夏と言われて連想する物と言えば。
夏祭り。花火。海。
そして・・・。



怪談。










夏と言えば










恐怖感を煽るようなBGM。
不安感を引き釣り出すような演出。
はい、そんな訳で夏です。新聞のテレビ欄を見れば、怪談特集二時間番組がガンガン流れる時期です。
怖いなら見なきゃいいのに見てしまう・・・それが不思議な人間心理。
まぁ、それは仕方ない。
怖いもの見たさって言葉がある位だからね。
だから今現在。テレビから流れるBGMにビクビクとしながらも、目は画面に釘付け。
でも、やっぱり怖いから膝の間に座ってぎゅっと俺の手を握り締めてる蓮華の頭を、苦笑いを浮かべながら撫でてやる。
在り来たりな演出に怖いと言って抱き付いて来る姿は微笑ましくもある。
だがしかし。それは蓮華だから微笑ましく思えるのであって、四十路越えたオッサンがやっても微笑ましい所かウゼェ。



「・・・親父。暑いから離れろ」
「べ、べべべ別に父ちゃん怖くねぇよ?ほら、あれだ。蓮華が怖がってるから父ちゃん傍に居てやってるだけじゃん?」
「誰もそんな事言ってねぇし、蓮華には俺が居るからいらねぇよ。
暑いから離れろつってんだよっ!!」



そんなに怖いならさっさとチャンネルを変えれば良いだけなのだが、適当に流してたニュースが七時になってこの番組に自動的に切り替わったせいでそうも行かない。
ワザとらしく、蓮華怖いから変えるか?ん?と蓮華を利用しようとしたが、予想に反して蓮華が見ると勇気ある発言をした事によってそれは不可能となった。
そこで自分が怖いからと言えば良い物を、そそそそそうだな。夏だしな。こう言う番組は押さえとかないとなっ!!等と自ら墓穴を掘り巻くって今に至るのだが・・・。
番組が始まって暫くすると、夕食の片付けの為に母さんが席を外しているせいか、向かい側のソファに座ってた親父が移動して来やがった。
その時点では人一人分の間があったので放っておいたが番組が進み、視聴者からの投稿を再現するVTRが一つずつ流れるのに合わせて徐々にその距離は縮まり。
終には、お互い剥き出しの腕が触れる程間を詰めて来た。
ウザッ!!ホント、マジでウザッ!!



「いや、もぉーホント暑いしウゼェし・・・。加齢臭が移るっ!!あっち行けっ!!」
「父ちゃんの体臭は甘いんですぅっ!!加齢臭何かしませんんんんんっ!!」
「どーでも良いわそんな事っ!!ってか、そんなに怖ぇなら見んなやっ!!」
「怖くねぇって言ってんでしょぉおおぉおぉおぉっ!?」
「親父の怖がりは周知の事実じゃボケェエェェエェッ!!
今更カッコ付けた所で無駄何だよっ!!」



何時の間にやら、俺の背中とソファの背凭れとの間に半身を割り込ませていたせいで近づいていた親父の横顔を、全力を込めて押し返す。
蓮華が余りの怖さにぎゅっと両目を瞑り、両手で耳を強く塞いでいるから出来る事だ。
が、親父は此処から離れんぞっ!!と訳の分からん事を叫びながら押し返した分を戻って来やがった。
半端なくウゼェ。



「ちょっと二人とも。こんな時間に大声出さないの。お登勢さんに怒られるよ」
「俺は悪くないよ母さん。親父どうにかしてよマジありえねぇ位ウゼェんですけどぉー」
「新八ぃっ!!閃時がヒデェ事ばっか言うんだけどぉおぉおぉおぉっ!!」



やっと片付けが終わったのか台所から戻って来た母さんに、俺まで叱られる。
親父は親父で、叫びながら母さんに突進して行く始末。



「ちょっと銀さん・・・。ウザイし暑いしウザイんでくっ付かないで下さい」
「二回もウザイって言う事なくねっ!?」
「大事な事なので二回言いました」



抱き付こうとする親父を逸早く察した母さんは、両腕を限界まで伸ばしてさっきの俺同様、親父の顔を全力で押し返す。
冷笑を浮かべて言い放つ母さんは流石としか言いようが無い。



「と、言うか・・・そんなに怖いならチャンネル変えますよ?」
「べべべべ別に俺は平気だけどな?新ちゃんが怖いなら変えればいいんじゃねぇ?俺は平気だけどな?」



どもり捲くってる癖に、無駄な虚勢を張る親父に俺と母さんの二人で冷めた視線を向けた。
それならこのまま見ますか・・・と、にっこりと笑って母さんは親父を引っ張って一緒にソファに座る。
やっぱり流石だ母さん。空気読み捲くってる。
さて・・・ここまでされてどうする?と、ニヤニヤと笑いながら親父を見れば、それこそ顔面蒼白と言うに相応しい顔色になっていた。
親父とテレビを視界に入れれば、テレビ画面には廃墟になった病院らしき建物が大写しにされている。
さっきまで流れていた市街地の横断歩道に佇む幽霊と言う再現VTRは、何時の間にか終わっていたらしい。
廃墟になった病院ってこれまたベタだなぁと思っていれば、漸く親父が動いたのを視界の端で捉えた。
横目でそれを見ていると、ブルブルと小刻みに震える手がリモコンを掴む。
我慢の限界か?と思っていれば・・・。
テレビ画面の下方に棒状の表示が並び、右に二つ増える。
それに合わせるように、テレビから聞こえる音が大きくなった。
怪談再現VTRの前に入る『その時私達は、この後に底知れぬ恐怖を味合うとは思いもしなかった・・・』等と言う、ありがちな台詞が結構な音量で流れる。
そして・・・。



「や、やっぱ怪談は大きい音で聞く方が雰囲気出るからなっ!!」



等と言う、親父の台詞も一緒に。
馬鹿だ。このオッサン果てしなく馬鹿だ。
何処まで墓穴掘る気なんだ。

此処までやられると逆に白けるんですけど。
チラリと視線を母さんに向ければ、同じ事を考えていたのか心底呆れた表情を浮かべている。
まぁ・・・そんな表情以外浮かべられないわな。
そうこうしている内にありがちな展開を経て、廃墟らしい病院の再現VTRが終わった。
そして、場面はスタジオに戻る。
出演者達が、さっきのVTRについてあれこれと話していると。



「兄様ぁ」



と、膝の間に座っていた蓮華に涙声で呼ばれた。



「どした?蓮華」
「蓮華・・・もう見ないですなのです。怖いのイヤなのです」



どうやら、蓮華も恐怖の限界に達したらしい。
母さん譲りのクリッと大きな黒い瞳に涙を滲ませていた。



「ほらみろぉー。早くチャンネル変えてやんねぇから蓮華が怖がったじゃねぇか。
しょうがねぇ。父ちゃんが変えてやっからな?蓮華。
いやー父ちゃんは見たかったけど仕方ない。蓮華の為だもんな」



・・・って。恩着せがましいなっ!!オイッ!!
何か腹立つなぁー。はい、こうなったらトコトンやってやりますよ俺ァ。
そう決めるが早いか、親父の手がリモコンを掴む前に、俺がリモコンを手に入れる。
胡乱気な親父を無視して壁に掛かった時計を見れば、八時と少しを回っていた。
ちょうど良い頃合だ。
番組も、スタジオに一度場面を戻して暫しトークを流した後CMに入る。
まだ時間には猶予があった。



「蓮華。もう本当に見たくないか?」
「見たくないですなのです」



そう返って来ると確信しながらも、一応そう問い掛ければコクリと蓮華が頷く。



「じゃあ、何時もよりちょっと早いけど風呂入って寝るか?
親父はまだこれ見たいらしいからな」
「閃時君んんんんんんっ!?」




ふはははははっ。好きなだけ慌てるが良い。



「一人はイヤなのです・・・。兄様も一緒はダメですか?なのです」



うるうるの瞳で見上げられてNOと言える奴は居ませんとも。



「一緒で良いよ。ほら、掴まってな」
「はいなのです」



脇の下に手を入れてクルリと反転させると、そのまま細い腕を首に回させて抱き上げる。
きゅっとしっかりと抱き付いたのを確かめて立ち上がった。



「じゃ、そう言う事だから・・・。しっかり続き楽しめな、親父」
「楽しんで下さいなのです」



俺はニヤリと裏あり捲くりの笑みを。
蓮華はにこりと裏のまったくない純粋な笑みを浮かべる。



「あ、勿論。怖かったら変えて良いんだかんな?」



ほれっと持っていたリモコンを差し出せば、反射的に受け取ろうとした親父だったが。
ニヤニヤと笑う俺に気付いて、慌てて伸ばし掛けた手を引っ込めた。



「なななななな何言っちゃってんの?変える訳ねぇし。見るよ?やっぱ夏は怪談じゃん?
あー早くCM明けねぇかなー」



片足所か両足で高速貧乏揺すりをしつつ、目はバタフライの如き勢いで泳いでいるにも関わらず、自分が怖がってる事を認めない。
うん、もう此処まで来ると天晴れだよ。
母さんはと言えば、我関せずな姿勢を貫く気らしい。
何時の間にやら用意していたお茶を啜りつつ、CMに切り替わったテレビ画面を眺めていた。



「兄様。CM終わっちゃいますなのです」
「ん?あぁ、そうだな。着替え取りに行って風呂入るか」
「はいなのです」



また怖いのを見るのは嫌とばかりに急かす蓮華に返事を返して、俺達は着替えを取りに三階に上がる。
最後の仕上げは寝る前にやろうと決めて。
まぁ、大した事じゃねぇんだけどな。
少し長めに風呂に浸かって、何時もだったら居間で乾かしてやる蓮華の髪を脱衣所で乾かしてやる。
蓮華の髪は長いので完全に乾かすのに時間が掛かるから乾き終わった頃には、番組も好い加減終わってる時間だ。
それを見計らって、蓮華と一緒に居間に顔を出し就寝の挨拶をする。
どうやら、親父は俺達がいなくなっても母さんが居た為虚勢を張り続けて最後まで番組を見てたらしい。
だって、何かぐったりしてんだもん。
ホント馬鹿だろ親父。
やっぱ止め刺すのは止めてやろうか・・・等と俺が思う筈も無く、蓮華がぱっと両手で耳を塞ぎぎゅっと目を瞑ったのを確認して・・・。



「親父」
「んぁ?」



某有名ボクシング漫画の主人公の如く真っ白に燃え尽きていた親父を呼んだ。
死んだ魚のような目が死んだ目になっている事に噴出すのを堪えて、出来るだけ真面目な顔で。



「後ろぉおぉおおぉっ!!」



と、叫ぶ。勿論、親父の背後をしっかりばっちり指差しながら。



「ぎゃぁああぁあぁぁああぁっ!?」



案の定。
盛大な悲鳴を上げて親父は、居間のど真ん中に置いているテーブルの下に逃げ込んだ。
暫しガタガタと喧しい音が響いたが直ぐに物音は収まり、しーんっと沈黙が落ちる。
完全にテーブルの下に親父の身体が隠れた事を確かめて、ぶはっと俺は我慢出来ずに噴出した。



「あははははははははっ!!」
「閃時・・・」



テーブル越しに思いっきり親父を指差しながら大笑いすれば、やれやれと言った様子の母さんが嗜めるように俺の名前を呼ぶ。
再びガタガタとテーブルが鳴って、親父が恨めしそうに睨みながら這い出て来た。
しかし、何か文句を言う訳じゃない。
文句を言えば、すなわち『怖かった』『ビビッた』と言う事を認める事になるからだ。



「もー閃時駄目でしょ?そんな意地悪したら」
「つい面白くて」
「面白くってって何っ!?父ちゃん怖がらせて楽しいのかっ!?
や、怖がってないけどね?父ちゃん、閃時のジョークに乗ってやっただけだけどね?
乗ってやんなきゃ不発じゃん?それじゃ閃時が可哀想じゃん?父ちゃんやっさすぅぃー」
「うわぁーその発音イラッとすんなぁー」
「あーもーはいはい。二人とも言い合いしない。
閃時もこんな意地悪は禁止。後で僕が面倒臭いんだから」
「新ちゃんんんんん!?注意する理由がそれぇえぇえぇえぇっ!?」
「えぇ勿論」



至極当然とばかりに頷く母さんに、酷いだの薄情だのと言い募る親父を放って、未だぎゅっと目を瞑って両耳を手で塞ぐ蓮華に視線を向ける。
脱衣所を出る前、就寝の挨拶をしたらそうするように教えていたのだ。
親父の情けない悲鳴と姿を見せないようにする為に。
これでも一応気を使って親父で遊んでるんですよ俺は。
くしゃりと一度頭を撫でてやれば、きょとりと不思議そうな表情で蓮華が見上げて来た。
もういい?と言うように首を傾げられたので頷いて見せば、やり切ったと言いたげな表情で耳を塞いでいた手を下ろす。
もう一度―何やら言葉の応酬を繰り広げているので多分聞こえてはないだろうけど―二人に就寝の挨拶を告げ、蓮華を促して自室に戻った。



「あーもー!!さっさと風呂に入って寝ろマダオがぁあぁあぁぁっ!!」
「一緒に入ろうっ!!そして一緒に寝よう新ちゃんんんんっ!!」
「お断りです」
「何でよぉおぉおぉっ!!どうすんのっ!?
銀さんがさっきの奴みたいに湯船に引き摺り込まれたらどうすんのぉおぉおぉおぉっ!?」
「アンタ何年あの風呂に入ってんだっ!?一回も引き擦り込まれた事ねぇだろうがぁあぁぁっ!!」
「今日が昨日と同じだと思うなっ!!今日は引き摺り込まれるかもしんねぇだろうがぁあぁっ!!」
「馬鹿なっ!!ホント、アンタ馬鹿なっ!!閃時も蓮華も何事も無くお風呂済ませてるでしょうがっ!!」



あーあの後そう言うのが流れたのか・・・。
蓮華が見てる時で無くて何よりだ。
布団を敷きながら下から聞こえて来る二人の会話に、軽く肩を竦めた。
既に面倒臭い事になってる母さんには、明日ちゃんと謝ろう。うん。
でもごめん母さん。
今年の夏はまだまだ始まったばっかりだから、確実に同じ事すると思うよ、俺。
だって・・・。



親父の反応面白ぇんだもん。



次はどうしてやろうかと、ニヤリと悪い顔をしながら思案する俺の横で。
枕を抱えて布団が敷き終わるのを待っていた蓮華が、不思議そうに首を傾げた。















後書き

20,000打を踏んだ友人Y子から貰った『夏と言えば怪談。なので、それをネタに親父を弄る長男』なリクでした!!
本当はこれにプラスして、長男は『見える人』って言う設定もリクに入ってたんですが・・・。
それはそれで面白いので、長編か何かで形にさせて貰う事になりました☆
スタンド温泉の時だってお妙さんと神楽は見えてないのに、二人はしっかり見えてましたし。
そんな二人の息子ですからね、見える人でも不思議はないかと・・・(笑)
そう言う特殊設定がお好きな方は、お楽しみに〜☆何時になるかは分かりませんが・・・(待て)
2009.08.09