今日もとっても平和です。
坂田さん家の愛犬
定春は、エイリアンハンターとなった神楽と一緒に宇宙を飛び回っているが、最低でも月に一度は地球へ・・・万事屋に帰って来る。
多い時であれば、週に一回のペースで帰ってくる事もあるが、それは本当に稀な事だ。
約十年住み慣れたこの場所は、定春にとってもかけがえの無い場所である。
それに、大事な家族が居るから尚更だ。
今日は、そんな大事な家族に接する定春を観察してみたいと思いました。アレ?作文?
朝。
「姉さん、定春。朝だぞー起きろー」
部屋の外で坂田家長男であり、神楽と血の繋がりはなくとも大事な弟の閃時が、未だ眠りの中を漂っている一人と一匹を起こしに来る。
何故閃時なのかと言えば新八は朝食を用意している最中であるし、蓮華もこの位に目覚める。
銀時など、自ら起きる事などないので問題外だ。
その点、閃時は新八とほぼ同じ時刻には目を覚まし、極軽くだけ胃に何かを入れると静かな歌舞伎町を走りに行く。
戻って来てざっと汗を流すと、まだ眠っている家族を順番に起こしに行くのが数ヶ月前から始まった日課だ。
「わふっ」
ぐぁっと大きな口を開けて大欠伸をした定春は、のそりと起き上がってぐぅっと伸びをした後にくぅくぅっと眠る神楽を鼻先で突付く。
んーっとまだ眠そうに唸りながらも神楽は目を覚ました。
「おはようネ、定春・・・」
「わふっ」
ふぁあっと欠伸を零す神楽の頬をペロリと一舐めすると、襖を器用に鼻先で開けて出来た隙間に大きな足を割り込ませると自分が通れるように大きく開く。
「おはよ、定春」
「わふっ」
ニカッと笑って首筋をわしわしと撫でる閃時の頬も同様にペロリと一舐めして尻尾を振った。
これがしゃべれない定春の朝の挨拶だ。
「閃時、おはようネ」
「おはよ、姉さん。もう朝飯出来んぜ」
「了解アル」
まだ眠そうにしながらも頷く神楽に苦笑って、閃時は蓮華の部屋に向かう。
その後を神楽と定春も付いて行き、二人と一匹で蓮華を起こせば、やはり眠そうにしながらも嬉しそうな挨拶が返って来た。
坂田さん家の『きょうだい』と愛犬は今日も朝から仲良しです。
昼。
昼食を済ませると、坂田さん家の旦那さんと姉弟は本日は依頼が入っていたのでお仕事に。
本日の依頼は、大きなお邸の蔵掃除なので力自慢の三人が適任なのです。
そんな訳で、坂田家ではお母さんの新八と、末っ子の蓮華。
そして愛犬の定春とのお留守番となりました。
新八はパタパタと家事をこなして、蓮華は出来る事のお手伝い。
年の割には小さい身体で一生懸命自分を手伝おうとするその姿に、新八はこっそりと微笑んだ。
三時のおやつには少しだけ早い時間、母娘でささやかなお茶会を済ませると、ソファに座る新八の隣でうとうとと蓮華が船を漕ぎ出す。
「お昼寝する?」
「します、なのです」
くすくすと笑って頭を撫でると、蓮華がふにゃりと笑う。
じゃあ、和室でお昼寝しようかと新八が言えば、こくりと素直に頷いて立ち上がった。
そのまま和室に向かうかと思われたが、蓮華は部屋の隅で丸くなっていた定春の元へ。
「定春、一緒にお昼寝しましょうなのです」
よしよしと小さな手で大きな定春の頭を撫でれば、了解とばかりに尻尾がパタパタと大きく振られた。
のっそりと起き上がると、定春が動き出すのを待っていた蓮華がほっこりと笑う。
和室に向かえば、座布団を二枚並べて膝の上に畳んだタオルケットを置いて新八が待っていた。
いそいそと蓮華が其処に寝転がれば、お昼寝用の小さな枕が頭の下に敷かれる。
「一時間したら起こすからね?お昼寝し過ぎると夜に寝れなくなるから」
「はいなのです」
優しく頭を撫でられて擽ったそうに笑う蓮華に新八も微笑み返して、膝の上に置いていたタオルケットを掛けてやった。
その間に定春は蓮華に寄り添うようにして丸くなる。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさいなのです」
額に柔らかな母からのおやすみのキス。
頬にペロリと定春の一舐めを受けて、蓮華はふわりと両目を閉じる。
一人と一匹分の穏やかな寝息が暫くすると聞こえ始めて、新八は穏やかな時間にふふっと小さな笑い声を零した。
夕方。
昼寝から目覚めた蓮華は一階のお登勢の元に行き、開店前の掃除を手伝いに行っている。
これは随分前からの習慣だ。
ほぼ昼夜逆転の生活をしているお登勢と、通常の生活をしている蓮華が顔を合わせる事が出来るのはこの時位なので、一階に下りて行く蓮華の足取りも軽い。
出迎えるお登勢も、小さなお手伝いさんを歓迎している事だろう。
何時もならこの時間には買物に出かける新八だが、昨日は月に一度の大売出しの日で、一家総出で買出しに出かけたので本日はお休みだ。
夕食の支度をするにはまだ少しだけ早いので、陽の光りを沢山浴びてふかふかになった洗濯物を畳む。
洗濯物は五人分。
久しぶりに畳む神楽のチャイナ服に、くすりと小さな笑みを浮かべた。
不意に、キシリと畳が軋んだかと思うと、顔を上げるよりも早く背中に温かな物が触れて、新八は目を瞬かせながら振り返れば定春が新八の背中で丸くなっていた。
「背凭れになってくれるの?」
コトリと首を傾げて問えば、そうだと言わんばかりにペロリと頬を舐められる。
「ありがとう、定春」
ちょっとした気遣いが嬉しくてふわふわの毛で覆われた頭を何度か撫でると、新八は遠慮なく凭れ掛かった。
我が家の愛犬は本当に気が効くなぁなどと思いながら。
せっせと洗濯物を畳んでいると、居間の壁に掛けられた時計がボーンっと五回鳴った。
あぁ、そろそろ皆が帰って来るなと思っていれば、それを察したかのように玄関の戸がガラガラと鳴る。
「ただいまヨー」
「ただいまー」
「ただいまですなのです」
少しだけ疲れた二人の声に続いて元気な蓮華の声。
それにもう一人分続くと思いきや、暫く待っても聞こえては来ず、新八は首を捻りながら最後の一枚を畳んで山の一つに置くと足早に玄関に向かった。
「お帰りなさい。三人だけ?」
「そう、三人だけ。親父は帰って来る途中で土方さんと毎度の如く睨み合いになったから放置して来た。好い加減馬鹿じゃねぇのあのオッサン共」
「幾つになっても成長しないマダオ共ネ」
「あはははは・・・」
姉弟でしっかり蓮華の耳を塞ぎながら悪態を吐く姿に、新八はただ乾いた笑い声を零すしかなかった。
そして、銀時が戻って来るのは夕飯ギリギリの事である。
夜。
何時にも増して賑やかな夕食を終わらせ閃時が片付けを手伝っていた時、居間から神楽の悲鳴が聞こえた。
何事かと思って二人が顔を見合わせていると、台所にひょこっと顔を出した神楽の言葉に苦笑う。
「酢昆布が切れたアル!!買って来るネ!!」
「今から行くの?神楽ちゃん」
「直ぐに戻ってくるネ。大丈夫ヨ、心強いボディーガードがいるアル」
幾つなっても心配性な新八に、神楽はニヒッと笑うと飛び出して来たばかりの居間に向かって声を掛けた。
その呼び掛けに応えるように、軽い足取りで定春がやって来る。
「これで心配ないネ」
「そうだね・・・じゃあ気を付けて」
「はいヨ!!」
「あっ、姉さん!!ガム買って来てガム!!無糖のヤツ!!!」
玄関に駆けて行く神楽の背中に慌てて閃時が声を掛ければ、了解ネー!!とはっきりとした言葉を残して慌しく階段を駆け下りる音が響いた。
「ったくよぉーアイツは幾つになっても酢昆布だな・・・。好い加減体臭が酢昆布になんじゃねぇの?」
のそりとやって来た銀時の言葉に、新八と閃時は顔を見合わせた後『セクハラ親父』と綺麗に声を揃えて言った。
なんでぇぇえええぇぇえ!?と言う叫びに、一人居間でテレビを見ていた蓮華は、不思議そうに首を傾げるだけである。
そして、十分もしない内に戻って来た神楽に閃時がコソリと密告して。
「加齢臭プンプンさせてる親父に言われたくねぇヨ」
と、極寒の視線に晒されるのだ。
さて、そんな事は良いとして話しを戻そう。
何だかんだとはあったが、そろそろ風呂に入って暫しのんびりしたら寝る時間が迫って来た。
勿論、坂田さん家で一番の早寝は蓮華。
その為、仕事で埃っぽくなって早くさっぱりしたかった神楽と一緒に姉妹仲良くバスタイム中だ。
新八は和室で繕い物。
銀時はボーっとテレビを眺めている。
垂れ流しになっているのは今日の出来事を振り返るニュース。
閃時は何を思ったのか不意に立ち上がると、居間に置いてある戸棚を漁り出す。
そして目当ての物を見つけると、部屋の隅で丸くなる定春に近付いた。
「定春、毛玉出来始めてるからブラッシングするか?」
ニッと笑う閃時に、定春の瞳が嬉しそうに輝く。
早くしろとばかりにグリグリと額を閃時の胸に押し付けた。
それが擽ったかったのかケタケタと笑い声を上げて、大きな体にデッキブラシの柄を取った定春用のブラシを滑らせる。
身体に合わせて毛の量が多い定春にブラシを掛けるのは結構な重労働だが、所々に出来た毛玉が解けてふわふわな手触りに戻るのが楽しいのか、閃時は鼻歌交じりに手を動かした。
「そうだ・・・明日天気が良いみたいだからシャンプーするか?」
ニュースの途中で入るCMの前に流れた明日の天気予報に気付いて閃時がそう言えば、定春の耳がピンっと立ち上がる。
もう一度、シャンプーするか?と問えば、ガバリと定春に圧し掛かられてうわっと反射的な悲鳴が上がった。
「ちょっ、定春!!顔舐めるな擽ってぇよ!!そんな嬉しいのかお前!?」
ぶんぶんっと千切れんばかりに尻尾を振る定春に顔中舐められて、閃時は擽ったさから笑い声を上げる。
突然騒がしくなった居間に驚いた新八が顔を出して、じゃれ合う息子と愛犬の姿にぷっと小さく吹き出した。
「閃時、定春。好い加減にしないとお登勢さんに怒られるよ?」
「あ、それ勘弁。お登勢ばぁちゃんの拳骨マジで痛ぇし。続きするか、定春」
「わふん」
圧し掛かったままの定春の頭をポフポフと叩けば、最後にペロリと大きく舐められてやっとブラッシングの続きを再開する。
せっせとブラシを滑らせる閃時はまた鼻歌を歌い始め、定春はそれに合わせて気持ち良さそうに尻尾を振った。
じっくり時間を掛けてブラッシングをしている間に姉妹がバスタイムを終えて出て来ると、ちょうどブラッシングの終わった閃時が入れ替わりで風呂に向かう。
姉妹はきゃっきゃっと楽しげにお互いの髪を拭き合って、何とも微笑ましい光景を見せてくれる。
「「「おやすみ(アル・なさいなのです)」」」
カラスの行水とまでは行かないが短時間で出て来た閃時が髪を乾かし終わるのを待って、三人一緒に就寝の挨拶。
繕い物にまだ切りが付かないのか、新八に先に風呂に入れと促されて、どっこいせっと銀時が腰を上げた。
ふと視線を部屋の隅に向けると、定春が丸くなっている。
どうやら、今日は此処で寝るらしい。
「そー言やぁ・・・最近は頭齧らなくなったなぁ・・・」
ふと思い出した事を口にして、銀時は定春の顔の前にしゃがみ込んだ。
「オメェも坂田家内でのヒエラルキーを理解したか?」
ニヤニヤと笑みを浮かべながらポフポフと軽く頭を叩けば、薄っすらと片目が開かれる。
お?何だ?やんのか?と身構える銀時の姿を視界に入れると。
ふんっ。
と、鼻から息を吐き出した。
それから何事も無かったかのように目を閉じて、ゴロリと銀時に背中を向ける。
その態度はまるで・・・。
格下相手に剥きになるほど子供じゃねぇんだよ。
てな感じで・・・。
「え?ちょ・・・何コレェエェェェ!?腹立つんですけどぉおぉぉぉおぉ!?」
こっち向けやゴラァアアァァァァアッ!!と喚く銀時に、喧しいわぁぁぁぁあっ!!と、奥様から怒りの鉄拳を食らうまで後十秒。
定春の中のヒエラルキーは言うまでもなく、ね?
