こんな風にしたのは君だから。
Give it up
何時もなら、新八に叩き起こされる筈の朝。
聞き慣れた足音も声も聞こえない中、のそりと起き上がった。
ボリボリと頭を掻いて、欠伸を一つ零して立ち上がる。
寝巻きの甚平の袷から手を突っ込んで腹を掻いて襖を開ければ、タイミング良く神楽が居間と廊下を仕切る戸を開けた。
「おはよーネ」
「おー・・・おはよーさん」
ぽつりと零された挨拶に俺も返し、二人で洗面所に向かう。
順番に顔を洗い歯を磨いて台所へ。
「朝飯、どうする?」
「玉子掛けで十分アル」
「だな」
普段なら、もっと他にあんだろうがと突っ込む所だが今朝はそんな事を言う気力も沸かず、タイマー予約で既に炊き上がっていた炊飯器をパカリと開けた。
「お昼ご飯は、カップラーメンでヨロシ」
「今から朝飯食うって言うのに、もう昼飯の話しかよ」
丼に飯を盛りながら神楽に突っ込みを入れるが、多分・・・いや、間違いなく昼飯はそうなるだろうなと思う。
一応、当番制と言いながらも、余程の事が無い限り毎食新八が作る。
楽がしたいと言う気持ちがまったくないとは言わない。
それも多少なりとはある。
けど、大半は新八の作る飯が食いたい。それに尽きる。
格別に美味い訳じゃない。
時には、失敗して形が崩れちまったり味が濃過ぎたりするもんだって食卓に並ぶ。
それでも、少ねぇ食材で頭捻って作られる飯は、何時だって腹の底からほっこりと身体を心を温めてくれる。
でも、今日と明日の二日間、その飯は食えないんだと思い出して思わず溜息を吐いた。
事の起こりは昨日の事。
新八の今は亡き親父さんの古馴染みが、怪我をして入院したと連絡があったそうだ。
命には別状はないそうだが、幼い頃何かと世話になったからお妙と二人で見舞いに行きたいと申し出があった。
「前は江戸に住んでらしたんですけど、数年前に田舎に引っ越したんです。
日帰りは難しいので、向こうで一泊しようと言う話になって・・・二日程、お休み貰って良いですか?」
と、申し訳なさそうに言われては無下に駄目とは言えず、分かったと頷いた。
その時傍に神楽も居たが、少々不満そうな顔をしながらも何も言わなかった。
お妙と新八の、義理堅い性質を良く理解しているからだろう。
「まぁ、相手も命に別状はねぇって話し何だし。お妙と姉弟水入らずの小旅行なノリで行って来いや」
「はい、ありがとうございます」
にこりと笑った新八に、おーっと何時もの調子でだらりと返事を返した。
そして昨日は準備があるからと、夕飯だけ作って早々に新八は帰宅した。
つらつらとそんな事を思い出しふと顔を上げれば、向かいのソファに座っていた神楽が、大好物の玉子掛けだと言うのにもそもそと租借している。
何時もなら、とっくに二杯目・・・いや、三杯目を腹に収めていても不思議ではないのに、今日は漸く一杯目の半分を食べた所だった。
かく言う俺も、やっと三分の一を食べただけだ。
箸が遅々として進まない。はっきり言って、食欲が沸かなかった。
足りない、と唐突に思う。
「新八のお味噌汁・・・飲みたいアル」
「あー・・・だな」
自分で答えを出すよりも早く、神楽が呟いた言葉が答えだ。
毎朝、必ず出される味噌汁。
昨日の朝だって、それこそ晩飯でも食った筈なのに。
どうやら俺達は、完璧に新八に餌付けされているらしい。
結局、神楽は珍しくもおかわりする事無くごちそうさまヨと言い、俺も何時もの倍は時間を掛けて朝飯を食い終わった。
昼飯は、やっぱりカップラーメンになった。
湯を注いで三分待って、ズルズルと啜って終了な何とも手軽で味気ない。
使った箸だけを洗いカップを捨て、その後はソファで何をするでもなく転がった。
どうやら、神楽は天気が良いにも関わらず遊びに行く気はないようで、同じように向かいのソファに転がっている。
適当に合わせたテレビのチャンネルが、ちょうどワイドショーを流していた。
何時もなら訳知り顔で何かと突っ込んだり、頷いたりする神楽だったが、クチャクチャと酢昆布を噛みながら面白くなさそうに眺めている。
「遊びに行かねぇのか?」
「・・・今日はそんな気分じゃないネ」
「あーそー」
「銀ちゃんこそ、パチンコ行かないアルカ?」
「俺も、今日はそんな気分じゃねぇの」
「ふーん」
お互い心此処に在らずな会話は、直ぐに終わった。
出掛ける気何てさらさらない。
行って来ます、と言う言葉にいってらっしゃいと応えるのは一人分だけ。
ただいま、と言う言葉におかえりと応えるのは一人分だけ。
朝起きたら、おはよう。
出掛ける時は、行って来ます
帰って来たら、ただいま。
飯を食う前には、頂きます。
飯を食い終わったら、ご馳走様。
寝る前に、おやすみ。
そんな当たり前の事を忘れてしまっていた俺達に、それを思い出させた声が返って来ないのだ。
それならば、どんだけ天気が良かろうが懐に余裕があろうが、出掛ける気何て起きる訳が無い。
正直、早まったなぁーと思わなくも無い。
二日間休みが欲しいと言われた時は、まぁ二日位なら大丈夫だろうと本気で思っていた。
だがしかし、蓋を開けてみればこのざまだ。
まだ一日も経っちゃいねぇのに、生活リズムが狂いっ放し。
いない、いない。新八がいない。
ただそれだけで、俺達はこんなにも駄目になる。
戦場の鬼・白夜叉。
血に飢えた獣・夜兎。
そう呼ばれていた筈の俺達が、今じゃ牙を抜かれ爪を切り落とされ。
日溜りの中で丸くなって眠る、骨の髄まで飼い慣らされた飼い猫のよう。
俺達をこんな風にしたのは新八だ。
絶対ぇ責任取らせてやる。
そう思ってソファの上寝返りを打てば、神楽とパチリと目が合った。
同じような事を考えていたのか、硝子玉みてぇな蒼い瞳が細められる。
帰って来たら覚悟しろ。
本人の知らぬ所で宣戦布告をして、俺達は聞き慣れた足音の無い其処で目を閉じた。
夢の中、パタパタと忙しそうな足音と、そんな所で寝たら風邪引きますよ?と呆れた声を聞いたのは、間違いなく俺だけじゃない。
ご飯が美味しくない。
もっといっぱい食べようと思っても、そんな気がなくなる位、ご飯が美味しくない。
甘い物、辛い物、酸っぱい物。どれを食べたって何だか味気ない。
昨日一日そうだった。今日も一日そうなるかと思うと、思わず溜息。
そしたら、銀ちゃんも一緒に溜息を吐いていた。
新八の家事をする足音がしない。
ちょっとは手伝ってよ!!と怒る声が聞こえない。
そんでやっぱり、ご飯が美味しくない。
新八のお味噌汁が飲みたい。
玉葱と油揚げのお味噌汁。
キャベツと玉子のお味噌汁。
豆腐とワカメのお味噌汁。
他にも色々。
どれでも良いから飲みたい。でも、それを作ってくれる新八がいない。
たったの二日。
それだけのなのに、万事屋の中が何時もと違う。
何だか空っぽ。
私に銀ちゃんに定春。二人と一匹が居る筈なのに、空っぽの箱みたい。
銀ちゃんが面白くなさそうにジャンプを読んでる。
適当に流してるテレビを見ている私も、きっと同じ顔。
昨日は一日、万事屋でゴロゴロしてた。
きっと今日も私も銀ちゃんも、出掛けたりしない。
二日続けてイイお天気なのに、勿体無いとホンの少しだけ思った。
空っぽの箱みたいな此処は居心地が良くないけど、おかえりと言ってくれる新八がいないのだから外に行く気になってなれないんだから仕方ない。
何時からこんな風になったか何て知らない。
新八が悪い。私達を甘やかすから。
新八がいないだけで、こんなにダメダメになるようにした新八が悪い。
絶対、責任取らせてやるネ。
ころりとソファに転がった時に、偶々ジャンプから顔を上げた銀ちゃんと目が合えば、何時も以上にどんよりとした紅い瞳が細められた。
帰って来たら覚悟するヨロシ。
家事を邪魔しても甘え倒してやるネと勝手に決めて、くふんっと鼻を鳴らして目を閉じた。
銀ちゃんもゴロッとソファに寝転がって、きっと同じ事を考えている。
夢の中で、家事の邪魔をするなぁあぁぁっ!!と怒鳴る新八の声が聞こえたのは、間違いなく銀ちゃんも一緒。
翌日、万事屋から新八の『邪魔するなぁぁぁあぁっ!!』と言う怒鳴り声が、何度聞こえたかは・・・。
皆様のご想像にお任せ致します。
後書き
『A Dearest Personのように、新ちゃんがいないとダメダメな万事屋家族のお話』なリクでした。
新ちゃんがほぼ出ない上に、八割方父娘の独白で話を進めてしまいましたorz
いや、あの・・・。あれなんですよ。
ホント、此処の父娘。奥さんでありマミィがいないとダメダメなんですっ!!
一日も持たないんですよ。むしろ、半日でも厳しい位です(笑)
それが二日間頑張ったんですから、ダメダメさ加減も半端ないんですって。
翌日は宣言通り、家事をする新ちゃんに付いて回って何度も叱られます。でも、めげません。
そんで、夜は強制的にお泊りで、新ちゃんを真ん中に川の字です。えぇ。
そう言う所を書けって話ですよね。
いや、あの・・・っ!!
新ちゃんがいなくてダメダメ全開になる父娘を想像するだけでニヤニヤして、文章が妄想に追い付かないんです!!
妄想だけで駄目なヤツですみまっせんんんんんっ!!(本当にね)
まめまめこ様
『A Dearest Person』の後半のように、全力で新ちゃんに甘え倒す父娘の姿がご希望でしたでしょうか?
そこまで辿り着けずに申し訳ないですorz
そんな父娘がご希望でしたら、後日談的なのりで追加致しますので遠慮なく仰って下さいませ!!
企画参加、ありがとうございましたっ!!`ィ(゜∀゜*∩
2009.12.05