信じたモノは










買い物の帰り道で、ばったりと遭遇した。
銀さんと、あぁ銀さんが好きそうだなと思える女の人に。
二人はまるで恋人同士のように・・・って、違うか。
恋人同士だから腕を組んで歩いていても何の不思議も無い。
ただ、二人の表情だけは対照的。
何だか苦虫でも噛み潰したかのような銀さんの苦い表情に対して。
つい先ほど、『銀さんとお付き合いさせて頂いてます』と、自己紹介と共に告げて来たその人は照れ臭そう。




「初めまして、銀さんの助手の志村新八です。
何か色々駄目な所の多い人ですけど、よろしくお願いしますね?
貴女を逃すと後が無いと思いますから、この人」




にっこり笑ってそう告げればきょとりと目を瞬かせた後、軽い冗談だとでも思ったのかクスクスと楽しそうに笑うだけだ。


いや・・・冗談じゃなくて、かなり本気なんですけどね?


とは流石に言わず、隣の銀さんに今日は遅くなるのかと問うた。
あーまーと曖昧に言葉を濁す銀さんに軽く肩を竦め、彼女さんに軽く会釈をしてその場を後にする。
一歩二歩と足を進めれば、二人も歩き出したのか気配が少しずつ遠くなった。
銀さんと僕は表向き上司と部下ではあったけど、内緒で『そう言うお付き合い』何て物をしている。


していた。ではなく、している。


現在進行形。
はっきり言おう。
銀さんは二股を掛けていた。ただ、それだけの事。
好きだと言ったのは僕、それを受け取ったのは銀さん。
それが一ヶ月と少し前。
その間に、キスもした。両手の指では余るけど、それなりの回数は肌も合わせた。


それでも本命は、あちらなのは明白だ。


銀さんにとって僕は、所謂浮気相手。ただ、それだけの事。
僕はそれに、何かしらの感情を湧き立たせるべきなのに、微塵にもそんな感情は湧いて来ない。


分かっていた事に、立つ腹はないのだ。


そう、分かっていた。
好きだと言うその言葉に温度がなかった事も。
キスの後や肌を合わせた後に、何処か冷めた目をしている事も。
全部全部分かっていて、僕は知らない振りをしていた。


少しでも、この微温湯のような関係を続けていたかったから。


でも・・・。




「もう、終わりだなぁー」




案外早い終わりだったなと、小さく肩を竦めた。
幾ら何でも、決定的な場面を目撃されてそ知らぬ顔で続けるなんて恥知らずな事はしないだろう。




「この場合・・・どっちから言い出すのが普通なのか?」




何時の間にか帰り着いていた万事屋の階段を上りながら、僕は少しだけ首を傾げた。










神楽ちゃんと定春、そして僕の二人と一匹の夕飯を済ませて、神楽ちゃんをお風呂に入るように促し、何やかんやとしている内に、時刻は夜の十時を迎えようとしていた。
神楽ちゃんはとっくに夢の中。
僕はと言うと、帰宅時間をはっきり告げなかった銀さんを、居間のソファに座って茶を啜りながら待っていた。
別に、別れ話どうこうの為ではなく、何時もの事だ。
十時半までに帰って来なければこのまま泊まる。神楽ちゃんを、夜に一人にはして置けないから。
それまでに帰って来たら、おやすみなさいを告げて帰る。
それが何時の間にか出来ていた暗黙のルールだった。
でも、今日は出来れば帰りたかった。


さっきまで見ていたニュースで、明日は久々にカラッと晴れると告げていたから。


ここ数日、雨こそ降らない物のどんよりとした天気が続いて、実家の洗濯物が出来ていなかったのだ。
明日は少し早く起きて、出勤前に洗濯をしてしまいたい。
干すだけ干していれば、夕方に出勤する前の姉上が取り込んでくれるので心配ないのだから。
チッチッチッと、秒針が時間を刻む音に顔を上げ時刻を確認すれば、十時十分。
後二十分で帰って来るか否か・・・何とも微妙だな、おい。
はぁっと溜息を一つ零して、空になった湯飲みを持って台所に向かう。
ざっと湯飲みを洗って籠に伏せ、ガスの元栓その他諸々を確認する。
居間に戻ってもう一度時刻を確認すると、時計の針は十時十五分を示していた。




「こうなったら、朝に一度家に帰って洗濯するか・・・。ってか、休み貰った方が早いかな?」




掃除とかもじっくりしたいしと、立ったまま思考を巡らせていると、立て付けの悪い玄関の戸が音を立てた。
小さな声でたでぇま・・・と告げる声は間違いなく銀さんの物で、思わず間に合った!!と小さくガッツポーズ。
ソファに置いていた荷物を肩に掛けて足早に玄関に向かえば、ブーツを脱ぐ銀さんと目が合う。




「お帰りなさい」
「あー・・・たでぇま」




バツが悪そうに目を逸らし、もう一度帰宅の挨拶を紡ぐ姿に、まぁそうなるだろうなと苦笑った。




「・・・帰るのか?」
「えぇ、まだ十時半になってないですから。今日は出来たら帰りたかったので助かりました」




にこりと笑って告げれば、銀さんは顔を顰める。
これは勘違いしているなと思ったが、あえて訂正はしなかった。


面倒臭かったので。


漸くブーツを脱ぎ終わり敲きから上がった銀さんと入れ替わりに、草履を履く。




「それじゃ帰ります。おやすみなさい」




ペコリと何時も通り頭を下げて戸に手を掛ければ、新八っ!!と、何処か焦ったように呼ばれた。
はい?と振り返れば、あーとかうーとか曖昧な音だけを漏らすだけで、言葉が出て来ないらしい。


コイツ馬鹿だろ。


そう思った僕に、何の非も無い筈だ。
例え今日じゃなくても、何時かは発覚するだろう事は予想していなかったのだろうか。
浮気する位なら、もしもの事を考えて言い訳の一つや二つ考えて置くのが普通ではなかろうか?
いや、『言い訳』は本命に対して用意すべきものだ。
僕には、『終わり』の言葉を常に用意して置くのが礼儀と言うものだろう。


浮気に礼儀も糞もないと思うけど。


客観的に見ても、大半は銀さんが悪いだろうけど。
分かっていて知らない振りをしていた僕にも、少なからず非はある。
ならば、言い淀む馬鹿なこの男の代わりに僕が告げてやろう。




「銀さん」
「お・・・おぅ」
「僕等の関係、終わりにしましょうね。彼女さんに悪いですから」




あっさりと告げれば、強張る銀さんの表情。


ホント、面倒臭い。


これで明日からギクシャクするような事になれば、一番の被害を受けるのは僕等ではなく神楽ちゃんだ。
あの子には何の関係も無いのに。
はぁっと隠す事無く溜息を吐いて、段差の為に何時もより高い位置にある銀さんの顔を見上げる。




「銀さん、正直に言います。色々面倒臭いんで、罪悪感とか持つのは止めて下さい。
今までの僕等の関係は終わりにしますけど、それ以前の関係に戻るだけ何で。
それとも、僕はもう万事屋を辞めた方が良いですか?」
「・・・辞める必要は、ねぇけど」




ボソボソと呟く銀さんに少しだけイラッとするけど、浅く息を吸ってそれを押し込める。




「それを聞いて安心しました。あ、そうそう。
明日、ちょっと遅れるかもしれないですけど、朝ご飯の当番は銀さん何で大丈夫ですよね?」
「え・・・?何で?」
「明日、久々に一日晴れるみたいなんで家の洗濯をしたいんです。
なるべく遅くならないようにしますけど」
「あー・・・そう。分かった」
「はい、それじゃ帰ります。おやすみなさい」




さっきまでの別れ話とは打って変わった日常的な会話を交わすと、ペコリともう一度お辞儀して今度こそ僕は万事屋を後にする。
閉じた戸の向こうで、銀さんがどんな表情を浮かべているか何て考えもせず。










一睡も出来なかった。
明るくなった和室で布団の上に起き上がり、ボリボリと頭を掻きながら思ったのはそんな事。
昨日の夕方、女と歩いてる所を新八に発見された。
ぶっちゃけ、本気で焦った。
女とはそれなりの付き合いってもんをしながらも、俺は新八に手を出していたから。


所謂二股。


最低だと罵られて当然の行為。
その場で喚かれるまではしなくても、睨まれる位は覚悟していた。
でも、新八はそのどちらでもなく、にこやかに女に自己紹介をした上に『よろしくお願いします』何て言い出す始末。


何コレ?意味分かんねぇんだけど?


一応。そりゃ、結局浮気だとバレたけど、俺とお前って付き合ってんだよな?
好きだって先に言ったのオメェじゃねぇの?
俺の事が好きだから、キスもそれ以上も許したんじゃねぇの?


なのに何で?


怒りもしない、泣きもしない。
天気の話でもするかのようにあっさり終わりを告げて、その直後には洗濯の話?


ホント、意味分かんねぇよ。


思考を放棄して再び布団に倒れ込む。
結局俺は、腹を空かせた神楽が奇襲を掛けて来るまで、倒れ込んだままの姿勢から微動だにしなかった。
本当にあっさり終わった俺と新八の関係。
世の、浮気して修羅場になる野郎達からしたら何とも羨ましいだろう状況。
本命に浮気を知られる事無く、浮気相手には罵られる事無く。はい、さようなら。
面倒も後腐れも無く、何てすっきり爽やか。
あれから二週間。
もしかしたら、新八が無理を・・・虚勢を張ってるんじゃないかと思い、それと気付かれぬよう観察をしていた。
もしも虚勢を張って無理をしているのなら、ちょっとした刺激を浮気と言う形で味わいたくて安易に伸ばされた手を掴んだ俺は、土下座でも何でもして許しを請わなくてはならないだろう。


まだ柔らかな少年の心を弄んだ、最低な大人として。


新八の気の済むま殴られても仕方ないと思う。
その覚悟もしている。
なのに当の本人はあの夜宣言した通り、以前と同じ態度で接して来る。
朝になれば当たり前のように出勤して来て俺を叩き起こして家事をこなし、時折舞い込む依頼をこなして帰って行く。


俺達の特別な関係などなかったかのように。


俺はそれに安堵すべき何だろう。
俺は別に、擬似家族のような関係を壊したかった訳じゃない。
それを失いたかった訳じゃない。
何の確執も無く、擬似家族の関係に戻れた事を喜ぶべきだ。
なのに何故、素直に喜ぶ事が出来ないんだろうか?
どうして・・・。


この手で触れる体温が、新八の物じゃない事に落胆するんだろうか?




縋り付いて来る、女の腕が煩わしい。

          (新八は、何時だって遠慮がちに触れるだけだった)

鼻に届く人工物の甘い匂いに顔を顰める。

          (新八は、安物で同じ石鹸を使ってる筈なのに何時だって何処か甘い香りがしていた)

妙に甲高い嬌声と、俺の名を呼ぶ声が耳障り。

          (新八は、恥ずかしいからと必死で声を殺していて、呼吸の合間に名前を呼ぶ声が心地良かった)




女を抱きながら、一つ一つを比べて行く。
その度に、身体は生理現象で熱くなるのに、心がどんどん冷めて行く。
それでも身体は熱を吐き出した。


俺が本当に求めているのは・・・誰だ?


刹那の開放感の後の自問自答。
返って来たのは、ただの空しさだった・・・。











今夜は姉上が仕事が休みだから、神楽ちゃんが実家に泊まると言い出したので僕は万事屋に泊まった。
銀さんは夕飯前から出掛けていて、それを告げる事が出来なかったけど、まぁ良くある事だと割り切る。
一応日付が変わるギリギリまで待っていたけど、帰って来る気配がなかったので布団に潜り込んでうつらうつらとしていた。
そんな時。
玄関でガタンッと物音がした。
また酔っ払って帰って来たのかと、溜息を一つ零して起き上がる。
枕元の眼鏡を手探りで掴み取って、温かい布団に後ろ髪を引かれながらも玄関に向かった。
案の定、上がり框に座り込み壁に凭れ掛かって項垂れる、酔っ払いなマダオを発見。
やれやれと肩を竦めて、傍らに膝を突いた。




「ちょっと銀さん、しっかりして下さい。アンタ運ぶの楽じゃないんですから」




ぶつぶつと文句を呟きつつ、履いたままのブーツを脱がす。




「おーい銀さーん。って、臭っ!!酒臭っ!!どんだけ呑んでんの!?」




起きているかどうか確認しようと顔を覗き込めば、吐き出される呼気がそのまま酒でも吐いてるんじゃないかと思う位に酒臭かった。
思わず身を引き、鼻を摘みながら少しでも酒の匂いを散らそうと顔の前で片手を振る。
兎にも角にも、先ずは水を飲ませるかと立ち上がろうとすれば、ぐんっと左腕を強く引かれた。
余りにも突然の事に対処し切れず、わわっと間抜けな悲鳴を上げて尻餅を突く。
まだ大して腰を上げていなかったので、衝撃も緩かったのが不幸中の幸いか。




「ちょっと・・・何すんですか」




それでも、多少の痛みはあるので顔を顰めて抗議はする。
銀さんは俯いたままで、今、どんな表情を浮かべているか全く分からない。




「え?何ですか?」




不意に、言葉に成り切らない音を僕の耳が拾い上げたので、問い返しながら耳を近づけた。
この際、酒臭いのは我慢しようと思って。
銀さんが、何かをポツポツと呟く。でもやっぱり、はっきりと聞こえず首を傾げた。




「お水ですか?」




だったら手を離して下さいと言葉を続ければ、銀さんは緩々と首を横に振るだけだ。
じゃあ一体何だと?さらに澄ませた耳に飛び込んで来たのは。




「別れて来た・・・」




と、そんな一言。
はぁ?と、胡乱気な声を上げても仕方が無いと思う。




「『別れて来た』って、もしかして例の彼女さんですか?」




何度か零された言葉を脳内で再生して、まさかと思いつつ問い掛けた。
返って来たのは小さな頷き。
それに思いっきり溜息を吐いて、掴まれていない方の手で額を押さえた。




「銀さんアンタねぇ・・・。馬鹿ですか?ってか、馬鹿だろ。
アンタみたいなマダオと付き合ってくれるような奇特な女性と、何で別れるんですか?
どうせ、しょーもない事言って怒らせたんじゃないんですか?
それなら、今直ぐ彼女さんの所行って謝って、しっかり寄り戻した方が良いですよ」




もしかしなくも、こんだけ酔っ払っているのは自棄酒を煽ったせいじゃなかろうか。
もう一度深々と溜息を吐いて、敲きに転がっていたブーツに手を伸ばした。




「ほら銀さん、ブーツ履いて。一人で歩くのは無理でしょうから、途中までは肩貸してあげます。
何やったか知らないですけど優しそうな人でしたし、ちゃんと謝れば・・・」
「何で?」




許して貰えるんじゃないですか?と続けようとした言葉は、銀さんによって遮られる。
左腕を掴む腕に力が入り、ギシッと骨が軋んだ。
遠慮の無い力を加えられて、痛みに眉を寄せる。




「ちょっと、銀さん・・・」
「なぁ、何で?何で俺が謝って寄り戻さなきゃいけねぇの?
俺から、もう終わりにしようって言って別れて来たのに?
何でそんな事しなきゃなんねぇの?」




何で何で?と繰り返す銀さんに、目を瞬かせる。
一体に何がどうなってそうなったのかは知る由もないが、銀さんが別れを切り出したと言う事は理解出来た。




「いや・・・まぁ・・・。アンタが決めたなら別に構わないんですけど・・・。
絶対、後で後悔しますよ?綺麗な人だったし」




勿体無いなーと呟けば、またギシリと骨が軋む。
銀さんの手に、さらに力が込められたからだ。
痛っ!!と反射的に悲鳴を上げても、それが聞こえないかのように、銀さんはギリギリと力を込める。




「それだけ?」




痛みに顔を顰めながらも、銀さんの呟きを僕の耳は拾い上げた。
銀さんが何を言いたいのか分からない。
それだけって何が?と問い返したいけど、痛みにそれも侭成らない。
だけど・・・。




「俺と、寄り戻したいとか思わない訳?」




続いた言葉に、自由だった右手が脳が指令を出すよりも早く。
その横っ面を殴っていた。











ガツンッとかなりの力の篭った一撃をお見舞いされて、酒で霞み掛かっていた意識がはっきりと戻る。
とんでもない衝撃で緩んだ手から逃げて行くその腕を、縋るようにもう一度掴み直した。




「離して下さい」




唯でさえ寒い其処を、さらに冷やすかのような冷たい声にピクリと指先が震える。
それでも、嫌だと頭を振って握り続けた。




「離せって言ってんだ」




敬語も忘れた新八に、怒りの度合いが分かる。
だけど、離す事は出来ない。
新八の顔は嫌悪と侮蔑に歪んでいるだろう。
音にされないだけで内心、最低野郎と罵っているだろう。
そうだとしても。そうだと分かっていても。




「好きだ」




自分の口から零れる言葉を、止める事が出来なかった。
今まで色んな女と付き合って、抱いて、それでも満たされなかった内側。
なのに、新八を抱いた時、確かに何処か穴の空いた自分の内側が満たされた。
俺はそれを、性質の悪い遊戯による一時的な物だと勘違いした。
だって知らなかったんだ。


本当に誰かを好きになると言う事を。


新八から俺達の関係を終わりにしようと告げられて漸く、それに気付けた。
他の誰かじゃ駄目だ。新八じゃなきゃ、駄目何だと。
やっと分かった本当の自分の気持ちを告げようと顔を上げた瞬間。
ガツンッと、もう一度・・・さっきと寸分変わらぬ其処に衝撃。
二度目は掴めなかった腕が、俺から離れて行く。
同時に、向かい側の壁からドンッと鈍い音が聞こえた。
顔を上げれば、不規則な荒い呼吸繰り返しながら新八が右手で俺が掴んでいた左腕を守るように庇い、壁に背を預けていた。
のそりと立ち上がって一歩踏み出せば。




「来るなっ!!」




ギッと眦を吊り上げて新八が叫ぶ。
それを無視してさらに一歩踏み出せば、逃げ道を探すように黒い瞳が一瞬さ迷い、次の瞬間には玄関に向かって動き出していた。
だけど、それよりも早く俺の身体が動き、新八の身体を正面から抱き締めると壁に押さえ付ける。




「離せっ!!触るなっ!!」




蹴り上げようと暴れる足も自分の足を使って押さえ付けた。
最早、抱き締めるなんて生易しいもんじゃない。


これは拘束だ。


碌に自由など利かないと分かっている筈なのに、離せと触るなと叫んで新八は身を捩る。
暴れたせいで外れた眼鏡がカシャンッと音を立てて廊下に転がったが、今はそれを悠長に目で追う暇もなかった。




「新八・・・好きだ」
「黙れ!!」
「好きだ、新八、好きだ」
「黙れ黙れ黙れぇえぇえぇぇぇっ!!」




悲鳴のような新八の叫びに、俺が繰り返す『好き』が掻き消される。
それでも、諦めずに只管繰り返した。




「アンタの言う『好き』何て信じない!!
そう言いながらアンタは平気で裏切るんだ!!
嫌いだ!!アンタ何か大嫌いだっ!!」




今更、虫の良い話だと思う。
新八なら・・・新八なら、もう一度俺を受け入れてくれるんじゃないかって。
俺が新八にした事を考えれば、そんな事ある筈がないと分かっているのに。
嫌いだと言われて、俺に傷付く権利はないと分かっているのに。
なのに、心が悲鳴を上げる。
新八が嫌いだと叫ぶ度に、心が切り刻まれて血を流す。




「新八・・・。好きだ、本当に好き何だ・・・。お願い、信じて・・・」
「黙れ!!最初から・・・っ!!最初から分かってた!!
アンタが本当に僕を好きじゃないって!!唯のお遊びだったって事位!!
だから、あっさり終わらせたじゃないか!!終わらせてやったじゃないかっ!!
何時も通りの日常を返してやったじゃないかっ!!これ以上僕に何かを求めるな!!」




悲痛な叫びに、拘束をしていた腕が緩む。
その隙を見逃さず、新八は俺を突き飛ばした。
よろめく足は身体を支えきれず一歩二歩と後退して、ドンッと音を立ててぶつかった壁が背中を支える。


最初から分かっていた。


その言葉だけが、俺の脳裏をグルグルと回る。


俺は、どれだけ新八を傷付けた?
言葉で仕草で触れたこの手で、どれだけ新八を傷付けた?


射殺さんばかりに睨み付ける新八を、ただただ呆然と見返す事しか出来ない。




「最低だ・・・っ!!アンタ何か、最低だ・・・っ!!」




ぐしゃり、新八の表情が崩れる。




「そう分かってるのに・・・っ。
アンタの『好き』を、本当は信じたがってる自分が、一番最低だ・・・っ」




最後にそう吐き捨てて、新八はその場に蹲った。
蹲って身体を震わせ、声を上げて泣き始める。
自分で自分を抱き締めて、廊下の床に額を押し付けたまま。


何もかもを拒絶するように。
何もかもから自分自身を守るように。


力の入らない足を叱咤して、もう一度一歩踏み出す。
新八の傍らに跪いて、その震える小さな身体を覆い被さるようにして抱き締めた。




「・・・ぱち、新八。ごめん、謝って許される事じゃないけど、いっぱい傷付けてごめん。
馬鹿で、身勝手で・・・自分の気持ちすら分からない、最低な奴でごめん。
でも、やっと分かったから。俺が、本当に好きなのは新八だから。
言い訳にしかならないけど、誰かを本当に好きになったのは初めてだったから、今まで気付けなかった。
信じて、新八。俺が、新八を好きな事。頼むから、信じてくれ・・・っ」




縋り付いて許しを請い、信じてくれと願う。


あぁ、本当に何て身勝手。


自分の愚かさに涙が溢れて、パタパタと廊下の床に落ちる。
俺に泣く権利など微塵もありもしないのに、そう分かっているのに、溢れ出す涙は止まらない。




「・・・んで、アンタが泣くんですか・・・」




囁く程の声で新八はそう言って、微かに身動ぐ。
俺の身体を振り落とすようにして起き上がった新八が、ズズッと鼻を啜った。
俺も身体を起こし、だけど新八の顔は見れず俯く。
一度流れ出した涙は止まる気配を見せず、ただポタポタと音を立てて床に落ちた。




「僕は・・・アンタの言う『好き』を、どれだけ信じてくれと言われても、信じません」




掠れながらも、しっかりとした声音で綴られる言葉に、カリリッと床に爪を立てる。
もう駄目なんだろうかと、心が悲鳴を上げて泣き喚くのが聞こえた。


痛い痛い痛い。


だけど、新八はもっと痛かったのだと歯を食い縛る。
不意に伸びて来た両手に頬を包まれ、顔を上げるように促された。
間違いなく、涙でぐしょぐしょになって情けない事になってるだろうと分かっていながら、俺は素直にそれに従う。
今の俺には、新八のする事を拒否する事も、抵抗する事も許されないのだから。
揺らぐ視界は瞬きをする度に一度クリアになり、直ぐにまた揺らいだ。
頬に触れる手の温かさを、必死で脳に刻み込む。これが最後になったとしても、忘れないようにと。




「情けない顔・・・。いい大人が、何て顔してるんですか・・・」




呟かれた言葉に、ズッと鼻を啜りごめんっと何度目か分からない謝罪を零した。


ごめん、新八、ごめん。


それ以外に何と言って分からず、馬鹿の一つ覚えのように繰り返す。




「言ったでしょ?アンタの言葉何か・・・何一つ信じません」




死刑宣告のような言葉に、ぐぅっと喉が鳴った。
嫌だと叫びだしそうになるのを、歯を食い縛り両目をきつく閉ざす事で耐える。
微かに新八が動く気配を感じて、またカリリと床に爪を立てた。


離れてしまう。新八が、離れて行ってしまう。


そんな冷たい予感に、心が凍る。
引き留めたいのに、両手は床に張り付いたように動かなかった。
そんな時。
ふわりと動いた空気に、両目を見開いた。
見開いた視線の先、視界一杯に広がる白に何が起きたのか分からず目を瞬かせる。
間近で聴こえる鼓動と、頭の上から聴こえる息遣いに、新八に頭を胸に抱えるようにして抱き締められている事を知った。




「し・・・」
「アンタの言葉は、信じません」




呼び掛けた名は、新八によって遮られる。
それでも、全身で感じる熱は離れない。




「だけど・・・」




続く言葉に耳を澄ませる。
一言も・・・一音も聞き逃さないように必死に。




「アンタの、その涙だけは信じます。
僕を好きだと、信じてと流す涙を・・・お願いだから・・・信じさせて」
「しん、ぱち・・・っ」
「好きです。銀さん、好きなんです。
何度諦めようと思っても、何度この想いを捨ててしまおうと思っても。
自分が傷付くだけと分かっているのに、僕は、ずっとアンタが好きなんです・・・っ」
「新八・・・っ!!」




悲鳴に近い告白に床に張り付いた手を引き剥がし、細い身体を掻き抱く。
好きですと告げられる度に、涙が溢れて新八の白い夜着を濡らす。
言葉は信じないと言った新八がこの涙を信じてくれるなら、例えこのまま渇いてしまっても良いと思った。
カラカラに渇いて身体が罅割れてしまっても、その言葉だけで身体の隅々まで潤う。




今初めて、本当に抱き合えた。




そう、感じた・・・。





















後書き


『銀←新で、銀さんは元々他の女の人と付き合ってて、新八は浮気相手みたいな感じで付き合ってたけど、だんだん新八に本気になっていって最終的にはラブラブな銀新』なリクでした!!


予想斜め上をかっ飛んだ仕上がりです☆(いっそ清々しい笑顔)


ってか、長っ!!無駄に長っ!!
正直、長過ぎるので途中で切って前後編にしようかと思ったんですが・・・。
話の流れ的に切らない方が良くないか?と判断して、一本に纏めています。
読み難かったらすみません・・・;
と、言いますか・・・。
これ、確実にリク内容の半分もクリア出来てませんよね?(おい)
あの・・・プロットの段階では、新ちゃんが徐々に銀さんが浮気で自分と付き合ってるって事に気付いて、徐々に離れて行こうとするんですけど、銀さんがそれに気付いてアレ?何でこんな寂しいと感じる訳?みたいな展開で、最終的にラブラブな銀新!!ってなってたんですが・・・。
蓋を開けてみればコレです。


初っ端からすっ転んだ上に、奈落のように深い穴に落ちたようです(ちょっと待て)


プロットを作った意味は何処にあるんですかね?(訊くな)
えーっと・・・とりあえず、銀さんを最低野郎にしようと思ったんですが・・・。


結果的に(頭が)可哀想な人になってしまいました!!(ホント待て貴様)


何てミラクル☆(こら)
きっとね、これが『†月の獣は牙を剥く⇔R』(略して・月牙)クオリティだと思います!!(はいと挙手)
ってか、新ちゃんどんだけ懐が広いんだって話ですよ(爆死)



ひつじ様

間違いなく、ひつじ様の想像していた物と180度違う物に仕上がったと自負しております☆(おぃいぃぃっ!!)


ホント、色々すみませんんんんっ!!(土下座)


お気に召さなければ、幾らでも書き直しますので!!
遠慮なくお申し付け下さいませ!!
企画参加、ありがとうございましたぁあぁぁぁっ!!!ペコm(_ _;m)三(m;_ _)mペコ
2009.11.26