※この小説は、白血球王編の設定が盛り込まれております。
それでも大丈夫!!とおっしゃって下さる方は、スクロールして本編へどうぞ☆
限界を突破せよ 前編
「こんちはー」
ある日の昼下がり、閃時の明るい声がスナックお登勢に響いた。
カウンターの中で何時ものようにゆるりと煙草を燻らせていたお登勢は、いらっしゃいと微かに笑みを浮かべる。
「ばぁちゃんコレ、頼まれてたヤツ」
ニカッと笑顔を返して、閃時は小脇に抱えていたビデオデッキを軽く掲げて見せた。
「ついでに繋いどくな」
「あぁ、すまないねぇ。頼むよ」
お登勢の言葉に了承の言葉を返し、勝手知ったる何とやらの様子で店の奥の居住スペースに上がり込むと、閃時は居間へ向かい手早くデッキとテレビの配線を繋いだ。
適当にテープを一つ突っ込むと、デッキとテレビの両方の電源を入れて不具合がないか確かめる。
再生と早送り巻き戻しを順にリモコンで操作して問題ないだろうと一つ頷き、テープを取り出すとデッキとテレビの両方の電源を切った。
そこでふと、何かに気付いたように顔を上げ、首を捻ると立ち上がる。
「ばぁちゃん、とりあえずデッキは大丈夫そうだから」
「そうかい。ありがとうよ」
「どう致しまして。そう言えば、たまはどっか行ってんの?買い物?」
何時もは開店時間までまだ時間があると言うのに、モップ片手に掃除をしている筈のたまの姿が見えない事に脱いだブーツを履き直しながら閃時が問えば、否と返事が返って来た。
「源外のじじぃんの所さね」
「源じぃの所?メンテナンス・・・は、この間行ってたから違うか。急に調子でも悪くなったとか?」
「そうなんだよ。今朝になってどうも手足が上手く動かないって言うから、行かせたのさ」
「ふーん・・・」
ぎゅっぎゅっときつめに靴紐を締め直し、軽く爪先で床を蹴っていた閃時は何か考えるように一度口を閉ざす。
それから、よしっと一つ頷くと再び口を開いた。
「俺も源じぃんとこ行って来る」
「おや?行くのかい?」
「うん。もし簡単な修理で済むようなら、俺もやり方教えて貰っとこう思って。
俺が覚えてたら、いざって言う時も対処し易いだろ?」
「それもそうだねぇ。頑張って覚えて来ておくれ」
「はいよ。んじゃ、行ってきます」
「気を付けて行っておいで」
見送るお登勢の言葉にはーいと返事を返すと、閃時はスナックお登勢を出て直ぐに源外の工房へ向かって走り出した。
「こんちはー源じぃ居るー?」
軒下に、鉄屑やらなんやらをこれでもかと詰め込んだ木箱や、壁に鉄パイプや鉄板を無造作に立て掛けた町工場の出来損ないのような工房の前で、閃時は声を上げた。
暫し間を置いて、こっちだーと微かに聞こえた返事に、一応お邪魔しまーすと声を掛けて閃時は奥へ進んだ。
奥に進めば進む程、用途不明のカラクリの量が増すが、見慣れた物だと軽く流して作業場に踏み込む。
「何か用か?閃坊」
何やら、台の上で横たわるたまに色々とコードを取り付けていた源外が振り返り、ニカリと笑う。
とりあえずこっちに来いと手招かれ、閃時は素直に傍に寄る。
たまからは何の反応も無く、どうやら休眠モードに入っているようだった。
「お登勢ばぁちゃんにたまの調子が悪いって聞いてさ。
修理とか必要なら、俺も修理の仕方教えて貰おうと思って」
「なるほどな。良い心掛けじゃねぇか」
「で、結局どうなの?」
口を動かしつつも、手を休める事をしない源外の手元を邪魔にならないように覗き込みながら閃時が問えば、至極あっさりと新種のウィルスだと返される。
「え?この間のメンテの時、新種のウィルスに対応出来るワクチン入れただろ?」
「いや、さらに新種が出やがった」
「はぁあぁぁっ!?あれから一ヶ月も経ってねぇじゃんっ!!」
「正確にはその新種をどこぞの馬鹿が改造した亜種だな」
「ホント馬鹿なっ!!ったく・・・あのワクチン作るのにも結構時間掛かったつーのによー。
あ、でも亜種って言うならそれを改良すれば何とかなるか・・・」
ブツブツと呟きながら工房の隅に並べられたパソコンに向かっていた閃時だったが、ちょっと待てと言う源外の言葉に首を傾げながら振り返った。
「あのよ。この亜種ウィルス。増殖率が半端ねぇ」
「いや、それなら尚更急がねぇと駄目じゃん」
「よく聞け閃坊。完全にたまのシステムが増殖によって侵食されるまで、もって二時間強だ」
「二時間強って何ソレっ!?無理だろっ!?
その短時間でベースがあってもワクチン作るとか無理だろっ!?
耐性だって上がってるだろうし、増殖スピードも半端ねぇしっ!!」
「でだ・・・オメェ、たまの事助けたいか?」
「そんなの当たり前じゃねぇかっ!!俺に出来る事なら何だってやってやらぁっ!!」
「そうか・・・ならよ。ほれ、これを腰にぶら下げてるもんに装着しろ」
「はっ?」
そう言って投げ渡された物を受け取り、訝しげに眉間に皺を寄せた閃時は手の中の物と源外へ交互に視線を向ける。
投げ渡された物は刀の鍔の形状をしており、早い話しが今腰に差している刃引き刀の鍔と交換しろと言う事なのだろう。
何で交換?と首を傾げた閃時だったが、いいから早くしろと急かされ、言われた通り手早く付け替えた。
外した鍔は、腰の後ろに太めのベルトに通して並べ付けているボックスポーチの中に仕舞う。
続いて投げられた物を危なげなくキャッチすれば、それは徐々に数字を減らして行く腕時計式のタイマーだった。
小さな液晶には、数字の減って行くタイマーとそれに反比例して増えて行く二桁の数字。
そして、変動の無い二桁の数字が表示されていた。
「・・・源じぃ。これ、もしかしなくても減って行くのが残り時間で、増えるのがウィルス増殖率?
後一個は良く分かんねぇけど」
「おうよ。今たまのシステムと連動させたから正確だぜ」
「って、おぃいいぃいぃっ!!今、一瞬で一気に十分時間が減ったんですけどぉおぉぉっ!?」
「あぁ、増殖が早くなると残り時間も一気に減る」
「何を悠長にっ!!たまが壊れたらどうすんだっ!?早くワクチン作らねぇとっ!!」
「閃坊。たまを助ける為に命掛けられるか?」
バタバタとパソコンに駆け寄っていた閃時は、思いも寄らない源外の言葉にピタリと動きを止めた。
振り返って、真っ直ぐに源外のゴーグル越しの瞳と目を合わせる。
「俺は誰かを助ける為に命は掛けないって決めてんだ。
その代わり。たまを助ける為に身体張る事は出来るぜ」
ニヤリと不敵に笑う閃時に、源外もニヤリと笑った。
「良い心掛けじゃねぇか。じゃあ、オメェがワクチンになって来い」
「はぃ?」
言葉の意味が分からず首を傾げる閃時を無視して、源外は作業場の隅で佇んでいた三郎に声を掛けた。
ガショコガショコと音を立てて背後から近付いて来た三郎の影に覆い被さられ、閃時は不思議そうに肩越しに振り返り、左右色違いの瞳を丸くさせる。
其処には、何やら巨大なハンマーを掲げ持つ三郎。
「え?ちょ・・・待て三郎。それ、どうする気?」
何やらとてつもなく嫌な予感に襲われて、閃時は一歩後退ろうと体勢を入れ替えようとしたが、それよりも早く。
「やれ、三郎」
と、無情にも源外の命令が下され。
「御意」
短い三郎の言葉の後・・・。
同じく無情な程の勢いでハンマーが振り下ろされる。
「にぎゃぁああぁああぁあぁっ!?」
後に続いたのは、閃時の断末魔の悲鳴と破壊音だった・・・。
「いやいや、もうさ、色々可笑しいよな?可笑しいよなコレ?
え?何?打出の大槌Z503型-改?打ち付けた対象物に超電磁波を送って何やかんやで細胞を縮小する?
ドラ○もんかあのじじぃいぃいいぃいぃぃっ!!」
ふざけんなぁあぁぁぁぁっ!!と雄叫びを上げながらも、閃時はお椀の船でオールを使ってオイルの川を必死で下っていた。
「つか、此処からどうしろっつうんだよっ!?
人の事小さくしといて行き成り摘み上げて『じゃあ頑張って来いよ』ってたまの口に放り込みやがって!!
何処行けばいいのっ!?何すりゃいいのっ!?正直一人で寂しいんですけどぉおぉぉっ!!」
「閃時様、私もいます」
「って・・・たま?」
ふんがぁあああぁぁっ!!と両腕を振り上げた所で、小さく聞こえたたまの声に、閃時はパチリと目を瞬かせる。
一人で乗るには広いお椀の船の中でぐるりと辺りを見渡すが、声はすれども姿は見えず、コトリと首を傾げた。
「此処です。閃時様、此処に居ます」
「んん?」
何故か声は船底から聞こえ、閃時は首を捻りつつ視線を向ける。
其処には、一生懸命存在を主張しようとしているのか、両腕を振って見上げるたまの姿。
正し、その大きさは今の閃時の掌程しかない。
「たまっ!?どうしたんだその姿!!」
踏み潰しては不味いと、慌てて両手を伸ばしてそっと掬い上げると顔の前まで持ち上げた。
「ってか・・・たまの中にたまが居るって可笑しくね?」
「これは分身です。ただ・・・ウィルスの増殖と侵食が早く、この大きさでしか作る事ができませんでした」
「何でそんな無理してまで分身を作ったんだ?」
「閃時様が『たまを助ける為に身体張る事は出来るぜ』とおっしゃって下さった言葉。
休眠モードに入っていた私にも聞こえました。
ですから、少しでも閃時様のサポートを出来ればと・・・」
「そっか・・・」
まさか聞かれていたと思っても無かった言葉を繰り返され、閃時は照れ臭そうに頬を掻く。
だが、その言葉に偽りはない。
「じゃあ、俺は何処に行って何をすれば良いか教えてくれるか?
行き成り『オメェがワクチンになって来い』って言われてもさっぱりだ」
苦笑う閃時にコクリと頷いたたまは、先ずはあちらにと言うたまに頷いて、指差す方へとお椀の船を進めようとオールを握り直す。
「あ、そうだ。危ねぇから此処乗ってろ。髪掴んでもいいから落ちるなよ」
「はい、閃時様」
そう言って閃時は掌に乗せたままだったたまを左肩に移動させ、改めてお椀の船を進めた。
暫くして近くの岸にお椀の船を寄せると、たまの案内に従って右へ左へと歩を進める。
そして辿り着いた其処で閃時は・・・。
《ようこそ白血球国へ。ここから北に進むと白血球城。
東に行くとビフィズス菌村。南に行くと大腸菌の町があるぞ》
「いや、ちょっと黙れテメェ」
『白血球国』と書かれた看板の掲げられた門の前で、全身白タイツの門番っぽい男に捕まっていた。
《だが、西の毛細血管の洞窟には近付くな。ウィルスの・・・》
「だから黙れつってんだろぉぉおぉぉっ!?ってか、此処何!?コレ何っ!?
此処ってたまの体内だよなっ!?何で全身白タイツの人間がウロウロしてんのぉおぉおぉっ!?
武器屋とか宿屋って何っ!?何でRPG風ぅうぅうぅぅうぅっ!?」
「閃時様」
「何っ!?」
「その突っ込みは以前、すでに新八様がされております」
「あ、そうなの・・・って、母さん此処に来た事あんのかよっ!?」
「新八様だけでなく、銀時様と神楽様も一緒でした」
「だろうね!!あの二人が母さんを一人にする訳ねぇもんね!!」
《ようこそ白血球国へ。ここから北に進むと白血球城。
東に行くとビフィズス菌村。南に行くと大腸菌の町があるぞ》
「だから黙れっつってんだろうがぁあぁぁっ!!
しかも、さっきと一言一句違わず同じじゃねぇかぁあぁっ!!」
ふざけんなぁああぁぁぁあぁっ!!と叫ぶ閃時にも、門番っぽい白タイツは動じない。
漸くそれに気付いた閃時は、ヒラヒラと顔の前で振ってみた。
が、やはり反応は無い。
「その者は、NPCです。組み込まれたプログラムを忠実にトレースしているだけの事。
それ以上の台詞を紡ぐ事もなく、表情や動きも変わりません。
ちなみに、彼等は私のセキュリティシステムです。詳しくご説明致しましょうか?」
「うん・・・もう、何かいいや。一々突っ込んでたら身が持たない事だけは分かったから。
基本ありのままに受け入れる事にする。
で・・・とりあえず、此処から何処行けばいいんだ?」
「では、白血球城へ参りましょう」
「・・・分かった」
まぁ、セオリーだわなと納得して、閃時は遠くに見える城らしき建物を目指して走り出した。
城の前に到着すると立派な門の前でやはり門番が立っていたが、止められる事も無く簡単に城内へと入り込む事が出来る。
「ってか、曲がりなりにも城がこんな警備薄くていいのかよ・・・」
「問題ありません。彼等のプログラムを、閃時様をこの世界を救いに来た勇者と認識するように書き換えて置きましたので」
「あーそうなの・・・」
「閃時様此処です。此処にこの城の主『白血球王』がいます」
「はいはい」
大きな扉の前でストップを掛けられ、閃時は一応ノックはしたが返事は待たず扉を開け放った。
其処には、やはり全身タイツが忙しそうに右往左往している。
幾らかうんざりしていた閃時だったが、その中心に全身タイツではなく指示を出す人物を発見して目を瞬かせた。
次の瞬間・・・。
「イイ年こいて何のコスプレしてんだ馬鹿親父ぃいぃいぃいぃっ!!」
「ぐほっ!!」
そう叫んで全身全霊の力を込めて、ドラ○エっぽい衣装を身に纏っていた銀時を蹴り飛ばしていた。
「確かに四十路超えてる癖に、見た目三十路半ばも行ってねぇように見えるけど流石にこれは駄目だろっ!?
見てて何か痛々しいんですけどっ!?好い加減にしねぇと本気で父子の縁切るぞっ!?」
「ちょ、ま・・・っ」
崩れ落ちかけた銀時の胸倉を掴んでガクガクと揺さぶる閃時を、銀時は半ば意識を飛ばしながらも止めようと片手を上げるが、何の効果も無い。
「閃時様、閃時様」
「たま後にしてくれっ!!とりあえずこの馬鹿親父しばき回すのが先っ!!」
「お待ち下さい閃時様。この方が白血球王です」
「・・・はぃ?」
ガスガスと振り下ろしていた拳をたまの言葉に思わず止めた。
膝の崩れた銀時を胸倉を掴む事で支えていた閃時は、肩の上のたまへ視線を向け、白目を向いている銀時へ視線を戻す。
「いやいや・・・だって、これどう見ても親父じゃん?天パの可哀想具合とか、まんま親父じゃん?」
「確かに、容姿は銀時様ですが。この方が白血球王です」
「無礼者がぁあぁぁぁっ!!」
「うぉっ!?」
何の前触れも無く高くも低くも無い、中性的な声が響くが早いか殺気を纏った剣の一撃に襲われ、閃時は咄嗟に銀時の胸倉から手を離し、大きく後ろに飛び退った。
反射的に腰を落とし半身に構え腰に差した刃引き刀に手を掛けるが、抜刀する事無くぽかんっとした表情を浮かべる。
「お前達っ!!侵入者を易々と王に近付けるとは何事だっ!?」
閃時に強襲を掛けた人物は、マントを翻して倒れる銀時を守るように閃時に対峙すると、おろおろとする全身白タイツ達を一喝した。
ド○クエっぽい衣装を纏い、ドラ○エっぽい剣を構えるのは・・・。
「俺ぇえぇえぇぇぇええぇっ!?」
叫んだ閃時そっくりの少年だった・・・。
「何て言うか・・・ホントすんませんでした」
問答無用で蹴り倒した上にたこ殴りにした・・・銀時改め白血球王に、冷静になった閃時は頭を下げた。
この姿はたまの記憶回路・思考パターン・・・あらゆるデータの影響を受けた上で、イメージが反映された結果なのだと言う。
人格データは些か違うようだが、銀時=白血球王と繋げる事が出来る。
が、一応別々の人間なので素直に謝る事にした。
「すんませんでしたで済むか無礼者!!父上!!この者、私が手打ちに致します!!」
「ちょっ!!止めてくんない!?俺と同じ顔で、親父と同じ顔の人庇ったりすんの止めてくんないっ!?
ものっそ寒気がするんですけどぉおぉおぉおぉっ!!」
ぎゃー!!と叫んで、剥き出しの二の腕を擦る閃時の表情は心底嫌そうだった。
「よせ、王子」
「王子ぃいぃいぃいいぃっ!?ちょ、たまぁあぁぁあっ!?
俺をどう言うポジションに持って行っちゃいましたかぁあぁぁぁっ!?」
「銀時様の息子は閃時様。ならば、白血球王の息子が白血球王子である事は当然の事です」
「「たま様ぁあぁぁぁあぁっ!?」」
「ぶっ!!」
閃時そっくりの少年が、背負った剣に手を伸ばし白血球王の前に物騒な発言と共に一歩踏み出したが、それを白血球王自ら止める。
その際発せられた呼び名に、閃時がありえないとばかりに叫んで、肩に乗せていたたまを掴み取った。
・・・途端、カッと両目を見開いた二人に引っ手繰るようにたまを奪われた上に、閃時は思いっきり突き飛ばされる事となる。
「たま様っ!!分身がこれほど小さいとは、それほどにウィルスは増殖しているのですかっ!?」
「そんな・・・最初のウィルスの小隊が発見されて、まだそれ程時間が経っていないと言うのに・・・っ」
「いいえ王子。確かにウィルスは増殖しているのです。私の分身がこれほどに小さいのが何よりもの証拠」
「それは・・・っ」
「だが何故これ程の増殖を?いや、こんな事を言ってる場合じゃないっ!!出撃だっ!!」
「父上っ!!私も一緒にっ!!」
白血球王からたまの分身を渡された白血球王子は慌てて声を上げるが、ゆるりと首を横に振られた事にきゅっと口唇を引き結んだ。
「小隊の幾つかは城の守りの為に残して行く。
万が一、ウィルスが城に進軍して来た場合は王子・・・お前が指揮を取るんだ」
「ですが・・・っ」
「城を頼むぞ」
「・・・はい」
渋々と言った様子ではあったが頷いた事を確かめると、白血球王はマントを翻して広間から駆け出して行った。
「王子・・・白血球王は貴方の身を案じて・・・」
「お気遣いは無用ですたま様。まだ未熟だから・・・仕方がないんです」
置いて行かれ、項垂れる白血球王子を気遣うように掌の上から見上げるたまに、そう言って力無く笑い掛けた。
「・・・って言うか。俺何しに来たの?」
突き飛ばされた時に床に転がったままの閃時がぽつりと呟くが、それに対して誰も返答を返してくれない事に少しだけ泣きたくなった。
「なぁおい。熊みてぇにウロウロしてねぇで座れば?」
「煩いっ!!と、言うか何故まだ居るんだ貴様っ!?」
広間の一角に置いてあった椅子に腰掛けながら、閃時は右へ左へと落ち着かない様子で歩き回る白血球王子そう声を掛けた。
が、直ぐに噛み付くような勢いで叫ばれて肩を竦める。
「こちとら、訳も分からんままに『オメェがワクチンになって来い』つってハンマーで叩き潰されて此処に居るんだよ。
事態が収束するまで見届けねぇと気持ち悪いんだっつうの。
それに、万が一城にウィルスが攻めて来た時に、ちったぁ戦力になんだろ」
「余所者の手は必要ないっ!!」
「うわっ!!可愛くねっ!!」
さらに噛み付かれ反射的にそう言った閃時だったが、自分をベースに造られている事を思い出して、その方が良いのかとうーんっと唸った。
「閃時様・・・お手を煩わせて申し訳ありません・・・」
「んぁ?あぁ、たまが謝る必要ねぇよ。
たまのセキュリティシステムがどうなってるのか分かってちょっと面白かったし」
「面白いとは何だ貴様っ!!」
「煩ぇよ。セキュリティシステムがRPG仕様何ざ面白いとしか表現出来るかっ!!」
「我等を愚弄する気か貴様っ!?」
ズカズカと近寄って来た白血球王子にガッとばかりに胸倉を掴まれ、ピキリと米神に青筋を一つ浮かべた閃時は、そっちがそうならこっちもこうだっ!!と言わんばかりに逆に胸倉を掴み上げる。
「大体っ!!たま様を呼び捨てにするとは何事だ!?何処までも無礼な奴めっ!!」
「ダチを呼び捨てにすんのは普通だろうがっ!!たまちゃんかっ!?たまちゃんならいいのかっ!?」
「馴れ馴れしいにも程があるぞっ!?たま様と呼べ!!たま様とっ!!」
「こちとら生まれてこの方、ずっとたまって呼んでんだよ!!テメェに呼び方指図される謂れはねぇ!!
ってか、こっちだって言いたい事はあんだよっ!!俺の顔で一人称『私』って止めてくんねぇかなぁあぁぁっ!?」
「私の一人称を貴様に指図される謂れは無いっ!!」
「あるわぁあぁぁぁっ!!俺の顔!!俺の顔だからね!?それっ!!」
「お二人とも、喧嘩はいけません。喧嘩は」
お互い胸倉を掴み合って至近距離で怒鳴り合う二人に、たまは閃時の肩から宥めるように口を開いた。
それに逸早く気付いた白血球王子はバツが悪そうに表情を顰めると、閃時を睨み付けてからふんっ!!と鼻息も荒く手を離す。
閃時も、釣られるようにパッと手を離した。
隙を突くように白血球王子は閃時の肩に居たたまをさっと攫うと、己の肩に移動させ、先ほどまで自分が居た位置に戻ると睨むように窓の外へ視線を向けた。
その態度にパチリと目を瞬かせた閃時だったが、やれやれと肩を竦めると蹴倒してしまった椅子を起こし座り直す。
ふと、視線を左腰の辺りに落として、視線の先にあったが見慣れた鍔ではなく、やけにメカチックな鍔だった事を思い出して何気なくたまに問い掛けた。
「それは、ワクチンを高速で精製する装置です。
幾ら耐性が出来ているとは言え、高速でワクチンを送り込まれては今回のウィルスでも消滅します」
「ふーん・・・質より量ってヤツか・・・。あ、そう言えば源じぃからカウンターも貰ってんだけど。
残り時間とウィルスの増殖率を表す表示は直ぐ分かったけど、もう一個の表示って結局なんな訳?」
「多分、白血球軍の数値だと思います。それで大体の戦況は分かるかと」
なるほどと納得して、頭の後ろで腕を組んで腰を前にずらしてややだらしのない姿勢で背凭れに深く背を預ける。
閃時は両手首には皮製のリストバントを付けている為、ベルトに取り付けていた腕時計型のカウンターを筈に目の前に掲げ・・・瞠目する。
「たまっ!!白血球軍は何処に向かった!?」
「それは、中枢電脳幹だと思いますが?あ、今システムをウィルスから取り戻しましたね。
メモリー領域が復活を始め・・・」
「だったら何で増殖率が止まらないっ!?」
「そ・・・れ・・・は・・・」
「たま様っ!?」
不意に、閃時の言葉に応えを返そうとしたたまの身体が徐々にドット化し、消滅して行く。
それに慌てた白血球王子が掌にたまを移動させたが、音の無い言葉を発した後・・・最後のドットの一片と化し消えた・・・。
「一体どう言う事だっ!?」
「ちょっと待てっ!!今考えてんだよっ!!」
何も掌に残っていない事に呆然としていた白血球王子だったが、はっと我に返ると閃時に詰め寄る。
それを手で制して片手を額に当てた閃時は、思考を巡らせた。
「このウィルスは亜種だ・・・」
「何?」
ポツリと零された言葉に、白血球王子は訝しげに眉を寄せる。
「そうだよっ!!コイツは新種のウィルスの亜種だっ!!増殖率を特化させただけじゃないっ!!
増殖の仕方自体改造されたプログラム何だよっ!!」
「どう言う意味だっ!?」
「元々、このウィルスは情報を食って増殖するタイプだっ!!でも、改造された事で変わった。
このウィルスの増殖に必要なのは情報じゃねぇ・・・エネルギーだ」
呟かれた言葉に、白血球王子は閃時の同じ左右色違いの瞳を見開いた・・・。
※続きます・・・orz
2009.07.19