坂田さん家の台所。
十数年前に増改築をしたおかげで、広く使いやすくなりました。
普段なら其処に立つのは割烹着の良く似合う坂田さん家の奥さん・坂田新八さんであるが、本日の朝は坂田さん家のご長男・坂田閃時君が立っています。










完璧な反面教師が身近に居るのは幸か不幸か










「だからって、別に母さんが出て行ったとかじゃないからな?」



いや、俺誰に対して言い訳してんの?と、まだ完全に醒めてない頭で考える。
何時もならまだうつうつと夢の中で居る時間だけど、今日は母さんに頼まれて朝食の用意をする為に少し早起き。
母さんは、昨日の夕方から実家に戻ってる。

や、ホント、別に出て行ったからとかじゃないから。

母さんの姉さん―俺には叔母にあたる―が、体調を崩して寝込んでいるからだ。
一応結婚もして旦那さんも子供もいるけど、旦那は何かと忙しい上に重要な職に着いてるからおいそれと休む事は出来ない。
本人は休んで看病すると言っていたが、文字通り家から蹴り出されて泣く泣く職場に向かったそうだ。
子供・・・つまり、俺には従兄弟になるその子はまだ小さいからと、母さんが応援に行っている。
掃除や洗濯は良いから、朝食の用意だけはお願いね?と言って実家に戻った母さん。

親父じゃなくて俺に言うのがさすがだと思う。

まぁ、今日は寺子屋も休みだから問題ないから良いけど。
料理も小さい時から教えて貰ってるから大丈夫。
うん、味噌汁美味い。



「兄様、おはようございますなのです・・・」



眠そうな声を掛けられて振り向けば、コシコシと目を擦る妹・蓮華の姿。
コクコクと頭が前後に揺れてるのはまだまだ寝足りないせいだと思う。



「おはよう蓮華」



挨拶を返しながら、さっき洗面所を使った時に取っておいたヘアゴムをポケットから出して来い来いと手招き。
素直に近付いて来た蓮華の肩に手を置いて後ろを向かせると、母さんに似て黒くて艶のある背中の半分まで伸びた髪を項の辺りで一括りにする。



「顔洗っておいで。朝飯食べ終わったらちゃんと結んでやるから」
「はい!ありがとうございますなのです!!」



にこぉっと笑顔で礼を言う蓮華に釣られて俺も笑う。
よしよしと頭を撫でて、軽く背中を押して洗面所に向かわせた。
蓮華と話している内に、火に掛けたままだった味噌汁がちょうど良い感じになったので火を止めて、まな板の上で冷ましていた玉子焼きを切る。
皿に盛りつけたら、後は味噌汁を味噌椀に注いで白飯を茶碗に盛れば終わりだ。
けど・・・その前に一仕事。
コキッと肩を鳴らして、和室に向かった。



「親父起きろ!朝飯出来たぞ!!」



スパーン!と勢いよく襖を開けて一喝。
目の前には一組だけ敷かれた布団の上で、掛け布団を抱き枕よろしく抱え込むだらしない親父の姿。
寝相までは人間どうしょうもないと思うけど・・・。

その弛み切った面はどうにかならねぇのかよ。

朝からウザッ!!起こすのもメンドイし、親父ほったらかして先に朝飯食ってしまいたくなる。
けど、坂田家家訓『食事は全員揃って』ってのがあるからそうもいかない。
ちなみに、坂田家家訓は日々増えて、日々削除されて行く。

母さんの手によって。

大体・・・親父が馬鹿ってか阿呆臭い家訓増やすからだ。
まともな家訓は母さんの手によって作られてる。

親父にまともを求める事自体間違ってるしな。

先程の一喝も空しく、くかぁーくかぁーと暢気に鼾を立てる親父に朝っぱらから溜息。
どうせ、もう一回声を掛けた所で無駄だろうし。
かなり低い確率で一応覚醒したとしても、もう後5時間とかほざくのは火を見るより明らかだ。

いっその事永眠させてやろうか。

親父起こす度に湧き上がる殺意は横に置いてといて・・・。

ってか、そんな事で一々殺意湧き上がらせてたら、俺もう何回犯罪犯してんだろうな。

いや、これも横に置いといて・・・。
腰を屈めて親父が転がる敷き布団を両手で掴む。
ふっと短く息を吐いて両腕に力を込める。

坂田閃時、実力行使させて頂きます。



「どっせぇい!!!!!」



掛け声と共に敷き布団握ったまま両腕を振り上げれば、寝ていた親父がどうなるか?

答え:勢いよく転がって行く。

ゴンッ!と鈍い音を立てて壁に激突してぎゃっ!と悲鳴を上げた親父を無視して、手に残った布団を畳んで押入れに仕舞う。
本当は干した方が良いけど、今日は生憎の曇り空。
雨までは降らないみたいだけど、じめっとしてる。



「親父、抱えてる布団ちゃんと仕舞っとけよ」



一応襖の前で立ち止まって声を掛けた。
もう一度、朝飯出来てるからさっさと起きてくれよとも声を掛けて置く。

親父の頭の一部が紅く染まってるのは何時もの事だ。

台所に戻れば、蓮華が自分が手の届く範囲の食器を取り出してくれてた。
最近良く母さんの手伝いしてるもんなぁ。
ありがとなと頭を撫でると嬉しそうに笑う。
やーもーホント、俺の妹マジで可愛いよ。
あ、こら。今、シスコンかよって冷たい目で俺を見た奴いんだろ!?

シスコンで何が悪い。

ってか、これ、確実に志村DNAが濃いからじゃね?
別に良いけど。



「兄様、蓮華もお手伝いしますなのです!!」
「じゃあ・・・これ持ってってくれるか?慌てなくていいからな?」



丸盆に玉子焼きを盛った皿を乗せて蓮華に渡す。
万が一落としたとしても、蓮華の身長位の落下なら皿もそう簡単に割れる事はないだろし、火傷の心配もない。
はい!っと元気良く返事して慎重に居間に向かう蓮華を見送って、手早く味噌汁を注いで白飯を盛り付ける。
蓮華が戻って来たので丸盆を預かって今度は三人分の箸を渡し、俺は丸盆に三人分の味噌椀と茶碗に湯飲みを乗せた。
急須はさすがに乗り切らなかったから丸盆を片手で持って、空いた手で持って行く。
居間には案の定、親父はいなかった。
食卓に食器を並び終えても出て来なかったもう一度声を掛けに行こうと思ってたら、勢いよく襖が向こう側から開けられる。



くぉらぁあ閃時ぃいいぃいいい!!朝っぱらか父ちゃん流血させるってどう言う事!?」



起きたら起きたでウザッ!!



「はいはい、おはよう。全力ワタアメ
「全力ワタアメって何!?」
「顔洗ってくれば?無駄にワタアメ
「無駄にワタアメって何!?」
「さっさと朝飯食え。毟るぞワタアメ



伯母上&母さん直伝の般若スマイルをお見舞いしたら、はいっと素直に頷いて洗面所に親父は向かう。
最初から素直に起きて動けば良い物を・・・。
ふぅっと溜息を吐いて、親父が出て来た瞬間に塞いでいた蓮華の耳から手を離す。
きょとんっと不思議そうに目を瞬かせて首を傾げたから、何でもないよと言って頭を撫でておいた。

蓮華には純粋なままで居て欲しいからな。

まぁ、坂田家ではそれも時間の問題な気もしないでもないけど・・・。
いやいやいやいや、諦めるな坂田閃時!!
蓮華は中身も外見も母さんに似てるからきっと大丈夫だ!!
うんうんと一人納得していれば、のっそりと親父が戻って来る。



「ったくよぉ・・・朝は奥さんのちゅーで起きないと調子出ねぇっての父ちゃん。息子は可愛げねぇし、朝っぱらか実の親流血させるし。蓮華ぇ〜傷心の父ちゃん慰める為におはようのちゅーしてくんね?」
「こんの・・・マダオがぁあぁぁぁああぁああ!!!



洗面所から戻って早々、下らない事ばっかほざきやがった親父には・・・。

全力で丸盆を投げ付けて置いた。

頭に完璧を付けれる位の反面教師な親父のおかげで、俺は真っ当な道を進んでいる・・・のか?