結局原点はそれらしい。 後編










閃時が記憶喪失になって、早くも四週間目を迎えようとしていた。
一週間と少し前、睡眠不足と食欲不振によるダブルパンチで貧血を起こし真選組の運び込まれた時、土方さんが閃時の状態を察して暫く真選組で預かろうかと提案してくれた。
正直言えば、僕等の傍でゆっくりでもいいから記憶を取り戻してくれればと思ったけど、閃時の様子から僕等と距離を取る事が一番なのではないのかと思い、閃時の自由にさせて上げて欲しいと様子を見に行った銀さんに伝言を頼んだ。
暫くは家に戻って来ないだろうと思っていたけど、閃時はその日の夕方に家にちゃんと戻って来て、此処に居たいと言ってくれた。
此処で・・・時間は掛かるかもしれないけど、家族の傍で自分の記憶を取り戻したいと。
その言葉を聞いて思わず涙ぐんでしまい、閃時を慌てさせてしまったけど、あれからも家族皆が揃った日常を送っている。
神楽ちゃんも、もう暫くは地球に残り様子を見てまた宇宙に行く予定だ。
最近では閃時から焦りが消えて、睡眠も十分に取れているのか目の下の隈はすっかり消えた。
食欲も大分戻ったらしく、まだ前程の食欲はないけれど三食しっかり食べてくれている。
そして、閃時が記憶を失った事で暫く気を落としていた蓮華も、記憶があってもなくてもお兄ちゃんが大好きだと言う気持ちは変わらないらしく少しずつ元気を取り戻し、今では以前のように閃時に甘えるようになった。
閃時もそれを受け入れて、蓮華の傍に自然と居るようになっていた。
うん、焦らなくても大丈夫。そんな必要何処にもないと、自然と口元が綻んだ。



「新ちゃん、どうしたの?」
「え?」



不意に、姉上に声を掛けられて目を瞬かせれば、何だか嬉しそうな顔してたわよとクスリと笑われる。
そんなにはっきり顔に出ていたのかと、苦笑って頬を掻いた。
先程つらつらと考えていた事を話せば、姉上はそうねと相槌を打ってにこりと笑ってくれる。



「咲も暫くは元気がなかったけど蓮華ちゃんと一緒で、やっぱり閃ちゃんの事が大好きなのね。
稽古が終わったら一緒に遊ぶんだって、朝から楽しそうにしてたもの。二人とも、本当にお兄ちゃんっ子ね」
「閃時も閃時で、二人に甘えられると嬉しそうにしてますから」
「ふふっ。案外、二人と一緒に居る方があっさり記憶を取り戻すかもしれないわね閃ちゃん」
「かもしれません」
「こんな事言ってると、今頃くしゃみしてるんじゃないかしら?」
「帰って来たら聞いてみないと。くしゃみしなかった?って」



そう言って姉上と顔を見合わせると、二人でクスクスと笑い声を零した。










「っくしゅんっ!!」



突然、鼻がムズムズとして自然の摂理でくしゃみを一つしてすんっと軽く鼻を啜る。
風邪か?と首を傾げてみるけど、それ以上くしゃみが出る様子もないので砂埃でも吸い込んだんだろうと勝手に納得しておく。
午前中、新八さんに剣術の稽古を付けて貰った後、昼食を食べてから蓮華ちゃんと咲ちゃんと一緒に、万事屋と恒道館のほぼ真ん中にある比較的大きな公園に遊びに来ていた。
二人とも家の中でじっとしているよりも、外で遊ぶ方が好きらしい。
今も、自分が鬼になって隠れんぼの最中だ。
最近じゃ家の中でゲーム三昧と言うのが当たり前になっているので、良い事だと思うね。



「何やってんだ?閃時」
「蓮華と咲は一緒じゃないアルか?」



公園の広場にある柱時計に凭れ掛かって、両目を閉じた状態でゆっくり50を数え終わり、さて探しに行くかと一歩踏み出したその時、不意に声を掛けられた。
振り返ると、其処に居たのは銀時さんと神楽さん。二人とも作務衣を着ている。
今日は二人で工事現場の助っ人依頼に出ていた事を思い出した。
そう言えば、昼過ぎには終わると言っていたのでその帰り道何だろう。
お疲れ様ですと声を掛ければ、おーっと少しダルそうに返され少しだけ苦笑ってしまった。



「で?何やってんの?」
「蓮華ちゃんと咲ちゃんと隠れんぼを。今ちょうど50数え終わった所なんです」
「二人とも、あー見えて結構お転婆ネ。意外な所に隠れてるから頑張るヨロシ」
「意外な所って・・・」



何処か笑いを含んだ神楽さんの言葉に、視線をグルリと周りに向けて見たけど視界の中に入って来たのは、幾つかの遊具と敷地の境界線や遊歩道脇に植えられた背の高い木位だ。
広場では数人の子供がサッカーをしている。
意外と思えるような隠れ場所は見つからない。



「もしかして・・・木の上に登ってたりとか・・・」



まさかと思いつつ言葉にしてみれば、二人はニヤンっと笑うだけだ。
どうやら、正解らしい。



「ちょっ!!えぇえぇえぇえぇぇっ!?危ないっ!!それ危ないですからっ!!」



落ちて怪我でもしては大変と、そこで会話を切り上げて慌てて二人を探しに走り出した。



「二人とも木登り上手だから心配ないネー」



背中に投げられたのんびりした言葉に、だからと言って安心出来る訳も無く、風も無いのに不自然に揺れる木はないかとあちこちに視線を巡らせる。
50秒程じゃ、そう遠くに行って木を登る事は出来ないだろうから、多分広場の近くの木のどれかに登っている筈だ。
と、一本の木の根元に青々とした葉が幾つも散らばっている事に気付いた。
視線を上げれば、枝と葉の合間から薄紅色と菫色が微かに見える。
薄紅が蓮華ちゃんの着物で、菫が咲ちゃんの着物に間違いない。
それが見えるのが結構な高さな事に、内心悲鳴を上げながら駆け寄る。
後十数mまでに近付いたその時。



「あー!!どこ蹴ってんだよー!!」



と言う声が響いて反射的に視線を向ければ、サッカーをしていた子供が蹴り損なったボールが視界の端を掠めた。
かなりの勢いを保ったまま、そのボールは一直線に二人が登っている木に吸い込まれるように飛んで行く。
嫌な予感が脳裏を巡った瞬間、二人の悲鳴と共に音を立てて木が大きく揺れた。
枝から滑り落ちたのか、頭から落下する二人の姿が視界に飛び込んで来る。
それを認識した瞬間。



頭の奥で、何かがカチッと噛み合う音を聞いた気がした。










朝から工事現場の助っ人依頼が入っていて、何時もだったら閃時を連れて行く所だが、その現場には顔馴染みの大工が大勢居るので、閃時が記憶喪失だって事を広めるのも何だしと神楽を連れて行った。
この先、まだ暫く記憶が戻らないようなら、そう言う所にも連れて行って仕事を覚えさせてやらなきゃならんだろうが、今はまだそっとしといてやりたいと言う親心だ。



「銀ちゃんも、一応でもちゃんと親だったアルな」



と、妙にしみじみとした口調で神楽にとんでもなく失礼な事を言われ、とりあえず頭を叩いてやった。

倍にして返されたけどね。

何はともあれ、仕事を片付けた帰り道。
何時ものように近道で公園を突っ切ろうとした所で、広場にある柱時計に凭れ掛かる閃時の姿を見つけた。
軽く俯き加減で両目を閉じているせいか此方に気付く様子も無く、柱時計に預けていた身体を起こすとそのまま歩き出そうとしたので声を掛けた。
何をしているのかと問えば、蓮華と咲嬢ちゃんと隠れんぼをしていると、何とも平和な答えが返って来る。
そう言えば、二人は家の中でじっとしているよりも、外で遊ぶ方が好きだったなと納得していれば、神楽が面白そうに言葉を綴り、それに慌てた閃時がぴゅんっ!!と言う擬音が似合いな勢いであちこち走り始めた。
その姿を、神楽はケラケラと笑いながら目で追う。
俺も釣られたようにその姿を目で追うが、どうも違和感を感じて仕方がなかった。
どうも、今の閃時は自分がどれだけ動けるか分かっていないようだ。
本来なら、閃時の足はもっと速い。
今日の午前中、新八を稽古を付けて貰っていた筈だから、新八もそれに気付いているかも知んねぇなと、胸の内で呟いてると、漸く二人が登って隠れている木を見つけたのか、一直線に一本の木に閃時が駆け寄っていた。
その時。



「あー!!どこ蹴ってんだよー!!」



と、広場で遊ぶ子供の声が響いた。
何ともなしに視線を向ければ、蹴り損なったらしいボールが閃時の向かう木の方へ吸い込まれて行く。
何かやばくね?と思うが早いか、二つの悲鳴が上がりバキバキと嫌な音まで聞こえて来る。
神楽もそれに気付いたのか、さっと顔色を変えると俺が声を掛けるまでもなく一緒にスタートダッシュを切っていた。
・・・けど、俺達からでは距離があり過ぎる。
唯一、辛うじて間に合いそうなのは閃時だが、今のアイツにそれが出来るかどうか。
そう思った瞬間、閃時の動きが変わった気がした。
くんっと身体が沈み、前方に進む速度が一気に上がる。
抉るほど強く地面を蹴ったかと思うと、頭から落ちる二人に精一杯両手を伸ばしながら跳んだ。
落ちる二人の着物を掴んで腕の中に抱え込むと、ぐるんっと身体を反転させて地面に叩き付けられる筈だった二人の代わりに、鈍い音を立てて自分の背中を地面に叩きつけた。
それは、ほんの瞬きほどの時間の事。



「閃時っ!!」



神楽が悲鳴のように叫んで、必死で駆け寄ると倒れたままの閃時の傍らに膝を突いた。
頭を打っているかもしれないとは判断出来たのか、身体を揺さぶらず何度も繰り返し閃時を呼ぶ。



「兄様っ!!兄様ぁっ!!」
「閃兄様っ!!」
「二人とも動かしちゃ駄目ネッ!!」



蓮華と咲嬢ちゃんは閃時がクッションになった事が幸いしたのか、直ぐに起き上がって閃時の身体を揺さぶる。
それに慌てた神楽が二人を抱えて引き離した。
視界の端で、サッカーをしてた子供達が真っ青な表情でこちらを見ているのには気付いたが、今はそれを気にしてる余裕は無い。



「閃時っ!!おいっ!!しっかりしろっ!!」



俺も神楽達とは逆の閃時の傍らに膝を突いて声を掛けた。
次の瞬間・・・。
バチンッと音がしそうな勢いで両目を開いた閃時が飛び起きる。



「ぬぉっ!?」



危うく頭突きを食らう所だったが、上半身を仰け反らせる事でギリギリ回避した。
が、そんな俺など眼中にないと言った様子で素早く背中を向けると・・・。



「蓮華っ!!咲っ!!怪我っ!!怪我ないかっ!?」



と、鬼気迫る様子で神楽に抱えられていた二人に詰め寄る。
その勢いの良さに、二人はくるりと目を丸くしたが、コクンッと素直に頷いた。



「本当に何処も怪我してないか?どっか痛い所とかないか?」
「「大丈夫(なのです・ですの)」」



にこりと笑ってもう一度頷かれ、一呼吸分の間を置いて、はぁーっと肺の中を空にする勢いで安堵の息を吐き出した閃時は腕を伸ばして二人を抱え込むとぎゅうぎゅうと抱き締める。



「お転婆なのはこの際元気な証拠だから良いとして、何時も言ってるだろー。
近くでボール遊びしてる奴が居たら木登りしちゃ駄目だって。
後、高く登んのは、兄様が近くに居ない時はこれから禁止。兄様、寿命が縮まったよ」



でも、無事でよかったーと、抱きかかえた二人の頭にうりうりと頭を擦り付ける様子に、閃時の方も怪我をしていないようだと、神楽と顔を見合わせて安堵の溜息を吐いた・・・所で、んん?と首を傾げる。
何か可笑しくね?
いや、何時も通りなんだけどね?

・・・何時も通り過ぎね?



「えーっと・・・閃時君?」
「何?ってか、居たのか親父」



声を掛ければ、きょとりとした表情で振り返られた。
おまけに、本気でアウトオブ眼中だった発言。
あれれ?っとさらに首を傾げて、同じく首を傾げていた神楽と顔を見合わせると、二人同時に動いて・・・。

閃時に抱き付いてみた。

ら・・・。



「行き成り何すんだ馬鹿親父」
「ぶごっ!!」



と、ツンドラ地帯の如き冷たい視線と共に、俺だけ顔面に拳を叩き込まれた。
神楽は邪険にする事無く抱き付かせたままだと言うのにっ!!
何コレッ!?差別っ!?・・・じゃなくてっ!!
懐かしささえ感じる冷たい視線に、パクパクと口を開け閉めしていると、神楽が恐る恐ると言った様子で閃時の顔を覗き込んで口を開いた。



「閃時・・・記憶、戻ったアルか?」
「え・・・?」



神楽の言葉にきょとりと目を瞬かせた閃時は、暫し視線を宙に漂わせた後、あっと声を上げる。



「何か・・・戻ったっぽい?」



微妙に曖昧な答えではあるが、四人で歓声を上げて閃時に抱き付いたら、やっぱり俺だけ顔面に拳を減り込まされた。



うん。これ、完全に記憶戻ってんな。



と、喜ぶ神楽・蓮華・咲嬢ちゃんとは違って、一人地面に倒れ伏しながら身を持って実感する事となった・・・。
その後、揃って恒道館の方へ帰り、記憶が戻った事を新八とお妙に告げれば、二人も歓声を上げて閃時に抱き付く。
それに照れ臭そうにしながらも、閃時は二人の背を抱き返すと、心配掛けてごめんっと小さく呟いた。



「でも、本当に突然だったね。銀さんの時も、突然と言えば突然だったけど」



クスリと笑う新八に、その時の事を思い出そうとしているのか暫し口を閉ざした閃時だったが、足元に引っ付いていた蓮華と咲嬢ちゃんを見下ろしてふっと穏やかな笑みを浮かべる。



「蓮華と咲を助けなきゃって思ったら、頭の奥で何かがカチッて噛み合う音がしたんだ。
そしたら、自分がどう動けるのかって分かって・・・。
まぁ、夢中だったから覚えてるのはそれだけ何だけど。記憶が戻ったのは、二人のおかげかも」



そう言ってくしゃくしゃと二人の頭を撫でる姿に俺達は顔を見合わせて、苦笑いを浮かべると肩を竦めた。



結局、閃時の原点は妹達を守る兄貴らしい・・・と。















後書き

『閃時記憶喪失ネタ』でのリクでしたっ!!
何か・・・最後尻切れっぽくてすみませんorz
本当は、また土方の兄貴登場とか考えてたんですけど・・・。
それやると前・中・後でも納まらなくなってしまったので端折りました(爆死)
ってか、最初に書いてた物とまったく別の物に仕上がってます。
もうね・・・そのまま書いてたら、軽く十話位の長編になりそうだったので。
流石にそれはお待たせする上に、何時完結出来るか自信が無くて書き直して現在の形に(馬鹿)
何時か、それは別の形でお披露目出来たらなっ!!と思っております!!'`ィ(゜∀゜*∩

hiyo様
今回はせっかくリクして下さったのに、蒼月の力不足でせっかくのリクの一部を見送らさせて頂いてすみませんっ!!(泣)
少しでも楽しんで頂ければ幸いです!!
で・・・何時かまた閃時記憶喪失ネタで小説を書いていたら、hiyo様にこっそり捧げさせて下さいませっ!!(土下座)
企画参加、そして何時もコメントありがとうございます!!
2009.07.19