに触れてる事、知らねぇだろ。
どうしたら新八。オメェを手に入れられるのかと悩んでる事、知らねぇだろ。
新八の居ない昼間の万事屋で天井を眺めながら溜息を吐いてる今を、知る事なんてねぇんだろうな。
ごろりと寝返りを打って横を向けば、同じようにソファに転がっている神楽が視界に映った。
今日は気分が乗らないのか、外に出ようとはしない。
何だかんだ言いながら、神楽が新八に懐いているのは知っている。
男の新八に、それでも母親の影を重ねて見ているのを知っている。
だから、その新八が居なくて詰まらなそうにしているのだと分かった。
「なぁ、神楽」
「なんネ」
呼び掛けに、のそりと神楽は起き上がって面倒臭そうに視線を向けて来る。
「銀さんさぁ、新八の事好きなんだけどどうしたら良いと思う?」
同じだけど違う想いを抱えている同士だからなのか、ほろりと言葉が零れた。
ぱちりと一度目を瞬かせた神楽は、漸く言葉の意味を理解したのかただでさえ丸く大きな瞳をさらに丸く大きくさせる。
次の瞬間・・・。
バシンッ!!
と、大きな音を立てて顔面にその辺に転がしていたジャンプが叩き付けられた。
バサリと音を立てて床に落ちたジャンプに一番の被害を受けた鼻を押さえ、痛みに悶える。
勢い良く起き上がって、生理的な涙が滲んでいるだろう目で神楽を睨みつけ怒鳴ろうとしたが、ソレよりも早く神楽が叫んだ。
「だったら何で、今此処に居るアルカッ!?」
叫ばれた言葉に、痛みも忘れてぽかんと間の抜けた表情を晒す。
そんな俺に焦れたのか、立ち上がった神楽は癇癪を起こした幼児のようにダンダンッと床を踏み鳴らした。
「新八が好きなら、何で此処にいるネッ!?馬鹿ヨッ!!銀ちゃん大馬鹿ネッ!!
新八は、新八はずっと一人で苦しんでたヨッ!!だから終わらせようとしてるネッ!!
何で気付かなったアルカッ!?銀ちゃんの馬鹿ッ!!馬鹿馬鹿ッ!!大馬鹿天パァァアァァッ!!」
其処まで言い切って、うわぁん!!と神楽は声を上げて泣き始める。
展開に付いて行けない俺は、ただ間の抜けた顔を晒し、わぁわぁと泣く神楽をぼんやり見詰めていた。
神楽の鳴き声を聞き付けてのっそりとやって来た定春が、ぺろりと涙で濡れる頬を舐めれば、神楽はしゃくり上げながらぎゅっと定春の首に抱き付く。
それでも、くぐもった嗚咽が聞こえた。
何で神楽は泣いてるんだろうかとか。
神楽の言った言葉の意味は何だろうかとか。
未だ理由の分からない俺は、神楽の言う通り大馬鹿何だろう。
「神楽・・・」
そっと声を掛けて肩に触れれば、むずがるように身体を揺すって拒絶された。
俺が今取るべき行動はこれではないと、言われた気がした。
「さっさと、行くヨロシ・・・」
ぐすぐすと鼻を鳴らす神楽に、漸く言葉の意味が理解でき始める。
俺は、その言葉を・・・神楽の言った言葉を、自分とって都合の良い解釈をして良いのだろうかと迷った。
「何してるネッ!?さっさと行くヨロシッ!!まだ間に合うかもしれないネッ!!
新八連れて戻って来なかったから、ぶっ飛ばすアルヨッ!?」
涙でまだ膜の張った蒼い瞳で睨まれて噛み付かれるように叫ばれ、はっと意識を引き戻す。
踵を返して机の引き出しから原付の鍵を引っ掴むと、玄関に急ぐ。
ブーツに足を突っ込んで振り返れば、神楽はやっぱり俺を睨んでいた。
さっさと行け。必ず新八と一緒に戻って来い。
そう言われた気がして、一つ頷いて俺は万事屋を飛び出した。
飛び出していった銀ちゃんを見送って、ずずっと鼻を啜る。
目を瞬かせればポロポロと残っていた涙が零れて、それを定春が舐め取ってくれた。
新八は、隠すのが上手かった。
普段あれだけ不器用なのに、何故か『それ』を隠すのが本当に上手かった。
もしもあの時新八が隙を見せなかったら、私はきっと気付けないままだったと思う。
きっと新八はいっぱいいっぱい我慢して、隠すと決意していたんだろう。
だけど、もっと隠すのが上手だったのは銀ちゃん。
ぽろりと零されるまで、分からなかった。
銀ちゃんが、新八や私や定春を大事にしてくれているのは分かってた。
でもそれは、家族と言う枠の中だけだと思ってた。
でも違った。違っていてくれた。
違っていた事が嬉しいと本当に思った。同時に、だったら何で此処居るのかと怒りが沸いた。
だから叫んだ。だから泣き喚いた。
これで分からなかったら、本気でぶっ飛ばしてやろうと覚悟も決めて。
でも銀ちゃんはちゃんと分かってくれた。ちゃんと分かって、飛び出して行ってくれた。
新八は潔い。もしかしたら間に合わないかもしれない。
だけど、間に合わなかったら、無理矢理でも捕まえてしまえと思った。
新八の決意を、覚悟を無視してしまう事かもしれない。でも・・・。
「マミィには幸せになって欲しい娘の我侭ネ」
呟いてにひっと笑えば、その通りだと言うように定春がわんっと一声鳴いた。
法定速度を完全に無視して、恒道館へ・・・新八を目指して原付を走らせながら思う。
神楽のただの勘違いかもしれない。
俺が、自分にとって都合の良いように解釈しているだけかもしれない。
だけど今は、神楽の涙を信じたいと心底思った。
恒道館の門が見えて来た、どくり脈打つ心臓とグリップを握り締める手にじわりと汗が滲む。
神楽が言っていた。新八は終わらせようとしていると。
間に合え、間に合え、間に合え。
今まで自分で動く事もせず、他力本願で上手くいけばなと願っていた自分の馬鹿さ加減に呆れる。
そりゃ、神楽にあんだけ馬鹿馬鹿言われて当然だ。
ごめんな神楽。そのちっこい身体で、新八を守ろうとしてたんだな。
ごめんな新八。ずっとずっと辛い目に合わせて、苦しませて、それでも気付かない馬鹿な俺で。
例え間に合わなくても、今度は俺が足掻く番だから。
もう遅いと言われても、簡単に諦めたりしねぇ。
だからせめて聞いて欲しい。言わせて欲しい。
年甲斐にもなく必死になるほど新八・・・お前が好きだって事。
原付を半ば転がすように門の前に止めて、声も掛けずに敷地に飛び込む。
玄関の戸を手を掛ければ鍵が掛かっていた。
戸を叩く間を惜しんで庭に回れば、折った座布団を枕に縁側で新八が寝転がっている姿を見つけた。
目の上に手拭いを乗せているから、寝ているのか起きているか・・・何よりどんな表情を浮かべているのかも分からない。
新八と呼び掛けた口唇が震えた。
近付こうとした足が止まった。
新八連れて戻って来なかったから、ぶっ飛ばすアルヨッ!?
神楽の声が聞こえた。そうだな、何もしない内から立ち止まっちゃ駄目だよな。
情けねぇな俺。さっき覚悟を決めた筈なのに、もうぐら付いて。
息を大きく吸って吐き出した。
呼吸を整えてゆっくりと踏み出す。
一歩、二歩。
ゆっくり、でも確実に新八に歩み寄って覆い被さった。
震える手で触れた手拭いは、少しだけ湿っている。
陽を遮る為の物じゃないと分かった。
そっとそれを取り上げれば、閉じられた両目。
目の周りが少し、腫れていた。
触れた瞼は、冷やしていたにも関わらず微かに熱を帯びている。
一人、泣いたのだろうか。こんなにも瞼が腫れる程に。
それで全て、終わらせようと。
「新八・・・」
頼むから起きてくんねぇかな。
言いたい事があんだよ。聞いて欲しい事があんだよ。
なぁ、だから頼むから起きてくんねぇかな。
瞼を撫でていた指を滑らせて、掌全体で頬を撫でる。
震えた睫に目を細めて、早くと急かす。
ゆっくりと現れた黒目勝ちの瞳が、少しだけ潤んでいるのが綺麗だなと思った。
「新八」
「銀・・・さん?」
「あのな、新八」
どうか夢だと思わないでくれと願いながら、口を開く。
「銀さん、志村新八君が好きなんですが・・・。お付き合い、してくれたりしませんかね?」
「え・・・?」
緩慢な瞬きを繰り返して、コトリと新八は不思議そうに首を傾げた。
俺に出来るのは、後は待つだけ。
じっと新八の目を覗き込んで、新八からの言葉を待つ。
緩々と持ち上げられた腕は、新八の顔を覆い隠した。
「も・・・やだなぁ・・・。ちゃんと、終わらせられたと思ったのに・・・。
こんな夢、目が覚めた時・・・辛いだけなのに・・・」
待って漸く零された言葉はそんな物で、俺が落胆するのは無理もないと思う。
早い話が、新八はまだ寝ぼけていた。
・・・が。いや待てよ?と、思い直す。
ぐすぐすと鼻を鳴らし始めた新八に悪いと思いながらも、腕を掴んでそっと顔の上から外させた。
いやいやと緩く首を振る姿に、ごめんなと心の中で謝りながら問う。
「新八。なぁ、新八。新八は銀さんの事好き?
家族とかそう言うんじゃなくて、もっと特別の『好き』?」
「夢でも・・・言いません。僕は、もう・・・終わらせるって、決めたんだから」
「いやいや待とう。終わらせるのは待とう新八君。ってか、コレ夢じゃないからね?
好い加減ちゃんと起きてくれませんかね?」
むぅっと頬を膨らませながらもトロンとした瞳の新八に慌てるが、瞬きの間隔は徐々に長くなる。
あ、駄目だ・・・寝る。間違いなくこのまま寝る。
掴んだままの腕からも力が抜けて行くのが分かった。
うぁあぁぁぁあ・・・っとさらに落胆する俺の耳に飛び込んで来たのは、間違いなく福音。
「でも・・・起きた時に、本当に銀さんが居たら・・・終わらせたく、ない・・・なぁ・・・」
ふにゃりと無垢な幼子のような笑みを残して、新八は再び眠りに落ちた。
すぅすぅと寝息を立てる姿に、俺は口元を手で覆い隠す。
笑いたいのか泣きたいのか良くは分からないけど、兎に角俺は間に合ったらしい。
「じゃーさー新八・・・」
起きた時に俺がオメェを抱き締めてたら、さっきの告白も信じてくんねぇかな?
ゴロリと新八の隣に寝転んで、腕の中にすっぽり収まる身体をしっかりと抱き締める。
次に目が覚めた時に慌てふためいて逃げられないように、しっかりしっかりと。
きっと真っ赤になるだろう新八を想像して、にやんと笑みを浮かべる。
胸元で寝息を立てる新八に釣られるように俺も両目を閉じた。
目が覚めたら、おはようの前にもう一度好きだと言おう。
そう決めて・・・。
後書き
『そして僕は耳を塞ぐの続編で、出来れば坂田さんからの告白とかで新八君の苦しみを取り除いて幸せな両想いに!!』なリクでした!!
すみません、何か兎に角長くなりました・・・orz
最初は、早い段階で両想いにしよう!!とは思ったんですが・・・。
何か、それだと不公平じゃね?
新ちゃんこんだけ辛くて苦しい想いしたのに、坂田が簡単に幸せになるの不公平じゃね?
と思いまして・・・ならば、坂田を慌てさせてやろうじゃねぇかっ!!と思い・・・こんな事に(爆死)
新ちゃんを潔くし過ぎて、ある意味バッドエンドになりそうになった時は、自分で自分の首を絞めたくなりました・・・っ!!(馬鹿ですか)
でも、何とか完結出来てよかった・・・っ!!
まぁ、あの・・・結末が曖昧なのですが・・・其処は雰囲気を読み取って下されば!!
結局、銀←新と見せかけて実は銀→→→←新って事です!!お粗末さまでした!!
匿名希望様。
『そして僕は耳を塞ぐ』の続編をリクして下さってありがとうございます!!
何時か書こうと思いつつも、きっかけが無く書けなかったのでとても嬉しかったですww
完成に時間が掛かり過ぎて申し訳ありません。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです!!
企画参加、本当にありがとうございました!!!(*- -)(*_ _)ペコリ
2009.10.11