えーっと・・・。
皆様初めまして。坂田閃時・・・です?
とは言っても・・・『坂田』と言うのは所謂通称であって、本名と言うか戸籍上は『志村閃時』らしいです。
え?別に初めてじゃないし、何で自己紹介なのに自信が無さ気なの?・・・ですか?
実は・・・。










結局原点はそれらしい。 前編










「父子二代で記憶喪失になるなんて・・・非常識にも程がアルネ」



・・・と、まぁ・・・そう言う事なんです。
ちなみに、呆れた表情で腕を組む、桃色の髪に青い瞳。
それから、ちょっと変わった語尾でしゃべるのは、血は繋がってないけど『姉』の神楽さん。
あ、今居るのは大江戸病院の病室の一室です。念の為に。



「煩ぇぞ神楽ぁ。非常識は万事屋のステータスみてぇなもんだろうが」



今しゃべってるのが『父親』の坂田銀時さん。
特徴は・・・頭がクルクルな所・・・かな。
いや、別に頭の中がじゃなくて・・・頭の中もクルクルっぽい気がしないでもないけど。
あ、後は目が死んでる。



「おいこら閃時。オメェ、今何かすげぇ失礼な事考えてねぇか?」
「いえ・・・そんな事ないです。頭がクルクルだとか、目が死んでるとしか」
「真面目な顔で何て事言うのこの子っ!?記憶喪失って嘘じゃねっ!?
何かあんま何時もと変わらなくね!?」
「何言ってんですか銀さん。今更そんな当たり前の事、態々閃時が言う訳ないじゃないですか。
記憶があるなら、もっと抉る言葉選びますって」
「新ちゃんんんんんんっ!?」




何気に酷い事を、それはもう素敵な笑顔で言い切ったのは。
『母親』の坂田新八さん。本名は志村新八さんだそうです。
女顔だけど列記とした男性。
母親だと言われた時は大いに戸惑ったけど、天人がうろうろするご時世だからそう言う事もあるか・・・と、案外あっさりと納得した。
あ、何で天人の事を理解して居るかと言うと、記憶喪失と言う物には色々と種類があるみたい何です。
幾つかある内の一つ、『全生活史健忘』と言うのが正しいらしく、これは、出生から発症以前の自分に関する事を丸々忘れてしまう症状の事を言うんだそうです。
所謂『此処は何処?私は誰?』って言うのがこれらしいです。
そして、この症状は自分に関する全ての事を忘れていても、社会情勢とか一般知識は覚えてるケースがあるらしく、早い話しがその状態なんですよ。



「でも、外傷が大した事がなくてよかったなっ!!閃時君っ!!」



バンバンっと背中を叩きながらそう言うのは、『義理の叔父』である近藤勲さん。
真選組の局長さんらしい。
ってか、力の加減をして下さいっ!!本気で痛いからっ!!



「勲さん、幾ら外傷が大した事がないと言っても立派に怪我人なんですよ?」



そう言って勲さんを床に沈めたのは『叔母』の近藤妙さん。新八さんの実のお姉さんらしい。
確かに似てる・・・ってか、何でだろう。

絶対にこの人には逆らっちゃ駄目だと本能が訴えるのは。

うん・・・あんまり深くは考えないで置こう。



「兄様、本当に蓮華の事、覚えてないですか?なのです」
「閃兄様、咲の事も分からないですか?ですの」



悲しそうな表情で見上げて来る、髪を二つ結びの女の子は『妹』の坂田蓮華ちゃん。
この子は通称、戸籍共に『坂田』らしい。
それから、髪を一つ結びの女の子は勲さんと妙さんの娘で『従兄妹』の近藤咲ちゃん。
でも、これらは全て与えられた情報でしかない。
どんな風に接し、どんな風に一緒に過ごしていたのかも何一つ。

覚えていない。
分からない。
忘れてしまった。

今にも泣きそうに瞳を潤まされて、もの凄い罪悪感が襲って来る。



「うん・・・。ごめん・・・ね」



でも、今は覚えていないし分からないのが事実で、謝る事しか出来ない。
あぁ・・・どうしよう。さらに瞳が潤んで来たよ。
助けを求めるように、銀時さんや新八さんに視線を向ければ、パクパクと口を動かされた。
戸惑いながらも必死で口唇の動きを読めば、『あ・た・ま・な・で・ろ』と言ってるらしい。
大丈夫だろうかと思いながらも、そっと両手を上げて二人の頭の上に置く。
ぎこちなく撫でて。



「必ず、思い出すから・・・」



そう言えばコクリと二人は頷いて、小さく笑顔を浮かべてくれた。
それにほっとして手を下ろす。
本当に、早く思い出そう。二人に悲しそうな顔をされるのは、何故かもの凄く辛い。
記憶を失う前の自分は、とても二人を大切に想ってたんだと思う。
不意に、病室に取り付けられているスピーカーからジジッと微かな音が漏れて、面会時間終了のアナウンスが流れた。



「本当に一人で大丈夫?」
「はい、大丈夫です」



心配そうに新八さんに尋ねられて、苦笑いつつ頷いて見せる。
付き添いで病院に泊まろうか?と提案されていたけど、丁重にお断りしていたのだ。
こんな事を思うのはとても失礼だとは分かっているけど、やっぱりまだ家族だと言う実感が沸かないせいだ。
確かに、自分の顔を鏡で見た時、間違いなく二人の血を引いているとは思えたけど、これもまた情報の一つでしかなった。
帰り支度を整え出入り口に向かう皆を見送って、最後にまだ早い就寝の挨拶を交わす。
パタンと音を立てて閉じたドアを暫く見詰めた後、大きく息を吐いてベッドの頭側の柵に凭れ掛かった。
病院特有のベッドがギシッと悲鳴を上げる。
幸い此処は大部屋だけど他の入院患者は居らず、一人でゆっくり考え事をするのには打って付けだった。
考え事と言っても、目が覚めてから与えられた情報を整理するだけ何だけど。

自分は、坂田閃時・・・本名・志村閃時十五歳 11月29日生まれの射手座。
父・母・姉・妹に愛犬の五人+一匹家族。
家業は『万事屋銀ちゃん』と言う、所謂何でも屋。ちなみに、自分も依頼をこなしていた。
後、『恒道館』を将来的に継ぐ予定。
剣術はそう言うの関係なく好きで、母で師範の新八さんだけじゃなく。
真選組でだったり、知り合いの道場とかでも稽古をしていた。
此処までは自分に関する情報。
で・・・此処からは何でこの状況になったか・・・。
今日の昼近く、数日前に家出した息子を探して連れ戻して欲しいと言う人探しの依頼で、自分がその捜索対象である家出息子を発見。
そんで、戻れ戻らない的な口論を繰り返してる内に、キレたそいつに突き飛ばされたらしい。
場所が家と家の間にあった階段付近だった事が災いして咄嗟の事で対処し切れなかったのか、そのまま階段を転げ落ちたと言う事だ。
事前に捜索対象を発見した事を銀時さんに知らせていたおかげで、自分は直ぐに病院に担ぎ込まれた。
ちなみに、相手は思わぬ展開に呆然としていた所を、新八さんが依頼主に引き渡したそうだ。
自分はと言うと・・・外傷は大した事はなかったけど、頭部を強く打ち付けたショックで一時意識不明に陥っていた。
そして、つい一時間程前に意識が戻ったら記憶喪失になっていた・・・と。
せいぜい数時間程度の間に、とんでもない事になったらしい。

はぁっと溜息を吐いて、ゆっくり身体を起こす。
ベッド脇に置かれていたスリッパを履いて病室の隅にある手洗い場に向かった。
其処には鏡が取り付けてあって、それを覗き込む。
最初に見た時にも思ったけど、変わった色彩を持っている。
ストレートな髪質の銀髪の中、左前髪の一部に黒が流れていた。
染めているのかと思ったけど、きっちり生え際から真っ黒で元々そう言う色分けらしい。
瞳は左右色違い。紅い右目と紅と黒が混ざった左目。
何度見ても変わった色彩としか思えないし、これが自分だと言われても何だかピンと来ない。
診察をしてくれた先生からは、徐々に記憶が戻る可能性は高いし、実際そう言う報告はある・・・と言われてるけど、本当にそう何だろうか?
銀時さんも十数年前に記憶喪失になったらしいけど、ちゃんと元に戻ったと言っていたから期待はしても良さそうだけど・・・。



「何はともあれ・・・明日の結果次第」



頭部打撲は、受傷数時間して異変が出る事もあって今夜は入院する事になった。
明日の朝一で再検査をして、そこで何も異常がなければ昼過ぎには退院出来る予定だ。
体調が良ければ、記憶が戻るきっかけになるかもしれないからと、色々と案内して貰う事にしている。
本当に、何かきっかけがあれば良いんだけど・・・。
もう一度溜息を吐いて、ベッドに戻る。
後頭部は強く打ち付けた時に切れたらしく地味に痛むので、うつ伏せに寝転がった。



「記憶喪失って、もっと慌てるもんだと思ったけど・・・そうでもないんだ」



まだ、実感が薄いんだろうかと胸の中で呟いて、そっと両目を閉じた。
朝になって目が覚めたら、もっと違うんだろうかと思って・・・。










「此処が閃時の部屋だよ」



そう前置きをして入るように促せば、閃時は戸惑いながらも何とか部屋に足を踏み入れた。
男の子の部屋にしてはきちんと整理整頓されている。
元々、必要最低限の物しか周りに置かない子なので、押入れと作り付けの棚で身の回りの物は仕舞えてしまう。
畳の上にある物と言えば、大き目の文机位の物だ。



「着替えとかは此処に入ってるからね?布団も此処にあるから」



出入り口の直ぐ隣にある押入れを開けて、下の段に収めた押入れ箪笥を指差し、次に上の段に仕舞ってある布団を指差す。



「とりあえず、ゆっくり自分で見た方がいいね。終わったら下においで。お昼ご飯にしよう」
「あ・・・はい。でも、あの・・・」



他人行儀な閃時が何を言いたいのか分かって、思わず苦笑う。



「此処は閃時の部屋。此処にあるのは全部閃時の物。遠慮する必要はないよ」
「・・・分かり、ました」



コクリ頷いた閃時は少し迷った後、作り付けの棚に寄り中の物を順番に手にして眺め始めた。
それを見届けてから、僕は階下の居間に向かう。
其処には、今は自室に居る閃時を除いて家族全員が揃っていた。



「おー閃時どうだった?」
「他人の部屋に入るみたいな感じでした」



銀さんの言葉に溜息混じりに応えれば、そうかと銀さんも溜息交じりに相槌を打つ。
一晩明けて病院に向かえば、やはりと言うか当然と言うか・・・閃時は何一つ思い出せないままだった。
前日説明があったようにもう一度検査をして、昼前には異常無しと言う事で退院を許可された。
とりあえず一度家に帰ろうと言う事になり、先程帰って来た所だ。



「とにかく・・・お昼の用意しますね」
「おー」
「新八、手伝うネ」
「ありがとう神楽ちゃん」



そう言って、ひょいっと軽い動作で立ち上がった神楽ちゃんと一緒に台所に入る。
家に帰って来てから・・・と、言うよりも昨夜から口数がめっきり減ってしまった蓮華の事が気になったけど、銀さんが一緒に居るから大丈夫だろうと思う事にした。
多分、今回の事で一番気を落としているのは蓮華だと思う。
あの子は本当に閃時の事が大好きだから・・・。



「きっと大丈夫ネ。銀ちゃんの時だってちゃんと元に戻ったアル。閃時だって直ぐに元に戻るネ」



冷蔵庫から食材を取り出そうとして動きが止まっていた僕に、神楽ちゃんがそう言ってニカリと笑う。
僕もそうだねと頷いて見せた。
でも・・・。
僕等の思いとは裏腹に、閃時の記憶は一週間が過ぎ二週間目が終わろう頃にも、戻る気配はなかった・・・。










「土方さん。あれ、閃時君じゃねぇですかィ?」
「あー?」
「何だか久しぶりに見やしたねィ」



巡回中、隣を歩いていた総悟の呟きに促されて視線を斜め前に向ければ、確かに閃時の姿があった。
言われてみれば、久しぶりに姿を見かけた気がする。
常ならば、依頼だ何だとかぶき町を走り回っているから、見回りをしていると良く顔を合わせていた。
だが、二週間程前に記憶喪失になった頃、万事屋一家がかぶき町を案内している途中で顔を合わせてからは、まったくと言って良い程見かけていなかった。
聞けば、最初の数日は一家揃ってかぶき町のあちこちを一緒に回っていたらしいが、ある程度道を覚えた閃時は一人で色々と回っているらしい。
多分、俺達の巡回ルートとは違う所を回っていたせいで顔を合わせる事がなかったんだろう。
そんな閃時が、橋の欄干に上半身を預けて此処数日続いた雨で増水している川を覗き込むようにしていた。



「何やってんだ?アイツ」
「さぁ・・・。今にも川に飛び込みそうなオーラは出てやすがねィ」
「縁起でもねぇ事さらっと言ってんじゃねぇよっ!!
ってか、命を粗末にするような奴じゃねぇだろうが閃時は」
「まぁ、それはそうですがねィ。今の閃時君は記憶もありやせんし・・・記憶が戻らない事を苦に・・・」
「おぃいぃいぃいぃっ!!ホント縁起でもねぇよっ!!」



行き成りとんでもねぇ事を言いやがる総悟の頭を思いっきり叩いて、心持ち早足でぼぉっと増水している上に流れも早くなっている川を覗き込んでいる閃時の元へ足を進めた。
頭を叩いた事への不平をぶつくさ呟きつつ、総悟も気になっていたのか後ろを付いて来る。
残り数歩の距離まで近付いても、閃時はこっちの存在に気付かない。



「おい、どうした?」



何処か心此処に在らずな様子に眉を寄せつつ、声を掛けた。
浮遊していた意識がこっち戻ったのか、はっとした様子で振り返る。
その瞬間、立ち眩みでも起こしたのかグラリと閃時の身体が大きく揺れた。



「閃時っ!!」



身体が欄干を乗り越えそうになり、慌てて腕を掴んで引き寄せる。
何の抵抗も無く此方に倒れ込んで来たかと思うと、膝から下の力でも抜けたのかそのままズルズルとしゃがみ込んでしまった。



「おい・・・閃時?」



俺も片膝を突いてしゃがみ込むと、肩を支えながら顔を覗き込む。
両目は何かに耐えるように強く閉じられ、不規則な呼吸を繰り返してた。
顔面蒼白とはこの事か・・・と、思える顔色にさらに眉を寄せる。



「大丈夫ですかィ?」



やっと追い付いて来たらしい総悟も傍らにしゃがみ込んで閃時の顔を覗き込み、同じく顔色の悪さに気付いたのか幾らか眉を寄せた。



「すみ、ません・・・大、丈夫・・・です」
「んな蚊の鳴くような声で大丈夫って言われて、はいそうですかって返せるか。
とりあえず負ぶされ。此処からなら、万事屋に戻るより屯所の方が近ぇ。其処で休め」
「いや、ホント・・・大丈夫なんで・・・」
「いいから土方の野郎に負ぶさりなせェ。馬だと思って」
「オメェは一言多いんだよぉおぉおぉおぉっ!!」



余計な事を口走る総悟の頭をもう一度叩いて閃時へ背中を向ける。
未だに顔面蒼白の癖に遠慮しようとする閃時の腕をやや強引に引っ張り、無理矢理負ぶった。
そのまま立ち上がれば、いや、ホントいいですからと小さく暴れた閃時だったが・・・。



「まぁ、気でも失ってなせィ」



と、言う総悟の言葉に続いてトスッと言う音と共に、ガクンッと体重を掛けて来た。



「いやいやいやっ!?何やったの総悟君んんんんんんんんっ!?」
「何って・・・こう、延髄に手刀を一発」
「それ、下手したら死ぬからねっ!?漫画や映画で良くやるけど、本当に綺麗に入ると死ぬ可能性出て来るからねぇええぇぇぇぇっ!?」
「大丈夫ですぜィ。何せこれ・・・小説ですから。
でも、良い子も悪い子も普通の子も真似しちゃいけやせんぜィ」
「ホント、真似すんなよ。『延髄手刀一発はい気絶』は、フィクションだから成立する事だからな」
「まぁ、そう言う事でさァ。・・・それは良いとして、話続けて下せェ土方さん」
「お、おぉ」



何か変な会話が入ったが、話を元に戻す。
とにかく、完全に気を失ったらしい閃時を背負い直して、屯所へと歩き出した。
普通気を失った人間の身体は脱力している事で重さが増す筈だが、妙に軽い閃時に違和感を覚える。
確かに、身長の割りに体重が増えないと良くぼやいていたが、此処まで軽いと感じるのも可笑しい。
胸の前にダラリと垂らされている腕を辿って手首まで視線を落とせば、両手首に装着しているベルトで留めるタイプの皮製リストバンドが見えた。
随分長い事使っているのか、穴の一つに癖が付いている。
だが・・・今使用している穴は、それよりも一つ内に寄った穴だった。















※中編に続きます。
2009.07.04