悩み多きお年頃 CASE-1










朝、目が覚めたら洗面台の前に立つのが大多数の行動だろう。
そんな訳で、坂田さん家の長男も大多数の例に漏れず、洗面台の前に立っていた。
この時期には辛い冷たい水にもめげずに、ばしゃばしゃと顔を洗った後、清潔なタオルで水気を拭う。
冷たい水のおかげでぱっちりと覚めた目に、閃時は鏡に映った自分の顔をじぃっと見詰めると言うよりも睨み付ける強さで映した。
むーっと小さく唸って、閃時はしかめっ面のまま色んな角度で鏡に自分の顔を映してはまた小さく唸り、最後には溜息を吐く。



「朝っぱらかなぁにやってんの閃時。鏡に映った自分に見惚れてんですか。ナルシスト気取りですかコノヤロー」



そんな台詞と共に、寝巻きの甚平の懐に手を突っ込んでボリボリと腹を掻きつつのっそりと洗面所に現れた銀時に、閃時は別の意味で深々と溜息を吐いた。



「ナルシストになれる程の面じゃねぇだろうがボケ」
「何言ってんの。オメェ、あれよ?父ちゃんと母ちゃんの息子よ?ナルシストになれる位の面に決まってんでしょうが」
「馬鹿か」



洗面台を譲れと割り込んで来る銀時の脇腹に、軽く膝蹴りをお見舞いして歯ブラシと共に脇に避ける。
その際、冷たい視線を向ける事は勿論忘れない。



「可愛くねぇなーもー」



まったくよーとぼやく銀時をはんっと鼻で笑って、閃時は歯ブラシを咥えた。
カショカショと歯を磨く音と、銀時が顔を洗う水音が洗面所内に響く。



「あー髭伸びてんなぁー毎朝めんどくせー」



濡れた顔からボタボタと雫を垂らしながら顔を上げた銀時は、鏡に映った自分の顎元を眺め軽く手で擦った。
一応、客商売な事もあって、身嗜みについては新八からきっちり釘を刺されている為、面倒臭いと言いつつも剃るしかない。
ホントめんどくせーと再びぼやき、濡れた顔をタオルで拭っていた銀時だったが、横から妙な視線を感じてんん?と首を傾げながら視線を向けた。



「どったの閃時?」
「おひゃひ、ひへなんひゃい…」
「いや、分かんないからね?」



歯ブラシを咥えたままで無理に言葉を綴ろうとする閃時を遮れば、ちょっと退けと洗面台の前から押し退けられる。
口を漱いで手の甲で口元を拭うと、閃時はまだ拳一つ分は背の高い銀時を見上げた。



「親父…髭、何歳位から生えた?」



やけに真剣な視線を向けられて、銀時は目を瞬かせる。
髭?と自分の顎元を指差せば、コクリと頷かれた。



「何歳位って…閃時くれぇの頃にはもう生えてたんじゃねぇの?」
「俺位の時…」



呆気羅漢とした銀時の返答に、カクンっと閃時の肩が落ちる。
その様子にもしかしてと、銀時は口を開いた。



「何?まだ髭生えてねぇの?」
「ぅぐ…っ」



図星だったのか言葉に詰まる様子に、くくっと銀時は肩を揺らす。
髭が生えた所で何が得する訳でもないが、思春期にとっては重要な男としての成長サイン。
やはり、気になるものなのだろう。
しかし…。



「あれだな。そりゃ、新八の遺伝だわ」
「…母さんの?」



パチリと目を瞬かせた閃時に、まぁねぇ〜と零した。



「新八も二十歳過ぎて漸くちっと生えたしな。今だってあんま生えねぇもん」
「マジでか…」



うぁあぁ…と頭を抱えてしゃがみ込む閃時に合わせて、銀時もしゃがみ込むとペンペンと同じ銀色の頭を叩く。



「ま、別に気にする事でもねぇだろうが」
「気にするわっ!!この年になっても全然まったく微塵にも髭生えてねぇなんて俺位だっつうのっ!!」



寺子屋のダチは殆どが生えとるわっ!!と噛み付かれて、銀時は自分の顎を擦った。
指先にサリサリと音を立てながら幾らか伸びた髭が擦れる。
むすっと不機嫌そうに表情を顰めてそっぽを向く閃時を眺め、ふむと小さく声を漏らした。



(コイツに髭…ねぇ)



見ただけでも分かる程、瑞々しく張りのある肌に髭が生えた所を想像してみようと銀時は試みたが、上手く浮かばない。
ふと、十六歳だった頃の新八の姿を思い浮かべた。
新八は母親似と言う事で、同じく母親似な姉の妙にそっくりだ。
その為、少年と言うよりもどちらかと言えば少女的なふっくらと柔らかな輪郭を持っていた。
三十路を超えた今では、幾らかシャープな輪郭を持つようにはなったが、やはり男らしいと言うよりも何処か女性的な輪郭を保ったままである。
それに比べれば、閃時はまだ少年らしい輪郭をしていた。
が、この時期特有の中性的な雰囲気が強く、男臭さは殆ど無いと言って良い。
そのせいか、髭が生えると言うのがしっくり来ないのだ。
其処まで考えが至ると、うんうんと一人納得しながら銀時はガシッと閃時の肩を掴む。



「閃時」
「…あんだよ」



妙に真剣な目で覗き込まれ、閃時は胡乱気に眉間に皺を寄せた。



「髭、生えなくていいと思うぞ」
「はぁ!?」
「オメェに髭は似合わねぇ。生えないように父ちゃん呪っといてやっから」



だから安心してそのまんまで居なさいと何故か力強く言われ、閃時は無言で僅かに頭を後ろに引くと…。



渾身の力を込めて頭突きを食らわせた。















後書き

そんな訳で、思春期男子にあるだろう悩みCASE-1『髭』でした(笑)
CASE-1と言う事で、また別の悩みでUPするかもしれません。
何か、思春期特有の悩みでこんなのは…と言うのがあればリクしてやって下さいませ!!
私も長男には髭生えなくていんじゃね?派です!!(知るか)

2009.03.21