確かに、私は間に合わなかったら無理矢理でも捕まえてしまえと思った。
だって、それが新八の幸せに繋がると信じていたから。
だけど・・・だけど・・・。



「し〜んぱちっ!!」
「ちょっと何なんですか銀さん!?今、僕が何やってるか見たら分かんだろうがぁあぁぁっ!!」
「うん、だから後ろから新八君を抱き締めています」
「邪魔ぁあぁぁぁぁっ!!心底邪魔ぁあぁぁぁぁっ!!」
「はいはい。新ちゃんはホント、ツンデレだねぇー」
「誰もツンもデレも出してねぇええぇぇぇっ!!」



本気ウゼェエェェエェ!!と叫ぶ新八に、全く持って同感ネとクチャクチャと酢昆布を噛みながら大きく頷く。
その直後、気合の篭った掛け声と一緒に、新八の必殺・鼻フックデストロイヤーによって銀ちゃんが宙を舞った。










触れた手が愛しくて










「どふっ!?」



腹にドスッと、とんでもない衝撃を受けてバチンと音がしそうな勢いで目を覚ます。
って、アレ?俺、何時の間に寝たっけ?



つうか・・・腹も痛いけど、鼻も取れそうな程痛いんですけどぉおぉおぉっ!?
もっと言うと、全身が痛いんですけどぉおぉおぉっ!?



目が覚めた途端、全身に走る痛みにのたうてば。



「やっと目が覚めたアルカ。このマダオが」



絶対零度の神楽の声が降って来た。
視線を声がした方に向ければ、これまた絶対零度の視線が降って来る。
え?何時から万事屋じゃなくて北極になったの此処?
痛みを忘れて目を瞬かせていると、やれやれと神楽は首を横に振る。
そして、俺の腹を踏ん付けていた足を退けた。



「って、おいぃいいぃいぃっ!!何で銀さんを足蹴にしてんのぉおぉおぉっ!?」
「私の通り道に何時までも寝転がっていた銀ちゃんが悪いネ。邪魔ヨ」



ガバリと起き上がって抗議すれば、その場に唾でも吐き捨てそうな雰囲気で神楽がそう吐き捨てた。
はぁ?と訝しげに神楽を見てから、自分が居る場所を確認すれば・・・。
あぁ、確かに邪魔だわな。



だって、何でか銀さん。居間と廊下の境界で転がってたんだもん。



いやいや、何でこんな所で寝転がってんの俺。
あれ?何か・・・記憶、飛んでね?
軽く記憶喪失じゃね?マジで何で俺、こんな所で寝転がってた訳?



「銀ちゃん、新八に鼻フックデストロイヤーでぶっ飛ばされたネ。覚えてないアルカ?」
「あ?あー・・・そう言えば」



呆れ顔の神楽にそう言われ、漸く記憶が戻って来る。
確か、新八が何時ものようにせっせと洗濯物を干している時に、右に左に忙しそうに動く背中にウズウズって言うかムラムラして衝動に任せて背中から、あの小さい身体を抱き締めた。
邪魔だ何だと喚いていた気もするが、新八はツンデレだからな。



照れ隠しで和室から居間と廊下の境界まで、銀さん投げ飛ばすような結構なツンデレだから。



まったく、照れ隠しも全力何て可愛い奴め。
何てニヤニヤしてたら。



「定春、噛むヨロシ」



そんな言葉と共に視界が真っ黒に染まり、意識もブラックアウトした。










「神楽ちゃん・・・。定春を銀さんにけし掛けるのは程々にしようね?
包帯代も馬鹿にならないし、定春がお腹壊しちゃったら大変でしょ?」



銀ちゃんを鼻フックデストロイヤーで投げ飛ばした後、実は買い物に出ていた新八は帰って来る早々、頭から血を垂れ流して床に転がっていた銀ちゃんを発見してそう言った。
うん、定春を簡単にけし掛けるのはもう止めよう。



唯でさえ万事屋は包帯の消費量が半端ないし、定春お腹壊すのは可哀想アル。



分かったと頷けば、新八はにこりと笑って頭を撫でてくれた。



「あ、そうだ。さっき姉上と九兵衛さんに会ってね。
今夜、九兵衛さんと家でお泊り会するから神楽ちゃんもどうかなってお誘いがあったよ。
買い物行く途中で会ったから、もうそろそろ家に着いてるんじゃないかな?」
「マジでか!?行くアルー!!」



新八の言葉に飛び跳ねて喜びを表せば、じゃあ用意しておいでと銀ちゃんの手当てをしながら、新八はまたにこりと笑う。
前から新八の笑い方は優しかった。
でも、最近はもっと優しくなった。そして、幸せそうだ。
万事屋を休んだその日、夕方になって銀ちゃんと一緒に『帰って来た』その時から。
手当てを済ませ、半ば引き摺るように銀ちゃんを和室に転がすを見届けて、お泊りの用意をしに押し入れに向かった。
新八が作ってくれた赤い生地のバックに、着替えと予備の酢昆布を詰め込んで居間に戻る。



「じゃあ行って来るネ!!」
「うん、気を付けていってらっしゃい。あんまり夜更かししちゃ駄目だよ?」
「はいヨ!!定春、一緒に行くアル!!」
「わふっ」



部屋の隅で丸くなっていた定春を呼んで出掛けようしたけど、あっと声を上げて新八の傍に寄った。
不思議そうに首を傾げる新八の両目を覗き込んで問う。



「新八。今、幸せアルカ?」



ぱちり、丸く大きな瞳が瞬いて、ゆっくりと細められた。



「幸せだよ。とっても」



ありがとう、神楽ちゃん。



そう言って笑う新八に、ぎゅっと抱き付いて。
もう一度、いってきますと告げた。
いってらっしゃいと返してくれる新八の声は何処までも優しくて、何だかくすぐったかった。










意気揚々と元気良く出掛けて行く神楽ちゃんと定春を見送って、居間から和室へ移動する。
和室の真ん中に大の字で転がる銀さんに溜息を一つ零し、まだ暫くは意識は戻らないだろうと苦笑った。
昼間の屋内と言えども、暖房器具が無ければ何処かひやりとする部屋の中。
このままでは風邪を引くと押入れから毛布を引き摺り出した。
怪我には強い癖に、風邪には本当に弱いからね。この人。
抱えた毛布を広げて足元から順に覆いながら膝を突いた瞬間、左手を強く掴まれる。
え?と思う間もなく視界が回転して、ぱちりと反射的に目を瞬かせれば、視線の先にはニヤリと笑う銀さんの顔。
その向こうには、何時の間にか見慣れてしまった天井。
どうやら、仰向けに畳の上に転がった・・・否。転がされた僕は、銀さんに覆い被さられていた。



「新ちゃん、つーかまえた」



しっかりした声音に、狸寝入りだった事を漸く悟る。
ひひっと楽しそうに笑う銀さんに呆れを通り越して、僕も釣られて笑った。



「頭、大丈夫ですか?」
「なんつーかアレだね。アホになってませんか?って聞こえるよね、コレ」
「あぁ・・・それは今更なんで態々言いませんよ」
「どう言う意味ぃいぃいいぃ!?」
「言葉通りです」



しれっと言い切れば銀さんはむすっと表情を顰めて、鎖骨の辺りにグリグリと額を擦り付けて来た。
ふわふわの髪に顎の下をくすぐられ、堪らず笑い声を零す。
不意に感じた妙な既視感。はて?何だろうと首を傾げて、唐突に思い出す。
家の近所で飼われている大きな真っ白な犬の事を。
傍に寄れば千切れんばかりにふさふさの毛で覆われた尻尾を振り、ぐいぐいと頭を押し付けては撫でるように催促する、そんな人懐っこい犬。
しゃがむと、ちょうどこんな感じで鎖骨の辺りに頭を擦り付けられたと。
そう言えば何時も頭を撫でてやると動きが止まるなと思い、そろりと右手を持ち上げた。
少しだけ迷った後、ゆっくりその手を銀さんの頭の上に置く。



途端、止まる動き。



銀さんの全身が強張ったのを感じて慌てて乗せた手を除ければ、まるでそれを咎めるように、また額を擦り付けられた。
未だ掴まれていた左手も銀さんの手で頭へと導かれ、銀さんの頭を抱き抱えるような姿勢を取らされる。
迷いながらもおずおずと手を動かすと、くふんっと満足そうに銀さんが鼻を鳴らす。



許されている。



そう、感じた。



傍に居る事を。
触れる事を。
想う事を。



ほろりと目尻から零れた涙は、何時かの時に流した物と違う。
とても温かい物だった。










緩々と、柔らかな手付きで新八に頭を撫でられる心地良さにうつらうつらと仕掛けた頃。
不意に感じた気配にそろりと顔を上げた。
顔を上げて、瞠目する。



音も声も無く、ほろりほろりと涙を流すその姿に。



慌てて身体を起こし、視線を合わせるように身体を摺り上げた。



「し、新八?どした?」



滑稽な程にオロオロとしながら、とりあえずはと眼鏡をそっと外して親指の腹で目尻を撫でる。
どれだけ拭っても後から後から溢れて来る涙で、指先が温かく濡れた。



『あの日』と同じ温かい涙。



神楽に一喝されて、慌てて原チャを飛ばしたあの日。
目覚めた新八に、もう一度好きだと告げたあの日。



嘘だと。
揶揄うなと。
アンタのそれは家族へ向ける物だと。



否定する新八に必死で言葉を綴り、何振り構わず信じてくれと縋ったあの日。



本当ですか?
信じて良いんですか?
僕も、言って良いんですか?



そう言う声は震えていて、言って欲しいと返した俺の声も震えていた。
漸く聴けた、新八からの『好き』の言葉は温かい涙と共に。



今、零れ落ちる涙は。
嬉しいと、幸せだと笑いながら零されたあの日と同じ涙。



泣き虫と小さく呟いて、目尻に口唇を寄せる。
ちゅっと音を立てて吸い上げ、睫を濡らすそれも口唇で拭い取った。
もう片方へも同じように口唇を滑らせると、くすぐったいのか新八の口唇から密やかな笑い声が零れる。



「新八」
「はい」
「好き」
「僕も・・・好きです」



照れ笑いを浮かべながらも、返される言葉がどれ程の至福、か。
ぎゅっと力一杯まだ成長仕切らない身体を抱き締め、ごろりと隣に転がった。
狸寝入りの際に掛けられた毛布で、二人一緒に包まって笑い合う。
抱き締める腕の片方を解いて、肩に添えるだけになっていた新八の左手を取った。
指を交互に絡めて、薬指の第一間接と第二間接の間の指の背に口唇を押し当てる。
この手が、もう二度とその耳を塞ぐ事が無いようにと祈りながら。



触れた手が、どうしようもなく愛しかった。




















後書き

『「塞ぐその手を下ろして」の続編』なリクでした!!
前半の万事屋のターンと、銀新のターンの温度差がものっそい事に(笑)
補足しておきますが、前半の新ちゃんの行動は照れ隠しではなく。

本気で邪魔だったんです(おい)

それはさて置き(置くのかよ)
リクを頂けた事で三部作となりましたこの設定。
振り返ってみると、二万打企画の『そして僕は耳を塞ぐ』は新ちゃんの心情。
一周年企画の『塞ぐその手を下ろして』は神楽の心情。
そして今回の『触れた手が愛しくて』は銀さんの心情が、そのままタイトルになった気がします。
別に狙った訳じゃなかったんですが、結果良い感じになったのでは?と思います!!
そして、三部作通して新ちゃん泣かせてしまった(笑)
最後は涙の理由は前二作とは違う理由ですがwww
此処でドSっぷりを発揮してすみませんでしたぁあぁっ!!(本当にな)


匿名希望様。

一周年企画に引き続き、今回の企画にもご参加下さいましてありがとうございます!!
今回、兎に角新ちゃんを幸せに!!と思って作成しておりましたら・・・。

結果的に銀さんも幸せになって舌打ちしてしまいました☆(ちょっと待て)

少しでも楽しんで頂ければ幸いですw
2009.11.23