しくしくしく・・・。

ごめんね。お願いだからそんなに泣かないで。

しくしくしく・・・。

ごめんね。そんなに悲しい想いをさせて。

しくしくしく・・・。

ごめんね。どうか許して・・・早く、その涙が枯れてしまえと願う僕を。










そして僕は耳を塞ぐ










「ただいま戻りましたぁー」



今日の特売でも何とかおば様方に負けずに大量の戦利品を手に入れ、僕は少しよろめきながら万事屋に戻る事が出来た。
両手にニ個ずつのビニール袋の重みと、おば様方の中に必死で突入した疲労で本当に足元がふらついている。
無事に戻って来れただけマシだと思わなきゃ・・・。
敲きに視線を落とせば、どうやら神楽ちゃんはまだ遊びに行ったままらしいけど、銀さんのブーツはある。
まぁ、大体この時間は居るんだけどねあの人。
パチンコに行こうにも甘味を堪能しに行こうにも、先ず先立つ物がないからね。
どうせ昼寝でもしてるんだろうと思いつつ、僕はとりあえず台所に向かった。
大分、日中の気温が上がる季節になったから、要冷蔵の品は出来るだけ早く冷蔵庫に仕舞う方が良いし、ビニール袋の持ち手が手に食い込んで痛い。
最後の力を振り絞って台所に踏み込み、冷蔵庫の前でやっと荷物を下ろす事が出来た。
力を入れ過ぎて固まってしまった指を無理矢理開いて持ち手から手を離せば、指先がピリピリと痺れる。
それに顔を顰めつつ掌を見れば指先は白く変色して、掌には持ち手が食い込んだ跡が残っていた。
やれやれと溜息を吐いて掌の開閉を繰り返せば、血流が戻って来たのか少しずつ指先は本来の色を取り戻し始める。
痺れも収まって来たので、とりあえず片付けを始めた。
要冷蔵の物を先に取り分け、冷蔵庫を開けると手早く仕舞い込む。
冷蔵庫のブザーが鳴る前に仕舞い終わらせ、次は日用品を片付ける。
意識しないでも動く身体に、そりゃもうどんだけ同じ事やってんだって話だよ、とセルフ突っ込みを入れて置く。
空っぽになったビニール袋を畳んで、引き出しに仕舞って・・・漸く一息吐けた。
湯飲み片手に事務所兼居間に顔を出せば、思った通り銀さんは定位置のソファでごろりと転がってる。



「ちょっと銀さーん。昼寝する暇があるなら、仕事探しに行って来て下さいよ」



はぁっと溜息を吐いて、持っていた湯飲みを一度テーブルに置いてから、少しだけ腰を屈めて銀さんの肩を揺らした。
でも、全然目を覚ます様子は無い。



「銀さーん」



めげずにさらに肩を揺さ振れば、んーっと唸る声が聞こえて、起きるかな?と顔を覗き込んでみた。
でも、むにゃむにゃと口唇を動かした後、また薄っすらと口唇を開いて暢気に寝息を零す。



「駄目だ・・・起きる気配まったくないよ。この天パ」



起きてる時に言えば噛み付いて来る『天パ』の単語にも、まったく反応はない。
って言うか、僕は別に声を抑えてる訳でもなく、普段の声量でしゃべってるのに、煩いと寝返りすら打たないってどうなの?
それだけ深く眠ってるのか、昼寝の最中に繰り返される小言等、もう聞き慣れてしまって眠りの妨げにすらならないのか、ただの鈍感なのか・・・。



「最後のだったら、アンタ簡単に寝首掻かれますよ?」



銀さんの顔の横にしゃがみ込んで呟いてみても、寝息のリズムは少しも崩れない。
寝顔をじっと見詰める僕の視線にも、まったく反応しない。
それならばじっくりと観察してやろうと、瞳を少しだけ動かす。
銀色の天パが、キラキラと窓から差し込む陽光を弾く。
閉じた瞼を縁取る睫毛は、実は影を作れる程長い。色は、髪よりも少し濃い気がする。
鼻筋はすっと通っていて、顔の輪郭もシャープなラインを描いてる。
口唇は・・・ちょっと薄め目かな?やや荒れ気味。今度薬用リップ買って来よう。
死んだような目と、年がら年中だらけた態度でぶち壊しになってるけど、この人普通に整った顔してるんだよなぁ・・・。
銀さんの顔をじっくり観察して、今度は首筋からゆっくり下へ動かして行く。
指で摘めそうな程に綺麗に浮き上がった鎖骨を通り過ぎて、ライダースーツの前を肌蹴てる為に見える胸元。
袖から伸びる腕は太過ぎず、だからと言って細い訳でもない。
見ただけでも、固いだろう筋肉に覆われている。
あんだけ糖分を摂取している癖にきっちり引き締まっている身体に、頑張って鍛えているのに筋肉が付く様子の無い自分の身体が情けなくなった。
そのまま腕を視線で辿って、お腹の上に乗せたジャンプを支える手へ。
手の甲には欠陥が浮き出て、繋がる指は長く節くれ立っていた。
そっと右手を上げて、触れないようにしてその手に自分の手を重ねてみれば、一回りは大きさは違っている。
子供の小さな手と・・・大人の男の大きな手。
見える所だけでも、こんなにも違いが見つかる。
そして・・・。



見えない所でも、僕と銀さんとは大きな違いがある。



何時からそうなってしまったのかは、分からない。
だけど、気付けばそれは僕の中で育ってしまっていた。
最初は、確かに憧れだった。
神楽ちゃんが万事屋の一員になって、定春が加わって・・・それは家族に向ける親愛へと変わった。
そこで変化が終わればよかった。
だけど、僕の気持ちはさらに変化してしまった。



同じ性を持つ銀さんに、向けるべきではない想いへと。



それに気付いた時は、そんな事はあり得ないと直ぐに否定した。
余りにも近くに居過ぎる為の錯覚だと思ったんだ。
でも、幾らあり得ないと否定しても、錯覚だと自分自身に言い聞かせてみても・・・それは僕の中の深い所で、根を張ってしまっていた。



違う違うっ!!そうじゃないっ!!これは違うんだっ!!



必死で否定して、必死で消そうとして、必死で表に出ないように抑え付ける日々は、正直しんどかった。辛かった。



それでも、一緒に居られる事が楽しかった。
大きな手で頭を撫でられる事が嬉しかった。
新八と名前を呼んで貰える事が幸せだった。



そして僕は、根付いた想いを否定する事も消す事も止めて、受け入れる事を決めた。
だけど、決して表には出さないと誓った。
僕さえこの想いを隠し通せば、この居心地の良い場所を壊す事も失くす事も無いからと。
ただ、ひっそりと想う事が出来ればそれで十分だと。
最初は、上手く隠せるかどうか分からなくて、常に気を張っていたけど。



上手く隠せるようになった。
上手く誤魔化せるようになった。
もうこれ以上、この想いは変化しない。



そう安堵していた。
その時の僕は分かっていなかった。何も、分かっていなかった・・・。



僕に根付いた物の本当の姿を。



それに気付いたのは、さっちゃんさんの存在。
彼女は周りを気にせず銀さんを好きだと言い、銀さんに触る。
そして銀さんは、それを振り払う為に彼女に触れる。



その光景を目にして叫びそうになった。



銀さんに触らないでっ!!
銀さんも触れないでっ!!




辛うじて叫ぶ事は抑えられたけど、ガラガラと足元が崩れる音を聞いた気がした。
ずっと、恋と言う物はフワフワと柔らかくて、キラキラと綺麗な物だと思っていた。
それは、僕が知らなかっただけだった。恋と言う物の全てを。
柔らかく綺麗な物である事は否定しない。
でも、それが全部じゃない。
吐き気すら感じる黒い感情も恋と呼ぶ事を、漸く僕は知った。
そして僕は、誓いを決して破らないとさらに誓った。



嫌だった。こんな僕を銀さんに知られるのが。



知られて、疎まれるかも知れないと思っただけで、呼吸の仕方が分からなくなりそうだった。
だから、必死で想いを殺して溢れないように細心の注意を払う。
そうやって一日一日を乗り越えてる内に、何時から僕の耳に何かが聞こえるようになった。



悲しいよ。
苦しいよ。
辛いよ。



しくしくしく・・・と、深く根付いてしまった想いが泣く声が。
今だって、その泣き声は僕の内側から響いてる。
内側から響くのに、僕は無駄だと分かっていながらも両耳を塞いで立てた膝に額を押し付けた。



「んぁ・・・?新、八?どした・・・?」



不意に聞こえた銀さんの声に瞠目する。
油断、した。
銀さんが起きる前に傍から離れるつもりだったのに、思考の海に沈み過ぎていた。



「頭でも、痛ぇのか?」



寝起きの声は少し掠れ気遣うような響きが込められていて、その声を今向けられているのが僕だと言う事に泣きたくなった。



嬉しくて。
悲しくて。
幸せで。
辛くて。



銀さんに気付かれないように、深く息を吸って吐き出す。
内側からは、やっぱり啜り泣く声が聞こえるけど・・・何時もの僕を演じなきゃ・・・。



「だぁれのせいで頭が痛いと思ってんですか」
「はぃ?」



出来るだけ不機嫌そうにそう言葉を綴れば、胡乱気な銀さんの声が上がった。
腹に力を込めて勢い良く立ち上がると、左手は腰に当て、右手でビシリとソファに転がる銀さんを指差す。



「こっちは中身の少ない財布から、日々の糧を手に入れようと悪戦苦闘してるって言うのにっ!!
特売品狙ってスーパーに行って、鬼のような迫力のおば様方に負けじと戦ってると言うのにっ!!
両手に重い、それはそれは重い荷物引っ提げてフラフラよろめきつつ帰って来たと言うのにっ!!
なぁんで、そうやって頑張ってる僕を差し置いて暢気に昼寝してんですかアンタはっ!!
そんな暇があるなら、仕事の一つや二つ探して来て下さいませんかねっ!?この駄目上司っ!!
ってか、朝も叩き起こさなきゃ起きない位に寝てる癖に、何で昼寝までばっちりしてんのっ!?
糖かっ!?糖で脳が溶けて睡眠感覚可笑しくなってんのかっ!?ホント、救いようのないマダオなっ!!」
「そんなポンポン言わなくても良くねっ!?何か銀さん可哀想じゃねっ!?」
「可哀想が聞いて呆れますね。僕は事実を述べたまでです」



がばっと勢い良く起き上がった銀さんをはんっと鼻であしらってやれば、うぅっと小さく唸る。
言い返せる物なら言い返してみろとばかりに、両腕を組んで銀さんを見下ろす。
言い返そうとしているのかもごもごと口唇を動かすけど、結局銀さんは何も言わずに口唇を尖らせると、拗ねたようにそっぽを向いてしまった。
その姿に、さっきの僕の姿を誤魔化せた事を知って、ほっと胸の内で安堵の息を吐く。



「あ、こんなマダオに構ってる場合じゃなかった。洗濯物取り込んで夕飯の支度しなきゃ」
「こんなマダオって何っ!?そんなんばっか言ってたら銀さん泣くからなっ!?」
「お好きにどうぞー」
「ホント、泣くからなっ!?兎目になってやるからなっ!?」
「銀さんは元々赤目でしょー」



ぎゃいぎゃいと喚く銀さんに背を向けて、僕はベランダに向かう。
手早く洗濯物を取り込んで、洗濯籠を一杯にすると中に戻る。
僕が適当に応対してたせいで本格的に拗ねたのか、銀さんは背凭れの方を向いてまたソファに寝転がっていた。
何やらブツブツと呟いてるけど、良くは聞き取れない。
放置してもいいけど、この人はかなり根に持つ。
食事中にむっすりとされていては、僕は良くても神楽ちゃんは良い気分じゃないだろう。
それはちょっと申し訳ない。まったく神楽ちゃんには関係が無いのだし。



「銀さーん」



和室に洗濯籠を置いて銀さんに近付いて名前を呼んでも、頑なに背を向けたまま。



「銀さーん。今日の夕飯は肉無しの肉じゃがです。
ちょっとだけ、何時もより砂糖多くして甘めに仕上げますから拗ねないで下さいよ」
「大匙+5」
「ふざけんな糖尿。せいぜい大匙+1です」
「んだよぉ・・・機嫌取るつもりならドーンとサービスしろよダメガネ」
「眼鏡馬鹿にすんな。これでも大サービスなんですからね。
文句言うなら・・・逆に砂糖減らします」
「あー!!嘘嘘っ!!嘘ですぅっ!!大匙+1嬉しいですっ!!」



だから減らすのだけは止めてぇえぇぇっ!!と、飛び起きた銀さんに腰に抱き付かれた。



ドクリと音を立てる心臓。
大きくなる泣き声。



思わず、顔を顰めた。



「・・・新八?」



またしても油断。
何時もの僕なら、抱きつくな鬱陶しいっ!!とか、どんだけ糖が欲しいんだアンタはっ!!と頭を引っ叩く場面なのに。
でも、大丈夫。まだ、誤魔化せる。まだ、何時もの僕を演じられる。



「銀さん・・・アンタ馬鹿力なんですから気を付けて下さい。
地味に痛いんですけど・・・」



出来るだけ痛そうな表情を浮かべて、ペシッと頭を引っ叩いてやる。
本当に砂糖減らしますよ?とジトッと見下ろしてやれば、慌てて銀さんは離れた。



「まったくもー。僕は男だからまだ大丈夫ですけど。
何時かアンタに良い人が出来た時は、気を付けてあげて下さいよ?
アンタの馬鹿力だったら、女の人の骨だったら簡単に折れちゃいますからね?
肋骨とか結構簡単に折れるんですから。知ってます?肋骨って大きく咳しただけでも折れたり皹が入ったりするんですよ?」



自分でそう言いながら、大きくなる泣き声にギリギリと胸が痛くなるのが分かる。
そんな人出来なければ良いんだと、心が悲鳴を上げる。
うっせぇ、余計なお世話だ。とそっぽを向く銀さんに、はいはいと苦笑って台所に向かった。
銀さんが居間から動かない事を確かめて、僕は耐え切れずに耳を両手で強く塞いだ。



しくしくしく・・・。

ごめんね。お願いだからそんなに泣かないで。

しくしくしく・・・。

ごめんね。そんなに悲しい想いをさせて。

しくしくしく・・・。

ごめんね。どうか許して・・・早く、その涙が枯れてしまえと願う僕を。



もう、何度繰り返した分からない言葉を音にならない声で呟いて、はっと短く息を吐き出す。
何時か・・・何時かはきっと、この泣き声も止む日が来るだろう。
その日が来たら僕は誰にも知られないように、この恋のお葬式をしよう。
その日だけは、僕の『想い』じゃなく、僕自身が声を上げて泣こう。
そうすれば、もう耳を塞ぐ必要もなくなる。



どうか、どうか。その日が一日でも早く来ますように。



歯を食い縛って祈るように願う。
大きくなる泣き声に、耳を塞ぐ事しか出来ない僕は。



只管に、銀色のあの人に恋をしている・・・。















後書き

『原作の銀新で銀←新な切ない感じ』な、リクでした!!
切ない・・・か?(待てコラ)
取りようによっては、何か新ちゃん軽く病んだような感じがしないでもないんですが・・・あれ?(おい)
えっと、あの・・・何か、ホントすみませんorz
でも、銀←新と言うベクトルはあまり書いた事がなかったので、新境地開拓っ!!な感じでダーッ!!と一気に書き上げる事が出来ました。
一気に書き過ぎて、纏まりがなくなってますが(痛恨)
精進します・・・(本当にね)
で、肋骨の話なんですが、これ本当です。
友人が酷い咳風邪ひいた時に、胸に激痛が走るようになって、最初は咳のし過ぎかと思ってたらしんですけど、のたうつ位の痛みだったんで病院行ったら肋骨に皹が入ってるって診断されたそうです。
それで、その時診察してくれた先生に、肋骨は意外と脆い事を教えて貰ったそうです。
あの痛みは洒落にならないらしいですね・・・皆さんもお気を付け下さいませ。

空の碧様。
すみません・・・何だか思いっきりリクを外してしまったように思えます(汗)
と、言いますか。
リク内容は、出来ちゃってる銀新で銀←新だったのではないかと思えてなりません!!(おいっ!!)
もしそうでしたら、遠慮なくおっしゃって下さいませ!!もう一個書きますのでっ!!
あ、勿論。これも少しでもお気に召して頂けましたら遠慮なくお持ち帰り下さい。
企画参加、ありがとうございました!!
2009.06.23