志村家の広い敷地には、沢山の桜が植えられている。
どれも立派なものだが、その中でも一際立派なのは道場の脇に植えられた桜だった。










見守りしは・・・










「兄様どこですか?なのです〜」
「閃兄様どこですか?ですの〜」



志村家の、造りは古いが未だ現役でどっしりと構える広い屋敷の中、まだ幼い少女の声が響いた。
背中の半分まで伸びた髪を、頭の両脇で二つに括るのが坂田さん家の次女・蓮華。
同じく背中の半分まで伸びた髪を、後頭部の高い位置で一つに括っているのが近藤さん家の長女・咲である。
この二人、揃って母親似である上に何と産まれた日まで同じ事もあって、まるで本当の双子姉妹のように仲が良い。
そんな二人は、仲良く手を繋いであっちへトタトタこっちへトタトタと可愛らしい足音を立てながら屋敷の中を歩き回っていた。
二人が探しているのは、響く声で分かるように坂田さん家の長男・閃時だ。
志村家に居て稽古に参加でもしてない限り、閃時は二人の傍に高い確立で居る。
閃時が分け隔てなく二人を可愛がっているからでもあるし、二人がそんな閃時の傍を離れたがらないからでもあった。
まるで三人ワンセットのように一緒に居る筈なのだが、珍しく閃時が居ない。
最近、武家の娘らしく剣術を習い始めた二人は、午前中に行った稽古で疲れていたのか、昼食を食べた後にうとうとと船を漕ぎ始めた。
それを見兼ねたのか、閃時が日当たりの良い座敷へ二人を連れて行き、昼寝をするように促したのだ。
今日は夕方から志村家の桜で花見をする事もあって、寝てないと楽しめないぞ?と言う閃時の言葉に、二人は素直に従った。
完全に眠りに落ちるまでは確かに慣れた気配は傍に居たのが、昼寝から目覚めると微かに其処に居た気配だけを残して閃時の姿が消えていたのだ。
台所で、夕方から始まる花見の為の料理の下拵えをしていた新八と妙に問うても、いないの?と不思議そうに逆に二人は問い返された。
何も告げずに出て行く事はないから、必ず屋敷内に居る筈だと言われたので、それを信じて二人は探し回っている。
だが、二人の呼び声に応える声は無い・・・。



「蓮華、咲ちゃん。閃時居た?」



何時だって呼べば必ず返ってくる筈の声が聞こえず、しゅんっと項垂れていた二人に、粗方の下拵えを済ませて少しばかりの休憩を取る為に台所出て来た新八がそっと声を掛けた。
ふるふると首を振る二人に、可笑しいなぁ・・・と呟いて首を捻る。
もしかして、この陽気に当てられて何処かで眠りに落ちているのではないかとふと思いつき、新八はあっと小さく声を上げた。
去年の今頃、同じ事があったのを思い出したのだ。
確かあの時は・・・と記憶を手繰り、新八は苦笑う。



「二人とも、居間に行ってなさい。おやつの用意してあるから」
「「でも・・・」」
「閃時も直ぐに行くから。ね?」



渋る二人を宥めて居間に向かわせると、新八は庭に下りた。
足早に庭を横切り道場に向かうと、その脇に植えられた一際立派な桜の樹の傍で足を止め、あれ?っと首を傾げる。
前はこの桜の下ですぅすぅと穏やかな寝息を立てて眠っていたのだ。
念の為、樹の裏に回ってみたが姿はない。
あれぇ?と首を捻れば、風も無いのにはらりはらりと桜の花弁が舞い落ちて来る。
何ともなしに桜を見上げて・・・小さな苦笑いを零した。
視線の先には、幹に背を預け太い枝に右足を沿わすようにして投げ出し、左足をだらりと垂らして眠る閃時の姿。
よくまぁ・・・そんな所でと、幾らか呆れの混じった溜息を吐いた。



「せーんーとーきー」



突然大きな声で呼び掛けて驚いて落ちては大変と、普段より少しだけ大き目の声で呼び掛ければ、もぞっと視線の先の身体が身動ぐ。
今度はもう少し大き目な声で呼び掛ければ、もぞもぞとさらに身動いだ。



「閃時」
「あ・・・れ?母さん?」



後一押しと声を上げれば、眠気の残る少し掠れた声でやっと応えが返された。
暫しぼーっとしていたようだが、自分が居る場所を思い出したのかあーっと小さく声を上げる。



「蓮華と咲ちゃんが探してたよ」
「マジでか」



もう起きちゃったのかと呟いて、閃時は身体を起こすと不安定だろうその場所にも構わず、軽い動作で姿勢を変えた。
幹に手を添えて、片足を上げた状態で枝に腰掛ける。



「母さんごめん、降りるからちょっと避けて」
「気を付けてね」
「へーい」



言われた通り新八が数歩後ろに下がれば、閃時は何の躊躇も無く腰掛けた枝からするりと身を滑らせた。
幹から交互に伸びる枝の隙間を危なげなく擦り抜けると、音もなく着地する。
ふぁっと大きな欠伸をして伸びをする閃時を見やりながら、ホント、猫みたいな子だなと新八は苦笑った。



「あんな所で昼寝してたの?」
「いや、そんなつもりはなかったんだけど・・・。コレ、取りに登ってたんだ」



そう言って、ズボンの後ろポケットを探った閃時が取り出したのは一枚の手拭い。



「あぁ・・・風で飛んじゃったのか」
「多分ね。で、取って直ぐに降りるつもりだったんだけど・・・。
上手い具合に風が遮られるし直接陽が当たらないし・・・。
あーいいなぁコレ〜って思ってたら何時の間にか寝てたみたい」



苦笑いつつ頬を掻く閃時の姿に、落ちたらどうするの?と呆れた表情を浮かべながら新八は差し出された手拭いを受け取った。



「去年はこの樹の下で寝てたよね?」
「うん。何て言うかな・・・この桜の傍、凄く落ち着くんだ」



不思議なんだけどとそっと幹に手を添えて笑う閃時に、新八はふっと穏やかな笑みを浮かべる。
そして同じように幹に手を添えて、ゆっくりと桜の樹を仰ぎ見た。
樹の茶と、桜の薄紅が視界いっぱいに広がる。



「一番最初の桜・・・だからかな」
「一番最初?」



幹に手を添えたままコトリと首を傾げた閃時に、小さく頷く。



「僕も父上から聞いたんだけど、最初はこの一本だけだったんだってこの家の桜は。
でも、何代か前の当主がこの桜を元にして挿し木で増やしたって」
「ふーん。じゃあ、一番長生きなんだ・・・この桜」



樹齢、どの位何だろうと興味深そうに呟いて、何処か労わるような優しい手付きでそっと幹を撫でた。
幹から手を離すと何を思ったのか、徐に閃時は拍手を二回、桜に向かって打つ。



「どうしたの?」
「へっ?」
「急に拍手を打っちゃって」



くすくすと笑う新八に、えーっとと曖昧な言葉を零して閃時は頭を掻いた。



「何て言うかさ・・・。道場の脇に生えてるし、一番長生きだし・・・。
稽古する姿をずっと見守ってくれてるみたいだなぁーって思ってさ」



感謝って言うか、これからも見守って下さい的なね?と、照れ臭そうにもごもごと呟く姿に、なるほどと新八が頷く。
言われてみればそうかもしれない、と。
ふふっと笑いながら新八は、ほんの少しだけ己よりも背の高くなった息子の頭を撫でた。
色は父親の銀時の銀色をほぼ受け継いでいるが、髪質は丸ごと新八の物を受け継いでいる閃時の髪は、新八の手が動く度にさらりさらりと涼やかな音を立てる。
銀髪に絡んでいた桜の花弁が、ひらひらと舞い落ちた。



「あの・・・母さん?」
「んー?」
「いや、んー?じゃなくて・・・。これ、結構恥ずかしいんだけど・・・」



本当に恥ずかしいのか目許に僅かに朱を浮かばせる閃時に、またふふっと笑って新八は少し乱暴な手付きでくしゃくしゃと髪を乱してやった。



「うわっ!?ちょ・・・っ!!俺、何か悪い事しましたかっ!?」
「いやいや、閃時も大きくなったなぁ〜って」
「どう言う確認の仕方っ!?」



やーめーてーと抗議をするが、相手が新八だからか、実力行使に出る事も出来ずに閃時は新八が満足するまで頭を撫で繰り回された。
相手が銀時だった場合、速攻で実力行使に出る事は言うまでもないだろう。



「中に戻ろう閃時。おやつ用意してあるし、蓮華も咲ちゃんも待ってるよ」
「うぁーい」



もーホント何なのさーとぼやきながら、くしゃくしゃになった髪を直していたが、新八に促されて素直に閃時は中に戻って行った。
遠くで、蓮華と咲が『(閃)兄様、見つけました(なのです・ですの)!!』と、嬉しそうに声を上げるのが聞こえる。
何処に行っていたのだと募る二人の声に混じって、ごめんごめんと謝る閃時の声が続いて聞こえた。
それにくすくすと笑い声を零して、新八は桜の樹に向き直す。
そして、先程の閃時を真似るように桜に向かって拍手を二回打った。
そっと両目を閉じると、小さく口唇を振るわせる。



どうか、一緒にあの子達を見守って下さい・・・と。



それに応えるように、桜の樹は微かに吹いた風に枝を揺らして、はらりはらりと薄紅の花弁を新八へ降らした・・・。





















後書き

またオリキャラ登場すみまっせんっ!!(爆死)
近藤さんとお妙さんとの間に生まれた、近藤家の長女・咲ちゃんです(笑)
NLCPでは一番好きなんですよ!!近妙っ!!(爆)
名前の由来はキャラ設定表の方に載せていますので、参考にして頂ければと思います。
そして、両親に対する閃時の対応の差が天と地程にありますが仕様です。
長男が家庭内で拳で語るのは親父だけですよ☆
2009.04.10