夏・想い出・恋心
父が、叔父(父の兄)から呉服屋だった実家の暖簾分けをされ、江戸に出て来たのは春の終わり。
そして、その夏初めての祭りで私は迷子になった。
「お父さん・・・お母さん・・・ひっく」
母の手を離してしまった私が悪いのだが、その時はそんな事を考えている余裕は無く。
人波から幾らか外れた其処でしゃがみ込んで泣いていた。
「お父さん、お母さん・・・どこぉ」
ひっくひっくとしゃくり上げる合間に両親を呼んでみても、祭りの喧騒に掻き消されてしまう。
江戸に来て、まだ日は浅い。
この祭りにも両親に手を引かれて来たので自力で帰る事も出来ず、このまま一人ぼっちのままなのだろうか と思って、さらにポロポロと涙が零れた。
そんな私にも、此処が神社だったからなのか・・・救いの手が差し伸べられた。
「どうしたの?迷子?」
「え・・・?」
突然声を掛けられた事に目を瞬かせれば、其処には山吹地に紅い金魚が泳ぐ浴衣を着た、私と同い年位の可 愛らしい女の子が心配そうに首を傾げていた。
迷子かと言う問いに頷いた後、迷子になった時の為に待ち合わせ場所を決めていないのかとさらに問われ。
私は其処でやっと、父から万が一迷子になったら神社の狛犬の前に居るように言われた事を思い出した。
涙声でその事を告げるとほっとした表情を浮かべ、少しだけ待っててと言葉を残し、その子は近くに居た家 族らしい人達の下に走っていた。
普通の人より拳一個以上は軽く背の飛び出している人は、彼女のお父さんなのだろう。
鈍く輝く髪の色がそっくりだった。
彼女がお父さんに何事か告げると、彼女のお父さんの視線が一度私に向けられ、直ぐに彼女に視線を戻して何事か告げる。
それに彼女は頷くと、足早に私の下に戻って来てはいっと手を差し出した。
首を傾げながらも手を差し出せば、やんわりと私の手を取ってにこりと笑うと、こっちっと言って私の手を 引きながら歩き出す。
「夜店のある通りは人が多いから」
そう言って屋台の裏に少しだけある隙間を通りながら、迷いの無い足取りで進んで行く。
こんな所を通っては屋台の店主に怒られるのではないかとビクビクしていたが。
「あれ?閃ちゃんじゃねぇか」
「こんばんは、おじさん。少し通らせてね」
私達に気付いた店主さん達は、振り返った時こそ少し怖い顔をしていたけど、彼女に気付くと皆にっかりと 笑って快く通してくれる。
どうやら、彼女はとても顔が広いようだった。
林檎飴の屋台の後ろを通った時など、売り物にならないからと、飴の部分に幾らか皹の入ってしまった林檎飴まで貰っていた。
「林檎飴、好き?」
「うん。好き」
「じゃあ、あげる。おじさん、二つくれたから」
にっこりと笑って差し出された林檎飴を受け取って、迷子になってから初めて私は、笑顔を浮かべる事が出来た。
そうやって彼女に手を引かれるまま歩いていれば、喧騒の中、私を呼ぶ両親の声が聞こえた。
気付けば狛犬の見える所まで来ていたらしい。
人の波の合間に、両親の姿を見つけて私は彼女の手を離して駆け寄っていた。
「お父さんっ!!お母さんっ!!」
「
!!あぁ、よかった・・・。ちゃんと覚えてたんだな」
逸早く私に気付いた父に抱き上げられ、やっと両親に会えた事で安心したのか、止まっていた筈の涙がポロ ポロと零れる。
「もぉ、お母さんの手を離しちゃ駄目じゃない・・・」
「ごめんなさい・・・」
零れる涙は、母が袂から取り出した手拭いで拭ってくれるのに任せて謝罪の言葉を告げれば、二人に頭を撫 でられ、帰ろうかと笑顔で促された。
私が頷けば、父は私を抱えたまま歩き出す。
少しだけ顔を上げれば、私を此処まで案内してくれた彼女が気付いて、にこりと優しい笑顔と共に手を振っ てくれた。
あっと小さく声を上げれば父がどうした?と足を止めてくれたけど、それよりも早く、彼女は再び祭りの喧 騒に中に飛び込んで行ってしまった。
「
?どうしたんだい?」
「あのね、お父さん・・・ここまで私を案内してくれた子がいたの。
お名前・・・聞くの忘れちゃった・・・」
「あらあら・・・どんな子だったの?
ちゃん」
「えっと・・・銀色の髪なのにね、ここだけ黒髪なの」
此処と言いつつ、私は左前髪の一部を摘んで見せる。
「それから・・・。あっ!!瞳の色が左右違うのっ!!右目が紅で、左目は・・・黒なのかな?
私とね、同じ位の年の子よ」
「ふーん・・・お客さんに聞いてみようか?
珍しい色彩だから、もしかしたら何処の子か分かるかもしれないぞ?」
「お願いお父さんっ!!ちゃんとお礼を言いたいのっ!!」
「分かったよ。その時はお父さんも一緒に行こう」
「お友達になれるといいわね
ちゃん」
「うんっ!!」
迷子の私に優しく声を掛け、綺麗な笑顔を見せてくれたとても可愛らしい女の子だったから、江戸に来て初 めてのお友達になって欲しいと、私は母の言葉に大きく頷きながら思った。
「のに・・・詐欺よっ!!」
「何がだよ」
ビシッと勢い良く指差した先には、胡乱気な表情を浮かべる坂田閃時の姿。
何時もは洋装な彼は、今は黒地に銀灰色の龍柄の入った浴衣を身に纏っていた。
それもその筈。今日は今年の夏初めてのお祭りなのだ。
寺子屋の友達二人と一緒にお祭りに行こうと、祭り会場になる神社から少し離れた児童公園の前で待ち合わ せをしていると、やって来たのはその友達ではなく閃だった。
聞けば、閃も友達と祭りに行く為に此処で待ち合わせているのだと言う。
お互い、待ち合わせ時間よりも随分早く到着していた。
「ってか、人の顔見て行き成り詐欺はねぇだろう。詐欺は」
「詐欺は詐欺よっ!!あの時、絶対女の子だと思ったのにっ!!
閃が男だったと知った時、どれだけショックだったかっ!!
思わず涙が止まっちゃう程の美少女だと思ったのにぃいぃぃいいぃっ!!」
胸の前で拳を握ってそう叫べば。
「喧嘩売ってんのか?
」
ものっそ良い笑顔でわしっと頭を掴まれて、慌ててその手から逃げる。
「ちょっと止めてよー!!セットにどれだけ時間掛かったと思ってんのよぉおぉおぉっ!!」
間近で叫んだせいか、閃は煩そうに表情を歪めた。
「つーか。俺を女と見間違う方が可笑しいだろうが」
「可笑しくないですー。お目目くりんくりんで、さらさらヘアーのすんごい可愛い女の子でしたー。
ってか、明らかに女物の浴衣着てたじゃないの」
私が閃を女の子と勘違いしたのは、それが一番の原因なのだ。
ほらどうだと軽く睨めば。
「あれは・・・伯母上が・・・」
元々、子供用の甚平を着てたのに、無理矢理着替えさせられた浴衣があれだったと、その時の事を思い出し たのかムスッと表情を顰めてそっぽを向いた。
そうなのだ・・・。
あの時、迷子になった私に声を掛けてくれたのは、他の誰でもない閃だった。
翌日、父は約束通り少しずつ増えて来たお店に来てくれるお客さんに、反物を見せる合間に何気なくその子に付いて尋ねてくれていた。
何人目かのお客さんが。
「あぁ、それは万事屋さんとこの子だよ」
と教えてくれたのだ。
その日お店を閉めた後、父は菓子折りを片手に私の手を引きながら、その子の下に連れて行ってくれた。
父がチャイムを鳴らせば、へーいと少しダルそうな声と共に玄関の戸が開けられる。
応対に出て来たのは、あの時見たお父さんだった。
依頼?と問われ何の事か分からなかった父だったが、昨日の事を手短に話せば相手は合点が行ったのか一つ 頷いて奥に向かって声を掛ける。
「せーん。おーい閃時ー」
「はーい!!何?お父さん」
パタパタと走って来る足音に期待を膨らませるが、あれ?っと首を傾げる。
確かに応える声はあの子の物に間違いない。
でも今、女の子とは思えない名前で呼びはしなかっただろうか・・・?と、目を丸くしていれば、奥から出て 来たその子は確かに昨日の子だった。
明らかに男物と分かる、七分袖の着物と膝丈のズボンを履いて。
私に気付いたその子は、一瞬だけ瞳を丸くしたけど、直ぐににこりと笑ってくれた。
「昨日の祭りで迷子になってた家の子を、狛犬の所まで案内してくれたのは君で間違いないかな?」
「はい、そうだと思います」
「よかった・・・。昨日は本当にありがとう。これ、大した物じゃないけどお礼だよ」
「え・・・?でも・・・」
父の差し出す菓子折りに戸惑ったのか、彼女・・・じゃない。彼は困ったようにお父さんを見上げる。
「お礼の気持ちだから。受け取って貰えるとおじさんとても嬉しいんだけどなぁ」
そんな彼に気付いて父がそう言えば、お父さんに促されるように頭を撫でられた彼は、コクリと一つ頷いて 漸く父の差し出す菓子折りを受け取った。
「ありがとうございます」
「いやいや、お礼を言うのはこっちだよ」
菓子折りを胸に抱えて綺麗にお辞儀する彼に、父はその姿が好ましく感じたのか笑顔で手を伸ばすと彼の頭 を撫でる。
玄関先じゃ何だからと彼のお父さんに誘われ一度は断った父だったが、奥から出て来た彼のお母さんにもど うぞと誘われ、では少しだけお邪魔しますと言って、未だ彼女が彼だった事にショックでぼけっとしていた
私と共に上がり込んだ。
その後、彼のお父さんと父は年が近かった事もあって、意気投合したらしく色々と楽しげに談笑していた。
「そろそろ、家の子も江戸に馴染んで来た頃なので寺子屋に通わせようと思ってたんですが・・・。
これも何かの縁かもしれませんので、閃時君と同じ寺子屋に通わせようかと」
「あーそりゃいいかもしれませんね。やっぱり、知り合いが居ると居ないとでは大違いですから」
「えぇ。そう言う事だから閃時君。家の子と仲良くしてやってくれないかな?」
「喜んで」
父の言葉に何処か大人びた口調で彼は応え。
「坂田閃時です。これからよろしく」
そう言って私ににこりと笑った。
「
です・・・。よろしくお願いします」
確かに、男の子だった事にはショックだったけど・・・江戸で初めてのお友達が出来た事は嬉しかった。
「でも、やっぱり詐欺だと思うのよね。私」
「まだ言うかコラ」
「だってー!!だってぇえぇえぇぇっ!!
お目目くりんくりんのさらさらヘアーで。肌何か、雪のように白かったものぉおぉおぉっ!!
何処の美少女ですかっ!?ってなるでしょっ!?」
「ならねぇよ」
力説したらペシッと額を叩かれた。
地味に痛いです閃時さん。
まぁ、勘違いした私が一番悪いんだけどね・・・と、額を押さえながら俯けば。
「悪ぃ
。そんな痛かったか?」
と、痛みで俯いたのかと勘違いした閃に顔を覗き込まれる。
あの頃は、本当にくりくりと大きかった瞳は成長するに従って男の子らしく、やや眦が吊り上り気味の切れ長の瞳になっていた。
黒だと思っていた左目は、僅かに紅が混じった不思議な色だと気付いたのは何時だっけ?
確か、出会ってからそう時間を置かずに気付いた筈だ。
何時だって、彼は人の目を真っ直ぐに見詰めるから。
って言うか・・・睫、長過ぎない?
絶対コレ、瞬きしたら音するよね?影とか普通に出来るよね?
何かムカつくんですけど。
「おーい?
?もしもーし?」
「うりゃっ!!」
「ぶっ!!」
黙ったままの私を不審に思ったのか顔を覗き込んだまま私の顔の前で手を振る閃に、とりあえず頭突きを食らわせてみた。
・・・ら。
「い、痛い・・・っ。閃の馬鹿・・・っ」
「何でだよ!?何で俺が馬鹿呼ばわり!?
ってか、何で行き成り頭突き食らわせられなきゃなんねぇの俺っ!?」
「其処に額があったから」
「うん、登山家気取っても意味分かんねぇからな?」
「って言うか・・・本当に痛いです。閃時さん・・・っ」
「あのなぁ
・・・。俺が石頭なの知ってるだろうが・・・」
余りの痛さに額を押さえて今度は蹲れば、閃も同じようにしゃがみ込んだ。
見せてみろと、やんわりと額を押さえていた手を掴まれる。
私とは一回りは違うだろう大きな手。剣術の稽古をきっちりこなしてるせいか、掌が固い。
私の手を握ってない方の手で、さらりと前髪が掻き揚げられた。
「あー・・・ちっと赤くなってんなぁ」
「マジですか。閃時さん」
「マジですよ。
さん」
思いっきり頭突き何ざするからだと苦笑って、閃は赤くなってるらしい其処をそっと指の背で撫でる。
「痛ぇか?」
「うん・・・ちょっと痛い」
「とりあえず冷やすか?」
そう言って差し出された手に自分の手を乗せれば、簡単に引っ張り起こされた。
公園の中にある水飲み場に向かおうと軽く手を引かれたけど、逆に閃の手を引いてそれを止める。
「
?」
「閃の手・・・冷たいね」
「そうか?」
「仕方が無い。これで我慢してやろう」
繋いでいた手をぐいっと引っ張って、掌を額に当てる。
冷たいと言っても人の体温だ。余り意味は無いのは分かってた。それでも・・・。
「何様ですか」
「
様ザマス」
「何だそりゃ」
ぽつりと呟いた閃にふざけた口調で返せば、笑いを含んだ声で突っ込まれる。
それに釣られたようにクスクスと私は笑い声を零していた。
ふと、笑うのを止めて目を伏せれば、
?と不思議そうに呼ばれる。
あの頃よりも低くなった声。でも、大人程には低くない声。
子供でもなく大人でもない。男でもなく女でもない。
中間で中性で、不思議な響きを持ったこの声に・・・名前を呼ばれるのが好き。
でもきっと。この声がもっと高くても、もっと低くても。
閃の声なら、好きだと言える。
私の名前を呼んでくれる、閃が好きだから。
「
どうした?そんなに痛ぇのか?」
「んーん・・・。もう、大丈夫」
心配そうに顔を覗き込んで来る閃に、今度は頭突きを食らわせる事無く距離を取る。
額に当てられてた手を軽く握って離せば、直ぐにまたさらりと前髪を掻き揚げられた。
「ん。赤みも引いたな」
「それならよかったぁ」
「まぁ、自業自得だけどな」
「すみませんねっ!!」
ニヤリと意地悪く笑われて、がぅっ!!と噛み付くように言えば、ケラケラと楽しそうに声を上げる。
精一杯不機嫌な表情を浮かべていたけど、その笑い声に不機嫌な顔を保つのも難しくて笑ってしまう。
「そう言えば
。誰と祭り行くんだ?」
「え?」
突然の問いに首を傾げながらも仲の良い二人の友達の名前を出せば、少し何か考えた後、帰る時連絡しろよと呟かれた。
「え?何で?」
「何でじゃなくて・・・二人とも
の家と正反対だろうが、帰り道」
「うん。それが何?」
閃の言葉の意味が分からなくて首を傾げれば、あのなぁっと呆れた視線を向けられる。
何か腹立つぞ。
「女の夜道の一人歩きは危ねぇだろうが馬鹿」
「あらやだ。紳士が居るわ此処に。頭に似非って付けていい?」
「何故付ける必要があるのかご説明願いたい所なんですが」
「・・・閃だから?」
「どう言う意味かな?
さん」
「ふぃまへん。ひょうひゃんれふ」
にぃっこり笑顔なのに、何か黒い物を背負う閃にむにぃっと両頬を引っ張られながら謝れば、うむっと鷹揚に頷かれた。
「もしかしなくても、心配してくれてる?」
離された両頬を軽く手で擦りながら問えば。
「ダチの心配すんのは当然だろうが」
と、極当たり前の事のように返された。
これが私じゃなく他の女の子でも、閃は間違いなく同じ事を言うだろう。
それは別に、自分を良いように見せたいからとかじゃなく、閃なりの優しさ。
私が特別な訳じゃない。
それでも、今その優しさを向けられているのが私だと言う事が嬉しい。
「・・・閃は、誰と行くの?」
「あー虎とよっしー」
「男三人?」
「まぁな。そっちは女三人だな」
「・・・一緒に行く?」
「は?」
「人数多い方が楽しいし・・・。虎丸君と吉平君なら、こっちの二人とも仲良いでしょ?」
「あーそれもそうだな。まぁ、一応聞いてみるか」
「私も聞いてみる」
そう言ってお互い携帯を取り出すと電話を掛けた。
どちらも直ぐにOKの返事が貰えて、少しだけほっとする。
それから数分後、全員が無事合流して漸く私達はお祭りに向かった。
今回のお祭りは、別に花火を打ち上げたり盆踊りがあったりと言う規模の大きいお祭りじゃない。
屋台をゆっくり回って、途中立ち止まって買った物をわいわい言いながら食べてる内に、あっと言う間に終わってしまった。
少しずつ祭り会場の神社から人が流れ出て行くのに合わせて、私達も帰途に付く。
「じゃあなぁ〜」
「おーちゃんと送って行けよオメェ等」
「閃もなぁー。
さんもまったねぇ〜」
「うん、またね」
大通りの何個目かの交差点で、私達は二手に別れる。
四人は同じ方面に帰る事もあって、虎丸君と吉平君が二人を家まで送り届ける事になっていた。
ちょうど四人側の信号が青になったので、二人で四人を見送って大通りから外れるように歩き出す。
途端、さっきまで同じく帰途に付いているだろう浴衣姿がぐんっと減った。
少しだけ大通りを振り返れば、対照的に浴衣姿が多い。
「前向いて歩かないと転ぶぞ」
と、失礼な事を言う閃が私の頭の上に手を置いてくぃっと顔を前に向かせた。
「失礼なっ!!子供じゃないんだから転びませんっ!!」
拳一個は軽く背の高い閃を見上げて噛み付けば、ガッと突っかかるような音が足元でして、カクンッとバランスが崩れる。
何てお約束なっ!!
「誰が子供じゃないって?」
完全にバランスを崩して転ぶ前に伸ばされた腕に反射的に縋り付けば、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた閃に揶揄われた。
言い返す事も出来ずにむっと口唇を尖らせれば、笑いのツボにでも入ったのかカラカラと声を上げて笑い出す。
「てぃっ!!」
「甘い」
腹が立ったので素早く体勢を整えて、足を踏んでやろうと少しだけ浮かした足を振り下ろせば、さっと避けられた。
ガッと地面と下駄の歯がぶつかった瞬間、ビリビリと衝撃が其処から駆け上って来る。
「〜〜〜〜〜っ!?」
「どんだけ力込めてたんだよオメェは」
思わず音の無い悲鳴を上げれば、呆れ顔の閃に軽く頭を小突かれた。
「閃が避けるのが悪い・・・」
「いや、普通避けるからな?」
「覚えてなさい・・・っ!!」
「俺が悪ぃのかよ。何その盛大な八つ当たりってか責任転換」
さらに呆れた表情を浮かべられた事にべっと舌を出して、閃を置き去りにする勢いで歩き出す。
なのに、こっちは結構な早足でカラコロと下駄を鳴らして歩いているにも係わらず、閃はカランコロンとの んびりした音を立てながらあっと言う間に隣に並んだ。
それが悔しくて睨み上げればニヤリと笑って、コンパスの差等と悠々と言い放つ。
事実ではあるが、何か言い返してやろうと口を開きかけたけど、ポンッと頭に手を乗せられて不発に終わった。
ポンポンッと軽く何度か頭を叩かれるのに首を傾げれば、ふっと閃は表情を緩ませる。
「安心した」
「え?」
「屋台回ってる時、
・・・何か様子が可笑しかったからな。
何時も通りで安心した」
そう言って最後にポンッと軽く頭を叩いて閃は手を下ろすと、またゆっくりとした足取りで歩き出した。
閃が触れた場所を手で押さえながら立ち止まったまま口唇を噛む。
何時も通り振舞っていたつもりだった。
意識しなきゃ、何時も通りを振舞えなかった。
虎丸君や吉平君が、閃と肩を並べるのは当然だから平気だった。
でも、ちょっとしたタイミングで、私の友達が閃の隣を歩く姿を見るのが嫌だった。
だから何時もより、少しだけ高いテンションで騒いでいた。
他の皆も祭りの雰囲気に酔っていたから、きっと誰も気付いていないと思っていた。
なのに、閃はそれを可笑しいと気付いていた。
「そんな事・・・気付かないでよ馬鹿閃」
閃にとっては大した意味も無い言葉でも、私の中でそれは大きくなる。
きっと、閃は夢にも思ってないだろう。私の中の気持ちなんて。
出会って八年。
人生の半分以上を閃と友達として過ごして知ったのは、ヤツの恋愛回路は未だ繋がっていないと言う事。
善意や悪意には敏感な癖に、善意であろう恋愛感情には酷く鈍感な馬鹿野郎なのだ。
「何してんだ?帰るぞ
」
付いて来ない私に気付いて振り返ると、閃は首を傾げて私を呼ぶ。
やっぱり、どうしても嫌いになれないその声で。
「今行くっ!!」
「走ると今度こそ転ぶぞ」
「うるさーいっ!!」
ニヤニヤと笑う閃に怒鳴って、急いで隣に並ぼうと駆け寄る。
鈍感な馬鹿野郎な閃を好きな私も、十分馬鹿なんだろうなと思って。
後書き
『長男相手の夢小説で、ヒロイン視点の片想い。ヒロインは幼馴染系のちょっと気の強い女の子で』な、リクでしたっ!!
何か、こっ恥ずかしいんですけどぉおおぉおぉおぉっ!!!(撃沈)
で、何でこのシチュエーションになったかと言うと。
蒼月『何かシチュで希望とかある?』
るー『お祭りとかは?』
蒼月『あー・・・夏だしねぇ』
るー『閃君は浴衣着用でっ!!着崩して胸元肌蹴れば良いと思うっ!!』
蒼月『・・・十五歳の少年に何を求めてんだ君は』
るー『エロティック?』
蒼月『世界中の十五歳に土下座しなさい。そして捕まれ』
と、まぁ・・・書き出す前にこんな会話を繰り広げた故のシチュです。
殆ど生かせてないけどね(爆死)
ちなみに、閃時の浴衣の柄は、私の持ってる甚平の柄をそのまま転用しました(笑)
るーちん
えーっと・・・君が好きそうな少女漫画的展開を狙ったんだけどどうだろう?(笑)
もうね、書いてる途中で全身痒くなりそうだったよっ!!(爆)
って言うかね。ヒロイン視点にすると、名前変換の意味が薄くなった気がするんだけど。
そこんとこどうなの?(笑)
企画参加ありがと☆
20009.07.28